第60話 人間の案
(数が足りなすぎる)
オーク族とゴブリン族。
全員あわせても500人もいないだろう。
当然、その中には子供や戦闘のできない者もいる。
数千のボーンイーター相手では、全滅は免れない。
俺にはどうすることも――。
(待てよ? 俺にできないなら)
「俺の、……俺の考えを聞いてもらえますか?」
「話してみろ」
シャンデが腕を組み、鋭い視線を向けてくる。
ゴブリンの族長も、静かに頷いて先を促した。
「ここから数日の距離に、レベックという人間の街があります。そこにはクラン……いえ、多くの冒険者たちがいます」
「まさか……人間に頭を下げろというのか!?」
シャンデがダンッ! と机を叩いて立ち上がる。
その剣幕に、隣にいたラクンがビクリと肩を震わせた。
ユラがすかさずラクンの肩に手を置き、安心させるように撫でる。
「頭を下げる必要はありません! 雇えばいい!」
「雇うだと?」
「対等な……取引です。金なら、ありますよね?」
俺はドワーフたちが置いていった氷雪鋼の山へ視線を向けた。
◇ ◇ ◇
無言の時間が過ぎる。
すぐに賛成とはいかなかった。
シャンデは眉間に深いシワを刻む。
ゴブリンの族長も難しい顔で押し黙っている。
個人では分かり合えたとしても、やはり種族間の考え方の違いは、簡単には埋まらないのだろう。
ユラが不安げに俺の袖を引いた。
「タケル……本当に大丈夫なの? 人間が大勢来たら、また……」
彼女の脳裏には、さらわれた時の記憶がある。
それでも俺を信じてくれている。
「大丈夫。俺が呼ぶのは、信頼できる人たちだ」
俺はユラの肩を軽く叩く。
そして、族長たちに向き直る。
「レベックについては知っていますか?」
「人間の都市だろう? 興味もないが」
シャンデが吐き捨てるように言う。
(力では足りない。誇りでも足りない。なら数しかない)
「大きな街です。数を揃えることができるかもしれません」
「では……ケルが、その人間の町へ行くのか?」
「エナックで連絡を取ります」
「ふん、ドワーフたちが使っていた通信道具か」
(エナックのことは知ってるんだな)
「はい。俺の知る限り、今の状況において、一番対策を立てられそうな人に連絡を取ります」
俺はエナックを手に取って、2人の反応を伺う。
「……断るのは、話を聞いてからでもいいかもしれんな」
少し間をおいて、ゴブリンの族長が重い口を開いた。
「いいだろう。ただし! 話を聞くだけだ。気に入らなければ叩き出す!」
シャンデが条件付きで承諾する。
「分かりました」
俺はエナックでカホンのギルドマスター、モーリンへ連絡をする。
(彼女なら、きっと動いてくれる)
◇ ◇ ◇
To:モーリン
『至急、お願いしたいことがあります。
俺は今、ゴブリンとオークの集落にいます。
数千体のボーンイーターに襲撃されそうです。
氷雪鋼を支払うので力を貸してください』
マップ情報と合わせて送信した。
◇ ◇ ◇
翌日。
あれから何度もモーリンと連絡を取り合った。
俺とユラ、そしてラクンはクリスタル洞窟を通って洞窟を出る。
レベックへ続く街道の合流地点で待機していた。
(久しぶりにトラベルに乗った気がする)
といっても数日ぶり程度なんだけど。
すごく長い時間会ってなかった気分だ。
交代でユラもラクンを一緒に乗せて走る。
俺はエナックから緑の信号弾をあげた。
しばらくすると、遠くから野太いイヌのような鳴き声が聞こえた。
「ワフッ! ワフッ!」
(なんだあれ!?)
地平線の向こう。
砂煙を上げて爆走してくる影がある。
〈ダックスワンワン/風属性/レベル13〉
巨大なダックスフンドのような……。
平べったい身体。
8本足のモンスター?
背中がおわんのように窪んでいて、そこに人が乗っているようだ。
「な、なにあれ……犬?」
ユラが目を丸くする。
「獣だ……でかい」
ラクンは呟き、ユラの背中にしがみついた。
「背中が痛てえよ。クッションが必要なら先に言ってくれよな」
「ワンワンは希少種で、パーフェクトサークルでも2体しか所有していない。乗れただけでも感謝してもらいたいな」
言い合いながら降りてきたのは、見覚えのある2人だった。
クランキンドレッドのリーダー、アンジェラ。
そして、パーフェクトサークルのリクルーターのジョシュだ。
「すごく、早かったですね」
俺は下馬して出迎える。
(寄り道しながらとはいえ、俺たちが洞窟に来るまで4日はかかったのに)
「王都に行ったと思ったら、こんな近くで遊んでやがったのか」
アンジェラが豪快に笑いながら近づいてくる。
その迫力に、ラクンがビクリと震えた。
「色々ありまして」
「この私の誘いを蹴っておいて呼びつけるとは、いい度胸だ」
「そ、その節はどうも」
「しかしジョシュさん、あんたが来るのは意外だったぜ」
アンジェラが隣のジョシュに視線を投げる。
「私のクランで、氷雪鋼を〈鑑定〉できるのは私だけだから仕方がない。それに交渉事においても、私の右に並ぶものはおらんのでな」
ジョシュは服の埃を払いながら、すました顔で答えた。
「てっきりギドンさんが来ると思ってました」
「ギルドマスターのギドンはレベックを何日も開けられねえよ」
俺は2人を案内して、マナを失ったクリスタル洞窟を進む。
ユラとラクンは、トラベルを引きながら少し距離を取って後ろをついてくる。
「……水晶花が咲いていたのか」
枯れた洞窟を見回し、ポツリとジョシュが言った。
「なんだそりゃ?」
「歴史を知らんのか。かつて死の神が作ったとされる花だ」
「死の神が? なんのために?」
「さあな。腹でも減ってたんじゃないのか」
「歴史とか言う割に、大した知識でもねえじゃねえか!」
「高く取引されていたのだ。私は買う側だったがな。魔石なんかよりも、遥かに高価だった」
(この2人仲良いのか?)
アンジェラは誰にでも対等に話してそうだな。
洞窟を抜ける。
ゴブリンの村、プムスワンへと辿り着く。
◇ ◇ ◇
ゴブリンの村を見渡す2人。
青白い苔の光。
骨でできた建造物に目を奪われている。
「それにしても……すげえな。ホントにゴブリンの拠点じゃねえか!」
「絶滅していてもおかしくない。それがレベックのそばで生きていたとは。これまでよく見つからなかったものだ」
ゴブリンの村も、俺以外の人間が来たということで、ちょっとした騒ぎになっていた。
物陰から無数の視線が突き刺さる。
ラクンが他のゴブリンたちへ合図を送っている。
「大丈夫」と伝えているようだ。
「観光したいのは山々だが、そっちも急ぎなんだろ? ボスのところへ案内してくれや」
「そうだな。まずは交渉をまとめんとな」
アンジェラが腕を鳴らし、ジョシュが眼鏡の位置を直す。
「はい。もう一つ洞窟を抜けたところがオークの集落になります。ついて来てください」
屈強な戦士。
計算高い貴族。
この意外な2人の交渉人は、頑固なゴブリン族とオーク族の話をまとめることができるのか?
これまで感じたことのない種類の緊張が、俺の胃を締め付けていた。




