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盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~  作者: 上山マヤ
第2章 レベック編

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第22話 劇団への届け物

 レベックの中心街にある広場の一角。

 ひときわ目を引く、赤いドーム状の屋根を持つ建物があった。

 入り口には「テオドロス座」と書かれた看板と、近日公演予定の演目が張り出されている。


『新作公演:勇者ラクレスと暁の鐘』


(勇者ラクレス……やっぱり人気なんだな)


 俺はトラベルを劇場の裏手にある馬留めに繋ぐ。

 そして、関係者出入り口へと向かった。


 扉をノックする。

 すると、中から派手なメイクをした男性が顔を出す。


「はいはい? オーディション希望の子かな? 今は募集してないんだけど~」

「いえ、カホンから届け物があって来ました。ルイーザさんの依頼で」

「おや! ルイーザさんの!」


 男性の態度が一変し、中に招き入れられた。


 ◇ ◇ ◇


 通されたのは、衣装や小道具が雑多に置かれた楽屋のような部屋だった。

 そこで待っていたのは、初老の男性だった。

 白髪を後ろで束ね、片眼鏡をかけている。


「ようこそ。私が座長のテオドロスだ。ルイーザから連絡は受けているよ」

「タケルです。こちらが依頼の品です」


 俺は防水袋から、厳重に包まれた脚本と楽譜を取り出した。

 テオドロス座長は、それを受け取る。

 少し緊張しているような手つきだった。


「おお……これか。彼が遺した、最後の作品は」


 座長は脚本の方を愛おしそうに撫で、パラリとページをめくる。

 その瞳が、文字を追うごとに潤んでいくのが分かった。


「……素晴らしい。やはり彼は天才だ」

「あの、その脚本って、そんなに凄いものなんですか?」


 道中で少し読んだけど、よくある英雄譚のように思えた。

 俺の問いに、座長は顔を上げ、静かに微笑んだ。


「君も読んだかね?」

「あ、はい。ルイーザさんが読んでもいいって言ってたので」

「なら分かるだろう。これはただの英雄譚ではない。『勇者』という偶像を、1人の『人間』に引き戻す物語だ」


(人間……か)


 霧橋の宿でドワーフの爺さんが言っていたことを思い出す。

 『英雄の正体は、誰かのために踏み出す一歩だ』と。


「そして、この楽譜……」


 座長はもう一つの包み、封印された楽譜に手を伸ばす。

 封蝋ふうろうが割られ、譜面が開かれる。


「……なんと」


 座長が息を呑んだ。

 俺も気になって覗き込む。

 そこには、音符と共に複雑な魔法陣のような図形が書き込まれていた。


(これ、ただの楽譜じゃないぞ?)


「魔法……?」

「そうだ。これは『音魔法』の術式が組み込まれた譜面だ。演奏することで、観客の心に直接情景を届ける……禁忌に近い高等技術だよ」


(音楽で魔法を使う……吟遊詩人みたいな?)


 この世界には、そんな技術もあるのか。

魔法陣のことは、よく分からないんだよな。

 スキルとはまた違うのかな?


「これを届けてくれたこと、心から感謝する。これでようやく、彼の魂を舞台で昇華させることができる」


 座長は深々と頭を下げた。


「報酬はギルドを通して支払われるが、私からも礼をさせてほしい」


 そう言って座長が差し出したのは、金色のチケットだった。


「これは?」

「特別優待券だ。いつでも好きな時に、最前列で観劇できる。……連れのお嬢さんも一緒にね」


 座長は、俺の隣で縮こまっていたユラにウインクをした。


「え、あ……私は……」

「芸術に種族は関係ないよ。君のような可愛らしいお嬢さんなら、舞台も華やぐというものだ」


(多様性に理解のある人だ)


 この街がそうなのかも。

 他種族が行き来する貿易都市だからこそ、種族間の理解がある?

 いや、逆もありそうだな。


 フードを目深にかぶっても獣人だと誰が見ても分かる。

 でも、それでも普通に接してくれている。

 ユラが少しだけフードを持ち上げ、驚いたような顔を見せた。


「ありがとうございます」

「公演は来週からだ。ぜひ観に来てくれたまえ」


 ◇ ◇ ◇


 劇場を出ると、日は傾き始めていた。


「いい人だったな、座長さん」

「……うん。変な人だったけど」


 ユラの手には、金色のチケットが握りしめられている。

 大事そうに、その端を指でなぞっていた。


「観に行く?」

「……タケルが行くなら、ついでに観に行こうかな」

「来週からだって」

「……へえ。そうなんだ」


 ユラは感情を出すのが苦手みたいだけど、隠すのも苦手っぽいな。

 これからいい思い出をいっぱい作ろう。


(さて、任務完了だ)


 肩の荷が下りた気分だ。

 けど、まだやることはある。

 クエストの完了報告は明日でいいか。


「今日泊まる場所を探さないと」

「そうね。トラベルの休める場所も」


 ◇ ◇ ◇


 裏通りに入ったところで、ユラが足を止めた。


「……ねえ」

「どうした?」

「あそこ」


 指差した先には、小さな露店があった。

 猫耳や犬耳の獣人たちが、輪になって話している。


(獣人の集まりか)


「行かないのか?」

「……今日は、いい」


 ユラの小さい耳がパタパタと動いていた。


(集落から近いみたいだし、知り合いとかいるのかな?)


 ◇ ◇ ◇


 宿探しは意外に骨が折れた。


 大通り沿いの宿は旅芸人や商人で満室が多く、料金も高い。

 数軒回った末、裏通りの石造り二階建ての宿に空き部屋を見つけた。

 一階は食堂で、香ばしい焼き肉の匂いが漂っている。


「馬は裏庭の小屋に預けられるよ」


 宿主の女性がにこやかに言う。


「ありがとうございます」


(これでトラベルの心配もしなくて済む)


 窓からは夕日が差し込み、影が部屋の隅を伸びていた。


(馬代を差し引いても……宿代はカホンよりだいぶ高いな)


「明日は買い物行って、ギルド行って。ユラはどうする?」

「……ねえ、タケル」

「ん?」

「さっきの人たち、言ってた」


(さっきの?)


「何を?」

「最近、獣人が消えるって」

「それって! ユラをさらった奴らってこと!?」

「分からない。でも……」


 ユラはうつ向いた顔をたまにする。

 言い辛いことがある時か、何かを決めた時だ。


(放っておけばいい)


 あの距離の会話なんて、俺には聞こえない。

 わざわざ知らせる必要なんてない。

 聞こえないふりをすればよかったんだ。


(逆の立場なら、俺ならそうした気がする)


 逃げ出した場所に、戻るようなものだ。

 俺が病室に戻るようなものか。

 いや、それはまた違うか。


「すごいな、ユラは」

「なによ」


(怖いくせに)


「前に進もうとするのがさ」

「別に、そんなんじゃないわ」


 ユラは口を尖らせる。


「じゃあ一緒に――」

「ダメよ、分かるでしょ? 彼らはヒトを警戒するわ」

「それじゃ、どうやって?」

「私が調べる」


(いや、それは……)


 ユラの顔には決意のようなものが見えた。


(言っても聞かなそうだな)


「いい? 絶対に無理はしないこと!」

「大丈夫。私は臆病だから。ちゃんと引き際は見極めるわ」

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