第22話 劇団への届け物
レベックの中心街にある広場の一角。
ひときわ目を引く、赤いドーム状の屋根を持つ建物があった。
入り口には「テオドロス座」と書かれた看板と、近日公演予定の演目が張り出されている。
『新作公演:勇者ラクレスと暁の鐘』
(勇者ラクレス……やっぱり人気なんだな)
俺はトラベルを劇場の裏手にある馬留めに繋ぐ。
そして、関係者出入り口へと向かった。
扉をノックする。
すると、中から派手なメイクをした男性が顔を出す。
「はいはい? オーディション希望の子かな? 今は募集してないんだけど~」
「いえ、カホンから届け物があって来ました。ルイーザさんの依頼で」
「おや! ルイーザさんの!」
男性の態度が一変し、中に招き入れられた。
◇ ◇ ◇
通されたのは、衣装や小道具が雑多に置かれた楽屋のような部屋だった。
そこで待っていたのは、初老の男性だった。
白髪を後ろで束ね、片眼鏡をかけている。
「ようこそ。私が座長のテオドロスだ。ルイーザから連絡は受けているよ」
「タケルです。こちらが依頼の品です」
俺は防水袋から、厳重に包まれた脚本と楽譜を取り出した。
テオドロス座長は、それを受け取る。
少し緊張しているような手つきだった。
「おお……これか。彼が遺した、最後の作品は」
座長は脚本の方を愛おしそうに撫で、パラリとページをめくる。
その瞳が、文字を追うごとに潤んでいくのが分かった。
「……素晴らしい。やはり彼は天才だ」
「あの、その脚本って、そんなに凄いものなんですか?」
道中で少し読んだけど、よくある英雄譚のように思えた。
俺の問いに、座長は顔を上げ、静かに微笑んだ。
「君も読んだかね?」
「あ、はい。ルイーザさんが読んでもいいって言ってたので」
「なら分かるだろう。これはただの英雄譚ではない。『勇者』という偶像を、1人の『人間』に引き戻す物語だ」
(人間……か)
霧橋の宿でドワーフの爺さんが言っていたことを思い出す。
『英雄の正体は、誰かのために踏み出す一歩だ』と。
「そして、この楽譜……」
座長はもう一つの包み、封印された楽譜に手を伸ばす。
封蝋が割られ、譜面が開かれる。
「……なんと」
座長が息を呑んだ。
俺も気になって覗き込む。
そこには、音符と共に複雑な魔法陣のような図形が書き込まれていた。
(これ、ただの楽譜じゃないぞ?)
「魔法……?」
「そうだ。これは『音魔法』の術式が組み込まれた譜面だ。演奏することで、観客の心に直接情景を届ける……禁忌に近い高等技術だよ」
(音楽で魔法を使う……吟遊詩人みたいな?)
この世界には、そんな技術もあるのか。
魔法陣のことは、よく分からないんだよな。
スキルとはまた違うのかな?
「これを届けてくれたこと、心から感謝する。これでようやく、彼の魂を舞台で昇華させることができる」
座長は深々と頭を下げた。
「報酬はギルドを通して支払われるが、私からも礼をさせてほしい」
そう言って座長が差し出したのは、金色のチケットだった。
「これは?」
「特別優待券だ。いつでも好きな時に、最前列で観劇できる。……連れのお嬢さんも一緒にね」
座長は、俺の隣で縮こまっていたユラにウインクをした。
「え、あ……私は……」
「芸術に種族は関係ないよ。君のような可愛らしいお嬢さんなら、舞台も華やぐというものだ」
(多様性に理解のある人だ)
この街がそうなのかも。
他種族が行き来する貿易都市だからこそ、種族間の理解がある?
いや、逆もありそうだな。
フードを目深にかぶっても獣人だと誰が見ても分かる。
でも、それでも普通に接してくれている。
ユラが少しだけフードを持ち上げ、驚いたような顔を見せた。
「ありがとうございます」
「公演は来週からだ。ぜひ観に来てくれたまえ」
◇ ◇ ◇
劇場を出ると、日は傾き始めていた。
「いい人だったな、座長さん」
「……うん。変な人だったけど」
ユラの手には、金色のチケットが握りしめられている。
大事そうに、その端を指でなぞっていた。
「観に行く?」
「……タケルが行くなら、ついでに観に行こうかな」
「来週からだって」
「……へえ。そうなんだ」
ユラは感情を出すのが苦手みたいだけど、隠すのも苦手っぽいな。
これからいい思い出をいっぱい作ろう。
(さて、任務完了だ)
肩の荷が下りた気分だ。
けど、まだやることはある。
クエストの完了報告は明日でいいか。
「今日泊まる場所を探さないと」
「そうね。トラベルの休める場所も」
◇ ◇ ◇
裏通りに入ったところで、ユラが足を止めた。
「……ねえ」
「どうした?」
「あそこ」
指差した先には、小さな露店があった。
猫耳や犬耳の獣人たちが、輪になって話している。
(獣人の集まりか)
「行かないのか?」
「……今日は、いい」
ユラの小さい耳がパタパタと動いていた。
(集落から近いみたいだし、知り合いとかいるのかな?)
◇ ◇ ◇
宿探しは意外に骨が折れた。
大通り沿いの宿は旅芸人や商人で満室が多く、料金も高い。
数軒回った末、裏通りの石造り二階建ての宿に空き部屋を見つけた。
一階は食堂で、香ばしい焼き肉の匂いが漂っている。
「馬は裏庭の小屋に預けられるよ」
宿主の女性がにこやかに言う。
「ありがとうございます」
(これでトラベルの心配もしなくて済む)
窓からは夕日が差し込み、影が部屋の隅を伸びていた。
(馬代を差し引いても……宿代はカホンよりだいぶ高いな)
「明日は買い物行って、ギルド行って。ユラはどうする?」
「……ねえ、タケル」
「ん?」
「さっきの人たち、言ってた」
(さっきの?)
「何を?」
「最近、獣人が消えるって」
「それって! ユラをさらった奴らってこと!?」
「分からない。でも……」
ユラはうつ向いた顔をたまにする。
言い辛いことがある時か、何かを決めた時だ。
(放っておけばいい)
あの距離の会話なんて、俺には聞こえない。
わざわざ知らせる必要なんてない。
聞こえないふりをすればよかったんだ。
(逆の立場なら、俺ならそうした気がする)
逃げ出した場所に、戻るようなものだ。
俺が病室に戻るようなものか。
いや、それはまた違うか。
「すごいな、ユラは」
「なによ」
(怖いくせに)
「前に進もうとするのがさ」
「別に、そんなんじゃないわ」
ユラは口を尖らせる。
「じゃあ一緒に――」
「ダメよ、分かるでしょ? 彼らはヒトを警戒するわ」
「それじゃ、どうやって?」
「私が調べる」
(いや、それは……)
ユラの顔には決意のようなものが見えた。
(言っても聞かなそうだな)
「いい? 絶対に無理はしないこと!」
「大丈夫。私は臆病だから。ちゃんと引き際は見極めるわ」




