第20話 盤上のイレギュラー
カホンの冒険者ギルド、支部長室。
深夜の静寂の中、私は手元の黒い石板を指先でなぞっていた。
窓の外からは虫の音が聞こえるが、私の部屋には重苦しい空気が沈殿している。
エナックの画面が光る。
表示されているのは、ギルドマスター権限を持つ者だけがアクセスできる、特殊な情報共有チャンネルだ。
◇ ◇ ◇
【件名:タール荒野における異常気象およびワイバーンの死骸について】
送信元:[レベック支部/GM]
[レベック支部/GM]
調査隊からの報告。
タール荒野の街道付近にて、ワイバーンが討伐された。
損傷が激しく、半身が焼け焦げていたそうだ。
付近には馬車の残骸あり。
討伐パーティは不明。
[王都本部/解析班]
この時期にワイバーンが荒野まで南下するのは稀だ。
悪天候が続いたせいかもしれない。
痕跡から推測される討伐者の規模は?
[レベック支部/GM]
それが妙だ。
矢の痕跡から亜人の部隊がいたことは推測できるが、
致命傷となったのは魔法攻撃の痕跡だ。
それも、上位魔法クラスの熱量。
そんな魔法使いがこの辺境にいるとは登録データにない。
[カウベル支部/GM]
うちの登録者じゃねえな。
そもそも荒野を越えるような手練れは最近来てない。
[ヘグム支部/GM]
楽しそうでいいですね。
平原の草花は穏やかです。
[レベック支部/GM]
@[カホン支部/GM]
モーリン、そちらの管轄に近い。何か情報は?
◇ ◇ ◇
画面を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
指先を動かし、無機質な文字を打ち込む。
[カホン支部/GM]
該当者なし。
現在調査中。
詳細が分かり次第報告する。
送信ボタンを押し、私は椅子に深く背を預けた。
革の軋む音が、嘘をついた私の心臓の音のように響く。
「……嘘つき」
自嘲気味に呟く。
該当者なし、なんて大嘘だ。
心当たりなら、ありすぎるほどある。
イケモト タケル。
先日、私がレベックへの配達を依頼した新人冒険者。
レベルは一桁。
装備は貧弱。
それなのに、理論上ありえないスキル構成を持つ青年。
手元のエナックが短く震えた。
共通チャンネルではない。
タケルからのメッセージだ。
◇ ◇ ◇
From:タケル
『お疲れ様です。
報告が遅れました。
馬車が壊れましたが、みんな無事です。
ムスターはカホンに帰還すると思います。
あと、道中でワイバーンに襲われました』
To:タケル
『無事でなによりだわ。
こちらにもその情報が回ってきたところよ。
まさかタケルが倒したの?』
From:タケル
『通りがかりの亜人パーティに助けてもらいました。
あと、その時に魔法を使っちゃいました。
報告してなかったんですけど
カホンの祠でSPが入ったので
火属性魔法をいくつか取ったんです』
◇ ◇ ◇
画面の文字を見て、私の眉間のシワが深くなる。
「……計算が、合わないのよ」
私は手元のメモ用紙にペンを走らせた。
彼が申告しているスキル。
戦士ボード:〈フィジカル・ブースト〉
盗賊ボード:〈探知〉〈ステルス〉
水魔法ボード:〈フォッグ・クラウド〉
商人ボード:〈鑑定〉
共通ボード:〈剣マスタリー〉〈マナブースト〉
意味が分からない。
〈フォッグ・クラウド〉は水属性。
なのに今回、火属性魔法を"いくつか"取ったという。
『火を灯せる者は、決して水を操れない』
常識だ。
2属性を扱える冒険者はそれなりに居る。
でも相対する属性を扱える者なんて、物語の中でしか見たことがない。
相反するマナが反発し、最悪の場合、廃人になると言われている。
だからこそ、安全に魔法を行使するための『魔導具』が発展したという、歴史的背景すらある。
タケルの特性『特異特性(仮称)』は、このマナ適正の理すら無視できるの?
ワイバーンの半身を消し炭にするほどの火力となれば、初級魔法ではない。
可能性としては中級が一番高いか……さすがに上級は無いだろう。
しかし、中級魔法を取得するには初級の取得が前提条件。
さらさらと数字を書き連ね、最後に合計値を出す。
そして、彼が持っているはずの最大SP値と比較する。
「……足りない」
絶対に、足りないのだ。
彼が祠で得たSPと、レベルアップで得るSP。
どう甘く見積もっても、これだけのスキルを解放するだけのポイントは、今の彼のレベルでは捻出できない。
彼の特性は、全ての職業スキルを取得できる、というものだと思っていた。
だが、それだけでは説明がつかない。
"選択肢が多い"ことと、"それを取得するコストがある"ことは別問題だからだ。
(タケル。あなたはまだ、私に隠していることがあるわね?)
それはおそらく、スキルの取得コストに関すること。
何にせよ、それが公になれば、彼は間違いなく自由ではなくなる。
魔法協会も、騎士団も、目の色を変えて彼を確保しに来るだろう。
特に王都の魔法協会は、古い因習と特権意識の塊だ。
彼らは自分たちの理論体系を崩す存在を許さない。
かつて、属性の理を逸脱した存在が"研究"という名目で王都に消えた例がある。
その結末を、私は一つしか知らない。
(まったく……とんでもない爆弾を抱え込んでしまったものだわ)
恐怖にも似た戦慄。
だが、同時に口元が緩むのを止められなかった。
私は王都での出世競争に嫌気が差して、こんな辺境の支部に流れてきた身だ。
だが、まさかこんな場所で、世界の理を覆す"特異点"を拾うとは。
ギルドマスターとして、これほど面白い"駒"はいない。
彼が成長しきった時、この世界のパワーバランスすら崩しかねない。
あの腐った王都の古狸たちが、彼の存在に泡を吹く顔が目に浮かぶ。
(私は、彼を守る)
それは彼への情けではなく、カホン支部の利益のため。
そして何より、彼がどこまで登り詰めるのかを見てみたいという、私個人の好奇心のために。
成長を見届ける。
手伝いはするけど、こちらからは知識は与えない。
自身の影響力と無知さを身をもって学ぶべきだと思う。
(きっと、その方が強くなれる)
私は表情を引き締め、返信を打ち込んだ。
◇ ◇ ◇
To:タケル
『報告ありがとう。
ワイバーンの件は、こちらでもみ消しておくわ。
通りがかりの亜人パーティが倒した、ということにしておきましょう。
あなたはただの運び屋。
目立たないように動きなさい』
From:タケル
『助かります! ありがとうございます!』
◇ ◇ ◇
能天気な返信に、ふっと息を吐く。
「……目立たないように、なんて無理でしょうけどね」
画面を消すと、部屋は再び闇に包まれた。
私の指先は、まるで盤上の次の一手を測るように、楽しげに机を叩いていた。




