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盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~  作者: 上山マヤ
第5章 王都編

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第102話 黒の正方形

「王都陥落……具体的な日時は分かるかい?」


 エリックの静かな問いかけに、ユラはこめかみを押さえた。

 頭の中に溢れる記憶の残滓から、必要な情報だけを慎重に手繰り寄せるように口を開く。


「……次の、新月」

「明後日か。時間がないな」


 エリックが小さく息を吐いた。


「根回しの時間がないね。何としても事が起こる前に、ネームレスでルードを押さえる」


 彼は即座に決断を下し、素早く指示を飛ばし始めた。


「クリス、各ギルドに協力を要請してくれ。モンスターが大量召喚された場合に備えて、冒険者は王都で待機するようにと。各所への配置や防衛作戦は君に任せる」

「分かったわ」


 クリスが真剣な表情で頷く。


「僕は騎士団に直接掛け合ってみるよ。僕らの言うことで動いてくれるかは分からないけどね」


 テントの出口へ向かおうとするエリックの背中に、俺は思わず声を張り上げた。


「エリックさん! 俺も連れて行ってください!」


 一瞬、テント内の空気がピタリと固まった。

 ネームレスのメンバー全員の視線が、俺の一点に突き刺さる。


「君とユラがルードへ確執を持っているのは知っているよ。でも、悪いけど無理だ」


 エリックは振り返り、冷徹な瞳で俺を見据えた。


「足手まといがいると、僕たちまで危険になる。君を庇いながら戦える相手じゃない」


(エリックの言うことは、完全に正しい。当然の言い分だ。それでも……!)


「……なら、俺の実力を試して下さい。足手まといかどうかは、それから決めてください」

「ほう、面白い」


 これまで腕を組んで黙っていたカートが、低い声で喉を鳴らした。


「表に出ろ」

「……はい」


 大剣を背負い直してテントを出ていくカートの背中を、俺は追う。


「ちょっとカート! エリック、本当にいいの?」


 クリスが慌ててエリックの袖を引く。


「まあ、手加減はするだろう。納得させるにはちょうどいい」


 エリックは静かにそう答え、クリスと共に俺たちの後へ続いた。


「タケル……」


 ユラが不安げに俺の背中を見つめる。


「大丈夫、ここで待ってて」


 俺は小さく笑いかけて、テントの外へと出た。


 ◇ ◇ ◇


 王都地下、大空洞の広場。

 周囲にはまだ、他のパーティの冒険者たちが大勢行き交っている。


「ここだと他の冒険者も居て、迷惑になりませんか?」

「問題ない」


 カートが短く答えた瞬間。

 彼の足元から、地面が黒く染まり始めた。


(なんだ? 足元が……)


 黒い染みは一瞬で広がり、周囲の景色を飲み込んでいく。


(地面だけじゃない! 空間が……黒く塗り替わっていく!?)


 周囲の冒険者たちの姿も、喧騒も消え去った。

 残されたのは俺とカート、そしてエリックとクリスだけ。

 上下左右、どこまでも続く無機質な黒一色の空間に隔離されていた。


「うわあ、カートの馬鹿。使っちゃったよ」


 クリスが呆れたようにため息をつく。


「こんなところで切り札を見せるなよ」


 エリックもやれやれといった様子で肩をすくめた。


「突入するのは明後日だ。それまでにクールタイムは解消される」


 カートは背中の大剣をゆっくりと引き抜き、俺に向けた。


「かかってこい。この空間では、外部からの干渉は一切受けない。周囲への被害も気にする必要はない」


(どういうスキルなんだ?)


 認識した相手だけ閉じ込めてるのか?

 おそらく本来の使い方は、標的を逃がさないためのもの。

 確実に1対1で仕留めるための。

 自分の実力に絶対の自信がなければ、絶対に使えないスキルだ。


(出し惜しみはなしだ。今の俺にできることを見せるしかない)


 俺は灰の古剣にマナを流し込む。

 刀身が淡く明滅し、威力を増していく。


「剣を抜いた?」


 後方で見ていたエリックが、意外そうに眉を上げた。


(杖を使わなくても、魔法は撃てる!)


〈ファイヤー・アロー〉


 俺は左手の指先から火の矢を3発連続で発射する。

 カートの視界を塞ぐように牽制を入れる。

 そのまま低い姿勢で一気に踏み込んだ。

 

 マナを吸って加速した灰の古剣で、渾身の袈裟斬りを放つ。


 カートは表情一つ変えず、俺の全力の剣撃を大剣で受け止めた。


「器用なことを」


 カートが感心したように呟く。


「あの子、本当に剣も使えるんだ」


 クリスが目を見張る声が聞こえた。


(……反応が速い!)


 あの巨体なのに、俺よりも確実に速い。 

 少し小細工した程度じゃ、あっさりと対応されてしまう。


(それなら!)


〈ステルス〉


 俺はスキルの効果で自身の気配と姿を遮断する。

 カートの側面へ素早く回り込んだ。


〈フィジカル・ブースト〉


 さらに身体能力を限界まで引き上げる。

 渾身の力で剣を振り下ろした。


「はあぁッ!」


 カートが、自身を中心とした全方位への衝撃波を発生させた。

 俺の剣が届くより早く、爆発的な圧力が全身を打ち据える。


「ぐっ……!」


 俺は簡単に吹き飛ばされた。

 黒い床を数メートル転がってなんとか体勢を立て直した。


(くそっ! 今のは何のスキルだ?)


 俺の〈ステルス〉を看破せずに対応してきた。


「……〈剣マスタリー〉を取っているな?」


 カートが、冷ややかな声で静かに問いかけてきた。


(戦っただけで、そこまで分かるのか?)


「……はい」

「それは選択ミス、と言わざるを得ないね」


 エリックが首を横に振る。


「タケル、君の本来の適性は魔法だろう? それなら魔法のスキルボードにSPを集中させるべきだった。剣も魔法もと欲張って、スキル構成ビルドを失敗してきた冒険者を、僕は何人も見てきたよ」


 エリックの言葉は、この世界の常識に照らし合わせれば完全に正しいんだろうな。


「君が悪いんじゃない。正しい知識を教える指導者がいなかっただけだ」

「……まだ、俺は全てを見せていません」


 俺は立ち上がり、剣を鞘に収める。

 代わりに、ベルトから杖を抜き放った。


「カートさん、この結界みたいな空間を壊したら、元の世界に影響しますか?」

「壊す? 俺の『黒の正方形』は、あの勇者ラクレスでも壊せはしない。まだ何かあるなら見せてみろ、受けてやる」


 カートが大剣を肩に担ぎ、余裕の態度で挑発してくる。


「受けるのは、きっと無理です。あなたを殺したくありません」


 俺が真顔でそう告げると、カートが驚いたように目を見開いた。

 次の瞬間。


「くっ、はははっは!」


 カートが腹の底から楽しそうに笑い出した。


(見下したり、馬鹿にした笑いじゃない。本当に、喜んでいるような顔だ)


「カートの魔法防御の高さは、僕が一番よく分かっている。なのに、ハッタリに聞こえないのは何故だろうね?」


 エリックが目を細め、面白そうに口元を歪めた。


「いいよ、僕がダミーを出すから。それに撃ってみなよ」


 エリックが地面に触れると、魔法陣から黒い影の戦士が召喚された。


「この辺りでいいかい?」

「はい」


(座標を、あの囮に――)


 俺は目を閉じる。

 火のマナと水のマナを極限まで圧縮させる。

 二つの相反する属性を融合させる。

 

 静かに杖の先を囮へ向けた。


〈スチーム・バースト〉


 次の瞬間。

 まるで小さな星が膨張したように眩しく光り輝いた。

 やや遅れて、空気を切り裂くような破裂音が黒い空間に響き渡る。


 轟音とともに、高圧の白い蒸気が爆発的に広がる。

 囮は一瞬にして消し飛んだ。

 カートの作った黒い世界が、白い蒸気に飲み込まれた。


「……こんな規格外の力を、よく今まで隠せていたね」

「くくく。本当に、こんなイカれた奴が現れるなんてな」


 蒸気が晴れた後。

 エリックとカートが信じられないものを見たように笑っていた。


「この熱量、水の圧力……これが水魔法なの? あり得ないわ、こんな魔法は……」


 水魔法の専門家であるクリスが、完全に言葉を失って呆然と立ち尽くしている。


「いいだろう。タケル、君の力を認めよう」


 エリックが俺の元へ歩み寄り、はっきりと告げた。


「明後日の深層突入、僕のパーティで戦ってもらう」

「……はい」

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