27話:コンコンコン、コンコンコン
陽も沈んだ後だというのに、ツヴァイの町のギルドは随分と盛況だった。依頼の報告待ちと思われる冒険者、誰かが達成した依頼の品を受け取りにきたっぽい依頼人、遅くまで働いてる職員の皆さんと……お疲れ様です。
昼間に訪れるのとそう変わらないどころか、それ以上に人がいる。ギルド、24時間開いてるもんな。プレイヤーとしては便利なだけだが、実際に働くだとか、近所にあるだとかになったら、また違う感想を持つことになりそうだ。
さて、【騎獣】の解放の前にまず依頼ボードの確認。この時間帯でも、冒険者がボード前ではひしめいている。全く依頼表が見えない。
アインツより凄いな。俺があそこでギルドに行くようになったのは、少し後の方だった。だからプレイヤーまでもがボード前でひしめく様を見たのは、実は初めてだったりする。
どうしようかな。思いきって割り込んでもいいけど、それはあまりクール男子らしくはない気がする。
あ、誰かのメガネが落ちて踏まれて割れちゃった。ひぃっ!
神の加護で直るのかもしれないけど、同じ憂き目にはあいたくないし。また様子を見て来よう、そうしよう。
集団から距離をとって、人の少ない受付の方へと向かう。ちょうど大きな口を開けて欠伸をしていた男の前に立つと、彼は少し気まず気に咳払い。
「んん゛っ──どのようなご用件でしょうか?」
「【騎獣】の講習を受けたい」
「あー……またですか。はい、3,000Mで受けられますよ。最短で10分後に開始の枠がありますが、どうされますか」
慣れた様子で、机上で開きっぱなしだったファイルを差し示される。用意周到だ。まぁ、殆どのプレイヤーが受けにきてるだろうし、そらこうなるか。
受ける旨を伝えて金を払うと、あっという間に会場まで案内される。
免許更新とかで訪れることがありそうな大教室には、鮨詰め状態でプレイヤーの姿が並んでいた。端の方、あいていた席へと座る。隣はあっという間に二人組が来て前後で埋まった。
パーティメンバー同士で来ていることが多いようで、あちらこちらからスキルを取ったらどんな魔物に乗りたいか、という話題が聞こえてくる。
王道はやっぱりウマ系だったり、モフモフなオオカミやライオン、トラ型系統。少し変わり種としては、滑空したいし鳥に乗りたい!と拳を突き上げてるプレイヤーや、海の男になるから鮫に乗ってやると鼻息荒くしているプレイヤーも。中には、いつかドラゴンに乗ってやるんだい、と息巻いてる奴もいる。あ、たしかにいいな。めちゃくちゃカッコいいし、夢がある。
でも俺はやっぱり、馬の魔物に乗りたい。毛の色は黒。カッコいいし!だけど子供たちと旅をしてる身の上だし、もう少し何人か乗れそうな子のがいいのかな。どんな魔物ならできるのかは、いまいち想像つかないけど。ゾウとか?
「──オレはやっぱ蛇だな。吹雪を思い出すし」
「吹雪?」
「現実で飼ってるペット。綺麗な子なんだ」
おお。今ヘビって聞くと、俺の本から出てきてくれたナハシュしか思い出せないな。乗り物にするなんて、考えもしなかった。どこからか聞こえる会話に耳をすませる。
「ゼクスの廃鉱山に封印されてる大蛇がいるらしいし、早く行きてぇなぁ」
「おい、まさか私にまで付き合えとか言わないよな?」
「………頼むっ!!!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎだしたので、そこから先の情報はない。
だが気になる話だ。ゼクスってどこだっけと地図を開くと、このブリア王国の北の方にあるらしい。サクス帝国やレピュ・ラフ神聖王国とか、他国に近い場所の。帝国にはあまり近づきたくないが、さすがに蛇の話はあまり無視できない。
ちらりと、ボックス内にしまってある本を見る。『廻る知恵嗤う蛇』。これを購入したのも、俺のこのゲームでの縁だろう。できるならば、このイベントは全て走りきりたい。
……まぁその町はブリア王国内なんだし、行く選択肢の一つくらいにはしていいだろう。レピュ・ラフ国へ行くなら、通り道だし。
ここで、カラリと前方から音がした。
ギルドの制服を着た女性が入ってくる。どうやら講座が始まるらしい。姿勢を正す。せっかくお金払ったんだ。絶対モノにしたい。
「──今までの旅の中で、魔物とは倒すべき敵となっておりませんか?」
「ですが今日から、この講義を受けた後から……それはもう違います」
「彼らは、あなた方の大切な友にもなるのです」
……
『【騎獣】を習得しました』
よし!!
一時間くらいの講義が終わり、ゾロゾロ皆が退席していく。俺もひっそり腕を伸ばして、凝り固まった身体をほぐす。
座学だけとはいえ、一応乗り方は理解できて良かった。実践タイプの講座も受けたかったが、ないものは仕方がない。
他の人の流れに乗って席を立つ。教室を出て階下に降りていくと、相変わらずギルドは混んでいた。だが俺はその中で、見覚えのある姿を見つけることになる。
「……ウカ?」
「あ、カルさん。きっと出会えると思っていたよ」
いつも通り、怪しく目深にフードを被りながら、ひらりと手を振る少年が一人。他の冒険者とは距離をとるように柱の影に身体を預け、冒険証を片手に佇む姿は不審者である。知り合いじゃなかったら、とても声なんてかけない。
「依頼でも受けに来たのか?」
問いかけると小さく頷く。彼の持つ冒険証の上に、依頼の一覧がざらっと並んでいた。え、そんなことできるの。こっそり自分の冒険証も取り出してみると、ツヴァイの誰かが出したのだろう依頼がポップアップする。
こんな性能が!考えてみれば、背の低いドワーフ族とかじゃ、上手く依頼ボードに近付けても中身をきちんと見れないだろうし、必要なものだろう。飛ばしたチュートリアルとかで、実は説明されてたんだろうな。背に汗を垂らす。
「何かいいものは?」
「うーん、あんまりないかも。この辺り、とっても平和なんだね」
そっか。ランクが違うから、出てくる依頼も違うのか。自分のやつに出てきたものと違って、彼の冒険証の上に表示される依頼数はかなり少ない。既にランクCなんていってるプレイヤーはいるわけないし、そんなもんか。
「ねぇ、カルさん」
ぼんやり考え事に耽っていると、目の前で軽く手を振られる。ごほん、咳払い。どうした?と首を傾げる。
「良ければ、少しどこかで食べないかい?」
ふむ、やぶさかではない。この町ではまだレストランとかを見かけていないが、どこかあっただろうか。
「あの子たちも呼ぶか?」
首を振られる。気まず気だ。二人で食べたくないという意味ではないので、慌てて否定するとそこは誤解していないよと返答。良かった、俺がコミュ障なばかりに誰かを傷付けるなんてことがなくて。
「……実はもう三人には、カルさんと食べてくるって言ってしまってるんだよ」
へらっと、イタズラがバレてしまった子供のような笑みを浮かべられる。
「私と出会えなかったら、どうする気だったんだ」
「その時は一人で食べて帰るよ。だから、そうならなくて良かった」
「……そうだな」
「それで、いいかな?」
下から見上げる形で覗き込まれる。こんな不審者スタイルをしてるのに、やっぱり小柄なんだな。フードの影からのぞく両目は真っ黒。右目は視線もあっていない。
「ああ、行こうか」
破顔する彼に連れられ、ギルドを後にする。依頼の見方は分かったんだし、また明日でもいいだろう。
すっかり日も落ちた町を歩く。街灯が少ないこの町では、月と星灯りだけが頼りだ。時折、誰かがスキルでつけた火がゆらゆらと揺れる。
ツヴァイのことなんて全然知らないので、ウカの後ろを連れられるままに続いた。彼の足取りはしっかり迷いなく、中心から少し離れた場所へと進む。借りた家とも違う方角。隠れ名店とかじゃない限り、こんな場所に店があるようには見えないが。
「まだかかるのか?」
「うん、でももう少しだよ」
こんな会話も既に二回目。ウカのことを疑いたいわけではないが、流石に少しおかしくないか。そもそもウカだって、今日この町には来たばかりだ。過去に来たことがあったというならば、もちろん話は別だけれども。
「……どんな店なんだ?」
「おいしいお店だよ、楽しみにしていてほしいな」
サプライズを画策するなら、こうして隠すのは理解できる。だけどコイツはこんなに、人を不安にさせてまで強硬するような奴だったっけ。
……周囲が暗いとダメだ。思考まで、ますます暗くなってしまう。悪い方に、悪い方に。
──町外れの空き家が立ち並ぶ、こんな場所が悪いのだ。人工的な明かりなんてまるでなくて、目の前にいるはずのウカの姿だって闇夜に隠れてしまいそうなんだもの。見えないバリアで出入りは叶わないが、野生の魔物が彷徨いてるのが見えるほど外に近いのも良くない。
「──【幻式】」
色とりどりの、幻想的な火花が辺りに散る。空高く打ち上がってはいないが、それこそ花火のように。
レメだけじゃなくヨーリアも評判なので、けっこうよく出してるものだ。俺としてもお気に入り。
幻でも明るくなるし。そんな軽い気持ちで使ったスキルだった。たぶん、きっとそう。
「……おっと」
なのに──煌めく閃光が、少年を貫通しているなんて。
足は、思わず止まった。懐から、本を取り出す。
幻使いなんだから、考えるべきだった。他人だって幻を使ってくる可能性を。
自分はこんな長時間、幻を維持することなんてできないけれど。つまり、相手はそれほどの実力者ってことだ。
彼の姿をした"何か"が、こちらを振り返る。
視線は合わない。そういえば、彼は左目がいつもどこかおかしいのだ。明るい冒険者ギルドで俺に焦点が合っていなかったのは、たしか逆側だったのだけれど。思い出した瞬間、少年の真っ黒な右目が俺を貫いた。
「……っ、」
息を呑む。直後に、ウカの姿は空気に溶けるように消えていた。俺は一人、町の外れに残される。周りは人が出ていってしまって暫く経った後のような、ボロボロの空き家ばかり。壁や屋根がしっかりあれば良い方で、そこすらしっかり存在しない家々も何軒か見受けられる。
逃げなきゃ。
誰が何の意図を持って、俺をここに誘導したのかは分からないけれど。町中で悪意を持ってスキルを使ってくるなんて、神の加護を受ける気すらない相手の仕業に決まってる。八神の加護を失えば、HPの回復すら容易にできなくなるというのに。
急いで、その場から逃げようとした。
中心の方まで戻れば、まだ何とかなるはずだ。
──コンコンコン
空き家のうちの一つから、音がした。走りかけていた足を止め、後退りをしながらゆっくり振り返る。
それは古い教会だった。
何の神を祀っていたのかは分からないが、朽ちた祭壇がもの寂しく残っている。屋根や壁もなく、こちら側には扉もない。元はあったのだろう場所では、錆びた蝶番だけが風に揺れている。
コンコンコン、コンコンコン
その奥、町の外へと繋がっていそうな勝手口だけは、しっかりとした鉄製の扉が残っていた。そこが、叩かれている。見えない幽霊とかじゃなきゃ、たぶん外側から。
奥にいるのは魔物か、それとも表立って入り口を通り抜けることができない身分の誰かか。
背筋が凍る。
ここにいちゃいけない。俺は今は一人だ。だから。
クールもかっこよさも何もかも全て投げ捨て、改めて駆け出そうと上体を捻った。
のに、
「だれか、だれかいるの?」
「だれかいるんだ?ここをあけて!」
「あけて、あけてよ!」
子供の声が聞こえた。
今度こそ完全に足が止まり、俺は再び振り返る。
声はおそらく、まだ声変わりも迎えていない幼い少年のものだ。
見回しても姿は見えないけれど──当然だ。
だってその音の出所は、
コンコンコン、コンコンコン
一定のリズムで叩かれ続ける扉の、その奥からなのだから。
動画【ギルド 美食の豚活動記録:ツヴァイの新グルメについて】より抜粋
「ツヴァイ町はブリア王国内でも一番の農業都市なんです。ですが交通の便がそれほど良くないことも手伝って、あまり食事処はないんですよね。住民の方々には殆ど外食の習慣もないので、中心街に数軒の居酒屋があるくらいなんです。
外からも平時は人が来ないので、屋台の類も少ないですね。」
「ただ港町ドライに地理的には近いので、ちゃんと道を整備さえすれば、大きな商圏を築きうるんですよ。第二や第五サーバーではプレイヤーが実際にそうして、美食の町を作り上げましたからね。
ですので今いらっしゃるサーバーで、美食を作り上げるのは貴方かもしれませんよ。」
「さてではここで、私たちが総力を上げて調べた、各サーバーの美食をお届けしていきましょう!」
誤って投稿するミスを一度犯しました




