後編
そうして、魔王は勇者に連れられ人間の暮らす国へやって来た。
人間の王がいる城の裏にある離れのような建物に、魔王は入れられた。「ここで待っていてくれ」と言って、勇者はその建物を覆うように結界を張って去っていった。
建物の中は綺麗に整えられていた。家具が置かれ、ベッドや着替えなども用意されている。暇潰しの為の本やボードゲームも沢山あった。
けれど、魔王は一人きりだった。
数日が過ぎても、ずっと一人だ。
勇者は一度もここを訪れない。ここに来てから、彼の顔を見ていない。
魔王を恐れ、人間は誰も近づかない。
結局、魔王は以前と変わらず一人だった。
窓を開けてぼんやり空を見上げる日々を過ごしていたら、勇者の名前が聞こえた。噂話に耳を傾ければ、どうやら彼は王女様と結婚するらしい。
「結婚…………」
ポツリと呟く。
そうして魔王は漸く自分の勘違いに気づいた。
キスをされたから。一緒にいたいと言われたから。勇者は自分に特別な感情を持っているのだと思っていた。
でも、深い意味などなかったのだ。一緒にいるというのは同じ国に一緒にいる。ただそれだけの事で、勇者にとって魔王が特別な存在だとか、そういう事ではなかったのだ。
よく考えたら当たり前だ。
彼は勇者で、自分は魔王だ。彼は倒さずに魔王を捕獲するため、あんな事を言ったりキスをしたりしたのだろう。
それを真に受けて、これからは彼が傍にいてくれるから一人じゃなくなる、と舞い上がってしまった。
恥ずかしい。魔王である自分の傍にいたいと思う者などいるはずがない。
どうせ一人なら、どこか遠くへ行きたい。ここではない場所で、誰も来ない場所で、一人になりたい。
魔王はここを離れる決意をする。
何も言わずに出ていけば、また勇者が捕まえにくるかもしれない。だから置き手紙を残す事にした。
『私は旅に出る。
決して人間を傷つけたりしないと誓う。人間に害が及ぶような真似は絶対にしない。
魔王である私の言葉など信じられないと思うが、どうか信じてほしい。捜さないでほしい。
お幸せに。』
勇者に宛てて書いた手紙を残し、魔王は深夜にそこを抜け出した。結界が張ってあるが、すんなり抜けれた。結界の力が弱まっていたのだろうか。
夜のうちにできるだけ遠くへ行きたい。魔王は人のいない森の中をひたすら歩いた。
自分がどちらの方角へ進んでいるのかわからないが、とにかく今は城から離れる事に専念する。
最終的な目的地は決めていた。ここからずっとずっと離れた北の地に、人間が寄り付かない場所があるらしい。そこは人間にとって毒となるガスが蔓延している。だから人間は決して近づかない。
だが、人間ではない魔王なら大丈夫だろう。
人間の近づかないその場所で、魔王は一人で静かに生きていく。そう決めた。そこならば誰にも迷惑はかからない。問題はないはずだ。
外見は人間とほぼ変わらず、先代の魔王のような強大な力は持っていないが、魔王は人間よりもはるかに体力がある。そして魔王の体は食事も必要としない。
夜が明けて朝が来ても魔王は休憩もせずに歩き続けた。朝が過ぎ、昼になり、また夜がやって来る。
そこで漸く魔王は足を止めた。人間よりもはるかに体力があるが、永遠に歩き続けられるほどではない。
疲労を回復するため、寝る事にした。宿などに泊まるつもりはなく、森の中で野宿だ。
そのまま地面に横になる。寝心地は良くないが、寝られないわけではない。
心配なのは、野性動物などが近づいてこないかだ。うっかり魔王に噛みついて、牙が肌に触れてしまったら動物の方が死んでしまう。
しっかり着込んで肌は露出していないので大丈夫だと思いたい。フードを目深に被り、マスクでしっかりと口元を覆い、極限まで露出を抑えておく。
目を閉じてじっとしていると、思い出すのは勇者の事だ。
魔王がいなくなった事にもう気づいているだろうか。魔王を訪ねてくる者などいなかったのだから、まだいなくなった事にすら気づかれていないかもしれない。
魔王がいなくなった事を知ったら、勇者はどう思うだろう。清々したと思うだろうか。折角捕まえた魔王に逃げられて悔しい思いをするのだろうか。それとも魔王の事などどうでもいいのかもしれない。
会ったのは一度きりで、もう二度と会う事はない。
けれど勇者の意思の強そうなまっすぐな双眸は鮮明に思い出せる。目に焼き付いて、離れないのだ。
魔王はなかなか眠りに就けなかった。数時間浅い眠りを繰り返し、それから漸く深い眠りに落ちていった。
どれくらいの時間眠っていたのか。もうすっかり明るくなっているのを感じ魔王はゆっくりと瞼を開けた。
「!?」
すると顔を覗き込むようにこちらを見下ろす人間の青年の顔がすぐ近くにあって魔王はぎょっとした。
青年に触れないようにしながら体を起こし、バッと離れる。
こんな森の中に人間など来ないだろうと油断していた。もし寝ている間に肌に触れられていたら、彼は死んでいた。
人間は傷つけないと誓うと手紙に書いたのに、その誓いを早々に破ってしまうところだった。
青ざめる魔王を見て、青年は申し訳なさそうに苦笑する。
「驚かせてごめんね。こんなところに倒れてるから、もしかしてその……死んでしまっているのかと思って……」
青年の言葉に納得する。確かに端から見たら人が倒れているように思えただろう。
「大丈夫。生きてる」
魔王は立ち上がり服の汚れを払う。
青年も立ち上がり、窺うように魔王を見た。
「そうみたいだね。でも、もしかして体調が悪いの? だから倒れていたんじゃないの?」
「倒れてたわけじゃない。寝てただけ」
「寝てた……?」
魔王の説明に青年は怪訝そうな顔をする。
「え? こんな森の中で? テントとかもなく? そのまま地面に寝てたって事?」
「そう。野宿してたの」
「野宿……」
魔王の言う野宿と青年の思う野宿には明らかな違いがあるようだ。信じられないといった様子で彼はまじまじと魔王を見つめる。
「えーっと……じゃあ何で野宿してたの? 女の子一人で森の中で野宿なんて危険すぎるよ」
彼から見たら自分は無力な人間の少女なのだろう。
自分は人間ではなく魔王なのだと言うわけにもいかない。だとしたら、どう誤魔化せばいいのだ。いっそ魔王だと言ってしまおうか。そうしたら恐れて逃げていってくれるかもしれない。しかし見た目が完全に人間の少女だから魔王だなんて言っても信じてもらえない可能性が高い。
悩んで何も言えずにいると、それを青年は勝手に解釈する。
「もしかして、家出してきたとか……?」
「家出……」
「何か、家に帰れない事情があるとか……?」
「…………うん」
青年の言葉にこくりと頷く。
自分の家だなんて思った事はないが、魔王城にはもう帰れない。帰るつもりもない。勇者のところにも。
「そっかぁ……」
青年は腕を組み何やら考えている。そしてパッと顔を上げて魔王に言った。
「それなら、うちに来る?」
「え……?」
「行くとこがないならうちにおいでよ」
「それは、無理」
魔王はふるふると首を横に振った。
万が一肌に触れてしまったら殺してしまう。正直、こうしてただ話しているだけでも魔王は気が気ではないのだ。
しかしこちらの事情を知らない青年は、親切でぐいぐい詰め寄ってくる。
「遠慮する事ないよ。一人暮らしだし、ちょうど部屋も余ってるんだ。女の子が野宿なんて危ないからダメだよ。家に帰れないなら、好きなだけうちにいてくれて構わないから」
「…………」
本当の事を言えないのでどう断るべきか考えあぐねていると、
「エリーリア……っ」
「っ……」
それが自分の名を呼ぶ声なのだと、魔王にだけはわかった。そして魔王をその名で呼ぶ相手は一人しかいない。
「レイド……」
現れた勇者は、魔王と青年の間に立ち塞がる。勇者は何故か魔王に背を向けて、魔王を庇うように青年と対峙している。
逆じゃないだろうか。人間を背に庇い魔王と対峙するのが、勇者として正しい行動ではないのか。咄嗟の事で間違えたのだろうか。
「レイド、私、その人間を殺そうとか考えてなくて……貴方との約束、破るつもりはないの」
「あ? そんなのわかってる」
勇者はあっさりそう言った。ならば、どうしてそんなにピリピリしたオーラを放っているのか。
「……というか、どうしてレイドがここにいるの?」
今更な疑問が浮かび上がる。
ひょっとして魔王を捕らえに来たのだろうか。やはりあの置き手紙の内容を信じてもらえなかったのか。魔王を野放しにするのは危険だから連れ戻され、再びあそこに閉じ込められてしまうのか。
信じてもらえなかった事に悲しい気持ちになる。でも、信じられないのも当然だろう。魔王の言葉など、信じられるはずもなかったのだ。
勇者はこちらを振り返り、魔王を見る。久しぶりに彼の顔を見た。彼は変わらずまっすぐな視線を魔王に向ける。
「どうして、じゃないだろ。一緒にいるって言ったのに、お前が先に出て行っちまうから追いかけてきたんだろーが」
「え……?」
「まあ、待たせちまった俺も悪いけど。勝手に一人で行っちまう事ねーだろ」
勇者は拗ねたようにそう言った。
魔王はポカンと彼を見つめる。
「私の事、連れ戻しに来たんじゃないの……?」
「もう戻る必要ねーよ。やる事は全部済ませてきたからな」
「…………」
「エリーリアが行った事のない場所に行こうって話しただろ。忘れたのか?」
「忘れてない、けど……」
「俺と一緒に行くのが嫌になったのか?」
魔王はふるふるとかぶりを振る。
「違う、嫌じゃない……」
「じゃあ何で、俺を置いてくんだよ」
「レイドは、王女様と結婚するって聞いたから……だから、私とは一緒にいられないと思って」
魔王の言葉に、勇者は顔を顰めて頭をガシガシかきむしった。
「あークソ、お前の耳にまで入ってたのか」
「結婚は? 王女様はいいの?」
「結婚なんかしねーよ。するつもりもない。俺が断ってんのに、周りが勝手に盛り上がって勝手に話進めてただけだ」
「そうだったの……」
「俺が一緒にいたいと思うのはエリーリアだけだ」
「っ……」
勇者の迷いのないまっすぐな言葉に、グッと心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
「もう俺を置いて勝手に一人で行くな。ずっと俺の傍にいてくれ」
「…………うん」
心臓が騒がしくて、頭がふわふわして、色んな感情が込み上げて、沢山彼に言いたい事がある気がするのに言葉にできなくて、魔王はただこくりと大きく頷いた。
魔王の心は深い安堵に包まれる。すると同時に、急激な眠気に襲われて、魔王の体がふらりと傾く。
勇者は魔王の体をしっかり支え、そのまま自分の膝を枕にして寝かせた。
魔王は安らかな寝顔で眠っている。
「きっと安心して気が抜けちゃったんだね」
魔王の寝顔を覗き込みながら青年が言った。勇者はギロリと彼を睨む。
「お前まだいたのかよ。てか勝手に見んな」
魔王を見つめていた時とはまるで違う冷ややかな視線を青年に向けた。
しかし青年は気にした様子もなくへらりと笑う。
「ひどいなー。ずっといたよ。それにその子の寝顔はさっきじっくり見させてもらったしね、今更だよ」
「ああ? つーかお前誰だよ」
「ただの通りすがりだよ。その子がこんな森の中で地面に直で寝ていたから、倒れているのかと勘違いして近づいたんだ」
「だったらもう用はないだろ。とっととどっか行け」
「そうだね。行くところがないっていう問題ももう解決しちゃったみたいだし。その子と一緒に住むのも楽しそうでいいなって思ってたのに、残念」
「はっ……こいつと一緒に住む? んなの許すわけないだろ。指一本触れもしないヤツがふざけたことぬかすなよ」
勇者は勇者らしからぬ悪態を吐き捨てる。
青年は特に気分を害したわけでもなく、きょとんと首を傾げた。
「指一本触れない……? って、何で?」
「何でもねーよ。いいからさっさと行っちまえっての」
「わかったよ。じゃあ、その子によろしく伝えてね」
青年は爽やかに手を振り去っていく。その姿を一瞥し、「誰が伝えるかよ」と勇者は忌々しそうに呟いた。
それから魔王の頬を優しく撫でる。自分の前で無防備に眠る彼女の姿に胸が温かくなる。
魔王がいなくなってしまったと気づいた時は焦ったが、こうして無事に会えて良かった。
勇者は魔王を閉じ込めていたつもりはない。彼女のいる場所に結界を張っていたが、それは中から出られないようにする為のものではなく、外から中に入れないようにする為のものだ。
魔王を自分だけのものにしたかった。他の誰かが彼女に近づき、その誰かに彼女が興味や好意を抱いたりするのが嫌だった。だから誰も魔王に近づけないようにしたのだ。
勇者はやるべき事を済ませる為に、そうしてしっかりと対策をしてから魔王の傍を離れた。
魔王と一緒に気兼ねなく色んな場所へ行く為に必要な事。それは魔族の残党狩りだ。魔王城へ乗り込んだ時に大分数は減らしたが、それでもまだ残っている。
そして生き残った魔族からすれば、魔王は裏切り者だ。彼女を殺そうと考えるだろう。だから魔族を片っ端から倒して回った。
この時、魔王を一人にしてしまったのが良くなかった。
早く魔王と二人きりで気ままな旅をはじめたくて、彼女に会いに行かず魔物狩りを優先してしまった。
その間に、勇者が王女と結婚するなどという馬鹿げた噂話が魔王の耳に入って、結果逃げられた。
その噂話が魔王の耳に入っていなければ。あるいは勇者がこまめに彼女に顔を見せに行っていれば。
魔王が勘違いしてあそこから出ていってしまう事はなかったのに。
でも、もう過ぎた事だ。魔王は今、こうして自分の手の届くところにいる。だから、もういいのだ。
漸く手に入った。魔王の頬を撫でながら感慨深い思いに浸る。
勇者が魔王をはじめて見たのは、魔王城の玉座ではない。魔王になる前の彼女を勇者は見ていた。
優れた勇者の資質を持って産まれたレイドは、幼い時から強い力を身に宿していた。
ある程度成長し、自分の力を使いこなせるようになった頃、レイドは魔王城へ向かったのだ。魔王を倒す為ではなく、ただの興味本位だった。
勇者の力で自分の姿を見えないようにし、気配を消し、魔王城の周辺を見て回っていた。さすがに城の中へ足を踏み入れるほど命知らずではない。そこまで自分の力を過信してはいなかった。
そして魔王城を囲む森の中で、魔王になる前の彼女を見つけた。その時は、何の力も持たない少女だった。
姿も気配も消しているから、少女はレイドに気づかない。森の中でポツンと一人で、膝を抱えるように座って花を眺めていた。
見た目は人間の少女だが、人間ではない。勇者の力を持つレイドは見ただけでそれは感じ取れた。そもそも、普通の人間の少女が魔王城がすぐ近くに見えるようなこんな森の中に一人ではいないだろう。
透き通るような滑らかな肌。宝石のように綺麗な瞳。今にも消えてしまいそうな儚げなその少女に、レイドは一目で心を奪われた。
攫ってしまおうか。無理やりにでも彼女をここから連れ去ってしまおうか。
そんな考えが湧き上がり、少女に向かって手を伸ばす。だが、彼女に触れる前にピタリと手を止めた。
連れ去るのはきっと簡単だ。無力な少女一人攫う事など容易い。
でも、レイドはそうしなかった。
この伸ばした手を、少女の意思で取ってほしい。自分でレイドの傍にいる事を選んでほしい。
その為に魔王を倒そうと決めた。魔王も魔族も倒して、魔王城も壊して、彼女の居場所をなくしてしまおう。行き場をなくした彼女に手を差し伸べるのだ。
レイドは世界の平和など興味がなかった。でもその時から、誰よりも強く魔王を倒す意志が芽生えた。
今の自分の力では、まだ魔王は倒せない。こんな事ならもっと早くからレベル上げをしておけばよかったと後悔しつつ、その日から地道にレベル上げをはじめた。
魔王を倒す為、毎日毎日魔族や魔物と戦い能力を高めていった。
だがしかし、レイドがレベル上げをしている途中で魔王が死んだ。そして自分の知らぬ間に、魔族達によってあの少女が魔王へと祭り上げられていた。
勝手に少女の体を弄くり回されたのは腹が立つが、そのせいで自分以外の誰も彼女に触れなくなったのは勇者にとって喜ばしい事だった。
実のところ勇者の力を使えば、魔王のこの力も抑える事はできる。そうすれば、彼女は相手を殺す事なく普通に誰にでも触れる事が可能になる。
だが、勇者はそうしない。魔王に触れるのは自分だけでいい。自分だけがいい。だから、魔王の力はそのままにしておく。
こちらの思惑など全く気づかず、警戒心もなく穏やかな寝顔を晒す魔王を見下ろし、密やかに笑う。
美しく、可愛くて、可哀想な、愚かな愛しい魔王。
これからはずっと一緒にいられる。もし彼女が自分から離れようとしても、絶対に離さない。
「俺だけのエリーリア……」
勇者はうっとりと微笑んだ。
魔王はパチリと目を開けた。自分を見下ろす勇者の顔が目の前にある。状況がわからず、パチパチと瞬きを繰り返した。
「起きたか、エリーリア」
「…………私、寝てたの?」
「ああ。ぐっすりな」
「ごめんなさい……」
勇者の膝を枕にしている事に気付き、魔王は慌てて体を起こした。
「別に。眠かったらまだ寝てていいんだぞ」
「大丈夫。もう眠くない」
「じゃあ、行くか」
勇者は立ち上がり、魔王も彼に手を引かれ立ち上がる。
「行くって、どこへ……?」
「どこへでも。行きたいところへ行こう。あ、戻るのはなしだけどな」
彼は本当に、自分と一緒にどこへでも行ってくれるつもりなのだ。屈託のない彼の笑顔に胸が温かくなる。
「因みに、エリーリアはどこへ行こうとしてたんだ?」
「北に……。ここからずっと遠くに、人間が近づけない場所があるでしょう?」
「ああ、人間にとって毒になるガスが蔓延してるっていう所か? 確かにそこなら人間は絶対に近づかないだろうし、二人きりになれていいな」
「レイドは大丈夫なの?」
「俺は勇者の力があるから平気だ。じゃあ、最終的にはそこを目指すとして、そこに行くまでにあちこち行って色々見てこよう」
「……本当に、レイドも行くの?」
「どういう意味だ?」
「だってレイドは……勇者ではあるけど、普通の人間で……私とは違う。人のいる場所で生きていけるし、人のいる場所で生きていく方がいいんじゃないの……?」
魔王の言葉に、勇者はあっさりと言う。
「言ってるだろ。俺はエリーリアと一緒にいたいんだよ。お前がいれば、それでいい」
人を惹き付ける彼のまっすぐな瞳に見つめられ、魔王は顔が熱くなるのを感じた。この感覚が恥ずかしいという事なのだろうか。胸がむずむずして居たたまれないような、でも心が浮き立つような感じもする。恥ずかしいけれど、自分は彼の言葉が嬉しいのだ。
「とりあえず、色々行ってみよう」
「うん」
「その前に、手袋外すぞ」
「え、どうして……」
「俺が傍にいるんだから、そんなに警戒しなくてもいい。何かあってもちゃんとフォローする。さすがに着込みすぎだ」
「あっ……」
手袋を奪われ、何とも心許ない気持ちになる。
「あとコレもな」
「あっ……」
深く被っていたフードも脱がされる。
「そしてコレも」
最後にマスクを下ろされる。
それと同時に素早く唇にキスをされた。
「!?」
突然の事に魔王は目を丸くする。
唇はすぐに離れていったが、勇者は楽しそうに笑みを浮かべている。
「何でキスするの……!?」
「したかったから。エリーリアも、したくなったらいつでもしていいからな」
何て、悪びれもせずに言ってくる。
まだ動揺している魔王の手を勇者は握り、歩き出した。指の間に彼の指が絡み、ピッタリと掌が重なり合っている。
誰かと手を繋ぐなんてはじめてで、そして素手で触れている事にも慣れていなくて、心臓がバクバクして、でも彼の温もりが伝わってくるのは嫌じゃない。寧ろ嬉しい気がする。
何となく、自分もぎゅっと彼の手を握ってみる。すると勇者が嬉しそうに顔を綻ばせた。
その彼の笑顔にまた心臓が高鳴る。
胸をドキドキさせながら歩いていて、ふと思い出す。
「そういえば、あの人間の男の人は?」
「…………は?」
勇者の眉間に深い皺が刻まれる。
「あの人はどこへ行ったの?」
「もう帰った。アイツはただの通りすがりだから、もう忘れていい。二度と会う事もないから、二度と思い出さなくていい」
「うん。でも、私の事心配してくれてたみたいだから、一言お礼をって思ったの」
うっかり寝てしまって、きちんとしたお別れができなかった。勇者の言う通りないとは思うが、もし再会できたらその時こそちゃんとお礼を伝えよう。
そんな事を考えていると、勇者がピタリと足を止めた。自然と魔王の足も止まる。
「どうしたの?」
勇者の正面に立ち、彼の様子を窺う。
するといきなり、また唇を重ねられた。
「んんんん~~~~!?」
しかし今度はすぐに離れていかず、そのまま唇を塞がれ続けた。
魔王は目を白黒させながら、深く濃厚なキスを受け入れる。状況を理解できず抵抗すら忘れていた。
抵抗されないのをいいことに、勇者のキスは三十分以上続いた。唇が離される頃には、魔王は立てなくなっていた。
「よし、これで忘れたな」
涙目になって足をぷるぷるさせる魔王を支えながら勇者はポツリと呟いた。
「歩けない……」
「大丈夫だ。俺が抱えていくから」
そう言って勇者は魔王を横向きに抱き上げる。
「これで行くの……?」
「別にいいだろ。誰も見てないし」
さらりと言われると、誰にも見られないのなら別にいいのか……と魔王も思ってしまう。立てないし、歩けないのだから仕方ない。勇者のせいなのだから、責任を取って運んでもらってもいいだろう。
そうして魔王は勇者に抱えられ、長い長い旅に出たのだった。
読んで下さってありがとうございます。




