第2話 居眠りルネ
ルネ視点
「ん……?」
目を覚ますと、そこは教室だった。
いつの間にこんな所に来たんだろう。私は、寮で眠っていたはずだ。また寝ぼけたまま教室まで歩いて来てしまったのかな。何だか最近こういうこと多いな。何でだろう。……まぁいいや。まだ眠いし、もう一度寝よう。私は再び机に伏した。
「ルネ……ルネ……!」
まどろみの中、私を呼ぶ声が聴こえる。遠くから聴こえるみたいに、何となくフィルタがかかったような、はっきりしない声。それが余計に耳障りだ。
うざい。私は眠いんだ。放っておいて。
「ルネってば!」
「もーなに? うるさいー」
私は眠い目を擦りながら起き上がり、そう言った。
覚醒してしまった。
「授業中に居眠りなんて不真面目にも程があるわ」
出た。
私が寝てるといつもいつも起こしてくる女。ジュヒとかいう名前のうざい女。私の中のブラックリストの最上位に要警戒マーク付きで点滅している程の女。正義感に燃えているのか何なのかわからないけど、正直うざい。迷惑。放っておいて欲しい。
だって眠くて寝たいんだ。邪魔だ。
私はまた机に伏して目を閉じる。
「ルネ! 寝ちゃダメだって言ってるでしょ!」
ああ、うるさい。誰かこの女を黙らせる方法を教えて欲しい。
「ジュヒ……ジュヒの方がうるさいよ……」
別の女の子の声。この声は、キリちゃんだ。ああ、さすがキリちゃん。私の気持ちがわかるのね。
「でもさ、キリ……やっぱり授業中に眠るのは先生に対しても失礼じゃない?」
「大丈夫よ、ルネちゃんは眠っててもちゃんと聞いてるから」
そう、そうなのよ。成績だって良くないけどそこまで悪くないのがその証拠。だから私は寝るの。
「それでも、やっぱり授業中に寝るのは……」
ジュヒは頭の固い女だ。もっとキリちゃんを見習うべきだと思う。
キリちゃんは優しい女だ。私のことも皆のことも考えている。
私は眠くて寝たい。そして皆は授業を受けたい。授業を邪魔しているのは、むしろジュヒの方。それをわかっているんだ。さすがキリちゃんは賢明な女性でもある。
「ルネちゃんには何言っても無駄だよ。放っておくのが一番」
その通り!
「……そうね、こんな怠け者に何言ってもしかたないわね」
また皮肉を言うジュヒ。怠けているわけじゃない。私はきっと睡眠が学習に代わる仕事なんだ。だって私は好きで眠っているわけじゃない。どういうわけか、どれだけ眠っても眠気が襲ってきてしまう。一種の眠り病だと学校の偉い先生には言われた。
「ところでジュヒ、あの話聞いた?」とキリちゃん。
「あの話? あの話って、どの話よ」
話題を逸らしてくれた。キリちゃん愛してるっ!
「ほら、ミキトくんが、先生にバレずにカンニングしたって話」
「何ですって! いつ! どこで! どんな風に!」
ガタタンという音の後に、バン、という音。
椅子を蹴って立ち上がり、机を手で叩いたような音がした。
「こらっ! ジュヒ! うるさいです」
あはは、怒られてやんの。
ざまぁみろだ。私の安眠を妨げた罰ね。
「それからルネも! 居眠りはしないように」
私も怒られた。ジュヒのせいだ。まったく、嫌な女だ。
……そして私は再び眠りに落ちた。
☆
目を覚ますと、心理学の授業中だった。
私の隣の席には、いつも男好きのユーナという女が座っているのだが、その日その時だけは、何故かミキトが座っていた。
ミキトは、私にとってはどうでもいい男子。花より団子とでもいうかのように、今の私は、男より睡眠だ。でも、あの厳しい監視の中でどうやってカンニングしたのかは、成績があまり良くない私としては気になる問題だ。
「ね、ミキト」
私は彼に話しかけることにした。
「え? な、何? ルネが話しかけてくるなんて珍しいね」
「あはは。まぁ、私が授業中起きているだけでも珍しいよね」
「ああ、まったくだ」
「どうして今日はミキトが隣なの?」
「ユーナがさ、急に席かわってくれって」
「ああ、そうなんだ」
そんなことはどうでもよかった。どうせ男大好きなユーナが、男に少しでも囲まれたいがために席交換を求めたんだろう。不真面目なミキトにとっても、彼が普段座っている席よりも後ろになるのだから、断る理由は無い。
ミキトと席をかわれば、ユーナはクラス男子の全員である四人に囲まれる形になる。事実、教室の右側では三人の男子と授業中だというのに堂々と談笑しているユーナの姿。
授業中ということもあり、ミキトは沈黙した。
そしてミキトは、キリちゃんの姿を眺めていた。
彼はキリちゃんのことが気になるようだ。
「ミキト」
「はい?」
話しかけたところ、弾かれたように体をビクっとさせてから、ミキトは私の方を向いた。
「カンニングしたって、本当?」
「え……ちょっと待ってよ、ルネ、そんなこと誰から……」
「風の噂でね」
「ルネが知ってるってことは……」
ミキトはキリの方をチラチラと見ながら呟くようにそう言った。
「もう皆、知ってるだろうね」
俯いた。ショックを受けているようだった。
「本当なの?」
という私の問いに、ミキトはこくりと頷く。
「そうなんだ……。どうやったの?」
「どうって……俺の、能力を使って……」
「能力? 何それ」
「――未来予知」
「そんなことできるの?」
「あれ? 知らなかった?」
未来予知か……そんなことは、私にはできないな。その方法でのカンニングは、私には無理だ。
「うん。知らなかった。正直今までミキトくんに興味なかったもん。ね! キリちゃん!」
今まで私たちの会話に興味を示さず、真面目に授業を聞いていたキリちゃんを無理矢理会話に巻き込んだ。ミキトにキリちゃんと話す機会を与えてあげようという気が利く私。
「え? うん」
私の質問をちゃんと聞いてか聞いてないのか、彼女は「うん」と言った。ミキトは大ショックを受けているようだ。たぶん「キリちゃんはミキトに興味が無い」という意味の頷きだと思ったのだろう。まるで地獄に落とされたように、ずずーんってなった。
「キリちゃん、今の話聞いてた?」
「ううん、全然。ごめん、適当に相槌打っちゃって」
ミキトは地獄から地上に戻ってきたような表情になった。
「あ、あの、キリ……」
ミキトがキリに話しかけようとすると、キリちゃんは、
「ごめん、今授業中でしょ? 後にしてくれないかな」
「い、いや、何でもないよ。別に用ってわけじゃないから。授業邪魔してごめん」
謝るミキト。
キリちゃんはミキトに微笑みを向けて頷き、また前方を向いて授業に集中し始めた。
「いくじなし」
私がミキトに小声でそう言うと、ポカと拳で軽く叩かれた。
「何すんのよ」
女を殴るなんて最低。
「八つ当たり」
と、彼が口をとがらせた、そんなタイミングで、また急に眠気が襲った。
「ごめん、ミキト……私寝るね。おやすみ」
「ああ、おやすみ、ルネ」
そして私は、また眠りに落ちた。
私の名前はルネ。いつも眠い。出席番号は十番目だ。