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孤児院にきゃあきゃあと甲高い笑い声が絶え間なく響き渡る。
本日も子供達は元気だ。
マリアの予想だと本日、殿下かリックが覗きにくるみたいだけど、目が合ったら気まずいわね。
いつ来られるのかとそわそわしていると、マリアが手を軽く2回叩いて子供達の注目を集める。
「さて皆さん、『遊びましょうか』」
ぴくっと子供達が反応する。
そう、これが始まりの合図だ。
「リア姉ちゃん、俺これしたい!」
「りあお姉ちゃん!」「ご本よんで!」
「お姫様ごっこしようー」「いっしょにクッキー食べよう!」
私に突進してくる子供達に聖母の微笑みを向けて、近くにいる子の頭を順番に優しく撫でていく。
「全部しましょうね。今日は一日一緒に遊びましょう」
「わーい!」「やったー! 最初は私ね!」「僕が先!」「これもするー!」
「こらこら、喧嘩しないの。順番にね」
事前にマリアと取り決めた合図により、私の右斜め後ろの窓辺りにターゲットがいる事がわかった。
一番いい角度で見える位置に場所を取り、アピールするためにもまずは室内で子供達と遊ぶ事にした。
「じゃあ、まずはシャロンと約束してた絵本を読んであげるわ。お膝にいらっしゃい」
ぽんぽんと膝を叩くとまだ4歳のシャロンは喜んで膝に乗ってくる。
他の子も周りに集まってくるのを見てから絵本を開く。
午前中は本の読み聞かせ、おままごと、折り紙にお絵かき。
お昼を挟んでお昼寝した後は、外でかくれんぼや鬼ごっこと本気で遊び倒した。
声を上げて大笑いして、はしゃいで芝生に寝転がって、髪もボサボサ。令嬢としては失格だ。
2、3ヶ月この孤児院で遊び相手になっているが、こんなにボロボロになるまで遊んだことはなかった。
正直楽しくて途中で台本から逸脱しそうになったが、思い出させるように遊んでいる途中でマリアが気配なく背後に立つ度に淑女にあるまじき悲鳴をあげてしまった。
茜色に染まる空。少しずつ薄暗くなってきた。
殿下なのかリックかわからないがもう帰っただろうか。もし殿下もきていたのなら声をかけてくれてもよかったのだけど。
その時用の台本も覚えているのだから。
こんな夕暮れ時のせいか会えなくて少し残念な気がした。
「あー! 楽しかったわ! 来週もまた遊びましょうね」
遊び疲れて目を擦っている子がちらほら見える。
子供達に笑顔を向けると来週もまた会えるのに涙を浮かべている。
この子達、演技派ね。
それとも本当に別れを惜しんでくれているのかしら。
どちらにしても嬉しい気持ちに変わりはないわ。
「泣かないで。一週間なんてすぐよ。来週も遊びましょうね」
涙を浮かべる子達をあやしてなかなか馬車に乗り込まない私をマリアと護衛に急かされて帰路についた。
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邸につき、心地よい疲れに身を委ねてベッドにうつ伏せになり、足をバタバタさせる。
「ねえ、マリア。来週は殿下もお誘いしましょう! きっと楽しいわ」
「畏まりました。今回でかなり好感度上がったと思われますので、その時は思う存分失言していただくと丁度いいと思います」
「まあっ、台本ないのね! やったわ! 私は自由よ!」
両手を上げてベッドから飛び上がり、部屋の中をくるくる回る。
「いくら私が天才だからってあんな窮屈な台本通りに進めるのって結構ストレスなのよね。ああ、人って不自由を知らなければこの開放感を得ることはできないのね」
指を組み合わせ、窓から見える三日月を憂いを帯びた顔で見上げる。
「お嬢様。一族郎党、路頭に迷いたいのですか。貴女様が好きに動くと侯爵家がどうなることか。私は恐ろしくて恐ろしくて……」
「いや、真顔で言われても全然恐ろしいって思ってないでしょう」
「ええ、何かあれば即座に抜けますので」
「忠誠心のカケラもないわね! この侍女は!」
「お金への忠誠心はございますが、命を賭けることは無理です。命あっての物種ですので」
「くっ! それはそうだけれどね! ……はあ、もういいわ」
話を切り上げベッドに倒れ込む。
ああ、眠いわ。でもとても楽しかった。
殿下もあの子達と遊んだら完璧すぎて面白みのない顔も崩れるわ。
「ふふっ」
殿下はどんな顔をするだろうと想像して思わず笑いが込み上げた。