8 -ライオネルside-
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レフィーリアを見送った後、執務室に戻り政務を片付けているとリックがコーヒーを持ってきた。
「顔がにやけてますよ、殿下。レフィーリア様のことを考えてるんでしょう?」
「こ、婚約者候補だし、今後のことを考えて思い出すこともあるだろう」
誤魔化すように咳払いをしてコーヒを口に含み、真面目な顔を作る。
チラチラとリックの顔を見ていると、私の言いたい事などお見通しだと言わんばかりのへらへらした顔で私の言葉を待っている。
「あー、リック。お前は彼女のことどう思う?」
「私が口を挟めることではございませんので差し控えさせて頂きます」
「そこをなんとか!」
作り物の笑みでバッサリ断られたが即座に頼み込む。
というか、王子の質問を即座に拒否するとはどう言うことだ。この侍従は。
「仕方ないですねー。まあレフィーリア様は見目も麗しく爵位も問題ないですし、王太子、第二王子殿下の婚約者様方よりも家格も低く、脅威に感じられる事もないですし殿下にうってつけの方かと」
だからこそ侯爵が理由をつけて中々令嬢に会わせないことに痺れを切らした父上が王命で登城させ、今回の見合いが敢行されたくらいだ。
「影からの報告もご存知かと思いますが、お忍びで街に出て何かと問題解決の手伝いをしたり、孤児院の子供達と遊んであげたりされてるとか。これだけ聞くと、本当に完璧令嬢の名にふさわしいお方ですよね。
でも、個人的には大変面白い方かと。ハクラゲナに対する考察も、くくっ、なっ、なかなかに……ぶはっ、ふ、く、すみ、すみま、せ、……くっ、はははは!」
「笑うな! その事は敢えて記憶の彼方へ追いやっていたと言うのに思い出させるな!」
「だ、だって殿下に薄毛の対策をしろって……! 毛根の心配する令嬢なんて初めてですよ!!」
笑い死にしそうなほど背中を丸めて震えるリックに苛立ち紛れに机にあった書類を丸めて投げつける。
「余計なお世話だ!」
「げほっ、あー……はい、んんっ、失礼しました」
どうにか笑いが収まったリックが丸められた書類を拾い上げると紙の皺を伸ばして眉を顰める。
「あーもう、殿下ー。これ陛下の裁可が必要な書類ですよ。丸めてもいいですけど破らないよう気をつけてくださいねー」
「いや、丸めるのもダメだろう! 何を言っている!」
「いえ、丸めるくらいならまた癇癪起こしてると判断されるだけですし」
「私がいつ癇癪を起こした! 正当な怒りだろう! いくら温厚な私でも限度というものがあるぞ!」
「殿下は外面がいいだけで温厚ではありませんよー。気を許した相手には相当わがままです」
「うるさいぞ!」
握り拳で強く机を叩くとリックが物言いたげな目でじっと見つめてくる。気まずくなり視線を逸らした。
落ち着くために 湯気が出ているコーヒーを一口含む。
私の気持ちが落ち着いたのを見計らってからリックが声をかけてくる。
「ですが、殿下。おかしいと思いませんか?」
「わ、私の何がおかしい」
「あーはいはい。殿下、鬱陶しいので被害妄想はやめてください。おかしいのは殿下ではなくレフィーリア様の態度ですよ。少なくとも社交界では完璧令嬢と評されている方が殿下の前でだけあのような態度を取られることがあるのですよ? 私は作為的なものを感じます」
「……あの失礼な発言が演技だとでも?」
「可能性としては考えられるかと。元々シェルゼン侯爵も婚約に乗り気ではなさそうでしたし」
「……ふむ。確かにな」
「毎週末に孤児院へ訪問しているそうなのでこっそり様子を伺っては?」
「そうだな。今週末なら予定を空けれる。行くぞ。
レフィーリア嬢の本当の姿を見せてもらおう」
「バレたらストーカー扱いされますから気をつけてくださいね」
「なっ! そんなこ……と……」
否定しようとしたが確かに実際バレたらそう思われる可能性もあると思い直し口籠る。
しばし逡巡した後、眉間に皺を寄せて苦々しい気持ちで告げる。
「……リック。バレた時のために言い訳を考えておいてくれ……」
「仰せのままに」
にこやかなリックを睨みつけるがいつも通りに飄々としていて何も気にする様子もない。
大きくため息をつき、すっかり陽の落ちた窓の向こうをぼんやり見遣る。
どちらが本当のレフィーリア嬢なのだろう。
私と婚約するのがそんなに嫌なのだろうか。
あの笑顔は無理に向けてくれたのだろうか。
あの言葉は嬉しかったのに。それすらも嘘だったのだろうか。
そんなことを考えていると胸の内をモヤモヤとした嫌な重たい塊がのしかかる。
最初は折を見て断ろうとすら考えていた。
ーーなのに。
たった2回。顔を合わせて2回だ。
まともに言葉を交わしたのは今日が初めてと言っていいくらいなのに、どうしてこんなにも私の心を波立たせるのだろう。
今日1日だけでどれだけ心を揺さぶられただろう。
彼女がどんな女性なら婚約しようと考えているのか。
理想と違えば手を離せるのか。
まだ纏まりきらない感情に一旦蓋をしてペンを取る。
は、と小さく息を吐き出し、気合を入れ直すと積み上げられた書類に手をつけた。
ふとした拍子に別の事に思いを馳せて手が止まるため、第3王子の執務室の明かりは深夜を回ってようやく消えた。




