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帰りの馬車の中。閉じたカーテンの隙間から西陽が差し込む。
御者の腕か舗装された道のお陰か、ひどく揺れる事もないので椅子に横になって大きな欠伸をしているとマリアが深く息を吐き、私をひたと見据える。
「あら、マリア。ため息なんてついてどうしたの?」
「お嬢様、やり過ぎでございます。あそこまで褒めずとも良かったのですが」
エメラルドグリーンの瞳をぱちぱちと瞬かせて小首を傾げる。
「だって褒めるようにとしか指示はなかったわ。それに誰だって褒められれば嬉しいでしょう?」
「あれでは愛の告白です」
自分にしては上出来な褒め言葉だったので胸を張って答えたが、マリアの一言にぴしりと固まった。
慌てて上半身を起こして揺れる馬車の中マリアに詰め寄る。
「なっ、あ、あい、愛の告白ですって!? 何を言うの! 殿下のことをそんな風に見た事もないし、好きだなんて一言も言っていないわ!」
動揺から声がひっくり返る。思いも寄らぬことを言われて焦りから冷や汗まで出てきた。
側から見れば図星をつかれて狼狽えているように見えるかもしれないが、本当に私は殿下に恋愛感情など一切抱いていない。
なぜそんな誤解が……
「ですが、あれは言外に『そんな貴方様をお慕いしております』と込められていました。それに恋に落ちるのは一瞬ですよ、お嬢様」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
再度マリアに反論しようとするが、無意味に口を開閉するだけでまともな言葉が出てこない。
そんな私をいつも通り気に留める事もなく話を進めていく。
「幸い首尾は上々です。婚約するだけなら問題なく達成できるでしょう。ですが私たちの目的はそれだけではないでしょう、お嬢様? 確実に仕留めるまで手は抜けませんので、早く立ち直ってくださいませ」
返事をする気力もなく、ふらふらと椅子に戻り力なく頷いた。
愛の告白に聞こえただなんて、そんなのマリアだけで殿下には普通の褒め言葉にーー聞こえてたらあんなに顔を赤くしていないわね。
殿下の顔を思い出してしまい、かぶりを振って頭の中から追い出そうとするが中々うまくいかない。
両手で顔を覆って天を仰ぐ。
「あぁぁぁぁ……違うのっ、違うのにぃぃぃ!」
「過ぎたことを気にしても仕方ありません。今後は露骨に好意を伝え過ぎないようお気をつけくだされば結構です」
冷たく言い放たれて、つい口を尖らせてしまう。
「わ、わかってるわ! ……でももう少し慰めてくれてもいいじゃないの!」
「なにか?」
「なにも!!」
なぜ、この侍女は主人を怒らせてこんなに平静でいられるのだろう。あまりの太々しさに呆れ返ってしまうわ。
軽く息を吐き殿下との会話を思い出す。
「……でもこんな私を知りたいと仰るなんて特殊な性癖でもお持ちなのかしら?」
殿下との会話は所々台本に空欄があり、好きに話してもいいことになっている。
何度か空気が凍ったのは感じたので、恐らくまたやらかしていたのだとは思う。
そんな私に好感を抱いてくださるなんて、殿下が人には言えない性癖をお持ちになっているとしか考えられない。
やはり王族は敬われることが多いので普段とは逆にぞんざいな扱いや、貶められることに快感をーー
そんな不敬な私の思考を読んだのかマリアが遮るように咳払いをひとつした。
「王子殿下の名誉のために申し上げますが、失言が演技ではないかと疑っていらっしゃるのだと思われます。
他の会話がまともな分、失言がわざとらしく聞こえるものです。なぜ王子殿下の前でだけそうなのか。辞退したいと思っているのか。自分のことを好いていないのか。だがあの反応は、言葉はなぜ……と疑心暗鬼になって距離を詰めてくるでしょう」
そこで言葉を切ると、にやりと片方の口の端を持ち上げる。
なんとも悪い顔だ。
「それを考えると今回の告白紛いはある意味揺さぶりにちょうど良かったとも言えますね。おそらく次の孤児院訪問は王子殿下かレント卿が後をつけて来られる可能性が高いです。念入りにシミュレーションいたしましょう」
「ええ。そうしましょう。それにしても貴女って本当に悪いことや謀を企てさせたら右に出るものはいないわね! 素晴らしいわ」
「お褒めに預かり光栄です」
珍しく素直に賞賛を受け取ってくれたように見えたのだが、その夜から数日間に渡った演技指導では鬼かと思うほど容赦なかった。