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最終話

*****



 婚約式当日。



 あの夜会から何度も逢瀬を重ねた。

 あれから変わったことと言えば、"殿下"と付けずに名前で呼ぶようになり、ライオネル様の話し方が少し砕けた感じになったり、何かとスキンシップをとってくるようになったくらいだ。


 私の気持ちを汲んで、少しずつ少しずつ距離を縮めてくれるライオネル様の優しさに甘えて日々過ごしている。



 朝から婚約式の準備で慌ただしくマリアを筆頭とした侍女達に磨き上げられた。

 すべすべツヤツヤになるまで肌を擦り上げてクリームを塗り込まれ、息ができないほどキツく締め上げられたコルセット。

 そこにライオネル様に贈られたドレスを身に纏う。


 ライオネル様の瞳の藍色を基調として私の髪色である白金を差し色にしてあり、胸元で切り替えしがあるドレスだ。

 藍色が透かしレースとなっているのでそこまで重たい印象には見えない。


 マリア曰く、「王子殿下のむっつりさ、ここに極まれり」というデザインらしい。

 私にはよくわからない。


 ただ、迎えに来たライオネル様が私を見た途端に崩れ落ちたので強ちマリアの言うことは間違いではないのだと思う。


 私に何を着せているのだ。人前に出て大丈夫なのだろうか。




 教会で婚約の誓いと婚約宣誓書に署名をしたら口付けをしたいとギリギリまで粘られたが頬にするようお願いした。

 不服そうだったが人前でなどできるわけないと説得して諦めてもらった。



 その後の婚約披露パーティーまで終えて、ようやく控え室に戻る頃には陽は沈んでいた。


 ソファに身を投げ出すと、片方脱げた靴がどこかに行ったがもう知らない。


「あー、疲れましたわー。でもこれでミッションコンプリートね。ああ、もう足がむくんでパンパンですわ」


 ライオネル様は苦笑いをして向いのソファに腰掛けてマリアが用意していった紅茶に口をつける。


「あ、ライオネル様。コルセットがしんどいのでマリアが戻って来る前に少し緩めてくださる?」


 ドレスは背面をリボンで編み上げられているが解くのは簡単だ。

 返事を待たずにうつ伏せに寝っ転がったままシュル、とリボンの先を引っ張って緩める。


「ーーは? いや、待て。待て、脱ぐな。待ってくれ!」


 時間差で慌てて止めに入るがもう遅い。

 丁寧に編まれていたリボンはあっけなく解けている。


「ライオネル様、早くしてくださいまし。ちょっとこのコルセットを緩めるだけですわ」


「いや、確かに婚約者にはなったがさすがにそれは……」


「え? なぜ駄目ですの? ぐだぐだ仰らないで早くしてくださいな。ーーねぇ、お願いですわ。ライオネル様」


 締め付けられている息苦しさから涙目になりつつ上目遣いで見つめると、乱暴に頭を掻きむしって悔しそうに顔を歪ませる。


「き、君は本当に……! 私が逆らえないのを分かってやっているだろう!」


「当然ですわ」


 首筋まですっかり赤く染めあげて何かを堪えるように拳を握りしめるライオネル様を「早く早く」と急かす。


 まるで危険生物に近寄るかのように、視線を逸らしながらじりじりとにじり寄って、床に片膝をつくと、大きく息をついてからようやくコルセットに手をかける。


「こんなところお父様達に見られたら勘違いされますわね」


 ライオネル様がビクッと大きく揺れた。

 その拍子に素肌に指が触れる。


「やっ、ら、ライオネル様! ゆ、指がっ」


「す、すまない! だが恐ろしいこと言わないでくれ! 侯爵は親バカなんだぞ! どんな制裁を受けるか! あぁ、ほらっ、緩めたぞ。これでいいだろう⁉︎」


「っあー、やっとまともに息が吸えますわ。ありがとうございます。ライオネル様」


 重ねた腕の上に頭を乗せると目一杯息を吸い込み体の力を抜く。


「ああ、これで台本から解放されますわー」


「台本? そう言えば初めて会った時も言っていたな」


 朝早かったため眠気で目がとろんと落ちてくる。

 あくびを噛み殺して頷く。


「ええ、マリアが書いたライオネル様と婚約するための台本ですわ」


「ど、どう言う意味だ?」


 そう問いかける声は何かを期待するかのように少し弾んでいた。


「どう言う意味も何もそのままの意味ですわ。

私は幼い頃から失言が多くてよくトラブルを起こしてましたの。どれだけ言われても治らず。年頃になっても変わらず。お父様もお母様も邸のものも『レフィーリアによって侯爵家は潰される』と嘆いてましたわ。実際何度か幼いからとどうにか裁判沙汰にならず金銭のやり取りで許していただいたことがありましたわね」


「そ、それはまた……」


「まあそんなことが何度か起きてマリアが我慢ならなくなったのか、一計を案じてくれましたの」


「私との婚約をか? だがマリアは子爵令嬢だろう。どうやって」


 訝しむライオネル様に当時のことを思い返しながら説明する。


「確かその時には陛下から1度目の婚約打診を頂いてましたの。それを利用しない手はない、と言うことになりまして見事ライオネル様に白羽の矢が立ったのですわ。

ライオネル様と婚約して権力により私と侯爵家をお守りいただけるようにお心を掴むべし、と!」


「そ、そうか。君とその家族を守ることには何も異論はない。だが、何度も見合い自体を断られたと聞いたがそれは?」


「伝え聞く陛下の性格上、焦らした方がいいと判断したようですわね」


 くあーっと口を開けてあくびをしてしまう。

 うっすらと涙が目尻に浮かび、目元を擦った。


「眠たいだろうがもう一つ聞きたい。どこから……いや、それはいい。誰が役者だったんだ?」


「そうですわね。我が家に連なるものは当然ですが、あとは必要な役どころの方には謝礼金をお渡ししてお願いしておりましたわ」


「ちょっと待て! 侯爵もか⁉︎ あれだけ婚約は辞退するといっていたり、私と涙ながらに交わした握手も……あれも全て演技だったのか⁉︎」


「え? それはもちろん。我が家の演者の筆頭ですもの。演技指導はお母様とマリアがしてますわ」


 顔色を変えて問い詰めてくるのを、さも当然と真顔で返す。


「君の家が運営する孤児院も?」


「ええ。ライオネル様が覗き見されていたあの日は前もって現場入りしてましたのよ。子供たちにも合図したら始めるようにとリハーサルを何度かしましたわ。

あと、伯爵と本を運んでいたお兄さんにも協力をお願いしておりましたわ」


「覗いていたことに気づいてたのか……」


「ええ、まあ。マリアが予想しておりましたわ」


 そう答えるとライオネル様は気まずそうに視線を泳がせて、誤魔化すように咳払いをして口を開く。


「あー、君が今話しているのも台本なのか?」


「何をおっしゃいますの。目的達成しましたので現在は台本なしですわ。公の場ですべき対応のマニュアルはありますが、今はプライベートですもの。それに毎回失言するわけではありませんのよ。私はただ人より少しだけ素直なだけですもの」


 「ライオネル様」と声をかけて微笑む。


「私、ライオネル様の瞳も髪も本当に好きですわ。台本とは言っても、本当に心にもないことは一度も言っておりませんの」


 そこで区切ると瞳を伏せて躊躇いがち言葉を紡ぐ。


「信じて、くださいますか? それとも婚約破棄なさいますか……?」


「信じるに決まっている。今まで見つめてきたレフィーリア嬢の瞳に嘘はなかった。ようやく婚約できたのだ。破棄するわけがないだろう」


 落ち着いた柔らかな声に安堵して口元を緩めた。


 あ、そうだわ。マリアから最後に言うように言われていたセリフがあったわね。


 はっと思い出して、うつ伏せの体勢のままライオネル様をじっと見つめる。


「どうかしたのか?」


「最後の台本のセリフがあったのを思い出しましたの。私が眠ってしまう前に聞いてくださる?」


「ははっ、折角だから聞こうか」


 許可も得たことだし、台本通りに何も考えずに口にする。


「ライオネル様、私とめくるめくカンノー的な恋をしてみませんこと?」


 ライオネル様の笑顔が固まり、しばらくして真顔に変わった。


「…………君はその意味をわかって言っているのか?」


 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえて呻くライオネル様に笑顔で大きく頷く。


「ええ、単語の意味なら完璧に!」


「…………そうか。なら、覚悟することだな」


 いつもより一段低くなった声に不思議と冷や汗が出てきた。


「あ、あら? マリアの台本通りの展開ではありませんわね?」


「どういう展開になると?」


「私から恋の提案をしたら、ライオネル様は頬を染めて取り乱すものと……」


「それは残念だったな。おそらくマリアはこうなるとわかっていて君に台本を渡したのだろう」


 状況について行けず目をぱちぱち瞬かせている間に気づけばライオネル様が私の横たわるソファに片膝をついていた。

 二人分の体重にソファが軋む。


「さあ、もう婚約したんだ。早々に逃げられると思うなよ」


 地を這うような低い声で恫喝され、震え上がる。

 そのままくるりと体の向きを反転させられた。


「ひっ! ななななにをなさいますの⁉︎」


 緩めたドレスが少し乱れて慌てて整えると、顔の両脇に腕をつかれて閉じ込められ、激しく狼狽する。

 動悸が激しくなり、眠気はどこかへ飛んでいく。

 目の前の大好きな色の瞳が妖しく光り、ゾワゾワと背筋が粟立った。


「さあな。とりあえずは自分の発言の責任は取ってもらおうか。めくるめく官能的な恋、だったか?

名実ともに婚約者となったんだ。君のお望み通り恋をしようか。

安心してくれ。私は既に君に堕ちている。

あとは君が堕ちるだけだ。


ーー頼むから早く自覚してくれ」


 覆い被さってくるライオネル様の唇が、温かい体温を伴って私の唇に押し付けられた。


「私の理性が切れる前に」


 低い声が耳朶を震わせる。

 腰が抜けて涙目でしがみつく私を嬉しそうにライオネル様が抱え込み、今度は深く口付けられる。




 すぐ戻ると言ったはずのマリアが戻らないのは、こうなることを予想したのだろうか。


 ライオネル様の腕の中で今までの仕返しだと言わんばかりに翻弄され、夜は更けて行った。

お読みいただきありがとうございました。

これにて完結です。

約1ヶ月駆け足で書き上げました。

もし面白いと思っていただけましたら幸いです。

よろしければいいねや評価をしていただけるととても喜びますのでぜひよろしくお願いします!

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