77 油断大敵
辺りに新しい魔物が来ないうちに、私たちは野営の準備を始めました。
各階層を繋ぐ階段の周辺には魔物は余り近寄ってこないそうですが、今は念を入れておくくらいで丁度良いでしょう。
クライヴさんやヴォルグさんの指示に従って、生徒たちは組み立て式のテントを組み立てていきます。因みにこの組み立て式テントは、グロウさんが考えた魔法陣が刻まれており、かなり軽量化されていて生徒たちでも簡単に持ち運べるように工夫されていました。
それに生徒たちは一人一人バックを背負っていますが、このバックもグロウさんが作った特別製の魔道具です。このバックはグロウさんの使うアイテムボックスの簡易版になっているそうで、見た目以上に物が入るし、重さも殆ど無くしてくれて、更に時間の経過までも遅くしてくれると言う優れ物です。
私も腰に掛けることが出来るポーチ型のアイテムボックスを、グロウさんから頂いていました。多分、生徒たちの持っているバックや、このポーチを売ればそれだけで冒険者をやらなくても一生を過ごせるくらいの大金が手に入ると思いますが、そこは考えるだけ無駄なので私は考えるのを止めています。
それに、折角グロウさんから頂いた物です。売るだなんてとんでもない。これからも大切に使わせてもらいます。
アイテムボックスのお陰で持ち込めたテントを、生徒たちはテキパキと組み立てていき、数分後には広場に人数分のテントが立てられていました。
テントが組み立て終わると、次に生徒たちは火を起こす準備を始めます。と言っても、燃える物さえあれば生徒たちは火の魔法で簡単に火をつけることが出来るので、これは直ぐに終わってしまいました。
何だか、冒険者になってから今まで私がやってきた野営がちょっとバカらしくなってしまいますね……
普通は魔術師にとって魔力は生命線であり、出来る限り魔術師は魔力を温存するので野営時に火を起こすために魔力を使うなんてことはしません。魔法式などを知らずに魔力だけで無理やり火を起こせば、かなり無駄な魔力を消費してしまうのだから当然と言えば当然です。
しかし、生徒たちはグロウさんから授業を受けており、最近では私よりも魔力の変換効率が良くなってきているので、火を起こすくらい朝飯前でした。
火まで起こし終わると、女の子たちはお料理をするために火の周りに集まり、男の子は追加で食材が無いか近くを散策しに行きます。まあ大部分は、食料確保よりもダンジョン内を見て回りたいだけでしょうけど。
騎士のお二人は男の子の様子を見ていてくれているので、私はナケアちゃんとルピナちゃんと一緒に、女の子の方の様子を見に行きます。
女の子たちはバックからここまでくる途中で手に入れた魔物の肉を取り出して、木の棒を肉に突き刺すと火の周りに並べて行きました。
魔物の肉が焼けて、周囲に香ばしい匂いが漂ってきます。肉が良く焼けた頃に、フィオナちゃんが並べた肉を持ってきたお皿に移しました。
「エリカ先生、蛇のお肉良く焼けたよ!」
「前教えた時よりもキレイに焼けてますね。とっても美味しそうです!」
皆の通う学校は冒険者を目指す子供が通っているので、当然授業で野営中に作れるお料理を幾つか教えています。その時には私が皆にお料理を教えているので、特に女の子は私に良く出来た料理を分けてくれたりしてとても嬉しいです。
私やナケアちゃんもお料理を手伝って、男の子たちが戻るころには人数分のお料理が出来上がっていました。
今日の献立は蛇肉のスープに串焼きです。このダンジョンでは蛇型の魔物が特に多く、食材には事欠きませんでした。持ってきていたパンも取り出して、みんなで食事にします。
「なんでダンジョン内だと言うのに、こんなにおいしい物が食べられるんですかね?」
「グロウの生徒にも、是非うちの騎士団に入団して欲しいもんだな」
騎士のお二人にも、皆で作ったお料理は口に合ったみたいです。騎士のお二人は生徒たちと一緒に、楽しそうに会話をしながらスープや串焼きを口に運んで行きます。探索中に仲が良くなったのか、クラスの男の子たちは騎士のお二人に普段の騎士の生活や訓練などを頻りに聞いていました。
和気藹々とした時間が流れ、ここが危険なダンジョン内だという事を忘れそうになってしまいます。勿論、騎士のお二人を含め私も周囲の警戒をしていますが、やっぱり周囲の魔物は階層を繋ぐ階段の前までは来ないようで、魔物の襲撃は結局ありませんでした。
「さて、食事の後は寝る順番を決めましょうか。ここは魔物は滅多に来ませんが、ダンジョン内なので油断はできません。それに、こう言いたくはありませんが、冒険者は全員が全員エリカさん達の様に良識があり優しい訳ではありません。こうも子供が多いと、就寝中に襲われる可能性もありますからね」
そんな冒険者が居るなんて、とは言えませんでした。恐らく、そんな冒険者と聞いて私の頭に思い浮かんだ冒険者と、生徒たちの頭の中に浮かんだ冒険者は同一人物でしょう。
この場に来る冒険者は上級の冒険者であり、確実に全員が一般人とは比較にならない程の力を持っています。そんな上級の冒険者には、自分は強いと言う自信と言うものが必ずついて行くそうです。その自信がいつ驕りとなり、野心となって行くのかは分かりません。
騎士のお仕事の中には、問題を起こした冒険者の捕縛などもあります。そうなっていった冒険者を、私たち以上に見てきたのでしょう。
騎士のお二人の言葉には、これまでの経験に裏付けられた確かな重みがありました。騎士のお二人から言われた後は、生徒たちも全員気を引き締めて、眠る順番を決めて行きます。
ナケアちゃん、ルピナちゃん、シュティーちゃんたち最年少(?)の三人を除いた生徒たちと、騎士のお二人と私を合わせた三人に別れて不寝番を担当し、この日の夜を過ごしました。
翌日、ダンジョン中には太陽の光が届いていないので凡そですが朝になると、みんなで朝食の準備を始めます。
生徒の皆さんは緊張や慣れないテントでの休息だったからか、少し疲れが残っているように見えました。こういう時は、普段では思いもよらないミスを生む確率が上がるのだと、グロウさんから教わったことがあります。
私がちゃんと皆の様子を見て、サポートして行きたいですね。
皆で朝食を食べた後は、いよいよダンジョンの三階層に進みます。一階層は蛇の魔物、二階層は鬼の魔物が多く出現していました。
蛇の魔物は、毒や岩陰に潜んでの奇襲。鬼は魔物の中でもトップクラスの怪力とぶ厚い皮膚による防御力が厄介な魔物でした。
蛇の魔物は探知魔法を使えば奇襲も受ける事無く進めましたが、鬼の魔物は単純な力が武器である分、本職では無い前衛の三人では鬼の攻撃を止めることが出来ずに、攻めあぐねている場面が所々で見られました。
「次の階じゃどんな魔物が出るんだろうな?」
「最初が蛇で、次がオーガだったんだから、次はその両方が出てくるとか?」
「うへぇ、オーガって俺の剣じゃ斬れないんだよな。蛇の肉って結構うまかったし、俺は蛇が沢山出てくれた方が嬉しいな!」
「いやよそんなの! あのうねうねしたの気持ち悪いじゃない!」
「ちょーどうい。あんな気持ち悪い蛇が良いなんて、トニーは変人」
「フェンはどっちの味方なんだよ! お前一応男だろうが!」
「むぅー、一応言うな」
階段を下りている途中で、トニー君たちが次の階層に出てくる魔物を予想していました。そう言った予想は大切です。予想もやり過ぎると、予想外が起きた際に対応が遅れるなんてことも起こり得ますが、咄嗟の時でも反応できるようになります。
それに、こんなに気の抜けた雰囲気で会話をしていますが、それは皆の緊張をほぐすためのものでしょう。
そもそも魔法学校の生徒は、全員まだ冒険者にすらなっていません。だと言うのに、いきなり国内でも屈指の難易度を誇るダンジョンに連れてこられれば、混乱は必至です。
私だって、グロウさんにいきなりダンジョンに連れていかれた時はここよりも難易度が圧倒的に低かったとは言え、とても怖かったんですから。
生徒の皆さんは、昨日はいきなりの事で戸惑いの方が強かったのでしょうが、一日をダンジョンで過ごすうちに色々と理解してきたのだと思います。
サム君、サクラちゃん、ブレンダちゃん、シュティーちゃんは特に怖がりなところがありますから、今日は特に口数が少なく頻繁に首を左右に振って周囲を警戒していました。
口数が少ないと言えば、普段は良く軽口を言っているゲイリー君も口数が少なくなっています。もしかして怖いのかなと思ってゲイリー君の方を見て見ると、ゲイリー君はとある魔法をずっと使っていたために集中していて口数が少なくなっていたようです。
「この魔法は【風読み】と【癒しのそよ風】ですか。ゲイリー君は優しいですね」
「エリカ先生、今とても不本意な言葉が聞こえたんだけど?」
ゲイリー君は私の呟きが聞こえたらしく、少し頬を膨らませてジト目を向けてきました。でもその表情は、まだ子供という事もあり怖いと言うよりも可愛らしくて、私はつい笑ってしまいます。その様子を見たゲイリー君は、益々機嫌が悪くなってしまいました。
でも、ゲイリー君の使っている【風読み】の魔法は、風を起こして風に触れた者を感知すると言う魔法で、もう一つの【癒しのそよ風】はリラックス効果のある風を起こして気持ちを落ち着かせると言う魔法です。
【風読み】で探知しているのは、少しでも皆の負担を軽くして、早めに探知することで皆に心の準備をする時間を作ろうと言った配慮からでしょう。
【癒しのそよ風】は言うまでもないですね。ゲイリー君はあまりこういった攻撃魔法以外の魔法は得意ではありません。学校でも使っているところは見た事ありませんでした。
だと言うのに私がグロウさんから教わっていた【癒しのそよ風】を今使っているという事は、こういったことがもしあった時、皆の気分を落ち着かせようと予め考えて後でグロウさんから教わっていたのでしょう。
普段は授業中にわざと強力な攻撃魔法を放ったりして、土煙を上げるなどちょっとした妨害をしていましたが、一度でも誰かを傷付けたことはなく、意外と心優しいんだなと分かって私間また少し笑ってしまいました。
そうこうしている内に三階層に到着しました。三階層に入って探知魔法を使うと、一階層や二階層とは比べ物にならない程魔物の気配で溢れかえっています。
探知魔法を使用していたゲイリー君もそのことに気が付いたのか、いつものすまし顔を若干歪めてそれとなく生徒たちに注意を促していました。
「この階層は蛇型の魔物が多いですが、鬼型の魔物も多く出現します。特に蛇型の魔物はここから更に厄介になって行きますよ」
そう言うとクライヴさんが見るからに慎重な足取りで、近くの岩肌に触れました。すると、触れた瞬間に小さな蛇が岩肌から急に表れて、クライヴさんに襲い掛かります。
クライヴさんは蛇に噛みつかれる前に転移の魔法陣を発動させて蛇の側面に移動すると、素早い動作で腰に差した剣を抜き蛇の頭を落としました。
「このように、この階層の蛇は擬態する能力に長けています。それに毒もより強力な物になっていますから、咬まれたら皆さんでもただでは済みませんよ?」
毒であるなら聖龍であるナケアちゃんが確実に解毒できますが、もし即死系の毒であった場合、ナケアちゃんが解毒する前に子供の生徒たちでは命を落としてしまうかもしれません。一応擬態している蛇も探知魔法で探知できてはいましたが、一階層では毒を飛ばす蛇もいたので油断はできませんね。
神妙な顔でクライヴさんの言葉に頷いた生徒たちは、これまでと同じく騎士のお二人を先頭に歩き出します。
擬態した蛇は体が小さく、素早いため発見しても前衛の三人では捕えることが出来ていませんでした。その為擬態している蛇は出来るだけ無視をするようにして、私たちは階層を歩いて行きます。いくつかの曲がり角を曲がった時、私たちの目の前に一階層の時に出会った大蛇を、更に一回り大きくしたような大蛇に遭遇しました。
「よっしゃ、こいつなら俺でも斬れる!」
「【速度上昇】【魔力上昇】エンチャント。今日の夕食なんだから逃がさないでね」
「任せろ!」
フェンちゃんの付与魔法を受けたトニー君が、炎を纏った剣を構えて大蛇に跳びかかりました。剣士でも魔法剣士でもないトニー君は剣技を使えませんが、それでも魔法の威力だけでそこらにいる冒険者の剣技の威力を上回っているので、難無く大蛇の首を斬り落とします。
しかし大蛇を斬ったことで油断したのか、トニー君は着地の時に大蛇の首から噴き出す血液に足を取られ、転んだ拍子に近くの岩肌に手をついてしまいました。擬態した毒蛇がいる岩肌に。
「うわっ!?」
「「「トニーッ!?」」」
トニー君に向かって毒蛇が飛び出し、牙をむき出しにしてトニー君の肌に噛みつこうとしてきます。
しかもその蛇は致死性の猛毒を持った蛇でした。もし咬まれれば、ナケアちゃんでも間に合わない時間でトニー君に毒が回り、そのまま死んでしまうかもしれません。
騎士のお二人はトニー君が仕留めきれなかった時の為と、トニー君の攻撃を邪魔しないように少し斜め後方に立っていたので、毒蛇は完全に死角に入っていました。
生徒の皆さんは咄嗟の事で目を見開いていますが、動くことは出来ていません。グロウさんから極力手を出すなと言われていますが、流石にこれなら私が手を出しても良いでしょう。
私は使い慣れた身体強化の付与魔法を自分に施すと、毒蛇がトニー君に到達する前にトニー君の前に出ました。
「私たちの生徒に何するんですか」
そして腰に差していた退魔の剣を引き抜き、蛇の頭を落とします。退魔の剣の効果で、魔力で作られた毒が浄化され、後には絶命した蛇が残りました。蛇はその後直ぐに魔力を霧散させて、魔晶石を残して消えていきます。
蛇が消えたのを確認すると、私は後ろで固まっていたトニー君に振り向きました。
「トニー君、怪我はありませんか?」
「えっと、はい、大丈夫です」
「それは良かったです。それなら、安心してお説教が出来ますね?」
「えっ?」
今回の戦闘は本当に危なかったんです。私が一歩でも踏み込みを躊躇していれば、トニー君がどうなっていたのかは分かりませんでした。
ずっと緊張しっぱなしで、その上魔物には逃げられるのでストレスがたまっていたのは分かりますが、ああも考え無しに突っ込まれると肝を冷やします。今日くらいは、私もお説教をしても良い筈です。
「良いですか? ダンジョンでは一瞬の油断が命取りになるんです。特に獲物を狩った瞬間。これが最も油断しやすいタイミングです。ですが、それは事前に意識をしていればある程度対応することが出来ますし、そもそも今回は三人で戦えばもっと安全にあの大蛇を狩れました。ストレスが溜まっているのは分かりますが、ちゃんと状況を考えて行動するようにしてください!」
「はい、すみません……」
私は余りこのようなお説教はしないので、トニー君も少しは反省してくれるでしょう。心なしか生徒の皆さんや騎士のお二人までどこか微笑ましい物を見たと言ったような表情をしている気がしますが、気のせいですよね?
「おねえちゃん、ほっぺたぷくぷくしてて、とってもかわいいです!」
この後は大したトラブルもなく、私たちは三階層を無事に通り抜けることが出来ました。
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