64 優しい指導(物理)
腰が、痛いです……!
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ギルド内の視線がグロウ達に向けられる中、グロウは目の前で下卑た笑みを浮かべる冒険者パーティーを見て迷っていた。
(ここでこいつらを処理するのは簡単だが、流石に殺すのは不味いか? でも、殺さなければナケアが治せる……いや、ナケアにこいつらの治療はさせたく無いな。しかし、このまま放っておいても俺の精神衛生上、後エリカとルピナの教育にも悪いだろうし……)
グロウにとって、目の前にいる冒険者パーティーを撃退する事など朝飯前だ。剣の一突きで硬い地盤を穿ち、一撃で上位のドラゴンの亡骸を燃やし尽くしたグロウだ。どう見ても調子に乗っている、普通の人間である若い冒険者程度、デコピン一発でその頭蓋骨を粉砕する事も容易い。
しかし、そんな事をすればグロウは立派な犯罪者になってしまう。一応、相手はまだ手を出していないし、何よりも、目の前でそんなグロテスクな光景を見せられれば、グロウ以外の全員にトラウマを植え付けかねない。
穏便に、かつグロウの中で湧き上がる不愉快な感情を発散させられるような、都合の良い考えをグロウは頭の中で模索していた。
そうしている間にも、目の前にいる不愉快な冒険者達はエリカに近寄っては罵詈雑言を言っている。
「なに、今はこのヒョロイ冒険者の荷物持ちやってんの? それともこの男に体でも売ったのか? そんなヒョロイ男より、俺たちの方がよっぽどお前を楽しませてやるよ! 俺たち、お前があのダンジョンで抜けてから調子が良くてさぁ。今じゃDランクまで上がったんだわ。どうだ、そんな男よりも俺たちについて来たほうが良い思い出来るぜ?」
「はぁ? いやよ、そんな無能な役立たず仲間に入れるの。あの時も、精々囮りくらいしか使い道なかったじゃない」
「良いじゃねえか。囮りにもなって俺たちも楽しめる。それに無能な魔法剣士だ。どうせすぐ死ぬし、死ねば報酬は払わなくて済むんだからな!」
「それもそうね」
ギャハハと不愉快な笑い声がギルド内に響き渡る。しかし、楽しそうに話しているのはその三人だけで、ギルド内に元々いた冒険者は、侮蔑や嘲笑ではなく、残念な者を見るような哀れみの目を三人に向けていた。
「Bランクの冒険者に、あいつらは何を言ってるんだ……?」
依頼を受けるにしては遅い時間にこのギルドにいた冒険者は、何も目的が無くただギルド内にいた訳では無い。最近大きな依頼を受けて多額の報酬が手に入り、所属したパーティーが数日間の休日に入ったため休日を利用してギルドで情報収集をしていた者。次の依頼の下調べをしている者。有益な情報がないか、ギルド内の会話に耳を澄ます者。
全国の冒険者ギルドの中でも、最も多種多様、そして困難な依頼が集まる王都のギルドの中では、常に最新の情報が手に入る。この時間に遊んでいる様な怠け者は、この王都では冒険者をやっていられないだろう。ギルドに集まる情報を元に、自分のパーティーに合った仕事を見つけ、誰よりも早く依頼を受けなくてはならない冒険者にとって、情報は自分達の命と等価だ。その情報を集める者達が、多くの冒険者が依頼を受けていなくなってゆっくりと情報交換がしやすいこの時間に集まって情報交換をしていた。
当然、グロウ達がたった今Bランクに上がった事は聞いていたし、そうでなくても有望な冒険者と交流を持つため、試験の内容などは調べて好成績を残した冒険者のことはある程度知っている。
Bランクの昇級試験は、全国にある冒険者ギルドの支部長以上の立場の人間が推薦した、実力と信用のある冒険者しか受ける事はできない。これはBランクの依頼には、要人の警護など機密性の高い依頼も入っているからだ。まず、Bランクの昇級試験を受けると言うだけで、実力と人柄を最低でも支部長クラスの人間が保証していると言うことになる。
それだけでも十分他の冒険者から一目置かれる存在になるのだが、Bランクの昇級試験の合格率は僅か一割も無いとされている。これは昇級試験の最終試験で受けた依頼中に死亡、もしくは行方不明になる冒険者が多く、Bランクの依頼がどれ程困難な物なのか、冒険者達の間では畏怖と共に語り継がれていた。
そんなBランクの依頼を、試験日から考えても僅か数日で、それも怪我らしい怪我もしていない様子で達成してしまったグロウ達を見て、尚もグロウ達の事を罵っていられる様な冒険者あの三人だけだったのだ。若いうちに上級一歩手前のDランクに上がり、尚もそれなりに活躍しているあの三人組を一応は調べていた他の冒険者達も、目の前にいるBランクの冒険者に喧嘩を売った時点で見切りをつけた。
他の冒険者達からの評価が最底辺にまで落ちているとは知らずに、グロウの後ろで小刻みに震えているエリカを見て気分を良くした三人は、更に醜悪に歪んだ笑みを浮かべて今度はグロウに視線を移す。
「おいそこのお前。エリカは俺たちのパーティーメンバーだ。痛い目を見ないうちにエリカ置いて家に帰んな!」
「お前達はエリカを囮りにしてダンジョンから逃げたと聞いているが? そんな奴の前に、俺の弟子であるエリカを置いて帰ると思うか?」
グロウの言葉に、話を聞いていた他の冒険者達が騒然とする。冒険者にとって、パーテイーの仲間は自分の命を預ける家族も同然の存在だ。時には自分の命すら顧みず、仲間を逃すために時間を稼ぐ様な冒険者もいると言うのに、パーティーメンバーを見捨てた挙句、そのメンバーが生きていると分かるや下衆な目的の為に明らかに拒絶されていると言うのに無理やり連れ戻そうとする。
既に最底辺まで落ちた三人の評価は、最早冒険者にとって害悪。この場にいる全員から、三人は敵認定を受けていた。
だと言うのに、グロウに絡んでいる冒険者は気付く事もなく大声で笑い声を上げ続ける。
「ギャハハ! エリカの師匠だぁ? 無能な魔法剣士を弟子にとるたぁ、弟子も無能なら師匠も無能だな! 良いぜ、それならお前、俺と一勝負しようや。俺が勝てば、俺がエリカを弟子にしてやるよ!」
目の前の冒険者は「まさか断りはしないよなぁ?」とばかりにグロウを睨みつけ、受付にいるマルティナに声をかけた。
「おいお前、ちょいとギルドの闘技場貸せや! この無能の師匠とやらに才能の違いって奴を教えてやる!」
「ええ構いませんよ。ではこちらへどうぞ。ああそれと、観客席はあちらになりますので、グロウさん以外は観客席の方へご案内いたしますね」
怒鳴りつけられたにも関わらず、マルティナはさして気にした様子もなく平然と受付から立ち上がると、ギルドの奥にある闘技場に向けて歩き出した。
闘技場とは、冒険者の昇級試験や冒険者向けの講習などが開かれる際に使われる運動場の様な場所だ。中は中心が四角いリングになっており、周りに円を描く様に観客席が設置されている。時々冒険者同士の喧嘩の仲裁の為に使われたりするので、大抵どこのギルドでも闘技場や運動場の様な設備が設置されているらしい。
グロウ達はマルティナに連れられて、闘技場の中心にあるリングの上に上がる。ギルドにいた冒険者は全員観客席に座っていた。対面では冒険者(仲間達が言うにはケルという名前らしい)が腰に下げている剣を抜いて構えている。グロウも片手に深紅に染まった刀身を持つ火炎剣を召喚して構えると、ケルは驚いた様に目を見開いた。
「お前、適性職業は何だ?」
「魔法剣士だが、それがどうかしたのか?」
「ふんっ、才能がショボいと、そんな手品でもして意表をつかないとまともに戦えないのか? 哀れだな、一層の事、冒険者を辞めて手品士にでもなった方が良いんじゃねえか?」
「生憎、手品はやった事がないんだ」
魔法剣士は魔剣を召喚して戦うと言うのは、グロウが人間だった時代では当然の事だったのだが、魔法が衰退したこの時代では手品に見えるらしい。魔力を感じとる事が出来れば、魔力が剣の形に形成されていく工程を感じ取れるはずなので、魔力で作り出している事がバレて手品としては成り立たない様な気がするのだが、どうやらケルは魔力を感じ取ることすらできない様だ。
そんな事では、魔物が魔法を使っても予想ができず、魔法を使える敵相手では必ず数瞬対応が遅れてしまうのだが、わざわざ教えてやる義理はない。
「そうかよ、折角忠告してやったんだがな。言っておくが、俺は剣士だ。剣じゃどうやっても俺には勝てないし、魔法剣士の中途半端な魔法じゃこの俺には傷一つ付けられないぜ」
どう見ても、ケルにドラゴンであるグロウの魔法が防げるとは思えないし、エリカの魔法でも瀕死の重症を負わせる事が出来そうなのだが、本人が言うには魔法では傷一つ付けられないらしい。それに、魔法でケルを倒したとして、剣なら勝てたなどつまらない言い訳をしてくる可能性もある。ならば、魔法を使わずに完膚無きまでに叩き潰してやるとしようと、グロウは剣を持っている腕に少しだけ力を込めた。
「才能の差を見せてやるっ‼︎」
ケルは威勢よく声を上げると、グロウに向けて走り出す。その速度は確かに、その歳にしては素早い物だった。それでもグロウから見れば、駆け出し冒険者と大差無かったのだが。
グロウは何もせずにケルの剣の間合いに入るまで待つと、振り下ろされる剣を半歩右に動く事で躱して無防備になったケルのお腹に蹴りを放った。
「ぐふっ⁉︎」
ケルはグロウに蹴られたお腹を押さえて蹲る。
「おいおい、この程度躱してくれよ。これじゃあ話にならん」
グロウはわざとらしく肩を竦めて、やれやれと首を横に振る。こう言う変にプライドの高い輩は、こうしてプライドを刺激するに限る。こうする事で、相手は勝手に激昂して向かってくる筈だ。正直、勝つだけならばこんな小細工を弄する必要など全くないのだが、今回は流石のグロウも腹が立っているらしい。
蹲っているケルを見下ろして、ゆっくりとケルのもとまで歩き出す。するとケルは剣を支えにして起き上がり、殺意のこもった瞳をグロウに向けた。
「ぶっ殺す!」
「はっ、それは無理だ。お前と俺では経験値が違いすぎる。今まで囮りか何かに守ってもらってきたんだろ? 防御が拙すぎるし、反応も悪い。剣士だからって鍛錬を怠れば、いくら才能があっても強くはなれん」
「うるせえっ‼︎」
ケルは剣を構えて、大振りに剣を振るう。その剣に技などはなく、不自然な体勢で振られた剣には体重も乗っていない。そんな剣がグロウに当たる訳もなく、グロウは軽々とその剣を避けると、持っていた魔剣振り上げた。
「剣とはこうやって使う物だ」
【剣技:一閃】
ただの一太刀が音速を超えるまで加速され、技と呼べる域にまで到達する。その技を見た冒険者には、一瞬グロウの手がブレたと思うと、次の瞬間には剣は振り下ろされていたとしか認識できなかっただろう。
残像が残り、辛うじてグロウが剣を振ったと言う事は分かっても、その剣技が放たれたと言う証拠は、ケルの後ろに残った真っ二つに切り裂かれた闘技場とその観客席のみだった。
闘技場内が静まり返る。明かに魔法剣士が放っても良い威力ではない剣技をなぜ魔法剣士がと言う冒険者達の疑問は、あの観客席にいなくて良かったと言う安堵によって塗り潰されていた。
「おお〜、お兄ちゃんすごい! なんか前よりも剣が速くなってた気がする!」
「ルピナ、全然見えなかったです!」
そんな観客席の中で、唯一声を出してはしゃいでいたのは幼女組の二人だけだ。
「あぁ……」
グロウの剣技を最も間近で見たケルは、冷や汗を大量に流し、目を振り下ろされたグロウの剣に向ける。その時、頬に鋭い痛みを感じて痛みを感じた場所を撫でると、手には僅かな血液が付着していた。
剣士である自分ですら到達出来るとは思えない剣速、薄皮一枚のみを切る技量。剣における全てにおいて、ケルはグロウに完敗しているのだと否応無く感じさせる技は、ケルの心を折るに十分事足りていた。
「どうする? まだ続けるか?」
「くそっ!」
圧倒的な実力差を見せつけられても、ケルは剣を構えて我武者羅に剣を振るう。それは別に強者から何か学び取ろうとか、自分との実力差を測っていつか追いつこうとか、その様な理由ではない。ただ単純に、ケルの薄っぺらいプライドが、自分が負ける事を認められないだけだった。その証拠に、ケルの足は引けており、剣を握る手は震え、顔は恐怖と絶望に塗れている。
ケルの剣を弾き、躱し、受け流しながら、グロウはケルに向かって徐々に近づいていく。
「くそくそくそっ‼︎ 何で俺の剣が当たらねえんだ⁉︎ 俺は剣士だぞ⁉︎ お前みたいな半端な才能じゃねぇ! なのにどうして、剣士である俺の攻撃が当たらねんだ⁉︎」
「幾ら才能があったとしても、努力を怠ればどんな才能も腐る。適性職業はあくまで人の可能性を示す物だ。努力もせず、仲間を見捨てる外道の実現できる未来などたかが知れているに決まっているだろう」
「うるせぇっ‼︎」
適性職業とは、詳しく言えばその人に眠る才能の中で、最も伸びる可能性を秘めた職業の事だ。例え適性職業が剣士の者でも、最初から剣を振れる訳ではない。あくまで、他の職業よりも上達する速度が速いと言うだけのもの。努力次第では、他の職業の者に剣士が剣で負ける事もあるのだ。
幾ら剣士の適性を持っていようと、子供の剣士が武器を持った大人に勝てる場合は少ないだろう。そして剣士よりも倍努力した魔法剣士は、剣士よりも強くなる場合が多い。
努力の跡が見られないと言うのに、Dランクにまで上がったケルは確かに剣士の才能があったのだろうが、努力もしていない剣が、人間として生きていた時間だけでも二十年は剣を振り続けたグロウに届くことなど有り得なかった。
次第にケルの剣速は衰え始め、体からは滝の様に汗を流している。
「十分も剣を振れないとは、剣士の風上にも置けないな」
「はぁ、はぁ……」
これ以上続けても時間の無駄と判断したグロウは、剣の側面をケルに向けると、そのままケルの顔面に剣を振るった。
「ぐぎゃっ⁉︎」
剣を受けたケルは奇妙な叫び声を上げると、そのまま闘技場の場外まで吹き飛んで、観客席まで飛んで行き頭から観客席に突き刺さった。
観客席から生えている足はときおりピクピクと動いているので、多分ケルは生きているだろう。後始末はケルのパーティーメンバーかギルド職員にお任せだ。
グロウは魔剣を送還すると、ケルから背を向けて闘技場を後にした。
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