62 龍神器の謎
ちょっと遅刻……
ストムベールから出た名前を聞いても、グロウには全く心当たりがない。前世では魔法を研究していた一人として、グロウはそれなりに知識を蓄えている。だと言うのに、心当たりすらない名前を聞いて、グロウは久しぶりに胸が躍る気分を味わっていた。
「禁忌の龍神器? そんな名前、初めて聞いたな」
「無理もない。この名前は遥か昔、人類が今程繁栄する前に繁栄していた種族が滅びた時に、一緒に失われたからな。本来ならば、私の様な最初の龍神器がお前達に役割を教えねばならなかったのだろうが、私は暫くの間死んでいたからな。他の龍も、私の里が近かったから、今まで干渉することが無かったのだろう。それに、龍神器は謂わばただの道具に過ぎない。当然繁殖も必要ないから、誰もグロウ達が生まれ事を知らない可能性もあるな」
ストムベールの話では、上位のドラゴン、つまり龍神器達は、お互い余程のことが無い限り不干渉だと言う。これは、万が一でも龍神器が全て一箇所に集まってしまうと、龍神器が完全に完成してしまい、ストムベール達でもどうなるのか分からなくてなるかららしい。
その為、ストムベールの里があったあの森には他の龍神器が近づくことはなく、今までグロウ達は放置されていたそうだ。
「それで、その龍神器達は繁殖の必要が無いと言ったが、俺たちは間違いなく卵から生まれたぞ? 繁殖しないなら、どうしてあんな所に俺たちの卵が、それも二つあったんだ?」
それに、グロウの前世では上位のドラゴンが産卵することは確認されている。過去では、その生まれた上位のドラゴンを信仰して、繁栄した国もあった程だ。グロウの前世で観測されていた上位のドラゴンは、ストムベールを含め五柱。その中で二柱のドラゴンが、卵を産んだらしい事は、過去では有名な話だった。
だが、ストムベールによると、上位のドラゴンに繁殖は必要ないらしい。ならば、どうして自分たちが生まれているのか、グロウはストムベールに聞いてみる。
「繁殖は必要無い。だが、出来ないわけでは無いからな。神器は、その役目を果たす為に適した形をしている。今まで産卵した龍神器は、何処か体を損傷したり、不調をきたしたから生まれ変わる為に自分の分身を産み落としたのだろう。グロウ達の場合は、何処かのドラゴンが必要と判断してグロウ達を産み落としたのかもしれない」
「それなら、その産んだドラゴンが俺たちの近くにいても良いだろう? それに、お前の里が近いのに、卵を産むのか?」
「まあ、そうだな。なら、もしかするとーー」
ストムベールは一度言い淀むと、声を落としてその可能性を口にした。
「もしかすると、龍神器の誰かが滅びたのかも知れん。そして、滅びた龍神器の代わりとしてグロウ達が産まれたのだろう」
「それはストムベールの事か? それじゃあ、俺かナケアはストムベールが死んだから産まれたのか?」
「いや、その可能性は無い。何故なら、確かに私の体はグロウによって完全に滅びているが、この通り魂は無傷だ。力こそ大幅に落としてしまったが、まだ神器としての役目は果たす事が出来る。だから、私の代わりとして龍神器が新たに作られる事は無いはずだ。龍神器が新たに作られる程となると、そのドラゴンは魂まで完全に消滅したと考えるべきだ」
龍神器の役割というのが未だに良く分からないが、ストムベールが断言するので恐らくストムベールが関係している事は本当にないのだろう。
そうなると、一体どのドラゴンが消滅してしまったのかという話になる。確かに、空白の時代とやらで殆んどのドラゴンや、それに準じた実力のある種族は軒並み絶滅、又は絶滅寸前まで追い込まれたのだと言う。その時代を実際に見ているタマモや、邪骸龍となりながらも思念体となっていたストムベールからもその話は聞いているので、それは間違いのない事実だ。
しかし、その時代では龍神器のどのドラゴンも、消滅まではしていないらしい。その時代で一番被害を受けたのは、ストムベールが居なかったここ風の里だったらしく、他の龍神器は各々上手く凌いだそうだ。
「まあ、龍神器の中には決まった住処を持たない者もいるから、今は確認する術はない。それに、今すぐ知る必要は無い。グロウ達が知りたいようなら調べておくが、どうしたい?」
グロウが黙って思考を開始しようとした時、隣からストムベールの気楽そうな声が聞こえる。ストムベールの気楽そうな声を聞いて、グロウは気が抜けてしまい、特にそのドラゴンについて知らなくても良い事に思い至る。グロウの家族は妹のナケアであり、今まで親も必要では無かった。なら別に、これからもそれで良い。つい好奇心が疼いてしまったが、いつか知れれば良い事なので、グロウはその件に関してはストムベールに任せることにした。
「だがその龍神器を滅ぼした相手は何か、これは早急に見つける必要はあるんじゃ無いのか?」
「うむ、それもそうだな。それはこちらでも調べておくが、出来ればグロウも、人間側の情報を調べてくれると助かる」
「ああ、任せろ」
話が終わると、グロウは目を閉じて温泉を楽しむ。グロウの種族は『火炎龍』であり、熱は温度が高ければ高い程感じなくなるのだが、温泉は気持ち良い。これが人間の体になっているからなのかは分からないが、ちゃんと温泉の温かさを感じる事が出来て良かった。温泉に入るのは前世以来なので、今の状況を楽しむことにする。
「ナケアの毛並み、やっぱり綺麗ね! でも、洗うのは大変だわ……」
「ボクはちゃんと毎日手入れをしているからね! 偶にお兄ちゃんに毛繕いもされるの。とっても気持ち良いんだよ!」
「ルピナのタマモも、毛並みはきれーですっ!」
「ルピナちゃん、ちゃんと肩まで浸かってくださいね?」
「ほう、野蛮な羽付き蜥蜴も少しは衛生観念を持っている様じゃな」
グロウ達の後ろにある仕切りの向こう側から、女性陣の楽しそうな声が聞こえて来る。この隣は女湯になっていた。ナケアはソフィアの希望で、未だに巨大なドラゴンの形態になっているが、この広さの温泉ならば余裕で全員入る事が出来るだろう。
「ナケアの羽、なんか少しだけ光ってない? それに、今まで感じた事が無いくらい神聖な魔力を感じるんだけど?」
「お兄ちゃんは確か、ボクの種族は『聖龍』だって言っていたからね。ソフィアの聖女とちょっと似てるね!」
「『聖龍』って、私たちの信仰する神様と同等の治癒力を持つと言われる伝説のドラゴンじゃない⁉︎ ナケア、私達にとって信仰対象になってるわよ⁉︎」
「しんこう?」
ナケアとソフィアは楽しそうで何よりだ。さっきまで自分の種族がバレて嫌われたらどしようか、恐れていたとは思えない。グロウにできる事は少ないが、必要で有ればソフィアには出来る限り手を貸すことにしようと、グロウは静かに心に決める。
「ルピナちゃん、抱きついていてはタマモちゃんを洗う事ができません。タマモちゃんを一度置いて、ここに座って下さい」
「ルピナ、きれーだから、洗わなくて良い」
「ダメです。身体は毎日洗わないと、その可愛さを保つ事は出来ませんよ? それに、タマモちゃんも身体を洗っていないルピナちゃんに抱きつかれるより、洗ったルピナちゃんに抱きついて欲しいはずです」
「いや、そもそも暑苦しいから抱きつかれたく無いぞ?」
「うう〜、それなら、ちゃんと、洗います」
エリカ達も、最初は敵対していたとは思えない程仲良くなている。エリカはただの人間で、ルピナは魔王、タマモは魔王以上の実力を持つ霊獣だと言うのに、力関係は真逆なのが面白い。
全員の楽しそうな声を聞きながら、グロウは満足するまでこの温泉を楽しんだ。
温泉回? でも女子視点もラッキースケベもありません!




