49 最終試験
第二試験が結果的には全員無事に終わり、第二試験の合格者は試験官の案内でギルドの受付に集まっていた。第一試験の筆記テストで不合格者は出なかったが、第二試験では結局半分以上の冒険者が脱落している。今受付に集まっている冒険者は、全部で十二人となっていた。
予想以上に第二試験で負傷者が出ており、ギルドの救護室には今まで以上の負傷者が運び込まれていたのだが、ナケアとソフィアがまとめて全員を治している。
もう一人の聖術士の女性は、自分が一番その場で相応しい実力を持っていたと言うのに、常識外の二人の魔法を見て自信を完全に喪失させて死んだ魚の目を浮かべていたのだが、案外周りにいる冒険者の殆どが同じ様な目をしていたので、特別目立つ事は無かった。
受験者の内、原因である三人以外と同じ目をしているシルバーが、手に紙を持って冒険者の前に立つ。
「えー、これから最終試験を始める。最終試験は、実際にBランクの依頼を受けて貰う。この依頼はパーティーで受けて貰っても構わない。こちらで依頼書は厳選しておいたので、自分達に適した依頼を選んでくれ」
そう言うと、シルバーは手に持っていた依頼書を机の上に置く。期限は依頼に準じるそうなので、長期の依頼は予め除外している様だ。
「ソフィア、どの依頼が良いのかな?」
「そうね、この『古墓の浄化』なんてどう? ちょっと遠いけど、それでも私達なら一瞬でどんな場所でも浄化出来るわよ?」
「いつの間にかナケアの友達が増えているな」
「そうですね。微笑ましいです」
第二試験が終わり、グロウとナケアが合流すると、それが当然の様にソフィアもグロウ達のパーティーに入っていた。特に問題も無いので、グロウとエリカはあっさりとソフィアと一緒に依頼を受ける事にして、机に置かれている依頼書を見る。
依頼の種類は大きく分けてそれなりに時間が掛かるが、比較的に弱めの魔物が出てくる依頼と、日帰りできるがリスクの高い依頼に分かれていた。
同じ様に依頼書を見ている冒険者達が、我先にと依頼書を取って受付に持って行く。傾向としては、時間は掛かっても比較的安全な依頼を受ける冒険者が多い様だ。机の上には、短期間だが危険度の高い依頼が多く残っていた。
ただ、その依頼は全てBランク。グロウ達に取っては、どの依頼も難度は大して変わらない。それならば期間の短い依頼の方が都合が良かったので、気にする事なく依頼を選んだ。
「この『新ダンジョンの攻略』なんてどうですか? 全三階層のダンジョンなら、直ぐに攻略出来そうです」
「お兄ちゃん、この『マンドラゴラの採取』はどう? この草、確かボク達の家の近くに生えてたよ?」
「マンドラゴラって、確か人体に影響が出る程魔素の濃い場所でしか生息出来ない霊草だった筈なんだけど、そんな物が生えてる家ってどんな場所にあるのよ……」
三人が見ていた依頼は、どれも移動距離が変わらないので違いは殆ど無い。強いて言うのなら、新ダンジョンの攻略はまだ未発見の魔道具や宝物が見つかる可能性があり、マンドラゴラの採取はただの帰省になる程度だ。
どちらにしろある程度の特訓にはなるので、グロウは三人に口を挟まない。依頼を持っている三人は、それぞれ真剣に依頼を吟味していた。
三人が依頼を吟味している途中で、ギルド職員の女性に手を引かれて、奥の部屋からルピナが案内されて来て、グロウ達と合流する。ルピナの口元に焼き菓子の欠片が付いていることから、ギルド職員に随分と気に入られて、お菓子を貰っていた様だ。手を繋ぐギルド職員が満面の笑みを浮かべている。
そしてグロウは、ルピナに抱かれている小さな黒い毛並みの九尾の子狐を見て、苦笑いを浮かべた。
「こんな所で何してるんだ、タマモ?」
「聞くな……このルピナがな、一人は寂しいと妾を召喚したんじゃよ。しかも、いきなり召喚されたと思えば、こんな敵の本拠点。元の姿じゃと何かと問題があると思った故、この様な姿を取っておるんじゃ」
ルピナに抱かれている子狐は、遠い目をしながらもうどうとでもなれと手足をだらんと垂らしている。その姿は、相変わらず嘗て神獣と崇められた威厳などどこにもなく、今や哀愁漂う子供のおもちゃと化していた。
ルピナの姿に気が付いたエリカは、依頼書を置いてルピナに駆け寄る。その様子を見たナケアとソフィアも、ルピナを見て駆け寄って行った。
「ルピナちゃん、お待たせしました。タマモちゃんも、ルピナちゃんと遊んでくれたんですね。ありがとうございます!」
「ナケア、何この子! とっても可愛いわね!」
「この子はルピナだよ。ボク達のお友達なの!」
本来は魔物を討伐するのが仕事な冒険者であるエリカに、魔とは対となる存在の聖なる龍であるナケア、そして魔を悪とする神に仕える聖女のソフィアが、魔物の王であるルピナと厄災と喩えられるタマモを可愛がっている。一瞬にして、それぞれの正体を知る者が見れば混沌としている光景が、ギルドの本部内で生まれた。
「お姉ちゃん、ずっと見てたの。とってみょ、カッコ良かった」
「ふふ、ありがとう。頑張った甲斐がありましたね」
ルピナが目を輝かせてエリカに抱き付く。タマモは一瞬の内にグロウの頭の上に飛び移って、漸く解放されたと体を伸ばしていた。
その後、ルピナはソフィアの存在に気付き、エリカの後ろに隠れてしまったが、チラチラと様子を伺うルピナの姿がソフィアのツボにはまった様で、二人はエリカの周りをぐるぐる回るだけの追いかけっこが始まる。
このままではいつまで経っても先に進まない事を知っていたグロウは、いつもの様に結局自分で依頼を選び、受付に向かうのだった。
あの中に入っていたら、周りからどんな目で見られるか分からないので、事前に逃げたのでは決して無い。
グロウが依頼の受注を済ませると、楽しそうに遊んでいる四人に声をかけようと四人の元に戻る。しかしこの本当に僅かな時間で何があったのか、ルピナとソフィアも楽しそうに笑い合っていた。と言うより、そもそもルピナも本気で嫌がってはいなかったのだろう。逃げたり隠れたりしたのは、恐らくはただの照れ隠しだったと思われる。そもそも、本当に嫌ならば、魔法を使って姿を消すなり、転移するなりすれば良いのだから。
「へぇ〜、ルピナはもう魔法が使えるんだ!」
「よゆーなの。でみょ、聖属性の魔法は、ぜんぜん、ちゅかえないの……」
「聖属性は生まれつきの素質が関係してくるからね。使えない人は全然使えないの。でもその歳で魔法を使えるんなら、聖属性以外の魔法の素質はある筈よ! ルピナは、絶対にいつか凄い魔術士になるわ!」
魔法の素質で言えば、ルピナは魔王なのだから、人間どころか魔物を合わせてもトップクラスの素質を持っている。今でも弱体化したとは言え、かなり魔力が回復した今ならば、エリカを凌ぐ魔法を使うことが出来るのだ。この時代でルピナは、どの人間よりも聖属性以外の魔法を上手く扱えるだろう。
そう思うも、口には出さなかったグロウは、会話が途切れたタイミングで四人に声をかけた。
「そろそろ行こう。急げば、今日中にでも依頼を達成出来る筈だ。話は道中にでもすれば良い」
「グロウさん、任せてしまって御免なさい。何の依頼を受けたんですか?」
「『古墓の浄化』の依頼だ。この依頼場所は面白そうだ」
グロウが僅かに笑みを浮かべる。グロウを知らない者が見れば、爽やかで優しそうな笑みに見えていた事だろう。だが、エリカはその黒い笑みの意味を理解して、今回も何かあるのだろうと思わず苦笑いを浮かべた。
「えっと、ナケアのお兄さん? さっき急げば日帰りで帰れるって言ってたけど、その依頼の場所、此処から百キロ以上離れてるよ? とても日帰りで帰れるとは思えないんだけど……?」
このパーティーの中で、二人目の人間でありまだ世間の常識の範囲内に収まっているソフィアが、疑惑の目でグロウを見つめる。エリカはそんなソフィアを見て、私も最初はこの反応だった筈なんだけどなと、自分の成長をしみじみと感じていた。
「俺の事はグロウで良いぞ。それと、この程度の距離なら一時間も有れば到着する。充分日帰りは可能だ」
「一時間って、転移魔法でも使うつもり? でもあの魔法は、目の届く範囲なら大した事ないけど、長距離にもなると大量の魔力を取られちゃう。その後に浄化魔法を使うのは、幾ら私やナケアでも不可能よ!」
実際には、例えこの星の裏側まで転移魔法で転移して、その後に極大魔法を使った後でも、ナケアは浄化魔法を使える。そもそもナケアがドラゴンの姿に戻れば、此処からでも百キロ先の目標地点に浄化魔法を届かせることくらい出来た。
流石に規模が大きくなりすぎるし、魔物であるルピナが浄化されてしまうのでそんな事は出来ないのだが、魔力に関しては全く問題無い。
更に言うと、グロウ達は転移魔法など使うつもりはなかった。そんな事をすれば、鍛錬にならないからである。グロウ達は最初から、走って現地に向かうつもりなのだ。
「安心しろ、転移魔法は使わない。お前には俺が魔法を付与しよう。それでも辛いのなら、俺かエリカが抱えて運ぶ」
「でも、グロウは戦闘職なんだから魔法なんて使えないでしょ? いえ、例え超一流の魔術士でも百キロもの距離をどうこうなんて出来ないわよ!」
グロウの言葉を信じられないソフィアは、馬車で行くルートを提案する。だがその方法では、依頼を達成する為に数日は掛ける必要があった。それはそれで楽しそうだと言うナケアとルピナには悪いが、この程度の依頼で何日も無駄にするのは避けたい。
半ば無理矢理でも、魔法を付与してしまえばソフィアも信じざるを得ないだろう。方針を決めたグロウは、疑っているソフィアも一緒に外へ連れ出し、魔法をソフィアに付与することにした。




