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48 聖女と聖龍

 グロウ達が第二試験を行なっている頃、ナケアもまた、別室にて第二試験を行なっていた。女性のギルド職員について行った先の部屋では、何名かの冒険者がベッドの上に寝かされている。この部屋はギルドの救護室。ギルドに所属している冒険者ならば、誰でも格安で利用できる、冒険者にとっては有難い施設だ。


「アババ、この”水刃のミュレイ“が、あんな獣に遅れを取るなど……」


「あの召喚獣、強過ぎでしょ……」


 救護室に、担架に乗せられた冒険者が運び込まれてくる。全員同じ様に焦げ跡がついており、身体中に裂傷と火傷を負っていた。


「皆さんは丁度全員が聖術士ですので、第二試験はこの冒険者を治療することです。そうですね、後十人は運ばれて来るでしょうから、一人につき四人を診てあげて下さいね」


 ギルド職員の女性――マルティナは、集まった三人を見て胸が高鳴るのを感じた。


 Bランクの昇級試験で、三人も補助職の、それも聖術士の冒険者が集まる事は結構珍しい。そもそも、補助職の適正がある者が珍しく、不遇とされる魔法や魔術を練習する物好きもあまりいないからである。


 聖術士の魔法も、黒魔術士の魔法も、効果はあまり強力で無い場合が多い。回復魔法は精々軽症を治したり、体力を僅かに回復させる程度。能力を低下させる黒魔法も、精々体が少し怠く感じたり、思考速度を僅かに低下させると言った程度だ。


 但しその魔法効果は重複する場合もあるので、数を揃えればそれなりの効果が期待できたりもする。だが、少数では殆ど役に立たないと言う評価が一般的だった。


 そんな補助職の人は、態々リスクの高い冒険者にはならない。聖術士は医療施設に、黒魔術士は刑務所などで重宝されているのだ。ましてや、上級冒険者であるBランクの昇級試験まで受けられる程、個人の能力が高い人は滅多にいない。


 更に、今回昇級試験を受ける冒険者の三人中二(・)人(・)が、成人していない子供だ。これは最早、珍しいどころか異常であった。


 マルティナは今まで何度もBランクの昇級試験を担当しており、自身もギルド本部で医療関係に携わっている、優秀な聖術士の一人である。


 そんな彼女でも、こんな事態は経験が無い。今の、魔法が軽視されている状況を不満に思っている彼女は、この事態に期待をせずにはいられなかったのだ。


 マルティナが期待の眼差しで三人を見つめている中、成人していない子供の一人(実際には最年長だが、ドラゴンの中ではまだ子供)であるナケアが、特にこんがりと焦げている冒険者の元へ近づいて行った。既にナケアの頭の中に、グロウとの約束は存在しない。今は早くこの試験を終わらせて、みんなとケーキを食べに行くことしか頭になかった。


「なんだかおいしそうな匂いがする! ボク、お腹空いてきちゃった」


「おい子供! そんな目でこの俺”水刃のミュレイ“を見るな!」


 一番怪我が酷いはずなのに、その冒険者は案外元気そうであった。少なくとも、マルティナが聞いた事のない二つ名を恥ずかしげも無く元気に叫べるだけの余裕はある。


「えっと、この人を治せば良いんだったよね?」


「お前みたいな子供が、まともな魔法を使えるのか? そもそも、如何やってCランクになったんだ?」


 ベッドに寝ているミュレイが、ナケアを見て心配そうに顔を顰めた。だが、その様子を見ていたマルティナと、その隣にいた聖術士の二人は「此奴マジか?」と言った目をミュレイに向ける。


 何故なら、ギルドの医療関係に携わるマルティナは勿論、後の受験者二名も相当優秀な冒険者であった為、気が付いていたのだ。ナケアの身体から発せられている、膨大な魔力を。


 思わず祈りを捧げてしまいそうになる程神々しい魔力が、この部屋を満たしている。このミュレイが怪我の割には元気なのも、この膨大な治癒の魔力に包まれているからだと、三人は確信していた。


 流石に、ナケアが自分の魔力の大部分を抑えており、部屋を満たしている魔力はナケアが気付かない程、ナケアの持つ魔力の総量からすれば微々たる魔力だと言うことには、気が付かなかった様だが。


 ミュレイが喚いているが気にも留めず、ナケアはミュレイに向けて手を翳す。


「そう言えば、お兄ちゃんがやり過ぎない様にって言ってたっけ。なら、このくらいで良いのかな? 【ヒール】!」


 ナケアの掌に、この部屋を満たしいている魔力以上の膨大な魔力が集中する。その魔力は、圧縮され過ぎて本来ならば魔法適性が無く、魔力の見れない筈のミュレイにすらハッキリと視認できていた。


 ミュレイの傷が見る見る内に治って行き、焦げていた皮膚の下から新しい皮膚が生成されていく。回復されていく身体とは裏腹に、ミュレイの顔はどんどん青褪めていった。魔力を見る事は初めてだったが、如何見ても尋常では無いと分かったからだ。


 数秒のうちに、ミュレイの傷は完全に回復した。それどころか、今この部屋に運び込まれていた三人まで、完全に傷が塞がっていた。


「うそ……何、このとんでもない魔力は……」


「詠唱もなく、あの傷が治ったの? 信じられない。あれじゃあまるで、伝説の治癒魔術じゃない……」


 マルティナと、三人の受験者の内唯一の成人である女性が、開いて塞がらない口に手を当てて驚愕している。回復した冒険者は、先に運ばれて少し回復していたミュレイ以外気を失っており状況が分かっていない為、ミュレイ含め三人の様子を見て困惑していた。


 そんな中、一人の冒険者がナケアに近づいて行く。


「アナタ、凄い魔法を使うのね!」


 その冒険者は、三人いた受験者の一人で、ナケアよりも背は高いがまだ成人しているとは思えない、気の強そうな少女だ。


 長いホワイトゴールドの髪を左右でまとめ、金色の瞳はナケアを見つめている。口から覗く犬歯は、活発そうな少女によく似合っていた。


 そんな少女に見つめられて、ナケアは何のことだろうと首を傾げる。


「ありがとう? でも、ただの【ヒール】って凄いの? お兄ちゃんが、一番簡単な魔法だって言ってたよ?」


 確かに、ヒールの魔法は治癒魔法の中で最も初歩的な魔法だった。対象も一人であり、回復量も然程多くはない。但し使用する魔力は少ないので、冒険中に傷口から菌が入らない様、応急処置として傷口を塞ぐ為の魔法として広く使われていた。


 いつもなら、ナケアもヒールの対象は一人だけだったのだ。効果も、普通の人間よりは効果が高いが、一瞬で重傷患者を完治させることは出来なかった。


 だが今回は、四方を囲まれた部屋の中がナケアから漏れ出した魔力で満たされており、最近は抑えていた魔力がナケアの中で大量に溜まり濃縮されていた為、対象が部屋にいる全員、効果がいつもの数倍に膨れ上がっていたのだ。


 つまり、使用していた魔法は確かにヒールであったが、効果はヒールの枠を軽く凌駕している。ナケアの魔法を見ていた全員が、その魔法がただのヒールだと言われて信じられないのも仕方がないと言えた。


 この中でナケアの言葉を信じたのは、ナケアの目の前で目を丸くしている少女だけだった。


「あれ、ただのヒールだったの⁉︎ アナタの魔法、本当に凄いのね! 私はソフィアって言うの。よろしくね!」


「ボクはナケアだよ!」


 二人は相性が良いのか、直ぐにワイワイと楽しそうに打ち解けあっていた。その様子は大変微笑ましい光景だった筈なのだが、その場で微笑んでいるのは当の本人たちだけだ。


 他の冒険者たちは、状況が良く分からずに頭に疑問符を浮かべていたり、状況の分かっている者は尚も立ち直れずに、呆然としている。


 そんな中、一人の冒険者がソフィアを見て目を見開いた。


「よく見たらあの子、教会の“聖女“じゃないか⁉︎ まだ子供だって言うし、間違いねえ!」


「本当だ! どうしてこんな所に子供が居るんだと思ってたが、あの全ての傷病を治すことが出来ると言われる聖女様なら納得だ」


「それじゃあ、その隣にいる子は誰だ?」


 傷が治り、目が覚めた冒険者がソフィアを見て驚いた後、一緒にいるナケアを見て首を傾げている。セルゲンレイクでは名物にまでなっているナケアも、王都ではまだ知られていない。冒険者がそれぞれナケアについて考察していたが、そんな冒険者に気付く事無く、二人は楽しそうにお喋りを続けている。


 そして数分後、次の冒険者が救護室に運ばれて来た頃に、漸く再起動したマルティナに合格を言い渡されたナケアは、張り切っているソフィアに場所を譲ってマルティナの横に戻った。


「次は私の番ね! ナケア程じゃないけど、私も治癒魔法は得意なんだから!」


 ソフィアは冒険者が四人運ばれてくると、目を瞑って祈る様にその場に座る。


『神の意に背く、生を妨げる存在は、神の名の下に断罪される。あらゆる傷病を患う者は、神に祈る限り救われる。癒しの神は、決して祈る者を見捨て無い。私の祈りが届くのならば、私の払える代償を糧として、傷付く者をお救いください』


【聖魔法:聖女の祈り(セイントヒール)】


 詠唱を終えたソフィアから、眩い光を放つ魔力が放出される。放たれた魔力はソフィアを中心に魔法陣を形成し、部屋に運ばれて来た四人の冒険者の下まで広がった。


 魔法陣の上に寝かされた冒険者の体が輝きだす。すると運ばれて来た冒険者達は、苦しんでいたのが嘘の様に、穏やかな表情を浮かべて規則正しい寝息を立て始めた。


 四人の冒険者も、ナケアの時と同様に全員重傷を負っていたのだが、寝息を立てている冒険者は全員傷が完治している。


「ふう、四人も同時にするとやっぱり疲れるわね」


「おおー! ソフィアカッコいい! すっごい綺麗な魔法だったよ!」


 魔法を見ていたナケアが、興奮してソフィアに駆け寄った。


「ありがとう。でもまだまだだわ。この魔法を使うとかなりの魔力を使っちゃうし、回復させた人を眠らせちゃうもの。寝ちゃうと数時間は起き無いから、戦闘中は使えないのよね」


 全員を回復させたと言うのに、ソフィアは何処か不満そうだった。ソフィアはナケアをじっと見つめる。


「どうしたの?」


「いえ、私は四人でこんなに疲れているのに、私以上の魔法を使ったナケアがこんなに元気なのは、どうしてかなと思っただけよ。何か秘訣があったりするの?」


「秘訣、無いよ? あ、でもお兄ちゃんに、魔力は絶対に抑えて使えって言われてるよ。そうすると、魔力の質が上がるんだって」


「あ、あれで抑えてるの……? ナケアって、どれだけの魔力を持ってるのかしら?」


「えっと、どのくらいかは分からないけど、さっきの魔法なら魔力の回復の方が多いから、何度でも使えるよ?」


 ナケアが何気なく言ったその一言で、聞いていた三人が絶句する。先程のナケアが使った魔法に込められていた魔力は、この王都にいる聖術士全員の魔力を足して漸く届くかどうかだと、マルティナとソフィアは感じていた。


 もう一人の受験者である聖術士の女性は、その膨大な魔力を測りきれずに、理解を放棄していた程だ。それでも、その女性が未熟だと言うことでは無い。その冒険者の女性は、今まで何度も上級の依頼を受けて達成して来た、寧ろ優秀な部類の聖術士だった。


 後に彼女もこの試験を受けるのだが、一人ずつとは言え問題無く冒険者を治療し、この試験を合格しているのだから、能力は間違いなく高い。


 そんな優秀な聖術士三人が、揃ってナケアに畏怖にも似た感情を抱いた。聞かなければ良かったと内心で後悔しているソフィアは、しかし無邪気な笑顔を向けているナケアを見て、まあ良いかと開き直ってナケアと一緒に次の試験に向かうのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 次の昇格試験が楽しみです。小説の内容が良いのに、感想が書かれてないのが疑問だ。ただし、タイトルが少し長めだが。
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