41 知らぬ間に
ドラゴンの状態で飛んで帰って来たが、それでも帰るのに一時間は掛かっている。五人がセルゲンレイクに入る頃には、既に太陽は完全に沈んでいた。
街灯が照らす大通りを、五人はギルドに向けて歩く。通りは帰路に着く冒険者や主婦がまばらに歩いていた。
「ほう、何やら街の様子が随分変わっておるのう。グロウや、魔動人形が見当たらん様じゃが、街の警備が手薄じゃ無いかえ?」
街の様子を頻りに眺めていたタマモが、不思議そうに首を傾げている。それは、グロウもこの街に来て真っ先に思った事だ。
グロウが人間として生きていた時代では、セルゲンレイク程大きな街なら至る所に魔動人形が配置されていた。魔動人形は街の整備や警備を担っており、魔動人形がある限り街の治安は守られている。だが、もし居ないのならその作業を全て人の手でこなさなくてはいけなくなる。
たかがDランク(グロウは知らないが、本当は物理耐性が高くBランク)の猪型魔物にすら対処出来ない冒険者が何人いようと、街の警備は低水準だと言わざるを得ない。
「そうだな、確かに警備には不安が残る。ギルド長のリックに話して魔動人形を配置させて貰うべきか?」
「グロウさんって、その魔動人形も作れるんですか?」
「作れるぞ。ただ材料が余り無いから、作れて一つと言った所だがな。500年前は至る所に魔動人形が歩いていたんだが、どうして何処にも姿を見ないんだ?」
「魔動人形なんて私も見たことないですから、多分戦争で無くなっちゃったんじゃないでしょうか? 一応、昔の遺跡とかから魔動人形らしき残骸が見つかるって、冒険者さんに教えて貰った事がありますが、動いている魔動人形なんて無いんじゃないですかね?」
「そうか。本当に、良く今まで人類は滅びなかったものだな」
これだけ魔法の技術が失われているとなると、やはり魔動人形の技術も失われているだろうとは思っていた。だが、あれだけ世に出回っていた魔動人形が全滅しているとなると、過去に起きた戦争の壮絶さが垣間見える。
「人類はしぶといからの。妾はグロウの封印の中に居たから無事じゃったが、あの戦火の中では殆どが燃え尽きたじゃろうて」
「お前、戦争を見てたのか?」
「まあの。と言っても、妾の封印されている岩の付近だけじゃが、少なくとも妾の見ていた場所は全て炎に包まれとった」
タマモが封印されていた岩は、あの小さな泉の中心に置かれていた岩だ。あの岩はグロウが魔力で作ったものであり、その魔力が尽きない限り外の影響を受ける事はない。
そのお陰でタマモは、最強の生物とも称されるドラゴンすら絶滅させる程の戦争を生き残った様だ。グロウは世界の厄災と呼ばれる脅威を、知らないうちに救っていた事に複雑な気分になるも、子供達に懐かれてるタマモを助けて良かったのだろうと、自分を納得させる事にした。
「っと、皆さん、ギルドに着きましたよ」
グロウ達が会話しているうちに、五人はギルドの前に到着していた。ギルドからは暖かい光が漏れ出ている。
五人がギルドの中に入ると、ギルド内には冒険者と思われる人達が、全員緊張した面持ちで佇んでいた。いつもならばこの時間、依頼を達成して得た金で飲んでいる冒険者か、夜間の依頼に出る冒険者くらいしかいない。何か非常事態でも起こったのかと、グロウはいつのも受付にいたナタリアに理由を聞きに行った。
「ナタリア、何かあったのか?」
「あ、グロウさん! 丁度良かったです! お願いです、どうか助けてください!」
「あの、ナタリアさん、落ち着いてください。まずは何があったのか説明をお願いします」
かなり慌てた様子で頭を下げて来たナタリアをエリカが嗜め、どうして冒険者が集まっているのか説明を求める。暫くナタリアが落ち着くのを待っていると、どうして冒険者が集まっているのか理由を話し出した。
「実は、街の近くの森上空に、ワイバーンが出現したんです!」
「わいばーん? おねぇちゃん、わいばーんって何ですか?」
「ワイバーンは、ドラゴンの近縁種と言われる、ドラゴンに似た魔物ですよ。グロウさん達みたいに知性は有りませんが、高質な鱗は如何なる攻撃も防ぐとまで言われています。確かランクA +の強力な魔物だった筈ですね。空白の時代を生き残った、数少ない生物の内の一つなんですよ」
ルピナが可愛らしく首を傾げてエリカを見つめる。そしてエリカが質問に答えると、その光景を見ていた冒険者とナタリアは、さっきまでの緊張感を何処かへ追いやって、皆顔を緩ませていた。その後に、大半の冒険者はグロウに対し並々ならぬ殺気を向けていたのだが、グロウは素知らぬ顔でナタリアに向き直る。
「ワイバーンか、エリカの良い特訓相手になりそうだな。うん? だがワイバーンは森の方角に出現したと言ったよな? 俺達は今さっき森を通って帰って来たんだが、ワイバーンなんて見なかったぞ?」
ワイバーンは森の上空に出現したとナタリアは行っていたが、この街で森といえば、いつもグロウ達が特訓しているあの森を指す。
その場所はグロウ達が先程までいた場所だ。あの森は広いが、ワイバーンが居れば遭遇していてもおかしくは無い。それにグロウ達は上空を飛んでいたのだ。それでもワイバーンを見かけることは無かった。なら、もう既にワイバーンは何処かへ飛び去っている可能性がある。
「ところでグロウさん、頭に何か引っ掛かっていますよ?」
グロウがワイバーンの痕跡が無かったか、先程までいた森の上空の光景を思い出していると、ナタリアがグロウの頭を指差した。
「本当ですね、全然気が付きませんでした。グロウさん、少し屈んで貰って良いですか?」
「ああ、こうか?」
「はい、大丈夫です。取れました! これは、何かの鱗でしょうか?」
エリカがグロウの頭に手を伸ばして、グロウの頭に引っ掛かっていた物を手にとった。そして全員に見える様に、受付の机の上に引っ掛かっていた物を置く。
その物体は大きな魚の鱗の様な形をしており、くすんだ緑色をしていた。
「ッ⁉︎ これは⁉︎」
その鱗の様な物体を見たナタリアが、顔色を変えて慌てて奥の部屋に入っていく。グロウ達は何が起きたのか分からずに、ナタリアの後ろ姿を目で追う。
ナタリアが奥の部屋に消えて数分後、今度は何か大きな魔道具を抱えたリックと、その隣を緊張気味について行くナタリアが部屋の中から姿を現した。
「おい、どうしたんだその魔道具は?」
「そんな事は良い。グロウよ、その鱗、一体どこで拾って来たんだ?」
「拾って来たも何も、頭に引っ掛かっていただけだが? 多分、さっき森の方で飛んでいた時、頭に何かぶつかって来たんだが、その時に付いたんだろう」
鱗が頭に引っ掛かる理由など、グロウには幾つも思いつかない。鱗が引っ掛かっていた場所は、グロウがドラゴン形態の時、丁度空中で何かがぶつかった場所だった。
恐らくはその時に付いた鱗だろう。
グロウがリックに何があったのか説明していると、その間にナタリアとリックは協力して持って来た魔道具の中に鱗を入れた。
「お前さん、まさか気付いてないのか?」
「何のことだ?」
「マジか……まあ、それはこの鑑定が済めば分かる」
ナタリアが持って来た魔道具に魔力を込める。すると、魔道具の中に魔法陣が浮かび上がり、やがて魔法陣が何かの文字へと組み変わって行った。
「鑑定結果が出た。なになに、やはりか……」
「おい、どうしたんだ?」
鑑定用の魔道具と思われる機械から浮かび上がった文字を見て、リックが呆れた顔をグロウに向ける。そして浮かび上がった文字をグロウ達に見える様に差し出した。
「えっと、“鑑定結果:ワイバーンの鱗”って、これワイバーンの鱗なんですか⁉︎」
「何⁉︎ それじゃあ、あの時ぶつかったのがワイバーンだったと……?」
「だろうな。まさか気付きもせずにワイバーンを討伐する奴がいるなんてな……」
その結果を聞いた冒険者達がこの後どうなったのかは、言うまでもないだろう。




