33 新たな日常
明日は実家に帰るので更新はありません
魔王ルピナが起きたため、今日はルピナに街の案内をする事となった。まずは朝食を食べるために宿の食堂へ向かうと、食堂にいたこの宿の女将ローレンがルピナに気付いて小盛の食事を持ってくる。
今日の朝食は白パンに甘く味付けされたコーンスープだった。甘いものは余り得意でないグロウも、このコーンスープは美味しく食べられる。
「このスープおいしい!」
「うん、おいしー」
甘い味付けは子供二人にも好評だ。この宿はセルゲンレイクで一番豪華であるだけに、出てくる料理もかなり美味しい。
豪華ではあるがそれはあくまで庶民的な感性ではということであり、本当に貴族が宿泊する様な堅苦しい雰囲気はなく、この食堂も比較的に身なりの良い冒険者が談笑しながら食事を楽しんでいる。
「こんなに可愛いお客さんに喜んでもらえて、作ったかいがあるわ!」
四人が朝食を食べていると、食堂のカウンターから出てきた青色の髪を後ろで纏めたローレンが笑顔で話しかけてきた。グロウ達は一ヶ月以上この宿に泊まっているので、ここの女将とも気軽に話せる知り合いになっている。昨日も眠っているルピナを連れて来て、大層驚かれたものだ。
「ローレンさんのお料理、全部美味しいからボク大好き!」
「それは嬉しいね! そっちのお嬢ちゃんはどうだい? お口に合ったかね?」
ナケアが喜んでパンを頬張っていると、ローレンは嬉しそうに微笑みながら今度は体が小さいためテーブルに手が届かず、今はエリカの膝上に座りながら朝食を食べているルピナを見る。
「ん、おいしーの」
「そうかいそうかい、こりゃ晩御飯も頑張らないといけないね! エリカちゃんもグロウちゃんも、良くこんなに可愛い子を連れて来てくれたね!」
「えへへ~、そうでしょうとも~!」
「そろそろちゃん付けは止めてくれ……」
ちゃんと口の中に入っている食べ物を飲み込んでから、エリカは破顔してルピナを抱きしめていた。見た目ではかなり食事に邪魔そうなのだが、ルピナが気にしている様子は無い。
その様子を見ていたナケアが、少し寂しそうにしていたのを見ていたグロウは、隣に座っているナケアの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
「朝から良いモノが見れて良かった。晩御飯も腕によりをかけて作るから、ちゃんと帰って来ておくれよ?」
三人が冒険者だと知っているからだろうか、笑顔の中に少し心配そうな顔を浮かべる。冒険者には危険が付き物、明日生きているかも怪しい仕事だ。ましてや、今は子供が二人もいるのだからエリカかグロウに何かあれば一気に大変になってしまう。
それを知っているからこそ、ローレンは子供のいるグロウ達を特に気にかけてくれていたのだ。まだ明らかに若いグロウ達が、無理をしないよう釘を刺す意味もあるだろう。まあ、ドラゴンであるグロウとナケアの二人がいれば、万全の状態で城に籠る王様よりも安全に依頼をこなすことが出来るのだが、敢えて言うまい。そもそも今日は、依頼を受けるつもりもない。
「今日はルピナに街の案内をするだけだ。危険な依頼は受けないよ」
「そうですね! 今日の晩御飯が今から楽しみです!」
「楽しみー!」
「楽しみなの」
「そうかい、この街は見どころが沢山あるからね。存分に楽しんでくると良い! それじゃあ私は仕事があるから戻るけど、困ったことがあればいつでも頼ってね!」
そう言ってローレンは、笑いながらカウンターの奥へ帰って行った。
食事を終え、グロウ達はまず服飾店へ向かった。この前にナケアの服を大量に買った店である。今日ナケアの着ている、胸元に付いている青色のリボンがポイントの真っ白なワンピースも、その店で買った服だ。
真っ先に服飾店へ向かう理由は、今のルピナの服装にある。今のルピナの服装は、ダンジョン内で出会ったまま、つまり戦闘であちこち綻び、裂けている黒色のローブ姿だった。
最初はナケアの服やエリカの服などで試行錯誤していたのだが、ナケアの服でさえ大き過ぎる為、どうせならという事で買いに来ることになったのだ。
店に入ると、ナケアの時も対応してくれた店員が逸れない様ナケアと手を繋いでいたルピナを見て、半狂乱になりながら駆け寄って来た。
「何ですかこの可愛い子は!? ナケアちゃんも天使ですが、この子も天使です! ダブル天使です! ああ、ここが天国だったのですね……がくっ」
「店を変えるか……?」
「グロウさん、この街に子供用の服を売っている服飾店はここしかありませんよ?」
店員の異常なテンションについて行けず、思わず飛んで別の街に行こうか考えていた時、倒れこんだと思った店員がすぐに起き上がった。ルピナは涙目で震えてナケアに抱き着いている。
魔王を泣かせる店員は地味に凄いんじゃないだろうか、とグロウは苦笑を浮かべた。
「お嬢さん、お名前はなんて言うんですか?」
「ひぅ! え、えっと……ルピナ、なの……」
起き上がった店員がしゃがんで目線をルピナに合わせると、先程とは違い柔らかな笑みでルピナに話しかける。流石は腐っても店員、見事な営業スマイルだった。理性と本能を完全に分けるその技能には感心するのだが、背中から邪まなオーラが見え隠れしており、結局ルピナは怖がっていたのだが恐る恐ると言った様子で自分の付けてもらった名前を言う。
「「「ゴフッ‼」」」
モジモジしながらも、上目遣いで一生懸命名前を言うルピナの姿は、言葉では言い表せないが、敢えて言うのならば一言、ただ尊かった。三人が一斉に胸を押さえて悶える程度には。
目の前の店員に気を取られていたせいで気が付かなかったが、よく見ると店にいた客たちが全員グロウ達の方向を見つめている。あれだけ騒いだのだから当然だろうが、その中の何人かが口元を押さえてぷるぷる震えていた。
このままでは何時まで経っても服が買えないと悟ったグロウは、店員とエリカにルピナが似合いそうな服を選ぶよう指示を出すと、その直後に二人は残像を残して店の中に消えて行く。
「エリカは兎も角、どうしてあの店員まで同じ速度で動けんだよ……」
その後、二人が消えたことで取り合えず落ち着きを取り戻した三人は、あの二人が服を持ってくるのならと装飾品の並ぶショーケースを見に店の奥へ入って行った。
六時間後――
分かってはいた、こうなることは。
そう頭の中でぼやきながら、グロウは前回来た時の倍の量の紙袋を両手で抱えて、服飾店を後にした。
前回来た時の倍である。要するに、ナケアとルピナで二人分だった。
何が起きたのか説明すると、まずあの店員(名前をハナと言うそうだ)とエリカが直ぐに似合いそうな服を持ってきた。二人とも当然と言った様子で二着ずつサイズの違う服をだ。そこから悲劇? は始まった。
もう一つの服はナケアに持ってきたらしく、ナケアも一緒に新しい服に着替えることになり、アイテムボックスに入れておけばいくら服が多くても問題ないだろうとグロウも承諾。
二人がそれぞれ渡された服に着替えると、その服は色が違うだけで同じようなデザインであり、良く似合っていたのだ。片や白銀に輝く神々しき天使。片や漆黒を纏う愛らしい小悪魔。
愛でるなという方が無理である!
それぞれ白と黒をコンセプトにフリルの付いた可愛らしいドレスやワンピース、着物やパーカーに至るまで、二人は運ばれてくる服を順番に着させられる着せ替え人形となっていた。
そしていつの間にか参加していた店の客たちを、直ぐにハナが客たちに指示を出してまとめ、服を運ぶ班、装飾品を運ぶ班、着せ替える班、写真を撮る班、挙句に二人が疲れたり退屈しないようにお菓子やお茶を持参する班まで作り上げて、全ての班に的確な指示を出していた。
「下手な軍より余程統率が取れていたな……」
「皆心で繋がっていますからね、着せ替え班なんて二人がお茶を飲んでいても全く零す事無く、一瞬で着替えさせていましたし」
因みにエリカは着せ替え班班長だ。二人の服を一瞬で着せ替えた時はグロウでも驚いた。
班を作り出した後は直ぐに店の商品が無くなってしまい、自分たちで作り出す猛者まで出始めた辺りで収集が付かなくなり、グロウは魔法で自分を小さな龍の姿に変えてエリカの鞄の中で終わるまで様子を伺っていた。
「今度から、あの店に行く時は認識阻害の魔法を掛けることにしよう」
「それでもハナさんなら見つけてくるかもしれませんね。それに、かなり値引きもして貰いましたし、VIPカードも貰ったんですから、良いじゃ無いですか」
「ここだけは慣れそうにないな……」
グロウとエリカは宿に向かって歩いていた。グロウの背中にはナケアが、エリカの腕の中にはルピナがそれぞれ可愛い寝息を立てている。流石に疲れたのだろう。
まだ日は落ちていない。起こせば他の場所も見に行くことが出来る。だが二人はこの寝顔をもう少し見ていたいと、確かに感じる温もりを起こさない様、静かに帰路へ着くことにした。
この街の観光は、少なくとも暫くはこの街に滞在するのだからいつでもできる。なら、今は自分たちの勝手を許してほしい。
そうして四人は、幸せそうに微笑みながら、見慣れた街道を歩いて行った。




