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32 名付け

投降遅れてごめんなさい!

 騎士からの依頼を終え、グロウ達はいつも宿泊している湖月荘へ帰って来ていた。今はグロウも、エリカとナケアの泊っている部屋に足を運んでいる。


 そしてこの部屋に備え付けられているベッドには、可愛い寝息を立てている魔王が横たわっていた。


「この子が魔王だなんて、やっぱり信じられないですね」


 エリカが眠っている魔王の顔に掛かった髪を優しく払う。その隣ではナケアが、魔王の顔を心配そうに覗き込んでいた。


「お兄ちゃん、この子にボクの魔法使っちゃダメなの?」


「魔王は魔素の消耗で眠っているだけだ。今は治癒魔法も効果は無いし、元になる魔素が無い状態で魔力は回復しない」


 魔素は魔力の元にもなる力である為、魔法を使った時点で魔素は魔力へと変換される。いくらナケアが『聖龍』でも、魔法を使う限り魔素を回復させることは出来ないのだ。

 その為、今は魔王の様子を見守る事しか出来ることは無い。


「心配しなくても、魔素の回復具合を見るに、後数時間の内には起きるだろう。それまでは目を離す訳にいかない。起きたらまた暴れる可能性もあるからな」


「そんな事にはなりませんよ。もうこの子から嫌な感じはしませんから」


「魔王と戦っていた時もそんな事を言っていたな。嫌な感じって何のことだ?」


 確か魔王と戦っている時もそんな事を言っていたなと、グロウはその時の事を思い出してエリカに聞いた。グロウにも、殺意など害ある気配を感じることは出来るのだが、今の魔王からは何も感じない。

 不思議に思っていると、何故かエリカも不思議そうに首を傾げていた。


「え、何となく分かりませんか? こう、嫌な感じと言うか、殺気とは全然違うんですけど……そう言えば、グロウさんがこの街に来た時倒していた、あの狂化した魔物も同じ様に嫌な感じがしました」


「そうなのか?」


 グロウは首を傾げてその時の出来事を思い出していたが、殺気以外は特に何も感じなかった。エリカ本人にも良く分からないのなら、説明は期待できないだろう。


「まあナケアもいる事だし、例え魔王が暴れても抑えることが出来る筈だ。それよりも、魔王は俺の部屋に置いておいた方が安全なんだがな」


「起きた時目の前にグロウさんが居たら、この子が驚いちゃいますよ」


「俺、そんなに怖いのか……?」


 自分では気付いていないのだろうが、あまり感情を表に出さないグロウがいつもより声を落として明らかに落ち込んでいる様子を見て、エリカがクスッと笑みを漏らした。


「うふふ、グロウさんは全然怖く無いですよ? ただ、この子はグロウさんと戦った時、ちょっと驚いていたので心配になっただけです。それに、グロウさんはとってもカッコいいですよ……」


「うん? スマン、最後の方が聞き取れなかった。なんて言ったんだ?」


「な、何でも無いですよ!」


 赤面して慌てて顔を隠しているエリカを不思議に思いながら、グロウは肩を落として自分の部屋に帰っていった。




 翌日、慌ててグロウの宿泊している部屋の中にナケアが入ってきた。数分前に漸く魔王が起きたらしい。グロウは直ぐに身支度を整えると、ナケアと一緒にエリカの部屋へ向かった。


「魔王が起きたのか!?」


「ひっ!?」


 急いでいた為少し強めに開けてしまった扉に驚き、短い悲鳴を上げた子供と思われる人影がエリカの後ろに隠れてしまった。直ぐに隠れてしまったため姿は見えなかったが、エリカの後ろからちらちらと黒い髪が見える。


「エリカ、まさか後ろの少女は……?」


 昨日この部屋に居た三人の中で、黒い髪をしている者は一人しかいない。更にベッドの上には誰も寝ていなかった。だが、頭の中で描いている人物像と全く合わず、グロウは思わずエリカに視線を向ける。


 するとエリカは苦笑しながら「この人は怖い人じゃ無いですよ」と後ろに居る少女の頭を撫でた。


「起きてからずっとこんな感じですが、この子は間違いなく魔王ちゃんですよ」


 そう言ってエリアは魔王と呼ばれた少女を抱き上げて、グロウにその姿を見せる。肩まで届く美しい黒髪に、目尻が下がり気の弱そうな黒い瞳、まるで雪の様に白い肌は、より一層髪と瞳の美しさを際立たせていた。


 まだ幼く小さな体は小刻みに震えており、思わず庇護欲が湧いてくる。頭に生えている小さな黒い角以外、どこを見てもあの時戦った魔王とは思えない。グロウは魔王の体内に残っている魔素を精査魔法で調べてみたが、何度調べても魔王と同じ波長の魔素だ。


 如何やら本当に、目の前の少女はあの時戦った魔王らしいと納得したグロウは、戦闘時の魔王の姿を思い浮かべて「どうなっているんだ?」と首を傾げた。


「魔王ちゃん、どうしてダンジョンを作っていたのか、説明できる?」


 このような状態になった魔王なんて前例がない。何も分からないままではどうしようもないので、エリカが魔王本人に聞いた。


「分からない……ずっと寝てたりゃ、ここにいたの」


 呂律の回っていない舌足らずな言葉で、魔王は首を横に振る。


「かわいっ――じゃなくて、やっぱり分からないんですね……」


「魔素で暴走していたからな、理性も無くなっていた可能性がある。まあ暴れないのなら問題ないだろう。暫くは様子見だな」


 どうしようもないのなら、どうもしなければ良い。魔力もエリカより低く、力は見た目相応だった。それでも魔法はそこらの冒険者よりも高く、目を離す訳にはいかないが、グロウかエリカのどちらかが見ていれば問題は無い。


「そうですね。魔王ちゃんはそれで良いですか?」


 エリカが魔王に顔を向けると、魔王は驚いた様に大きな目を更に大きく見開いていた。出会ったばかりのエリカとそっくりの反応だったので、グロウは思わず笑みを浮かべる。


「良いの? 私、何もできない……」


 その謙虚ぶりもエリカにそっくりだった。俯いてもじもじしている様子はグロウであろうと耐えきれる自信が無い程の破壊力がある。


「おおー! 魔王ちゃん可愛い~!」


「ええ本当に! じゃ無くて、魔王ちゃん、実は覚えていないかもしれませんが、私は魔王ちゃんを勝手にここへ連れて来てしまったんです」


 エリカは魔王にどうしてこの場所にいるのか説明する。魔王が暴走して元居たダンジョンを飛び出してしまい、魔王の討伐依頼を受けた自分たちが魔王を討伐することなくここに連れて来た為、出来れば自分たちで世話をさせて欲しいと言うと、今度は魔王が泣き出しそうな目でエリカを見上げた。


「私、皆の敵……でも、覚えてないの、怖い……また、勝手にわりゅい事、するかも……それでも、良いにょ?」


 ゴフッ‼


 エリカとグロウが胸を抑えて悶えているのを、ナケアと魔王が不思議そうに見ていた。


「勿論ですよ! 何としてでも魔王ちゃんは私たちが育てます! 良いですよね、グロウさん!」


「あ、ああ、当然だ。魔王を討伐しないよう提案したのは俺だからな。ナケアと一緒に、必ず育てて見せよう!」


 未だにグロウが喋ると、魔王は顔を背ける事にグロウは心を痛めながら、いつか少しでも心を開いてくれれば良いと、今は静かに見守ることにした。エリカとナケアは普通に喋れるようなので、その内慣れてくれるだろう……たぶん。


「あ、そうです!」


 陰でグロウが傷心していると、エリカが思い出したように声を上げた。


「いきなりどうしたんだ?」


「名前、まだ魔王ちゃんの名前を聞いていません!」


 確かにずっと魔王と呼ぶ訳にもいかない。街中で魔王と呼べば、絶対に良識の無い奴だと思われる……!


「魔王ちゃん、お名前はなんて言うんですか?」


「私、名前ない……もし、良いなら……エリき(・)ゃ(・)に、付けて欲しい」


「えっ? 私何かが付けて良いんですか!?」


「ん、良い。嫌なら……魔王でも、構わない、けど……」


 そう言うと、エリカは魔王の頭を撫でて頷く。魔王は撫でられると目を細めて気持ちよさそうにしていた。


「嫌な訳無いですよ。分かりました、それじゃあ私が名前を付けさせてもらいますね?」


 エリカは暫く考えていると、思いついたのか良い笑顔で魔王を見つめる。


「それじゃあ『ルピナ』なんてどうですか? この国では『いつまでも幸せに』という意味で使われます」


「るぴな? うん……じゃあ、私は……今日から、るぴな」


 エリアの腕の中で、魔王――ルピナは満面の笑みを浮かべて「るぴな、るぴな……!」と何度もつぶやいていた。名前を気に入って貰い嬉しいらしく、エリカはルピナをいつまでも幸せそうに撫で続けていた。

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