29 ダンジョンの戦利品
騎士の二人がエリカの腕の中で眠る魔王を見て目を見開いていた。二人のいた位置は魔王から最も離れていたので、薄暗い部屋の中では姿が良く見えていなかったのだろう。女性だと言うのは声で分かっただろうが、ここまで幼い少女だとは思ってもみなかった筈だ。それでも同じ位置にいたナケアは見えていたようで、驚くことなく眠る魔王を見つめていた。
「まさか、魔王の正体がこんな幼子だったとは……」
「かなり珍しいケースだがな。これで後数百年は『魔王城』が活性化することはないと思うぞ」
魔王が暴走してダンジョンから抜け出すと言うのは、百回に一回起こるかどうかと言った確率だ。前世では『魔王城』にのみ生成される珍しい素材や魔道具を手に入れるために、頻繁にダンジョンを攻略されていたので数十年に一度の頻度で活性化が起きていたのだが、この時代ならばもっと時間が掛かるだろう。
「それで、この魔王をどうするかだが――」
「この子は私に任せてくれませんか?」
グロウが騎士の二人に問いかけると、騎士の二人が答える前にエリカが真剣な表情を浮かべて言った。その言葉に少し戸惑った騎士の二人は、お互いに顔を見合わせると困った様にエリカへ向き直る。
「本来なら、幾らエリカさんの要望でも実際に被害を出している危険な魔王は、直ぐに処分しなければなりません。それに、またいつ暴れ出すのか分からないのですよ? こんな幼子の姿とは言え魔王は魔王です。人類の脅威である事には変わりません」
「この子にはもう殆ど魔力は無いんです。力を消したのは私で、この子を生かす選択をしたのも私。なら、私にはこの子を守る責任があります。例えこの場でお二人を敵に回しても、私はこの子を生かします」
そう言ってエリカは、眠っている魔王を左手で支えると、右手に『陽光の剣』を召喚した。その目にはグロウに教えを請うた時や、ゴブリンロードとの戦いでナケアを守ると言った時と同じく、確かな覚悟が秘められている。
「お、落ち着いて下さい! 私達にはエリカさんと戦うつもりはありませんよ! 眠っている魔王にも何かするつもりはありません!」
エリカが剣を構えると、慌てて騎士の二人は手を上げて戦意は無いと主張した。その姿をみて、エリカも構えていた剣を下ろす。
「ならこの子をどうするつもりですか?」
「さっきも言いましたが何もしません。魔王の処分は、あくまで本来ならと言う話です。ですが魔王が実は幼い少女で、こうして討伐もされずに大人しくなっている状況は前例がありません。なら、ここにいる全員がこの事実を隠してしまえば、魔王の存在を知る者はいなくなります」
「つまり、二人は何も話さないでいてくれるという事か?」
グロウが言うと、騎士の二人は首を縦に振る。真面目そうなイメージがある騎士が、堂々と事実の隠蔽を提案するとは思っていなかったので、グロウは思わず失笑した。
「はは、まさか騎士様が堂々と不正を提案するとは思わなかったよ」
「単純な損得勘定ですよ。今この場で皆さんを相手にしても、勝てる訳無いですからね。それに幼い少女を手に掛けるのは気分の良いものではないですし、皆さんなら例え魔王が再び暴走してもどうにかなるでしょう? 対処に困る魔王を処分して皆さんとの関係を悪化させるよりも、皆さんと友好的な関係を保つ方が得と言うだけです」
「まあ、正直報告と処理が面倒なだけなんだがな!」
ヴァカンが豪快に笑って本音を言ったことで、折角考えた文章が無駄になったとクライヴが苦笑いを浮かべた。二人に嘘を言っている様子が無かったので、エリカは手に持っていた魔剣を送還する。そして両手でしっかりと魔王を抱きしめた。
その光景を微笑ましそうにクライヴは眺めながら、ふと気になったことを呟いた。
「ですが、魔王はまだ生きていますが、このダンジョンや元の『魔王城』はどうなるんですか?」
「『魔王城』は魔王がダンジョンを出た時から新しい魔王を作る為に一度ダンジョンとしての機能を停止しているだろう。直ぐに次の魔王が作り出されるか何も変わらない筈だ。この未完成のダンジョンは、放っておけば数日後には消えている」
グロウのその言葉を聞いて、騎士の二人は安心した様に息を吐いた。途中で嬉しい誤算もあったが、何はともあれこれでダンジョンクリアだ。
これでもう、強制的に狂化させられた魔物は出現することが無くなる。
「皆さん、この度は本当にありがとうございました」
この先にはもう敵がいない事を確認すると、騎士の二人がグロウ達に向かって礼を言った。もし目の前の三人がいなければ、集めた冒険者は間違いなく全滅しており、騎士の二人も魔王には到底敵わない。騎士の二人は静かに冷や汗を浮かべながら三人に頭を下げた。
「気にするな。二人も充分活躍していただろう。そっちに飛んで行った魔王の流れ弾を防いでくれて助かった。お陰で随分戦いやすくなったよ」
「私も騎士様の動きが見られて、とっても参考になりました。こちらこそ、貴重な体験をさせて頂きありがとうございます」
「おじちゃん達、守ってくれてありがとうっ!」
それぞれがお礼を言い合い、さっきまで死闘を繰り広げていたとは思えない穏やかな時間が流れる。そして暫くの間お礼や戦闘時の動きについて話し合っていると、いつの間にか部屋の中心に宝箱が二つ設置されていた。
「おっ、報酬二つか。運が良いな」
その宝箱は、高難易度のダンジョンをクリアした場合にのみ生成されるクリア報酬だ。中には魔力を多く含んだ魔晶石や、特殊な効果を持つ天然物の魔動具が出てくることもあり、冒険者はこの報酬を目当てに危険なダンジョンに挑戦している。
「これが高難易度ダンジョンをクリアした時に出現する報酬ですか。それも『魔王城』の報酬となると、凄まじいものが出てきそうですね」
クライヴが宝箱箱を興味深そうに観察していた。未完成とは言え最高難度ダンジョンのクリア報酬なのだから、宝箱の中身は期待できる。
「そう言えば、クリア報酬については何も決めていなかったな。どうすれば良いんだ?」
前世ではパーティーでダンジョンを攻略した場合、貢献度に応じて報酬を分配するのが通例だった。だが今回は騎士、つまり国からの依頼でグロウ達はダンジョンに来ている。依頼はクリア報酬について何も言及していなかったが、強力な魔道具や希少な魔晶石は国が欲しがるだろう。
グロウは報酬が剣なら欲しいなとは考えつつも、報酬については依頼主である騎士に任せる事にした。
「そうですね……今回のダンジョン攻略は皆さんが主力だったのですから、皆さんが二つともどうぞ」
だが騎士の二人はクリア報酬は要らないと、宝箱を両方ともグロウ達に譲った。随分と欲が無いようだが、成功報酬は対等に分け合うべきだ。
その後は話し合いで騎士の二人とグロウ達三人が、一つずつ宝箱の中身を持っていくという事で落ち着いた。
そしてクライヴとグロウはそれぞれの宝箱の縁に手を掛けると、同時にゆっくりと宝箱を開ける。
グロウの開けた宝箱の中には、高い魔力の込められた魔晶石と魔王が使っていた物と同じ杖、そして銀色に輝く小さな鉱物が入っていた。
「この杖は、魔法のあらゆる効果を高める効果があるみたいだな。伝説級とは、かなり希少な武器だが、ナケア、この杖使ってみるか?」
「う~ん、ボクこっちの方が良い! その杖持ってると沢山動けないもん」
そう言ってナケアはグロウに掌を向けた。魔法の効果は高められるが、そもそもナケアの結界は一枚で魔王の【虚無の起源】を防いでしまい、無詠唱で最上位の治癒魔法を発動させる。慣れていない者が何かを手に持って動き回ると結構動き難かったりするので、ナケアの場合は杖を持たない方が確かに良いかもしれない。
収納魔法内に入れておけば嵩張る事も無いので、必要になった時に取り出せば良いだろう。グロウは収納魔法の中に杖をしまうと、箱の中で杖の次に目立っていた銀色の鉱物を手に取った。
「この鉱物は――まさか魔力白銀か!? ドワーフ以外には採掘すら出来ない鉱物だが、まさかこんなところで手に入るとはな」
手に乗せていた魔力白銀を興味深そうに三人が眺める。剣にするには流石に少ないが、装飾品に加工すれば付与魔法を施す台座として、これ以上ない程の装飾品が出来上がるだろう。
「取り合えず報酬は三人で分けるか」
「私は魔王ちゃんが報酬です! 魔晶石はグロウさんとナケアちゃんで分けてください」
「ボクはこんな石いらないよ?」
エリカが幸せそうに眠っている魔王に頬ずりしており、ナケアは既に興味を無くしたのか、この部屋の探索を始めていた。
仕方が無いので報酬は全てグロウが収納魔法の中に入れると、隣の騎士たちの元へ向かう。
「何か面白い物はあったか?」
「そうですね、こちらには魔弓と魔槍が入っていましたよ。騎士の中には”狩人”や”聖騎士”の方もいるので、これで一気に戦力が上がります!」
「俺は新しい斧が欲しかったんだが、この腕輪は筋力上昇の付与魔法が施されているみたいでな。相性が良くて気に入っている!」
魔道具が三つ入っていたとは、二人は余程運が良いらしい。見たところ質だけならこちらの方が上だが、騎士二人の持つ魔道具はどれも上位の魔動具だった。
ダンジョンの報酬やダンジョン内にあった財宝を持ち、満ち足りた表情でダンジョンを出た五人は、途中で冒険者を置いてきたことに気付いてもう一度ダンジョンに入るなどのトラブルがあったが、それ以外は特に何事も無くダンジョンから帰還した。




