28 魔王ちゃん
何もしない内に二月終わってしまった……
小声でエリカに作戦を伝え、二人は魔王に向かって走り出す。魔王は杖を構えて、二人の先に爆炎を発生させたが、二人は正面の爆炎に迷うことなく進んで行った。
「ナケア! 俺とエリカの付与魔法を魔法耐性と俊敏補正に調整してくれ!」
「分かった!」
ナケアに指示を出した直後、グロウとエリカの動きが一段と速くなり、速度が上がった二人は爆炎の中へ飛び込んでいく。
「お二人とも!? 大丈夫ですか!?」
騎士の二人が心配そうに、爆炎の中へ飛び込んだ二人へ声をかける。
この時代では桁違いに強力な魔法が、容赦なく二人の全身を焼き続けた。爆炎は部屋の半分を隔てるように燃え広がり、二人の姿はその陰すらも見えなくなっていく。
例え上位の冒険者でも、それどころか騎士の二人でもあの炎に包まれればタダでは済まない。あの爆炎に込められている膨大な魔力量を肌で感じて、クライヴとヴォルグは深刻な顔を浮かべる。
そして二人がもう一度声を掛けようとした瞬間、鋭い斬撃音と共に爆炎の壁が縦に切り裂かれた。
「俺たちは大丈夫だ! 二人はナケアを守る事だけに集中してくれ!」
切り裂かれた爆炎の中から、魔王に迫るグロウとエリカの姿が見える。「あれで大丈夫なのか……」と呆れたて苦笑を浮かべる騎士の二人は、グロウに言われた通り集中してナケアの前でそれぞれの武器を構えた。
爆炎を切り裂かれた魔王は短距離の転移魔法で二人から距離をとり、爆炎や風魔法で砂塵を起こして視界を遮ってくる。
剣士を相手にした時の魔術師の戦い方は距離を取ることが定跡だ。剣の届く範囲しか攻撃できない剣士は、近づかなければ攻撃できない。そして魔法剣士は魔法で魔術師に勝てないので、その戦い方は間違ってはいない。
だが魔法剣士の魔法は、あくまで効率が魔術師よりも低いため魔術師より強い魔法が使えないだけだ。その効率の差を魔力量で埋められるグロウにとって、魔王の戦い方はあまりに無力だった。近接戦では魔法の発動速度に劣るので魔法を使わなかったが、そもそもグロウは魔王が勝てる様な相手ではない。
「距離をとって上位魔法を使いたいのだろうが、そんな隙は与えないぞ」
爆炎も砂塵も関係なく切り裂いて、グロウとエリカは魔王に迫る。ナケアのお陰で魔法にも強力な耐性が付与されていることで、二人は一切ダメージを負うことなく魔王の元にたどり着いた。
「魔王ちゃん! 少し痛いかもしれないけど、我慢してね!」
グロウが離れようとする魔王を牽制して、動きを止められた一瞬の隙にエリカが斬り付ける。最初にエリカが付けた腕の傷は既に治り、傷一つなくなった腕に再び新しい傷が生まれた。
そしてエリカが退魔の剣で斬り付けた部分の魔素が僅かに消滅する。
「やりましたよグロウさん! 少しだけ魔素が消えました!」
「油断するな、奴の過剰分の魔素を全て消滅させるぞ!」
「はい!」
エリカの剣は魔素を消滅させるが、威力が無いので魔王の体に浅く傷をつけることくらいしか出来ない。どんなに斬り付けても致命傷に至らないのなら、このまま斬り続けることで安全に魔素を消滅させることが出来る。前例が無いため結果は分からないが、過剰分の魔素を抜けば少なくとも大人しくはなるはずだ。
何よりグロウだって見た目が妹よりも幼い少女を斬るのは気分の良いものでは無い。この方法なら精神面でもずっと楽になった。
グロウが魔王から隙を作り出し、エリカが魔素を削り取る。時間は掛かるが順調に、二人は魔王に攻撃を仕掛けていった。
「『業火の吹雪』に『空気砲』か。こっちに来て初めて俺たち以外でまともな魔法を見たな」
「あんな魔法を一瞬で発動するなんて、流石は魔の王ですね」
攻撃はエリカが一人で行っている為、十秒に一度攻撃が当たるかと言ったペースだが、確実に魔王の魔素は減少して行った。
魔王の使っている魔法は全て高位の魔法だ。高位の魔法を無詠唱で放ち続けるのは幾ら魔王でも難しい。攻撃を受けながらも無詠唱で高位の魔法を撃ち続けるとは、目の前の魔王は相当魔法の才能があるのだろう。
だが高位の魔法はそれだけ魔力の消費も激しい。魔力の元となる魔素は常に削られているので、魔王であろうとそろそろ魔力が尽きるはずだ。
魔王に巡っている魔素の総量が半分を下回った時、均衡状態だった状況が動いた。魔王がグロウからの攻撃を受ける覚悟で、大きく後ろへ飛んだのだ。
「あまり我をなめるなよ」
この部屋に入ってきた時以来一度も口を開かなかった魔王が、鈴を転がしたような声で言葉を発する。その声には相変わらず感情が籠っていなかったが、表情は僅かに楽しんでいるように見えた。
そうして強引に距離を取った魔王は、その小さな口から上位魔法の詠唱を紡ぎ始める。予想外が重なったことにより、エリカが動きを止めてしまったことで合わせていたグロウの動きも止まってしまった。今から魔王の詠唱を止める手段はない。
グロウは後ろの騎士二人とナケアに全力で守る様に伝えると、自身とエリカの前に十本の『絶壁の護身剣』を召喚する。ナケアの付与魔法が魔法耐性に特化され、今できる最大限の防御が展開された。
『白の世界と黒の世界、混ざることの無い世界が混ざる時、世界は混沌の時代を迎える。混沌を告げる鐘の音は、きっと幸せな破壊を齎すだろう。そして世界の壊れる音は、幸も不幸も無い虚音』
【終焉魔法:虚無の起源】
魔王の中へダンジョンに巡る全魔力が集中して行く。ダンジョンの魔力は魔王とは直接関係の無い、この大地の魔力が使われている。その総魔力は、今のグロウとナケアの魔力を足しても届かないだろう。だがそれだけの魔力をグロウよりも脆弱な魔王が扱えるはずもない。
直ぐに魔王への魔力供給は止まり、余った魔力がダンジョンの中に戻って行く。そして魔王に集まった膨大な魔力は、魔王の掌に集まっていた。
魔王は集まった魔力の塊をスッと地面に落とす。
(あれはヤバい‼)
グロウは魔王の手にしていた魔力の塊を見た瞬間、新たに四天王すら破れなかった結界魔法を三重にして、この部屋全体に張った。
結界をグロウが張り終わった直後、魔王の掌から零れた魔力の塊が地面に到達する。その瞬間に魔力の塊は一気に膨張を始め、部屋全体を魔力の闇が覆い尽くした。
闇が結界にぶつかり、一枚目の結界が直ぐに破られる。二枚目の結界で僅かに威力を落とした闇は、二枚目を破ると三枚目の結界で漸く抑え込んだ。
それでも完全に抑え込むことが出来ずに、結界にヒビが入って僅かに魔力が部屋の外に漏れてしまった。
魔力で出来た闇は部屋を埋め尽くすと徐々に収縮して行き、やがて霧散して行く。部屋の中には宙に浮いている魔王と十本の大剣の背後にいたグロウとエリカ、そしてナケアの結界に入り無事だった三人のみが存在していた。
魔王の部屋には他に何もなく、暗闇なのか別の何かなのか、認識を拒むように朧げな空間が広がっている。
「ほう、あれを耐えるか。まさかあの魔法を受けて存在できる者が居よう、とはな……」
魔力を使い果たした魔王が、空中でバランスを崩して落ちてきた。明らかに身に余る魔力を取り込んだのだから、宙に浮くための魔力すら尽きて当然だ。
「何をするんだ。この部屋の外にはまだ生きている冒険者が居るんだぞ? この部屋を壊されたら折角助けた冒険者達が死んでしまうだろう? お陰様で『絶壁の護身剣』のスキルまで使い切ってしまった。魔剣のスキルは魔力を込めればいつでも好きな時に使えるが、こう何度も使うと魔力が足りなくなるから面倒なんだぞ……」
「お前たちのことなど知るか……」
空中から降って来た魔王を、エリカが優しく抱き寄せた。魔王はもうまともに動く事すら出来ないだろう。
「エリカ、まだ魔王の魔素は完全に消えていない。ちゃんと最後まで消しておけ」
「分かりました。魔王ちゃん、少し痛いかもしれませんよ」
魔王を抱いているエリカは、少しだけ魔王の服の袖を捲るとほんの少しだけ剣の刃を当てて最後の魔素を消した。一定以上消してしまうと、あくまで魔素で出来た魔物である魔王が存在を保てなくなる可能性があるので、加減には細心の注意を払っている。魔素を消すその姿は子供に点滴をするお医者様と言った感じで、ちょっと微笑ましい。
魔素を殆ど消してしまったからか、魔王はウトウトと目を擦って船を漕ぎだした。エリカがそんな魔王の頭を撫でると、魔王は直ぐに眠ってしまう。
「これで、魔王ちゃんはもう危なくないんですか?」
「危なくないかと言われると微妙だな。そもそも、今の時代ならまともな魔法を使える時点で充分脅威だ。それに狂化した魔王の魔素を消すなんて前例がない。これからどうなるのかは、全く予想できないな」
グロウがそう言うと、エリカは心配そうに魔王の寝顔を見つめた。どこかスッキリした顔で眠っている魔王は、人畜無害な少女にしか見えない。だが前例のない状態の魔王というと、色々調査のために非人道的な実験を行う可能性もあるだろう。
魔王の今後を心配する気持ちも分かる。
「この子は、今後どうなるんでしょうか?」
「人ではないからな。まず人権が無い。そして力はかなり弱体化されているだろう。魔力の量から言って、大体クライヴくらいの騎士が三人もいれば抑えることが出来る。今の魔王は、それなりに危険だが充分管理する事のできる、世界で一つだけの珍しい魔物のサンプルだ。このまま国に任せて放っておけば、まず碌な目にはあわないだろうな」
二人が魔王の今後について話していると、結界を解いたナケア達がグロウ達の元へ集まってきた。




