27 偶然の産物
「そろそろ奥の部屋に行かないか?」
何時までも終わる気配を見せないグロウとクライヴの話に見かねて、ヴォルグが奥に出現した扉を指さす。二人に挟まれたエリカは、心底安堵してヴォルグを救世主の様に見つめていた。
フロアボスに掛けた時間以上に話し合い、二人とも満足の行く案を出し終えたところでグロウ達も奥の扉に顔を向ける。
「そうですよグロウさん! 早く魔王をやっけないと”活性化”の影響がどんどん広がっちゃいます!」
ヴォルグの意見を何としてでも通そうと、エリカが強引に話題を変えた。事実、この一ヶ月でかなりの被害が出ているので、クライヴは忌々しそうに魔王のいる部屋を睨んだ。
「確かに、エリカさん程の実力者を荷物持ちにしていた身の程知らずの大罪人の処刑法は、魔王を倒してから決めることにしましょう」
「そうだな。まずは魔王を倒してから、話はその後にゆっくりとするか」
「その話はやめて下さいっ‼」
魔王のいる部屋の前で相変わらず緊張感のないグロウ達をヴォルグが落ち着かせ、五人は部屋の前で作戦会議を始めた。
予想以上に騎士の二人が強かった為、最初はグロウとナケアの二人で魔王を討伐しようと考えていたのだが、これならもっと簡単に討伐することが出来るだろう。取れる作戦の幅もかなり広がる。
「ならば前衛は俺とエリカでやる。ナケアは後衛で全体の補助、騎士の二人はナケアを守ってくれ」
全員は頷き合うと、魔王のいる部屋の前に並んだ。そしてグロウは自分たちに掛けている【龍人化】の魔法を半分解除した。
グロウの背中には蝙蝠の様な深紅の翼が、ナケアの背中には鳥の様な翼が出現する。皮膚の半分は鱗に覆われ、体を巡る魔力の量が一気に跳ね上がった。
「他に冒険者が居ないのなら問題ないだろう?」
「いつ見ても凄まじい魔力ですね……勿論問題はありませんが、ダンジョンが崩壊しないように気を付けてください」
「……善処する」
一瞬の間があったグロウの言葉に、ナケア以外の三人が静かに固唾を呑み込んだ。よく考えたら、魔王以上の脅威がここにいるじゃん……と。
「行くぞ!」
グロウの一言で全員が集中を取り戻す。そしてグロウは魔王のいる部屋の扉を開け放った。
五人はグロウを先頭に部屋の中に入って、即座にエリカとグロウは部屋の中心に駆け寄り魔王を探す。部屋の中は薄暗く、雰囲気は一階と二階のフロアボスがいた部屋に似ていた。そしてその部屋の奥に、巨大な玉座に腰かけた黒いローブを纏った魔物が頬杖をついている。
「我が城で随分と好き勝手暴れてくれた様じゃのう」
怒りでもなく、悲しみでもなく、感情の無いその声は良く通る高い声で部屋全体に響き渡った。
「え、あれが魔王ですか……?」
「ああ、そもそも完全な魔王は狂化している状態が普通だ。狂化して暴走するなんて、本来有り得ない事なんだよ。魔王が狂化して暴走するってことは、新しく出現した魔王があの状態ってことだ」
「でも、あれは――!?」
エリカが魔王を見つめて目を大きく見開く。初めてあの状態の魔王を見た冒険者は、全員同じような反応をする。後ろに構えている三人も、今のエリカと同じように驚いた顔をしていた。
何故なら、今の魔王の姿は、ナケアよりも幼い人間の少女そのものだったからだ。
よく見れば小さく黒い角が、黒曜石を思わせる黒い髪の隙間から覗いている。玉座に頬杖を突いたまま、何の興味も表情も写さない魔王の瞳が、五人の侵入者たちに向けられた。
「エリカ、絶対に油断するなよ。見た目はあれでも、奴は殆ど歴代の魔王と変わらない力を持っている。ランクならS+以上だ」
グロウの前世でも、見た目はその都度変わったが幼い姿に油断して死亡した冒険者が多く居た。死亡した全ての冒険者がその姿の魔王を見たことが無い冒険者であったため、当時では暴走した魔王の討伐は必ず経験者が請け負うと言う法律があったくらいだ。
今の世界ではあの姿の魔王を見た事ある冒険者が何人いるのか、それは恐らくグロウのみだろう。正義感が強く、国と国の民を護る騎士の二人ではあの姿の魔王を討伐するのに躊躇う可能性があり、前衛を任せるには少々不安だった。それは心優しいエリカも同じだったが、グロウがサポートに入りやすいエリカの方が都合が良い。
エリカは躊躇いながらも、油断することなく魔王の挙動に集中していた。フロアボスを倒したエリカでも、Sランクを超える魔王に勝つことは難しい。だが勝つことは出来なくても戦う事なら出来るはずだ。時間稼ぎや一瞬でも隙を作れるのなら魔王の命を絶ち切ることが出来る。
「S+以上ですか……あんなに可愛いのに……」
「エリカは奴の動きを止めるだけで良い。後は俺がやる」
グロウが一歩前に出て、足元に”絶壁の護身剣”を召喚した。その召喚を皮切りに、エリカが鞘から剣を抜いて構え、ナケアが四人に付与魔法を掛けて戦闘の準備を完了させる。全員の準備が完了したところで、グロウと魔王の姿が消えた。
「は、速い!? あれ? でも結構目で追えますね?」
魔王は片手に持っていた杖でグロウの魔剣を弾き、無詠唱の様々な攻撃魔法を予備動作も無く放ってくる。魔力の変換効率と魔法を組み上げる速度が元々魔法剣士であるグロウより圧倒的に速いため、グロウは魔法で防ぐことが出来ずに体捌きだけで攻撃を凌いでいた。
魔法を躱してカウンターを放ち続けるグロウを、魔王は相変わらず無表情で見つめている。下位の魔剣とは言え、ナケアの付与魔法が付与されているグロウの攻撃を凌ぎ続けている魔王は、最高難度のダンジョンボスに相応しい実力と言えた。
数秒の内に交わされた攻防は百を超え、一進一退の状況は続く。そして国内で屈指の実力を持つ騎士の二人ですら完全には捉えきれない魔剣と魔法の応酬に、一本の剣が割り込んできた。
「やぁっ‼」
魔王が魔法を放つ寸前に、エリカが魔王に斬りかかった。エリカの剣は完全に虚を突かれた魔王の腕を薄く切り、魔法の腕に赤い筋を作った。
一瞬だけ目を大きく見開いた魔王はエリカの剣を辛うじて躱すも、無理に体を動かした反動で僅かな隙が出来る。グロウならその隙をついて魔王の首を斬り落とすことくらい出来た筈だが、グロウは剣を振らずにエリカの剣が魔王の纏う邪悪な魔素を切り裂いて、完全に消滅させた光景を眺めていた。
攻撃を躱した魔王が一瞬でグロウの間合いの外へ転移する。その顔には既に先程の表情は抜け落ちており、最初と変わらず無表情が顔に張り付いていた。
「グロウさん? どうかしたんですか?」
隙を作ったにも関わらずその隙を見逃した事を疑問に思い、エリカがグロウに話しかける。だがグロウは返事をすることなく、目の前で起こった出来事について考えを巡らせていた。
(魔素が死亡してもいないのに消えた……!? こんな現象は前世でも聞いた事が無い。俺の剣が掠っても魔素は変わらなかった。あの剣は確か退魔の付与魔法が施されている。それが原因か?)
実態の無い魔素を切り裂く事は、幾らグロウでも出来ない。何も手を加えていない魔素は水の様な物だ。魔法で弾き飛ばしたり、散らせることは出来るが、完全に消滅させることは難しい。それでもエリカはいつもと変わらない太刀筋でいとも簡単に消滅させてしまった。それはつまり、魔素から作られる魔力、そして魔力で発生させる魔法も消滅させてしまえるという事。
もし本当に魔素を消滅させることが出来たのなら、エリカには如何なる魔法も通用しない事になるのだ。
(だが退魔の付与魔法は、魔法を消すのではなく寄せ付けない効果だった筈。まさか付与魔法が不完全に施されて、全く別の効果になったのか……?)
この時代の魔法技術なら十分に有り得ると、グロウはエリカの剣を精査魔法で調べてみる。どうやら当たりの様だ。付与魔法の魔法陣を詳しく調べてみると、素材に元から備わっている特性と付与魔法の魔法陣が複雑に絡み合っており、全く別の良く分からない形になっていた。
エリカの剣に使われている素材はアダマンタイトとオリハルコンの合金だ。元から特性のある素材を扱ったことが無かった為、偶然この様な形になったのだろう。何故これで効果が発揮されるのか分からないが、偶然に理由を求めるだけ無駄だ。
それよりも、思いがけず新しい魔法を発見したのだ。前世から研究者肌だったグロウが、新しい魔法を発見したなら試さずにはいられない。
「エリカ、あの魔王を殺したいか?」
「いきなり何を言うんですか!? そんな訳無いですよ! あんなに可愛い子なんですから、出来れば助けてあげたいです……」
「助ける? あの魔王を何からだ?」
「何って、あの子苦しんでるじゃ無いですか。まるで無理やり体を動かされているみたいで、見ていて嫌な気持ちになります」
グロウが魔王を見ても、その顔は相変わらず無表情で何を考えているのか分からない。今は一度油断して隙を作ってしまったからか、こちらの様子を伺っている様だ。どう見ても苦しんでいる様には見えないが、検証に支障は無いのでその確認は後で良いだろう。
「なら、奴を殺さないための作戦がある。少し賭けになるが、やるか?」
「そんな作戦があるんですか!? 是非お願いします!」
エリカがとても嬉しそうに笑みを浮かべ、グロウの話す作戦を聞いていた。
前話の補足
クライヴ=ウッズ
エルフと人間のハーフ。職業は剣士だが魔法が使える。魔法が殆ど使えずにエルフの里を追放されていた所を、騎士団の団長に保護されて騎士団に入った。
ヴォルグ=フォーリー
赤熊の獣人。職業は重戦士。魔法は使えないが武器の大斧は魔道具で、破壊力だけなら騎士団でも指折り。




