第59話 中央集積広場(2)ー1
ざっと見て、周辺に群がるゴキゲーターの数は10頭前後。メガキラーのボンベが8本もあれば十分に足りる。
問題があるとすれば、クガマルの体を借りた現在の状態ではメガキラーを自分で撃てないということだ。
しかしそれもテロリストの少年を使えば上手くできる。子供には重い装備かもしれないが、全く背負えない程のものではないだろう。必要であればドローンの羽ばたき力でサポートもできる。
「無事かい?」
カブタスの操縦装置をもったままクガマルの体で車両に戻った。
中を覗くと、肩で大きく呼吸をする少年仁太。危うく死にかけた、とでも言いたげなその表情は、まるで食われる瞬間のリアクションのままに表情筋が硬直しているようであった。
呼吸以外の声を発さない。
どうやら怪我はないようだ。
「次の指示を出すよ、準備はいいかな。」
激しい呼吸の中、少年は表情をそのままに首だけを縦に動かした。
気は動転しているようだが、さすがはテロリスト。生き残るため、最低限の理性は本能的に守ったようである。
あんな巨大ゴキブリに追いかけられるなど、上で暮らしている連中がそんな目にあったら、心理的なショックで死ぬだろう。死ななくても発狂して、もう帰ってはこれまい。
潤史朗は続けた。
「まずは呼吸を落ち着けて。大丈夫、君はちゃんと生きている。吸った空気は一旦胸に留めて、そしてゆーっくりと吐く。僕に合わせようか。じゃあ吸って、はい止める、よし、ゆーーっくり吐いて。……。どうかな。」
「い、生きてる、俺。」
普段通りの呼吸に戻る。
いい感じだ。やはり地下で暮らす者は根本的な強さが違う。主に精神的なところがだ。
「それじゃ静かにするよ。彼らは音に敏感なんだ。」
そう言って、クガマルの体はゆっくりと窓から顔を出し、車外の様子をうかがった。
死肉漁りに夢中になるゴキブリたち。カブタスの活用もあったお陰で高機動殺虫車から注意を逸らすことも上手くいった。
しかしいずれは見つかるだろう。
そうなる前までに準備を整えなければいけない。
この車両、高機動殺虫車は基本的にはただの装甲車、いやそれよりもしょぼい。
市販の四輪駆動車に装甲を埋めてフレームを強化、怪物的な大馬力エンジンに載せ換え、それをSPETカラーに染めただけの車である。
確かにそれだけの改造でも戦闘力はそれなりにあるのだが、あくまでそれは曖昧な意味での戦闘力であり、SPETが言うところの駆逐力なるものは皆無だ。つまり何が言いたいかというと、要は駆逐トラックのような専用の殺虫ギミックは、この車には一切ないということだ。
所詮はただの凄い自動車。名前に殺虫とついておきながらも、殺虫の手段としては、いつも背負っている殺虫ボンベの積載分のみ。
予算や時間、一つの特装車を作製するにあたっては様々な制約があるのだ。
またこれの背景には、どうせぶっ壊す消耗品だろうという考えも少なからず存在する。確かにその通り、実際こうして中破しているわけだし、それを踏まえると量販車に改造を施した程度が一番効率的なのだろう。
そういうわけで現状において、武器となるのは個人装備用のメガキラーのみ。掘削ロケットとかドリルとかはない。
ただし奪取したカブタスもあることで、それを足して計算すれれば、この駆逐力は半端ではない。
「よし、それじゃあできるだけ音を立てないように後ろのキャビンに移動して。」
そこにすべてを積んである。
後部座席を乗り越えて、その後ろへと移動した。
「それじゃ、そのボンベを……。うん?」
「どうした? クワガタムシ。」
はて。
今見ているものは幻覚か何か、もしくはドライアイで視界が霞んでいたのか。
わかった。クガマルの体を借りている今、適合における僅かな誤差が視覚的エラーを生み出しているのだ。
「なあ、後ろに来たけど。で?」
「ああ、いや。それじゃそのボンベをだね……。」
「ボンベ? どこにそんなもんあるんだよ。」
「そうか、君には見えないか。そこに置いてあるんだけどな……。」
「いや、だからどれだよ。」
「そうか、君には見えないか。うむ。実は僕にも見えないんだ。」
「は?」
「……。」
「それ、無いって言うんじゃねえの。」
その通りだ。
無い。
メガキラーが一本も置いてない。
何故ないのか。
そんな疑問は湧くと同時に解決された。
あいつらだ。
アサルト・ゼロの幹部隊員らの仕業に違いない。いやそれ以外あり得ない。
考えてもみれば当然だ。
彼らがこれをほっておくわけがない。
この化学薬剤は地下衛生管理局の、その存在の根幹を成す毒ガス兵器なのだ。
メガキラーを生成できる唯一の組織であるからこそ、公安隊に対しても優位に立ち回ることができ、そうすることで地底における圧倒的権威を確立し維持していると言える。
公安隊の中に、これをよく思わない連中がいたとしても不思議ではない。
そして当然、その連中がメガキラーを狙わない筈がないのだ。
奪い、解析し、生成方法をわかれば、もはや地衛局の時代は終わり公安隊の天下がやってくる。
もちろん、その様な事態になった場合は色々と良くないのだが。
今はそれどころではないことは説明するまでもないだろう。
単純に、ゴキゲーターを目の前に、殺虫剤が手元にないのだ。
幸いゴキゲーターに見つかってはいないが、彼らが食事を終え、食べ物探しに徘徊し始めたら不味い。
かと言って今のうちに逃げ出すというのは愚策だろう。
車両の外にでれば、彼らの敏感な感覚を刺激しかねない。
しかしそれでも絶望的状況にはまだ遠い。
皮肉にも、必殺の機動殲滅兵器が切り札としてこの手にある。
カブタスだ。
メガキラーに頼らずとも、公安隊が自らの手でゴキブリを倒すために生み出した兵器だ。
ならば使う他に手はあるまい。
そのための秘密兵器なのだ。
「仁太っち。作戦を変更するよ。」
「そもそもの作戦をしらねえって。」
「僕がカブタスを使ってゴキブリを一掃する。以上。」
「俺は?」
「ここでじっと。」
作戦もなにも、それしかない。
できるだけ殺虫車から離れた場所でカブタスを暴れさせるんだ。
果たしてゴキゲーター複数相手にどこまでできるか、それと弾薬、問題なのはそのくらい。
タイミングを見計らう。
彼らの注意ができるだけ、カブタスのほうから離れたその時を。
しかし、そんな中。
よくないものが目に留まる。
ゴキゲーターが一体、機動輸送車に取り付ている。
それが何だ、と一瞬無視してしまうところであったが、よく考えればあそこには自分の体、生の本体が乗っているのだ。
このままでは死んでしまう。
その一体は輸送車荷室に牙を突き立て、缶切りで切り抜くがごとく、今まさにこれを破壊せんと蠢いている。
そうさせるわけにはいかない。
カブタス起動。
起動して前進。
あの一体を完全に排除する。
ガトリング砲、掃射開始。
危ないところだった。
本体から自身が分離していることなど、ついつい忘れてしまう。
「おい、また来るぞ!」
ほっとしていたところ、少年の声で次なるゴキゲーターに気が付いた。
しかし遅い。
すでにゴキゲーターはカブタスの背後。
食らいつかれた。
振って払おうにも、そうすると装甲ごと外れてもっていかれた。
やがてカブタスに集り始めるゴキゲーター達。
継続するガトリング砲射撃。
薬莢をそこら中にばらまいて、四方八方撃ちまくる。
しかし、たかがゴキブリ一頭を行動不能にまで破壊することでさえ骨が折れるというのに、相手の数はこんなにも大量。
結果はもはや見えている。
カブタスを囲んだゴキゲーターたちは欠損だらけ。
足が数本とんでいる個体から、体が半分以上千切れて無くなった個体。損傷の程度は様々であったが、それでも彼らに勢いの衰えはない。
体が3分の1であろうが、構わずに襲い掛かってくる虫がゴキゲーターであるのだ。
これ以上は限界か。
そう思った途端に弾切れが発生した。
ガトリングの連射が途絶えた瞬間に、ゴキゲーターらは一斉に飛び掛かってきた。
かくして数頭のゴキゲーターに体を貪られるカブタス。
部品が次々に捲られていき、配線やバッテリーがまるで内臓のように引き抜かれる。ロボットとはいえども、あまり見たくはない光景だ。
そして彼らはそれが肉ではないことを悟ると、急に興味を失ったように離れていくのだった。
一基がやられたか。
次機を操るには、操縦装置のあるテント付近まで飛んで戻る必要がある。
であるならばそうするしかない。
残りのカブタスはあと何基まだ稼働するだろうか。
既に破壊されていたものも幾らかはあったはずだ。それに遠隔操縦装置の方も何台かは破損が疑われる。
ぎりぎりか、もしくはぎりぎり負けるか。
こうしてみるとメガキラーの有難味、その威力を身をもって体験しているわけだ。
確実にフェアな、まるで競技のような戦いでなければカブタスは役に立たない。この兵器は、完全に机の上で出来上がったものなのだろう。
とにかく今は、少しでも敵の数を減らさねば。
と。
そう思ってまた、クガマルの体で車両の外に飛び出そうとした。
しかし、その瞬間に羽ばたくことをやめた。
外にでた瞬間、車両周辺を歩き回るゴキゲーターを発見した。
その一体は、まうるで熊かと言うように高機動殺虫車の周りを回っている。
ここに餌はないのだろうかと。
咄嗟に少年の頭に飛びつき、その体を伏せさせた。
しかしもう遅い。
注意が向けられた以上、視覚的に隠れても全く無駄である。
その臭いや呼吸の音で奴は十分にこちらの情報を察知できるのだ。
次の瞬間、車両にのしかかるゴキゲーター。
「!!」
それでも息を止め続ける少年の強さには感心した。
ここで叫んでしまったら、もっと沢山仲間を呼ぶことになってしまうだろう。
やるしかない。
今飛び出せ。
猛烈ダッシュで次のカブタスを起動するんだ。
と、そんな中で少年が、この体の足をつまんでいるのに気が付いた。
この忙しいなか何だと思いつつも振り返ってみると、少年はキャビン後部に置いてある箱を指差していた。
大型の武器収納ケースが置いてある。
こんな積載品、Dr.ニュートロンには何も聞いてはいないのだが、一体何だというのだろう。
まさか、アサルト・ゼロの置き土産、爆弾とかが入っているのではなかろうか。
だがしかし、その冷静な考えは瞬時に打ち砕かれる。
武器収納ケースには雑用紙が一枚、汚くテープで張ってあった。
ここに書かれる文字とは。
"ひみつへいき"
まるで幼稚園児が書いたような平仮名は解読するのに数秒を要したが、だが確かに太い黒マジックペンはそんな感じで紙の上をなぞっていた。
アサルト・ゼロの罠?
だとしたら茶目っ気が暴走している。
開けよう。
考える時間すら今は惜しい。
硬いロックを二箇所外し、重たいアルミ蓋を持ち上げた。
ケースの大きさは、巨大なキャリーケースの倍に迫る。
そして中には。
人形が一人。
長い銀髪の小さな少女だ。
きめ細やかな白い肌に、長いまつ毛が伸びる両目は閉ざされている。
とても小さな寝息をたて、ここで彼女は眠っていた。
人形ではなく、ルニアだ。
「ルニア??」
どうして彼女がここにいるのか。
近づくと、一瞬ぴくりと動いた後、彼女はゆっくりと体を起こした。
その目はもちろん閉じたまま。
ルニアは、その小さな顔で不思議そうに周囲を見渡すと、最後にこちらを向いて止まる。
「ジュンシロウ!」
「や、やあ……。……いや、なんで?」




