第54話 中央集積広場ー2
「お兄様。なぜ我々に敵対行動をとるのでしょうか、理解ができません。お兄様も公安に身を置く立場であるはずです。」
いや。
……誰だよ。
目の前の外人みたいな女。
現れたと思ったら急にお兄様呼ばわり。謎すぎる公安幹部隊員。
何か知らないが妹が増えた。
いや、なんでなんで?
おかしい、というか頭の理解が追い付かない。
いやしかしこれが、ふざけているようにも見えないわけなんだ。
つまりこれはだ。この目の前の女は、失われた過去の記憶にある誰ぞ、ということになる。むしろそうとしか考えようがない。
そうでなければ心の病気か。かわいそうに。
「悪いね、本気でわからないけど。何者さ。」
「レイシア・オズ・リヒトヴェルガー、と申します。」
知らんがな。
でもって何だその名前は。妹を名乗るにしても、もう少しまともな嘘をつくべきだ。やはりふざけている。
「ご存じないようですね。しかしそれも当然です。何故なら自分は……。」
「何故なら?」
「別の研究室で開発されたからです。」
そう言ったかと思うと、彼女は次の瞬間に飛び上がる。
妹を名乗るそれは随分高く上に飛び、その身体能力が通常の人間よりも遥かに優れることは一目瞭然であった。
その女、レイシアは高機動殺虫車の上に降り立った。
「降伏して下さい。残念ながら、お兄様では私を倒すことは不可能です。」
車両上からこちらを見下ろす彼女の眼。
闇を貫く彼女の眼は、まさに青白い閃光を放っていた。
それは比喩でも何でもなく、その目に確かな輝きを宿している。
改良人間?
いいや、違う。
この目の光はそんな自然なものではない。
彼女がお兄様呼ばわりする理由は不明だが、なんだか正体が見えてきた。
さっきからずっと感じる違和感。
メガキラーの濃霧の中でもカブタスを操縦し続け、そして車による攻撃に耐え抜いた。
そう、こいつは恐らく……。
「その体さ、どこ狙ったら良い感じなわけ?」
「どうでしょう、やってみてはいかがでしょうか。当てることができれば、ですが。」
素早く構えるハンドガン。
お喋りはもうこの程度でいいだろう。
この女を倒す必要があるのだ。
素性は知らないが、正体がわかりさえすれば、この引き金にためらいは生じない。
どんどん撃てばいい。どうせ死にはしないのだから。
「フルサイボーグってわけか。」
そしてトリガーを連続で引き絞る。
横に飛んで回避するレイシアだが、内何発かは命中した。
しかし、やはりいづれも戦闘服を貫くのみで、それより先は甲高い反跳音に阻まれた。
拳銃は効かない。
これ以上は弾丸の無駄遣いだろう。
またそれに加えてこの女は殺虫剤も効かないときた。
ならば、残された攻撃手段はあと一つ。
「降伏して下さい。お兄様は私共の仲間であるはずです。」
「せっかくだが断るよ。確かに僕はシスコンだけどね、妹とつけば何でもいいって訳じゃないし、何人でもいればいいってもんでもないのさ。」
「妹は妹ですが。」
「補足すると、まぁ僕ほど一途な男も、そうそういないってもんよ。いや残念だ。僕の妹愛はね、既にとある一人に全部預けてるんだ。」
「言っている意味が分かりません。」
「そうか。んじゃ出直して来るんだね。レイ何とかさんや。」
右手を伸ばした耳の上。
そこにあるのはいつものそれ。側頭部に装着したアクションカメラ、もとい、四肢の管制装置である。
あまりこちらの電力を使いたくはないが、相手がサイボーグとあらば仕方ない。
ハイパーアクティブで一気に畳みかける。
『設定が変更されました。現在の設定は、ハイパーアクティブ。周囲の状況を確認し、安全に活動して下さい。』
電子音声のアナウンス。
これで殴るなり蹴るなり手斧なり。
頭を落としてやれば、いや、その判断は微妙だろうか。
弱点はわかりづらいが、それでも四肢を落とせばそれ以上動きようがないだろう、それで何とかなるか。
いけるか?
正直なとこ厳しい戦いになるだろう。
女がサイボーグとわかったところで、その能力は未知数なのだ。
「そうですか。では倒されて下さい、お兄様。」
そう言うレイシアはまたしても飛び上がり宙を舞う。
降下しながら体を縮めて数回転。
さては回転降下踵落としのつもりか。自分もよくやる大技だ。
想像以上に速い。
だがこの攻撃、その場で受け止め即座に反撃をすればこちらの一撃を叩き込める。
着地後の隙は非常に大きいはず。
……がしかし。
そう思っていた矢先だ。
「活動設定をハイパーアクティブへ移行。周辺の安全、よし。」
その声、自身の側頭部アクションカメラからの音ではない。
レイシアの肉声だ。
嫌な予感。
この攻撃、受けるべきでない。
寸前の回避。
突き刺さる彼女の右足が地面が割り、その衝撃によりアスファルトの破片が舞い上がった。
とんでもない破壊力。
まるで、自分自身の攻撃を見ているようだ。
続けてレイシアは、そのままの勢いを殺さずに、回避したこちらに向かって跳躍する。
回避の余裕はない。
そして繰り出される彼女の拳は弾丸の如く。
これまた速い。
だがこの速度領域であれば、見切る余裕は十分だ。
突き出される女の拳を左義腕で逸らし、そしてこちらのカウンター。
膝蹴りを彼女の腹部に叩きこむ。
硬い感覚、ダメージは極めて小さいか。
一旦距離をとり、再び向かい合う。
間合いの距離は数十メートル。
普通の格闘技ではありえない距離感であるが、機械の体同士の戦いでは一動作で詰められる。
今、潤史朗が目にした一連の彼女の攻撃。
そこで一つの確信が生まれた。それが、この女が潤史朗を兄呼ばわりする理由なのか。
レイシアの両腕と両足。
全くとは言わないが、潤史朗の義腕義足とほとんど同じ物だ。
同じ機関の、しかし別の研究室で発展したヒト型兵器。
それがレイシアの正体だ。
確かに、技術面で横の繋がりが最低限存在する以上、同じ部品を共有する公安隊員がいても何らおかしくはない。
しかし。
レイシアと潤史朗では決定的に違うものがある。
今、腹部に膝蹴りを当てて分ったとおり。
彼女は全身が機械だ。
それに対する潤史朗は、機械化がなされているのは腕と足のみ。
その機械化率の圧倒的な差。戦闘においてどちらが有利かなど敢えて言うまでもないだろう。
先程レイシアの言った「お兄様では勝てません」とは、つまりそう言う意味なのだ。
「んで君。頭の方はどうなの?」
姿勢を構えながらに潤史朗が言った。
「何が、でしょうか。」
「どこまでマシーンかってこと。」
「そんなことですか。それにつきましてはご覧の通りです。私は、完全なるサイボーグですよ。」
そう言い終わると、再びレイシアの攻撃が発動した。
それでこの戦闘能力差、いかにして埋めたものだろう。
そのスピードにしてもパワーにしても、同じハイパーアクティブでも質が全く異なるのだ。
人体における体幹の重要性を考えればよくわかる。
言うなれば、体幹の剛性とは、発動した力を支える土台の性能そのものである。
不安定な足場で出す力よりか、しっかり固めた場所から放つ力の方が強いに決まっている。
そういう意味で、潤史朗の義足義腕はその力を十分に発揮できていない。
どうする。
アドバンテージは何もない。
残された手札にあるものは。
クガマルか。
しかしそれも駄目だ、そっちも今あちらで戦闘中だ。
メガキラーによる目眩ませも効果があるとは思えない。
そんな事を考える間も、彼女の連撃は継続した。
掠めるキック。
もはや一刻の猶予もない。
連撃に隙をみてこちらも反撃を試みるが、与えるダメージは非常に少ない。
蹴りが一発決まったところでびくともしない頑丈な体。またもし仮に破壊できたとして、その体が完全に機械である以上、彼女の勢いはゴキゲーターの如く勢いは衰えないのだろう。
……いや待て。
こちらはカウンターが入る。
これは一つの発見とみていい。
単純なパワーとスピードで劣っても、体術の面に関してはこちらが一枚上手にあるか。
時々クガマルに体を貸したときに、実はその動きを毎回少しづつ覚えている。
それだ。カウンターで打ち込めるその一撃に、彼女を破壊できるほどの威力を集約するんだ。
端から撤退はあり得ない。
極めて困難な道だが、このサイボーグ女を倒した先に、それに続いた未来は確かに掴める。
右側頭部アクションカメラの赤ボタンを長押し。
超電力キックをお見舞いする。
この連続攻撃の中、わずかに見えるその隙が、反撃のタイミングを呼んでいる。
ここで仕留める。
『超電力状態へ移行します。――充電中です。消費電力にご注意下さい。』
レイシアの繰り出すハイキック。
頭を下げてこれを回避。
『充電完了まで、五秒前、……4、3…。』
鋭い手刀。
上手くいなせ。
『……2、1。充電が完了しました……。』
続く攻撃は回し蹴り。
そのスピードは光りの如く。
しかし、モーションとしては非常に大振りだ。
みえる。
必殺を叩き入れるタイミング。
右足に溜まった爆発力。
これを今、解き放つ。
鳴り響くのはいつもの警報ブザーと、それに重なるアナウンス。
『……大きな力が発動します。衝撃にご注意下さい。』
超電力キック。
まさか、やられるはずがないだろうと、その目を丸くする女の顔が目の前にあった。
弾き出る一撃のキックはまさに稲妻、しかし同時に、それが当たる過程は非常にスローにも感じて見えた。
今、この右足は破壊力そのものだ。
決まった。
と。
そう思った。
『システムに異常が検知されました。接続状況を確認しエラーチェックを行って下さい。』
聞きなれない電子音声。
いや、まさか。そうだ、レイシアの方じゃないのか?
こんなアナウンス、聞いたことがない。
だがしかし、流れてくるのは間違いなく自身の耳の上からだ。
やかましい。
今キックをしてるのがわからんのか。
とにかくキックだ。
ほんのコンマとゼロが大量の一瞬だけ、その間だけでいい。
黙れ。
突然の爆発。
何が起こったのかは理解不能。
ただ目に移ったのは、右足が火花を飛ばして吹き飛ぶ光景だった。
超電力キックは不発、いや暴発なのか。
こんな訳のわからないロケットキックは聞いてないし知らない。
蹴りは外れ、そして千切れた右足は十数メートル後方に落下した。
なんで今、片足だけで立っているのだろう。
目の前にいるのはレイシア。
必殺の蹴技を警戒し、何メートルもこちらと距離を取っていた。
なんだこれ。
この状況
ホント、なんだこれ。
「部品の調子があまりよろしくないようですね、お兄様。」
「……。」
冗談を返す余裕すらもなくなった。
「お兄様。その左腕も、あまり酷使なさらない方がよろしいかと思います。」
そう言われるがまま、自分の右手で触ってみた。
いつもと違う。
というか、パーツの噛み合わせがガタガタになっている。
引っ張った。
外れた。
左腕が完全に離脱した。
「……。」
『システムに異常が検知されました。接続状況を確認しエラーチェックを行って下さい。』
そうしている間も、右側頭部の管制装置は休むことなく喋り続けていた。
異常もなにも。
異常しかないだろ。
「お兄様。覚悟の程はよろしいですね。」
レイシアが何か言っているようだが、どうにも頭に入ってこない。
現状の打開策を考えようにも頭の中が空っぽになってしまったようだ。
「超電力状態への移行を始めます。5、4、3、2、1、0。充電完了。参ります。」
やはり、そっちもそれができるわけだ。
律儀にも自分の口で、わざわざそんなアナウンスをしなくても良かろうに。
そして大きく走り込むレイシア。
振りかぶった彼女の右足。
溜まったエネルギーが炸裂する。
放たれたローキックは、残された左足に命中。
へし折れて千切れ、これまた飛んでいく足だった。
両足の離断。
達磨落としの如く体が落下する。
そしてそれが地面につく寸前。
レイシアの左腕、その甲の部分から飛び出すのは全長50センチほどの鋭いブレードだ。
仕込み刀とでも言うべきか。
彼女は素早くそれを振り上げ、最後の一本、潤史朗の右腕を跳ね上げた。
して、綺麗な曲線で飛び行く彼の右腕だった。
もはや全ての四肢が奪われた。
いや、その内の2本は自損か。
最後のブレードによる攻撃。
これまた超電力状態によるものだった。
こちらの性能と違い、一撃に留まらず一瞬の時間内なら超電力を使い放題のようだ。
おそらくバッテリー容量の差であろう。
いや、そんな呑気な考察している場合じゃないか。
しかしこれ以上はどうしようもない。
自爆装置がついているわけでもなく。
完全にお手上げ。
って、上げる腕すらなくなってる。
「勝負、ありましたねお兄様。司令官に意向により、その身柄を拘束させて頂きます。」
だそうだ。