第55話 中央集積広場ー3
散乱するコンテナを障壁に、鉄の暴風を吹かすは2基の甲虫。
無数の光は闇を裂き、そして全てを貫いた。
破壊の叫び、唸る超重火力砲。
その武器の名はガトリング。
連なる爆発射撃音、その轟音は地下一帯を波動で揺すった。
この機動兵器は見た目以上に敏捷だ。
確かに、その標的たるゴキゲーターと比較すれば鈍足極まりないが、積んだ火力に対する速度、ファイア・ウェイトレシオとでも言おうか、その比率を考慮すれば、驚異的な速度で動き回る。
また、それに加えた自在性。
段差などは何のその、勢いを付けたジャンプで自身の体以上の高さにだって飛び上がれる。
もしこれが、ひと昔前の戦争にでも投入されていようものならば、戦場は戦争から一方的な殲滅戦へと成り代わるだろう。
そして、今その新兵器2基が互いに撃ち合う事態が発生しているわけだ。
開発者は誰も予想していなかったであろうこの戦闘シーン。
ゴキブリ相手だからと、乗っ取り対策も碌にとられていなかったのか。確かに、そもそもゴキブリ相手ならハッキング防御などは予算の無駄である。
これも遠隔操作の弱点と言えばそれに尽きるが、しかし乗り込んで操縦するにはリスクが高いし、またこんなに揺れるものに果たして乗り続けられるのだろうか。この兵器は遠隔操作が理に適っている。
しかし所詮は対ゴキゲーター専用機ということだ。
あっという間にコントロールを奪われた13番機は、現在クガマルが操縦中である。
して、カブタスとクガマルというこの組み合わせ。その相性は、凄まじく暴力的であった。
驚異的なシンクロ性。
クガマルが操るということは、それは人間がボタンとスティクで操縦するのと意味合いが根本的に違うのだ。
通常、前に進むという動作の入力した場合、カブタスは前進歩行をするため、それに見合った足の運びをプログラム通りに実施する。しかし、クガマル操作の場合それが違う。クガマルの場合、もはやコンピュータ制御の運動プログラムなど完全に無視。足の一本一本、そして関節一つ一つの動きを自由自在に操る。まるで自分の体のようにカブタスを動かすということが可能なのだ。
それによって成せる技とは。
異次元のアクロバティック性能に加え、高度に複雑な重心移動と変則歩行。踏破可能な障害物もレベルが全く違う。
そんなクガマル操縦のカブタスは、もはや無敵の巨大猛獣の領域であった。
甲虫というより虎かライオンかと言ったところである。
同じパワーに同じ速度、同スペックであるはずの他機に対して、圧倒的優位な立ち回りを実現する。
そのアドバンテージこそがシンプルで明確な、且つ揺るぎようのない必勝戦術である。
またそれに合わせて、イタチのごとく闇を駆け闇に隠れる潤史朗の援護があれば敵の数など関係なし。相手がアサルト・ゼロだろうが何だろうが、それを制圧することなど容易い事であった。
そう、なるはずであったのだった。
だが。
何故にもこう苦戦を強いられる。
クガマルたちの作戦は、その掴みこそは良かったものの、いつの間にやらどん詰まりにある。
この現状は完璧に敵の能力を読み違えていたとしか言いようがない。油断と言ってもいいだろう。
しかし、そもそも敵戦力の予測は困難であったといえばそれまでだが、一体誰が敵にこのような戦力が混ざっていると想定しようか。この卑怯ともとれる戦闘能力。お互い様と言えば確かにそうだ。
自在にカブタスを操るクガマルに対して、これに応戦する機体はそれに匹敵する自在性で対抗してきたではないか。
流石にこれには驚きを隠せない。
コンテナを乗り越え、コンテナに身を伏せ、突然飛び出しては射撃する。
敵機のその一連の動きは、人が10本の指で操作できるレベルとは明らかに次元が違う。
激しい連射は、高速でかつ変則的に移動する個体同士ほとんど命中しない。
「くっそが。んだ、こいつぁ。気に入らねえ。くたばりやがれ! こんちくしょーが!」
カブタス戦に苦戦を強いられるクガマル。
こんな時こそ潤史朗の支援を受けたいものだが、あちらはあちらで何やら様子が変である。
よく観察している暇はないが、ハイパーアクティブで近接戦闘にもつれこんでいるようにも見えた。
一体何がどうなっているのだ。
色々とわからないことだらけだが、とにかく目の前の敵をまず倒すことが必要だ。
潜在的な底力か、アサルト・ゼロという部隊はある意味常に闇の中の組織である。その実力は本来計り知れないものであり、真の手の内は誰も知らなくて当然。
目の前の敵もそうだ。
こういったイレギュラーな能力こそ、単純な戦闘力以上に彼らアサルト・ゼロが一般部隊とは異なるところだ。
「ほーらほら、余所見をしている場合じゃないよ。」
敵のカブタスがスピーカーを通じて喋る。
敵の射撃が前脚を掠めた。
「テメエ、なにもんだコラ。」
これに応対して怒鳴るクガマルもカブタスのスピーカーを通した。
「それはこちらのセリフだ。君こそ何者なのかな?」
無数の弾が行き交う中、それ以上の音量でスピーカーが大声を上げる。
お互い謎の敵というわけか。
「非常に興味深い。一時休戦を提案するがどうだろうか!?」
「いいんだぜ!? テメエ一人で休んでもなぁ! そしてクタバレ。死ね。派手に爆散しろ!」
クガマル機はその誘いを断るかのように、更に激しくガトリングを撃ち放った。
「どうやらとても野蛮な人のようだ、そっちの君は。」
「さっきからよう、ごちゃごちゃうっせえてんだテメエは。おらマジでクタバレ。 散れ! 砕けろ!」
炸裂する弾丸が、互いを阻むコンテナを吹き飛ばす。
「う~ん残念だ。親切にわざわざ休戦を申し込んだと言うのに。」
「あ!?」
「ならば仕方ない、君の敗北という形で話し合いのテーブルについてもらうとしよう。」
「コイツ頭逝ってんのかよ。既に勝った気でいやがる。笑えるぜ。」
「ああ。その通りだ。最初から僕は勝っている。この無駄な撃ち合いは、ただの遊びなんだ。」
「は?」
「それじゃあ、幕を引くとしようか。」
互いに遮蔽物に身を隠し、隙を見ては弾をばら撒く射撃決戦。
ここ周辺はもはや穴だらけのハチの巣状態だ。
だがここにきて、公安側のカブタスが妙な動きをしてみせる。
背中に載せたガトリング砲塔。
これを天井面に向けると上に向かって撃ちまくる。
するとどうだろうか。
弾丸の走るその先には、固定式クレーンとそれにぶら下がるコンテナが一つ。
吊り下がったコンテナが落下した。
落下したコンテナ、クガマルはこれを避ける必要もなく、そのコンテナは少し離れて別のコンテナに衝突した。
「残念ハズレだぁ。」
「いいや、命中だ。」
ぶつかったコンテナは倒れ、倒れたコンテナは更に別のコンテナを倒し、その連鎖はみるみる内に広がり、数秒後には周辺一帯のコンテナがほとんど全て、雪崩のように崩れ落ちる。
その大量のコンテナ崩れの中心にあるのはクガマル機だ。
一帯のコンテナ、それは全て計算の上で配置され直しており、カブタス13番機がこの位置に入るのずっとを待っていたのだ。
そしてクガマル機はこれを受け、全速前進にて緊急回避。
このコンテナに埋もれてもダメージは少ないだろう。しかし一度コンテナに挟まってしまえば、動きの鈍い良い的になってしまう。これに飲まれたら命取りだ。
回避、間に合うか。
ぎりぎり。
これがクガマル操縦機でなかったら完全にアウトであっただろう。
「ぎゃはははははははははっ。残念これも外れだぁああああ!!」
「……。」
次の瞬間。
大気を殴りつけたよな衝撃が駆ける。
しかしそんな轟音よりもずっと速く……。
クガマル操縦のカブタス13番機が、四散。
同時にその勢いで吹き飛んだ。
機体はバラバラに砕け散り、細かくなった部品が散乱する。
クガマル機がやられた。
その大破が確認されると、対角にあるコンテナ壁からぎこちなく前進する巨大砲塔。ゆっくりとその全貌を晒したのは……。
戦車だ。
身を潜めていた戦車の主砲直撃により、カブタス13番機は一撃で破壊されたのだ。
「ほら当たった。君がその場所に飛び出すように誘導する為のコンテナ崩れだったんだ。」
沈黙する13番機は、わずかな部品のみをその場に残す。
その残骸にゆっくりと近づいて、完全なる破壊を確認した。
さて、こちらの野蛮な操縦者は一体どこの誰だろうか。
「さてさて、操作員はどこに……。」
しかしまたその瞬間、その時であった。
飛散したカブタスのパーツから飛び出す謎の小型飛行物体。
大きさにして約50センチ。
弾丸の如き高速飛行、そして瞬く間に取りつかれたのだ。
クガマル本体が出現した。
開いた大顎ペンチは、敵カブタスのガトリング砲弾薬装填ベルトを狙う。
そして一瞬にてこれを切断。
その戦闘力を奪い去ると同時に飛び去った。
「ぎゃははははははははっ。オレもだ、こんな銃の撃ち合いなんて遊びにすぎねえよ。その気になりゃぁテメエなんざいつでも倒せんだよクソが。ぎゃははははははははっ、残念だったなぁ。」
高らかに笑うクガマル。
しかし。
これで勝利というにはいささか……。
まだ早いのだ。
武器を破損した敵カブタス。
その裏面から同じく何かが飛び出した。
大きさにしてクガマルと同程度。
大顎は無く全体的に丸みを帯びた。そして背中の甲殻部分には特徴的な丸模様が入る。
テントウムシ型のドローンが姿を現した。
敵カブタスの操縦者はこのドローンであったのだ。
お互い滞空し、2基のドローンは向かい合う。
「初めまして、僕がアサルト・ゼロの司令官だ。君は?」
「奇遇だなぁ。オレも実質、まぁ地衛局の司令官みてえなもんだわ。ぎゃはははっ。取り敢えずクタバレや、テントウムシ野郎が。」
テントウムシに襲い掛かるクワガタムシ。
目にも止まらぬ空中戦が始まった。
大顎を開いて司令官を追い回すクガマル。
司令官は巧みにこれを回避した。
だが、飛行性能はクガマルの方が上回るか。
スピード、加速、旋回性能。
スピードでは圧倒し、他のスペックについてもクガマルに分があるだろう。
繰り広げられる空中戦の最中、何度かクガマルの牙が掠った。
そしてついに。
一瞬の隙をついたクガマルは、その大顎ペンチで司令官ドローンを捕まえた。
勝負あった。
このまま砕いて破壊する。
「ぎゃはははははははっ、馬鹿め、チェックメイトだぁあああ。ぎゃはははははははははっ。」
「いいね。素晴らしい飛行性能だ。こっちは電子戦装備の方に機能が偏っていてね、そのお陰で単純戦闘力は低いんだ。まぁそもそも戦闘員じゃないからいいんだけど。」
「それが命取りってんだ。で、テメエの本体はどこだ? まさか司令官の正体がAIだなんて言わねえよな?」
「本体か、言ってもいいけど別に隠しているわけじゃないし、君にとってあまり意味はない。それより君はどうなんだ?」
「オレか? オレはAIだ。」
「君、それを面白いと思って言ってるのかい? だとしたらセンスの欠片もない。」
「なんとでも言え。これでお喋りは終わりだ。クタバレ。」
めり込む大顎。
甲殻にひびが入った。
「能ある鷹は爪を隠すって言葉、僕は好きなんだけど。」
「あ?」
「ほら、こんな感じで。」
テントウムシがそう言うと、次の瞬間に青白いスパークが突然その体から放たれた。
闇の中、ほんの一瞬鋭く光る。
テントウムシから発生した電撃は、それを咥えるクガマルを襲った。
声すら発する時間もなく沈黙したクガマル。
複眼部分のランプが消えた。
羽の動きをぴたりと止め、何も言わずに黙って落下。
クガマル。
完全沈黙。
「スタンショックっていうんだ。すごいだろ?」
そうしてクガマルを拾い上げたテントウムシの司令官。
「潤史朗くんの連れて来た謎のドローンか、これは興味深い。あとで沢山お話を聞かせて貰おうか。それまでしばらくの間おやすみよ。」
「司令。」
向こうの方から歩いてくる女が一人。
レイシアであった。
「おにいさ……、いえ、潤史朗を拘束致しました。いかが致しましょう。」
「よくやったね。ご苦労様。まぁ適当に閉じ込めといて。今は状況が状況だから、そっちの聴取は後回しだ。」
「了解しました。」
「うん、ついでにこのドローンもよろしく頼むよ。」
そう言ってレイシアに渡されたクワガタドローン。
彼女はそれを受け取ると、一礼した後それを持ち去って行った。




