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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
17/81

第17話 遺跡ー1

 

 再び意識が回復するのにそう時間は掛からなかったと感じる。

 

 目を開いた。 

 そこにしゃがんで、こちらの顔を覗きこむ少女の姿が目に入る。

 相変わらず彼女の両目は閉じられたままだった。


 石棺から自分で這い出たのだろうか、銀の長い髪を下に垂らして、小さい顔を少し傾ける。

 そして伸ばした指先で、今度はこちらの頬を突いていた。


 そうか、まだ夢から覚めてないのか。

 はっきりとしない意識の中でそんな事を呟いた気がする。

 するとどうだろう、また頭の中で囁かれる声。


――オハヨウ? ネテイルノ?


 と一言。


 少女の口は微動だにしない。しかし、その頭の中に聞こえる声が彼女の音であることに疑問は湧かなかった。


 自身の重たい体を無理やりに起こす。

 地面に尻をつけて、そこに小さくしゃがんだ少女と向き合った。


「やあ。」

――ヤア?

「君は?」

――ワタシ?

「うん。」

――ワタシハ……、ワタシハ、ルニア。

「ルニア?それが君の名前?」

――ルニア。ソレガワタシノ、ナマエ?

「そうじゃないかな。それで、僕は潤史朗だ。」

――ジュンシロウ、ヘンナナマエ?

「変じゃないと思うけど。」

――ヘン、ジャナイ?

「でもルニアはとても素敵な名前だね。」

――ステキ?ルニア、ナマエ?

「うん。」

 話すたびに小首を傾ける少女。

 彼女の目は相変わらず閉じられたままであったが、少しばかり笑顔であるようにも見てとれた。

「ルニアはいつからここにいるの?」

――ルニア、イツカラ?……ワカラナイ、ズット?

「そう、ずっと前からいたんだね。」

――ズットマエ?

「その前は何をしていたの。」

――ソノマエ……、ワカラナイ。ルニア、ソノマエワカラナイ。

「そうか。」


「じゃあ、僕と一緒だね。」

――ジュンシロウト、イッショ?

「そう、僕も自分の昔の事、よく知らないのさ。」

――イッショ、ジュンシロウト。フフフ。イッショ。

「そう、一緒だ。」

 気付けば、残った右腕で彼女の頭をそっと撫でていた。

 こんな地中深くで何をしているんだと、そんな野暮な疑問はどこかに飛んでいた。

 ただ、この未知たる出会いに、暖かさと喜びが身にしみた。

  

 互いに昔の事などまるでわからない。

 だがそれでいい。

 今から、これから、何かが始まる予感が足音を鳴らせている。

 それは決して恐ろしい災厄の類ではない。

 まるで光が差すような朝の出来事。

 この出来事はそんな出会いに感じられたのだった。




「ぬふぁあああああ!!!」

 己を奮い立たせる掛け声と共に、殺虫剤メガキラーは勢いよく放射される。

 迫りくるゴキゲーターは合計3体。

 それらは薬剤の白い煙に巻かれると、突進をやめて次々とひっくり返っていった。

「放射やめ!!そこまでだ!!」

 背中のボンベに張り付いたクワガタムシが大声を上げる。

 男はその声に怯むように放射レバーから指を離した。


 その男ことヒカリン、否、池上輝人は、肩を大きく上下させながら、新鮮な空気を遮る防護マスクを下に下げた。

 頭は汗でびっしょりと濡れ、表情には疲労が見て取れた。


「やった……、やったんだ……。俺が、この手でゴキブリを……。」


「よくやった、とは言わねえぞ。誰だって簡単にできる。そういう道具だからな。」

「は、はい。」

「だがまあ、最低限の評価はくれてやろう。よく逃げずにやりきった。」

「え?」

「あ?文句あんのか。」

「褒めたんすか、今?」

「微妙にな。思い上がんなよゴミクソ。」

「ボ、ボスに褒められた!!うっし!!うっしゃー!!」

「ボスってなんだ。」

「うわっしゃー!」

「……。」


 一方のこちらは輝人とクガマル。

 エレベーター昇降空間の壁登りは無事にクリアし、現在はクガマルのナビゲーションのもと、どこともわからない地下迷宮を順調に進んでいた。

 遭遇したゴキゲーターの総数は未だ5体ほど。これもまた順調と言える。

 深度も徐々に浅くなり、地熱も勢いを弱め、活動もしやすい。

 ただ依然周囲は闇に覆われており、偶然電気が通っているような地帯にはまだまだ程遠い。

 頭に装着した釣り用のライトは手放せないでいた。


「ゴキブリを倒せるんすね、これがあれば。」

「そういう道具だってんだろ。それがなきゃ仕事になんねえよ。」

「成程。」

「今更関心するほどか?」

「いや、俺でもこの仕事できんのかなって、思って。」

「あ?」

「え?」

「ぁあ?」

 背中の方から感じるピリピリした空気。

 輝人は時間をおいて怒りを察した。

「あ、……すんません。」

「そりゃ侮辱してんだよな? 間違いなく。てめえみたいなゴミクソに地衛局の仕事が務まるだぁ? 馬鹿にすんのもいい加減にしとけ。」

「すっ、すんません!」

「てめえみたいな何とかチューバーはいつまでも下品な動画でも撮ってろ。」

「い、いやあぁ、すんません。」

「ったく。」


「いやぁ、でもボス。」

「あ?」

「こんな俺でも、一応ポリシーってか、そんな感じのがあって動画撮ってたんすよ?」

「知るかよ。興味がねえ。」

「あ、そっすよね。すんません。」

「……。」


 それからしばらく、二人は沈黙のまま暗闇の地下道を進んだ。

 路面は比較的平坦だ。

 時には工場地帯のような場所も抜け、内部の錆びれたパイプ手すりの階段を登って高度を稼いだ。

 機械工場、食品工場、製糸工場とそのジャンルは様々。

 しかしそれは全てに共通して、苔と錆に浸食されており、静かなる闇に産業史跡としてそこに眠っている。

 人を脅すというより、むしろ歓迎も拒絶もせず、ただただ崩壊の時を待ち、そこに眠っていた。


「話せ。」

 背中に停まるクガマルは、特に前触れなく言った。

「え?」

「聞いてやるってんだよ、てめえの与太話をな。暇すぎんだ。」

「え? マジっすかボス。」

「早く話せ。」

「うっす。」


 それは身の上話から始まるヒカリンこと池上輝人の話。

 彼がこの世に起こったのは偶然かもしれないが、今ある彼は必然により成り立っている。

 彼がマイチューバーとして活動するまでの経緯。

 それは一見遊びのような、暇つぶしの小遣い稼ぎのような、そんな風にも見て取れたかもしれない。

 しかし、小さくともそこには確かな動機と、未来を見据えた思いが存在した。


 クガマルは黙って彼の言葉に耳を傾ける。

 時々輝人は、そのロボットが寝ているのではないかと背中を気にして話を中断したりもした。

 歩む足はそのまま。

 口が乾いても飲み水は節約した。

 ゆっくりだが確実に距離は上に伸びて行った。


「……そんな感じで。はい。」

「んあ?」

「はい。」

「で、あんだって?」

「え?いや、ボス聞いてました?俺の話?」

「いや、寝てたかもしれん。で小5の時にどうしたって?」

「全然聞いてないじゃないっすか!! ってか小5ってなんすか? 俺そんな昔の話してないっすよね?」

「あ? そうだったか?」

「まったくボスは……。」


「いいだろう。」

「へ?」

「てめえの事は大体わかった。」

「マジすか?」

「まあそれでもゴミクソには変わらねえが、てめえが本気でオレ達の仕事をしてえなら、一筆書いてやらんでもない。」

「え? え? ほんとっすか?」

「ま、所詮ロボットの一筆だがな、なんの効力もねえよ。ぎゃはははははっ。そんでもっててめえはまず公安に記憶を消されるしなぁ、ぎゃははははははっ。」


「いや、それでも。」


「んあ?」

「俺本気っす。」

「口は達者だな。まあせいぜい何とかしてみな。話はそれからだ。ぎゃはははは、……あん?」


 と、丁度その時だった。

 クガマルは邪悪な笑いをぴたりと止め、そして急に黙り込んだ。


「ボス?」

「静かに。」

 そう言われて輝人も息を潜める。

 するとどうだろう。

 細かい振動が、階段の鉄のステップをびりびりと動かした。

 それに注意を向けると、地面の振動を足裏からも感じ取ることが出来た。

「ゴキブリっすか?」

「いや、わからねえ。」

 その場で構えること数秒。

 振動は僅かに大きさを増している。

「防護マスクをつけろ。栓は開放した。」

「うす。」

「右を見ろ、そこに配電盤室があるな。よしと言うまで隠れろ。」

「うっす。」

 輝人は小声で応答すると、指示された場所まで音を立てずに移動した。



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