シャロンと未来
「……ルイス様?」
目を開けると、寝ている私の横にルイス様が座っていた。彼の美しい顔が、私を優しく見つめている。
「おはよう、僕のお姫様。体調はどう?」
その声はどこまでも穏やかで、胸の中がじんわりと温かくなる。
「大丈夫です。あの、ここは?」
私は周囲を見渡す。
まるで天国のように美しい場所だった。
「ここは天国の花畑。君の弟妹が癒しにはここが最適だって提案してくれたんだ」
どうやら本当の天国ではなかったようだ。
確かに見覚えのある緑と花々が広がるこの場所は、かつて訪れたときと変わらない美しさを誇っていた。
思い浮かぶのは優しい弟や妹たちの顔。それだけで自然と微笑みが浮かんだ。
ルイス様は私の手を取り、優しく握りしめる。
「手首の痣もここに来たおかげで綺麗に消えたよ」
「本当ですね……」
赤く腫れていたはずの手首はまるで何もなかったかのように元に戻っていた。信じられない気持ちで手を見つめていると、ルイス様が静かに言った。
「シャロン」
「はい?」
「君が無事で本当に良かった」
その言葉に胸の奥が熱くなり、思わず涙が溢れそうになる。
「ルイス様」
「ん?」
「助けに来てくださって、本当にありがとうございました」
「シャロン……」
彼が苦しげに私の名前を呼び、そっと私の頬に触れた。
「許してくれ。君を危険な目に遭わせてしまった」
「謝らないでください。ルイス様のせいではありません。……アデーレはどうなりますか?」
「裁判により裁かれることになるが、いずれにせよ牢の外へ出てくることはないはずだよ」
「そうですか……」
人の心は分からない。
今回の件で人に対する恐怖が少し生まれたことは確かだ。
だからと言って目の前にいるルイス様を疑う気持ちが出てくることはない。
「……ルイス様。私、ルイス様のことを好きになって本当によかったです」
私がそう答えると、ルイス様の瞳が柔らかく揺れた。
「君がそう言ってくれるのなら……もう僕には、これ以上望むものはないよ」
彼がそっと顔を近づける。その瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。
彼の唇が私の唇に触れる。
柔らかく、温かく、そして穏やかなその感触。世界中の花々が一斉に開いたかのような幸福感が胸を満たしていく。
唇が離れると、彼は真剣な表情を浮かべてこう言った。
「これからも君と共に生きていきたい。どうか、その権利を僕にくれないか?」
その言葉に私の瞳から涙がこぼれ落ちた。
わなわなと唇が震える。
「……私も、生きていきたい。ずっと、あなたの隣で」
ルイス様に抱きつくと、彼は力強く抱きしめ返してくれる。
これ以上ない幸せが私を満たした。
*
あれから数日が経ち、私の生活は少しずつ日常を取り戻していた。
「お姉様、もう無理しちゃダメですよ!」
「そうだよ。何かあっても僕たちがちゃんと守るから安心してね!」
弟たちが目を輝かせて言う。彼らは本当に頼もしくなった。精霊とともに、私を危険から守ろうとしてくれるその姿が誇らしい。
そして、レーナが私の手をぎゅっと握りしめながら言った。
「シャロン、本当に無事で良かった! ルイスから話を聞いてどれだけ心配したか……!」
レーナの瞳には涙が滲んでいる。私を案じてくれるその優しさがとても嬉しかった。
「レーナ、ありがとう。あなたがいてくれて本当に良かった」
私たちはその場で泣き合い、これからの幸せを誓うように抱きしめ合った。
*
暖かな陽射しが降り注ぐ澄み切った空の下。教会の鐘が高らかに響き渡り、空気が祝福に満ちていた。
「とても、綺麗だよ。シャロン」
振り向くと、そこには白い王族の正装を身に纏ったルイス様が立っていた。その美しく凛々しい姿に思わず目を奪われる。
「ルイス様も、とても素敵です」
そう伝えると、彼は少しだけ照れたように微笑んだ。それが何よりも愛おしい。
「夢のようだ……生きることを諦めかけていた僕が、今こうして君と新たな未来を歩もうとしているなんて」
ルイス様に手を握られながら告げられたその言葉に私の胸が熱くなる。
これから私は王太子妃として、ルイス様の妻として新しい道を歩むことになる。
これまでのようにただ純情可憐なだけの私ではいられなくなるだろう。不安や悲しみに眠れない夜もあるかもしれない。それでも、私は選んだこの道を後悔することはないと確信している。
病気が治ったことで未来を予知する力は消えてしまったけれど、だからこそ目の前にいる人たちとともに歩み、笑い、涙を流し、幸せを築き上げていこう。
ルイス様の手を握り続ける未来を信じて、私は笑顔で前を向いた。
【完結】
初投稿から9年。無事完結させることができました!
読み返せば拙い部分も目立ちますが、なろうにおける初作品として私にとってとても思い出深い作品です。
ここまでお読みいただいた皆様本当にありがとうございました!