クロウさんのポートレート1
右手には白いしっくいの壁。
左手にはずっと続く秋の原っぱ。
月がぽっかりと空に浮かんでいる。
月並みな言葉で表現できる平凡な光景です。
ススキを蹴散らす風が、穂をザザザとゆらしている。
突進して来る風は、壁に当たって砕け散った。
長い影がにゅっとしっくいの壁に伸び、耳をピンと立てた。
「こんばんわ、クロウさん」
原っぱにステッキをもって立つクロウさんは、立派な口髭をむしりながら、こっくりとうなずいた。
月の燈明にクロウさんの顔は銀色にこうこうと輝いているのに、クロウさんの影は真正面に向かって、ニューッと伸びている。
気付かないふりをして、クロウさんに話しかけた。
「お月さんはまぶしくないですか?」
すると、クロウさんの影がひょっと飛び上がって、クロウさんの後ろへ逃げ込んでしまった。
けれど、クロウさんは立派な口髭をゆっくりとむしっているだけ。
クロウさんの背後のずっと向こうで二、三歳の小さな子たちが輪を作っている。
「いるよ、いないよ」
片言の幼児言葉でなにやら唱えながら、くるくる輪をかいて、いつのまにかクロウさんの影の立派なしっぽを地面に結び付けてしまった。
それでこっそりクロウさんに言ってやった。
「しっぽが痛くないですか?」
しっぽをひょっと急いでクロウさんは引っ張ったけど、子供達は大きな包丁をもっていて、あっと言う間にクロウさんのしっぽをぶつ切りにしてしまった。
上手に三枚におろすと、七輪であぶり出した。
とてもいい匂いが漂い始めて、串焼きをもった子がちょこちょことやって来て言った。
「かば焼き食べます?」
それで、五銭払って、クロウさんのかば焼きをほくほくと食べた。
とてもおいしかった。