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絶対音声  作者: 樒 七月
17/19

17.全ては偽物で

 雨の絵が仕上がったと葛西から聞き、涼は放課後一人で絵を見に行こうとした。教室に千尋の姿はなかった。美術室へ向かう廊下の途中で、聞き覚えのある声を聞いた。

 その声は一年生の教室から聞こえる。微かに漏れる声は、その教室にいるはずがない人物のものだった。

 涼は消えそうなほど小さな声を、聞き逃さなかった。人物に検討をつけ、そっとドアを開けた。音楽室での出来事と重なる。

「…大丈夫みたい。そのせいじゃないよ」

 ドアの隙間から見えたのは、思ったとおり千尋だった。携帯電話で話す声は親しみが込められており、どこか楽しそうだった。

 涼は盗み聞きするつもりはなかったが、声を掛けるタイミングを外し、そのまま話を聞いていた。

「…うん、上手くいってる。もうすぐ叶う。次は何を入れよう…駄目だよ。姉さんだって共犯なんだ。悪くはないよね? CDで催眠効果が上手くいくって実証できたんだから」

 息が出来なかった。涼は何を言われたか理解するよりも速く、体は反応した。頭が痛くなるのを感じながら、涼はゆっくりとドアを開けた。

 その音に千尋は振り返り、涼を見て目を見開いた。そして、耳まで持ち上げていた携帯電話を持つ手を落とした。携帯電話からは相手の声が漏れていたが、気にする余裕はなかった。

 千尋はボタンを押して強制的に通話を終わらせ、涼の顔を窺った。

 涼は冷たい笑みを浮かべた。

「楽しかったか?俺がお前を好きになっていくのを見ていて。黒瀬を恋愛対象として見ていくのを見ていて」

「違う!そのためにやったわけじゃない!」

 涼の感情のない声に重なるように、千尋は勢い良く言った。涼は表情を変えず、温度の下がっていく笑みを顔に貼り付けていた。

 CDでの催眠効果。涼の夢に千尋が出てくるようになったのは、CDを聴き始めてからだった。すぐに千尋が出てきたわけではなかったが、今までの経緯から考えればそうとしか思えなかった。描写が細かいのも理解出来た。千尋が作っていたからこそ、眼鏡を取った顔さえも寸分違わず構成されていた。夢の中での千尋の様々な要求。それは自分をからかうためのものだと、涼は思った。恋愛対象として好きになるように仕向けられていた。そうとしか、思えなかった。

「じゃあ何のために?」

「声が聴きたかった。ただ、それだけだよ」

 泣きそうに微笑んだ千尋に、涼は冷たい笑みを返した。怒りを表してくれれば対処できるのに、涼はそれを許さなかった。責めもせずに、突き放す。千尋はその距離が怖かった。

 涼は調子を変えない、いつもの声で言った。

「それなら、ここまでする必要はなかったはずだろ。理由は明確だ。からかっていたとしか思えない」

「違う違う違う!」

「違わない」

 きっぱりと否定した涼は、笑みを凍りつかせたまま腕を組んだ。品定めをするような涼の態度は拒絶を示していた。胸の前で組まれた腕は千尋を拒んでいる。

 千尋は諦めたように顔を下に向け、机の上に置いていた鞄を手に取った。鞄の中から一枚のCDを取り出し、涼に投げた。それを涼は難無く受け取った。

「催眠を解除するCDだよ。これで、全てが終わる」

 涼は頷き、体を反転させて出口へと向かった。廊下に足を踏み出すとき、後ろから声が聞こえた。

「ただ、名前を呼んで欲しかった」

 千尋はそれ以外は何も言わず、動かなかった。

 その言葉が涼の頭の中で響いた。





 夢に千尋は出てこなかった。

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