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廃ゲーマーは異世界で第二の人生を謳歌する  作者: 咲く桜


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008.最初のホムンクルス

 塔の扉が、ゆっくりと開いた。

 中から吹き出した風は乾いていて、砂と鉄の匂いが混じっている気がする。


「……ここが、第一階層か」


 黒衣のコートが風に揺れ、白牙剣が微かに震えた。

 目の前に広がるのは、果てしない荒野。草は枯れ、地面はひび割れ、遠くには崩れた建物の残骸が点在している。


 人の気配は──ない。


 塔の下層は、“ほぼ無人”というルミナの言葉を思い出す。


「……魔物の世界、か」


 その瞬間、砂の中から何かが飛び出した。

 牙を剥いた小型狼。だが、その目は濁り、生き物というより“飢えた獣”だった。


「来るか」


 白牙剣を抜く。

 刃が白銀の光を放ち、狼が怯んだ。


 だが──

 怯んだのは一瞬。

 次の瞬間、周囲の砂がざわめき、複数の影が姿を現した。

 小型狼の群れ。十……いや、二十はいる。


「……群れで来るタイプか」


 魔物の“数”は脅威になる。

 俺は龍髭鞭を背から引き抜いた。

 中級竜の髭を使った、ゲーム時代の友人が作ってくれた武器。


 懐かしい感触が手に伝わる。


「行くぞ」


 鞭が雷を纏い、狼たちの間を走った。

 白牙剣が光を放ち、砂煙の中で狼の影が次々と倒れていく。


 戦いは一瞬だった。

 風が吹き、砂が舞う。


 倒れた狼たちの周囲には、誰もいない。

 人の気配がまったくない世界。


「……本当に、人がいないんだな」


 塔の下層は、“文明の影すら残らない”場所。

 ここを抜けなければ、中層──人間の王国には辿り着けない。

 黒衣の裾を払って歩き出す。


 塔の内部は広大だ。

 第一階層だけでも、ひとつの国が入るほどの広さがある。

 だが、この荒野には国どころか、人の生活の痕跡すらほとんどない。

 ただ、遠くに見える廃墟だけが、かつてここに“何か”があったことを示していた。


「まずはあそこだな」


 廃墟へ向かって歩き出す。塔の第一階層──原初の荒野。


 ここから、俺の“塔攻略”が始まる。


 荒野を歩き始めて、どれくらい経っただろうか。

 風は乾き、砂は熱を帯び、生き物の気配はほとんどない。


 ただ、時折──砂の下から魔物が飛び出してくるだけだ。


「……本当に人がいないな」


 塔の内部は“別世界”だと聞いていたが、ここまで荒れ果てているとは思わなかった。

 そんな中、遠くに“人工物”が見えた。


 崩れた建物。

 瓦礫の山。

 折れた鉄骨。


 かつてここに“街”があったかのようだ。


「……廃墟か」


 俺は足を速めた。

 建物の中は静かだった。

 砂が積もり、壁は崩れ、家具は朽ちている。


 だが──


 人の気配だけが、どこにもない。

 死体も、骨も、血痕すらない。

 まるで“人間だけが消えた”ような空間。


「……おかしいな」


 魔物に襲われたなら、何かしら痕跡が残るはずだ。

 だが、この廃墟には“生活の痕跡”だけが残り、“人間の痕跡”だけが消えている。

 その違和感が、胸の奥に引っかかった。

 建物の奥に、地下へ続く階段があった。

 砂に埋もれかけていたが、魔力を流して払うと、階段が姿を現す。


「……魔物の巣か?」


 白牙剣を抜き、ゆっくりと降りる。

 地下は暗く、湿っていた。

 だが、すぐに気づく。


 ここは“人間の生活空間”だった。


 棚には古い食器。

 壁には子供の落書き。

 机の上には、埃をかぶった日記帳。

 文字は掠れて読めそうにない。そもそも、言語も見たこともないものだ。


 だが──


 やはり人間の姿はない。


「……どういうことだ」


 その時、奥から音がした。


 ガサッ──


 魔物の気配。地下の奥は、魔物の巣になっていた。

 小型の狼、腐食スライム、砂トカゲ……弱い魔物が大量に繁殖している。


「……ここに住んでいた人間は、どうなった?」


 魔物は人間を食う。なら、痕跡が残るはずだ。


 だが──何もない。


 魔物の巣を殲滅しながら、俺はその違和感を噛みしめた。そして、巣の最奥で“それ”を見つけた。

 地下の壁に埋め込まれた石碑。古い文字が刻まれている。

 触れると、魔力が反応し、文字が浮かび上がった。


 ──ここはかつて人が暮らした地。

 塔は我らを守るはずだった。だが塔は“選ばれた者”だけを残し、選ばれなかった者を消した。


 息が止まった。


「……選別か?」


 塔が人間を“選ぶ”? 選ばれなかった者は“消える”? 

 つまり──


 この廃墟の住民は、魔物に殺されたのではなく、

 塔によって“消された” ということか?

 

 だがいったい何のために……


「……何があったんだ」


 塔は人間を選別する装置……。

 その事実が、胸の奥に重く沈んだ。


 廃墟を出ようとした時、外から強い魔力の気配が近づいてきた。

 砂が揺れ、地面が震える。


「気配が大きいな」


 現れたのは『砂王バジリスク』。巨大な影が、廃墟の外で蠢いていた。

 おそらく、第一層のボスだろう。廃墟の外に出た瞬間、空気が変わった。

 砂が震え、地面が波打つ。

 まるで大地そのものが生きているかのように。


「来たな」


 白牙剣を抜く。刃が白銀の光を放ち、砂の中の“何か”が反応した。


 次の瞬間──

 地面が爆ぜた。


 巨大な蛇の頭が飛び出す。鱗は砂色、目は濁った黄色。体長は十メートルを超える。


 砂王バジリスク。


 その目が俺を捉えた瞬間、視界が一瞬だけ白く濁る。


「能力は石化か。その程度じゃ俺の抗魔力は貫けないぞ」


 弱いが、確かに“石化の視線”だ。

 白牙剣を構え直し、龍髭鞭を左手に巻く。


「やるしかないな」


 バジリスクは砂の中へ潜った。

 次の瞬間、背後から砂が盛り上がる。


「速い……!」


 砂の中を泳ぐように移動している。

 地中からの奇襲──

 これがこいつの本領。だが、俺には“地中の魔力”が見える。


「そこだ!」


 龍髭鞭を叩きつける。雷が走り、砂が爆ぜた。バジリスクが飛び出し、怒りの咆哮を上げる。

 バジリスクが口を開き、毒液を吐き出す。


「《身体強化・瞬歩》!」


 地面を蹴り、横へ跳ぶ。毒液が地面を溶かし、煙が上がる。

 白牙剣を構え、バジリスクの胴へ斬り込む。


「《白牙剣──斬華》!」


 白銀の軌跡が走り、鱗が砕け、血が飛ぶ。塔外の王と比べるべくもなく防御は弱い。

 だが──

 それでもバジリスクは怯まない。尾が鞭のように振り下ろされる。


「っ……!」


 黒影のコートが衝撃を吸収し、俺は地面を転がった。


「……この防御力、凄いな」


 バジリスクは再び砂へ潜る。今度は魔力の気配が複数。

 砂の中を高速で移動し、フェイントをかけてくる。


「くそ、厄介だな」


 だが、俺には“創造士”の力がある。


「《概念付与──雷導》」


 龍髭鞭に“雷を導く”概念を付与する。

 鞭を地面に叩きつけると──雷が砂の中を走り、バジリスクの位置を暴く。


「見えた!」


 砂が爆ぜ、バジリスクが苦しげに飛び出す。


「終わりだ」


 白牙剣に魔力を流し込む。刃が白銀に輝き、“生命力を断つ”概念が宿る。


「《白牙剣──断命》!」


 バジリスクの首元へ斬撃を叩き込む。

 白銀の光が走り、巨大な蛇の体が崩れ落ちた。砂が舞い荒野に静寂が戻る。

 バジリスクの死体をストレージに仕舞うと、その中心に“門”が現れた。


 古代文字が浮かび上がる。


 ──第二層:霧の森──


「……次は森か」


 ルミナの言葉を思い出す。

 塔の下層は“ほぼ無人”。だが中層へ行けば、人間の王国があるという。

 その前に──第二層を抜けなければならない。


「そろそろ1人で対応するのは難しくなってくるかもな……。それに、一人は心細い」


 次は霧の森。となれば、視界が確保できない中での戦闘を強いられるだろう。

 すぐに背中を預けられる仲間が必要になってくる。


 出現した門のすぐ近くにテントを取り出し、中に入る。

 ストレージからゲーム時代のアイテムでも特に貴重なアイテムたちを取り出した。


 俺は、一つ決心をした。


・大賢者の魔導書

・深淵竜の竜玉

・太古竜の骨髄

・精霊王の霊玉

・機械人皇の人造心臓

・天魔の血液

・紫水晶

・千年雪参

・剛腕巨熊の強腱

・世界樹の実


「……やりすぎか?」


 創造をするとき、一度に使えるアイテムは全部で10個のようだ。

 超希少アイテムを10個も入れたが、流石にやりすぎか迷う。


 いや、でも最初に作るホムンクルスだ。俺の護衛も兼ねるのだから、強すぎて悪いということはないはずだ。ホムンクルスを創るには、膨大なマナと親和力、そして集中力が必要だ。


「《創造権限・開示》」


 空間が揺れ、取り出したアイテムに光の粒子が集まり始める。


 貴重なアイテムが溶けて絡み合い、徐々に人の形を形成していく。形成していく過程で、ホムンクルスの能力や性格、性能をある程度決めることができるのだが、「俺の考える最強のホムンクルス」を思い浮かべながら、錬成した。


 錬成を始めてどれほど時間が経過しただろうか。お腹の減り具合からすれば、おそらくすでに2日は経過したはずだ。


 光が収束し、ひとりの女性が姿を現した。


 白い肌。

 無彩色の灰髪。

 そして──宝石のように輝く赤い瞳。


 その瞳は、まるで“命令を待つ機械”のように静かで、しかしどこか人間にはない神秘的な光を宿していた。

 少女はゆっくりと目を開け、俺を見つめた。




「……マスター」


 その声は、鈴のように綺麗で無機質で、澄んでいて、しかしどこか冷たい。

 だが確かに、俺を“創造主”として認識している声だった。


「聞こえるか?」


「はい。マスターの命令をお待ちしています」


 表情は動かない。だが、瞳の奥に微かに光が揺れた。


 それは──“生まれたばかりの感情”のようにも見えた。


「君に名前をつける。そうだな……君の名前は『イブ』だ」

「……イブ。私は、イブ」

「そうだ。これから君には、俺の護衛兼身の回りの世話をお願いしたい」

「承知しました、マスター」


 イブに名前をつけたとき、頭の中にアナウンスが聞こえた。


【信じ難い業績を達成しました】

【史上始めて人造生命体を錬成しました】

【称号「創造者」を獲得しました】

【信じ難い業績に対する報酬が与えられます】


 目の前に現れたのは赤く光る宝箱だ。宝箱を開けると、そこには一冊の本が入っていた。


『特級スキル書:任意のスキルを何でも一つ完璧に習得することができる』


「スキル書か。意外と良いのが出たな」

「じーっ」


 イブが興味深そうにスキル書を見ていた。




「……ほしいのか?」


 コクコクッ


「なら、イブが生まれた記念だ。君にこれをあげるよ」

「ありがとうございます、マスター」


 どこまでも無表情なのだが、その瞳だけはどこか嬉しそうな色が浮かんでいるようだった。


「イブ。これから俺と共に塔を登る。お前は俺の仲間であり、護衛だ」

「了解しました。マスターの命令は絶対です」


 無表情のまま、イブは静かに頭を下げた。その仕草は機械的で、しかしどこか美しかった。


「それで、何か欲しいスキルがあるのか?」

「……悩みどころですが、一つあります」

「聞いてもいいか?」

「……女の子にそんなこと聞くのは、野暮ですよ」

「あのなぁ。いいから教えてくれ」

「む……天魔神功を習得する予定です」

「天魔神功……? まじか……。これも、天魔の血液の影響なのか……」

「ダメでしたか?」

「……いや、それは既にあげたものだから、好きに使うと良い」

「ありがとうございます、マスター」


 感情は読めないが、はっきりとした意志を感じる。俺の初めてのホムンクルスは成功のようだな。

 スキル書をすぐさま使ったイブのステータスを見させてもらった。


●●―――――○○

名 前:イブ

種 族:ホムンクルス

個体値:1200

スキル:全属性魔法、天魔神功(10成)、精霊魔術、竜言魔術、戦闘最適化、魔力制御、身体強化、戦術解析

特 性:自己再生、超反応、武芸百般

●●―――――○○


 ……すごい。確かゲーム時代に確認されている限りでは、個体値の上限は1000だった気がする。個体値1000で強さの等級が⭐︎8だった。となると、それよりも強いイブって⭐︎10相当の強さ……?


「恐ろしいやつを生み出してしまったらしい……」

「?」


 首をコテンと傾げ、こちらを無機質で無表情な顔で見つめるイブを見て、思わず笑みが溢れる。

 どんなに強くてもイブは俺の初めてのホムンクルスだ。ずっと大切にしてやるさ。


「じゃあ行こうか」

「かしこまりました、マスター」


 イブは俺の後ろに静かに立ち、影のように寄り添う。

 黒衣のコートを纏った俺と、灰髪・赤瞳のイブ。


 二人の影が、荒野に長く伸びた。



「じゃあ行こうか」

「かしこまりました、マスター」


 イブは俺の後ろに静かに立つ。

 その時、袖をそっと引かれた。


「……マスター」

「どうした?」

「……装備が、ありません」


 確かに。今のイブは白いワンピース一枚。

 戦闘には向かないし、何より──


「寒かったよな?」

「ホムンクルスなので問題ありませんが……」


 少しだけ、ほんの少しだけ、視線を逸らす。


「……マスターの側に立つのに、この格好は……可愛くないと思います」


 無表情でそんなことを言うな。

 俺には破壊力が高すぎる。


「じゃあ、何か欲しい装備はあるか?」

「……はい。可能なら可愛らしくて、実用的でマスターの隣に立っても恥ずかしくないものが欲しいです」


 言いながら、赤い瞳がわずかに揺れた。

 無機質なのに、どこか乙女らしい。


「具体的には?」

「軽装で動きやすくて、スカートがいいです」

「スカート?」

「はい。マスターの黒衣と並んだ時、“映える”と思います」


 ……意外とこだわりがあるな。


「武器はどうする?」

「武器は……籠手がいいです」

「籠手?」

「はい。殴れますし、掴めますし、魔力も流しやすいです。あと……」

「あと?」

「……マスターを守る時、手で受け止められます」


 その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。


「籠手はできる限り頑丈なものがいいです。私の力に耐えられるように」


 イブは個体値1200。

 天魔神功10成。

 竜言魔術まで使える。

 確かに普通の武器ではまず間違いなく壊れる。


「分かった。可愛くて、実用的で、お前の力に耐えられる成長型の籠手を作ってやる」

「……嬉しいです」


 無表情のまま、しかし赤い瞳だけはほんの少し輝いていた。


「よし、素材を選ぶか」


 ストレージを開き、イブのために“素材”を取り出す。



● 防具(可愛くて実用的な軽装)用

• 妖精王の薄絹フェアリーキング・シルク

 王級妖精の加護を受けた最高級布。

 軽く、魔力伝導率が極めて高い。

• 月影狐の柔毛ムーンフォックス・ファー

 月影狐の白銀色の柔らかい毛皮。

 軽装に最適で、魔力障壁を強化する。

• 霧氷草の繊維

 霧の森で採れる希少素材。

 霧・幻惑・冷気への耐性を付与。


● 武器(成長型籠手)用

• フェンリルの牙(白輝竜が認めた魔狼の牙)

 フェンリルの牙。

 噛み砕く力と魔力伝導率が異常に高い。

 氷属性が付与できる。

黒鋼隕鉄ブラックメテオライト

 隕石由来の超硬金属。

 成長型武器の骨格に最適。

雷霊核ライトニング・コア

 雷精霊の核。

 反応速度と打撃力を強化。

 雷属性が付与できる。

魔導糸アークスレッド

 魔力を通す特殊な糸。

 籠手内部の魔力回路に使用。


「……よし、これならイブの装備に相応しいな」


 素材を並べると、イブがじっと見つめてきた。


「マスター。その白い牙……強いオーラを感じます」

「わかるか? 白狼王フェンリルとの戦闘に勝った証として貰った牙だ」

「……貴重なもの、ですよね。嬉しいです。強い魔物の力を宿せるのは、誇りです」


 無表情なのに、赤い瞳だけがほんの少し揺れた。


「《創造権限・開示》」


 空間が揺れ、素材が光に包まれる。

 妖精王の薄絹が舞い、月影狐の柔毛が柔らかく形を変え、霧氷草の繊維が糸のように伸びる。


 同時に──


 フェンリルの牙が白い光を放ち、黒鋼隕鉄と融合して籠手の骨格を形成する。

 雷霊核が内部に収まり、魔導糸が魔力回路を繋いでいく。


 光が収束し──


● イブの軽装《月影の妖精装ルナフェアリー・ドレス

• 黒×白の可愛らしいワンピース風軽装

• 妖精王の薄絹で魔力伝導率が極めて高い

• 月影狐の柔毛で軽く暖かい

• 霧氷草の繊維で霧・幻惑・冷気耐性

• スカートは分割式で動きやすい


● 成長型籠手《白狼籠手フェンリル・ガントレット

• フェンリルの牙を核にした超強度

• 黒鋼隕鉄で形成された骨格

• 雷霊核で反応速度が異常に高い

• 魔導糸で魔力回路が最適化

• 天魔神功との相性が最高

• 成長型で、イブの成長に合わせて進化

• 見た目は細身で可愛いが、中身は化け物級


「イブ。装備が完成した。着てみてくれ」

「……はい」


 恥ずかしげもなく目の前で着替えたのには焦ったが、とりあえず全てを目に焼き付けることにした。

 うむ。ルミナは見るからに大きかったが、イブは着痩せするタイプのようだ。大きすぎることはないが、主張しないわけでもない大きさ。


 イブの見た目は完全に俺の趣味全開だな。


 イブが着替えた姿は──

 可愛らしく実用的で、そして俺の理想と比べて完璧だった。


「どうでしょうか、マスター」

「似合ってる。可愛いし、強そうだ」

「……嬉しいです」


 その一言だけは、ほんの少しだけ温度があった。少しずつ、感情というものが芽生えているのかもしれない。


 第二層へ続く門に触れた瞬間、視界が白く染まり、身体がふわりと浮いた。

 

 次に目を開けた時──

 

 そこは深い霧に包まれた森だった。


「……ここが、第二層か」


 冷たい空気が肌を刺す。

 霧が濃く、数メートル先すら見えない。

 木々は高く、枝は絡み合い、風の音すら吸い込まれていくような静けさだ。


「マスター。霧と魔力濃度が通常の森の三倍以上です。魔力の波長から解析すると、幻惑系の魔物が多いと推測されます」


 イブが淡々と分析する。

 白狼籠手が淡く光り、周囲の魔力を読み取っている。


「気をつけろ。この階層は情報が少ない。何があるか分からない」

「了解しました」


 イブは俺の半歩後ろに立ち、影のように寄り添う。

 霧の奥から、微かな殺気が走った。


「来るぞ」


 木々の間から、霧を裂くように影が飛び出す。狼のような姿。

 だが、身体は霧でできているように曖昧で目は虚ろに光っている。


霧狼フォグウルフか……」


 数は四体。視界が悪い分、相当に動きが読みにくい。


「イブ、やれるか?」

「問題ありません」


 イブが一歩前に出た瞬間──

 霧が揺れた。


「《天魔君臨歩》」


 その言葉と同時に、イブの姿が霧の中でふっと消える。


 次の瞬間──霧狼の一体が吹き飛んだ。

 音すら遅れて届くほどの速度。


「……速いな」

「マスターの護衛ですので」


 淡々とした声。だが、どこか誇らしげだ。

 残りの三体が左右と後方から同時に襲いかかる。


「イブ、右!」

「はい」


 右側の霧狼に向けて、イブが拳を突き出す。


「《天魔衝》」


 白狼籠手が光り、霧狼の身体が霧散した。

 左側の霧狼が俺に飛びかかる。


「《白牙剣──斬華》!」


 白銀の軌跡が走り、霧狼が霧に戻って消えた。

 最後の一体が背後から襲う。


「イブ!」

「《魔鎖撃》」


 赤い魔力の鎖が霧の中から伸び、霧狼を拘束した。

 そのまま、無表情で拳を振り下ろす。


「《魔滅連打》」


 拳が見えない速度で連打され、霧狼は霧散した。

 静寂が戻る。やばい。イブは俺より強いらしい。


「……マスター」

「どうした?」

「今の戦闘……マスターと連携できたのが、嬉しかったです」


 無表情のまま、しかし赤い瞳だけがわずかに揺れている。


「これからもっと頑張ります。マスターの負担を減らすために」


「頼もしいな」

「……褒められるというのは、悪くないですね」


 無機質な表情と違い、その言葉はほんの少しだけ温度があった。


「イブ。この階層はまだ何も分からない。まずは探索だ」

「はい、マスター」


 イブは俺の後ろに静かに立ち、影のように寄り添う。


 霧の森の奥へ──


 二人の影がゆっくりと消えていった。



 霧の森を進むにつれ、空気がさらに冷たくなっていく。

 霧は濃く、まるで意志を持っているかのようにまとわりついてくる。


「……嫌な気配だな」

「マスター。前方に強力な魔力反応があります。この階層の“中心”と推測されます」


 イブが白狼籠手を構え、赤い瞳を細める。

 霧が揺れた。


 次の瞬間──


 巨大な影が姿を現した。

 即座に鑑定を行い、敵の情報を探る。


---

◆ 《霧幻獣むげんじゅう

• 霧そのものを操る魔物

• 形が定まらず、狼にも獣にも見える

• 幻惑・分身・霧化を使う

• 物理攻撃が通りにくい

---


「……でかいな」

「マスター。あれは通常の魔物ではありません。“霧そのもの”が本体です」


 霧幻獣が咆哮し、霧が一気に濃くなる。

 一瞬にして視界が奪われる。


「イブ、気をつけろ!」

「問題ありません」


 イブの姿が霧の中でふっと消えた。


「《天魔君臨歩》」


 霧の中を無音で駆け抜け、霧幻獣の背後に回り込む。イブには敵の姿が見えていた。


「《天破掌》」


 掌から放たれた衝撃波が霧を裂き、霧幻獣の身体が揺らぐ。

 だが──すぐに霧が再生した。


「……再生が早いな」

「マスター。本体は霧の中心部にあります。そこを破壊すれば倒せます」

「中心部は……どこだ?」

「……私が探します」


 イブが目を閉じ、霧の魔力を読み取る。


「……見つけました。マスター、三秒だけ霧を晴らしてください」

「3秒だな。任せろ!」


 白牙剣に魔力を流し込む。


「《白牙剣──光刃》!」


 白銀の光が霧を切り裂き、一瞬だけ視界が開ける。

 その瞬間──イブが動いた。


「《天魔衝》」


 霧幻獣の中心部へ、無表情のまま拳を叩き込む。

 霧が爆ぜ、光が弾けた。

 霧幻獣は断末魔のような咆哮を上げ、霧となって消えた。


 静寂が戻る。


「……終わったか」

「はい、マスター。この霧の森の主は消滅したと推測されます」


 イブが静かに頭を下げる。


「マスターと上手に連携できました」


 その言葉は、またほんの少しだけ温度があった。





✦ 幕間 ──霧の奥から見ていた少女


 霧の奥。

 倒木の影に、小さな影が身を潜めていた。


 少女は震える指で口を押さえ、ただ、目の前の光景を見つめていた。

 霧の森の主が──

 あの恐ろしい魔物が──

 たった二人に倒された。


 信じられない。

 でも、確かに見た。

 黒衣の青年。

 その後ろに寄り添う、灰髪の少女。


 霧を裂く白銀の光。

 無音で駆ける影。霧幻獣が消える瞬間。


 少女の胸が、ぎゅっと締めつけられた。


(……すごい)


 恐怖ではない。憧れでもない。

 もっと、別の感情。


(あの人……誰?)


 霧の森の主が消えたことで、少女の故郷を覆っていた“呪い”が薄れていく。

 それに気づいた少女は、胸の奥が熱くなるのを感じた。


(助けてくれた……の?)


 青年は少女の存在に気づかないまま、霧の奥へと消えていく。

 少女はその背中を、ただじっと見つめていた。


(……また、会えるかな)


 その小さな呟きは、霧に溶けて消えた。


 ──


 霧の森の主を倒した後も、森の霧は完全には晴れなかった。

 だが、明らかに濃度が薄くなっている。


「……魔物の気配が減ったな」

「はい、マスター。霧の魔力が弱まっています。この階層の“中心”が消えた影響です」


 イブが淡々と分析する。

 霧の森はまだ危険だが、探索がしやすくなったのは確かだ。


「イブ。もう少しこの階層を回るぞ。薬草も採取しておきたい」

「了解しました」


 霧の薄い場所を歩いていると、足元に淡く光る草が生えていた。


「これは……霧氷草か。希少な薬草だな」

「マスター。こちらにも“月露花”があります。回復薬の材料です」


 イブは無表情のまま、丁寧に薬草を摘んでいく。

 その姿は妙に様になっていた。


「イブ、薬草の扱い慣れてるな」

「……マスターの役に立つために、本を読んで覚えました」


 淡々としているのに、どこか誇らしげだ。


 イブが知識を付けたいというので、ストレージにあった本を数十冊渡していたが、俺が寝てる間に読破していたらしい。

 ホムンクルスは寝なくても良いというが、本当なんだな。


「そういえば、イブ。さっきの戦闘、連携は悪くなかったが……もっと精度を上げたい」

「はい。マスターと合わせられるように、動きを最適化します」


 イブが白狼籠手を構える。


「まずは、俺の動きに合わせてみろ」

「了解しました」


 霧の中で、俺とイブは何度も動きを合わせた。

 攻撃のタイミング、距離の取り方、視線の誘導、魔力の流れ。

 イブは吸収が早い。


 数回合わせただけで、俺の動きにぴたりと同期してきた。


「……すごいな。もう合わせられるのか」

「マスターの動きは分かりやすいです。優しいので」

「優しい……?」

「はい。無駄がなく綺麗です」


 無表情でそんなことを言うな。

 照れる。


「そろそろ休むか。この辺りは魔物も少ない」

「では、テントを設置します」


 イブがテントを張る。

 その動きは無駄がなく、静かで美しい。


「マスター。……料理をしてみてもいいでしょうか?」

「イブが?」

「はい。マスターのために、何か作ってみたいです」


 その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。

 確かに俺が何度か料理を作ってやり、それをじっと見ているな、とは思っていたが。


「いいぞ。材料は……霧鳥の肉と、さっきの薬草か」

「任せてください」


 イブは無表情のまま、しかしどこか楽しそうに調理を始めた。

 霧鳥の肉を薄く切り、月露花の汁で下味をつけ、霧氷草を刻んで香り付けにする。


 手際が良すぎる。


「イブ……実は料理、初めてじゃないだろ?」

「初めてです。ですが、マスターのためなら頑張れます」


 無表情なのに、赤い瞳だけがほんの少し輝いていた。


---


「できました。“霧鳥の香草焼き”です」


 香りが良い。

 見た目も綺麗だ。

 一口食べる。


「……うまいな」

「本当ですか?」


 イブの赤い瞳が、ほんの少しだけ大きく開いた。


「うまい。普通に店で出せるレベルだ」

「……嬉しいです。料理、好きかもしれません」


 その言葉は、ほんの少しだけ温度があった。


---


 2人で食事を終え、霧の森の静けさが戻る。


「イブ。今日はよく働いたな」

「マスターも、です。……お疲れさまです」


 イブは俺の隣に座り、静かに夜空を見上げた。

 霧の隙間から、星がわずかに見える。塔にも星があるのは面白いな。


「明日も探索だ。この階層にはきっとまだ何かある」

「はい。マスターと一緒ならどこへでも行きます」


 その言葉に、胸が少しだけ熱くなると同時に、ルミナと過ごした時間も思い出す。


 ルミナと過ごした時間も楽しかった。ルミナは今のこの状況を見たら嫉妬するかもしれないが、長らく1人で過ごしていた俺がルミナと時間を過ごすことで楽しさを知り、また1人になって気づいた。俺は存外に寂しがり屋だったらしい。


 ルミナには後で謝ることにしよう。だが、別に悪いことをしてるわけでもないし、怒られることもないか?


 霧の森の夜は静かで、どこか温かかった。

 翌朝。霧の森は相変わらず静かだったが、昨日よりも霧が薄い。


「……霧の濃度がまた下がってるな」

「はい、マスター。霧の森の主が消滅した影響です。魔力の流れが正常化しています」


 イブが淡々と報告する。

 白狼籠手が朝の光を反射し、淡く輝いていた。


「今日は、森の奥を調べるぞ。まだ何があるか分からない」

「了解しました」


---


 霧の薄い場所で、俺とイブは再び連携の練習を始めた。


「イブ、俺が前に出る。その後ろから援護してくれ」

「はい」


 俺が白牙剣を構え、霧の中へ踏み込む。

 イブは半歩後ろをついてくる。

 その距離が絶妙だ。


 俺が斬り込むと、イブが死角を補うように動く。

 俺が下がると、イブが前に出て攻撃を受け止める。

 まるで長年連携してきた相棒のようだった。


「……すごいな。もう俺の動きが読めるのか」


「マスターの動きはもう覚えました」

「覚えたのか……?」

「はい。無駄がなく綺麗なので簡単に覚えられました」


 褒められているのか分からないが、無表情でそんなことを言うな。

 照れる。


「もちろん褒めています」


 ……顔に出てましたか?


---


「イブに負けないように俺も鍛えないとな。お前に置いていかれそうだ」

「置いていきません。ですが……強くなってくれると嬉しいです」


 イブが静かに頷く。


「では、マスターの魔力操作を見ます。昨日よりも僅かに精度が上がっていますが……まだまだ改善できます」

「やっぱりか」

「はい。マスターは魔力量が多いので、“漏れ”が発生しやすいです」


 イブが俺の手をそっと取る。

 冷たい指先。

 だが、どこか安心する。


「魔力の流れを整えます。……失礼します」


 イブが俺の手の甲に触れ、魔力の流れを調整していく。

 淡い光が走り、身体の奥が温かくなる。


「……すごいな。こんなに違うのか」

「はい。マスターは素質があります。鍛えれば、もっと強くなれます」


 無表情なのに、どこか誇らしげだった。


---


 昼頃。森の奥で、珍しい果実を見つけた。


「これは……“霧蜜果”か。甘くて栄養価が高かったはずだ」

「マスター。これでデザートを作ってもいいでしょうか?」

「イブが作るのか?」

「はい。昨日、料理が楽しかったので」


 その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。

 どんどん人のように成長していることに思わず涙が出そうになるほど、嬉しかった。


「いいぞ。好きに作ってくれ」

「ありがとうございます」


 イブは霧蜜果を丁寧に切り、薬草の蜜を混ぜて小さな皿に盛り付けた。


「……できました。“霧蜜果の薬草コンポート”です」


 一口食べる。


「……いかがですか?」

「……うまいな」

「本当ですか?」


 イブの赤い瞳が、ほんの少しだけ輝いた。


「料理、好きです。マスターが喜んでくれるので」


 その言葉は、ほんの少しだけ温度があった。


---


 食事を終え、再び森の奥へ進む。

 霧は薄れ、木々の間から光が差し込んでいる。


「イブ。勘だが、この先に何かある気がする」

「はい。確かに魔力の流れが変わっています。……出口か、別の何かです」


 霧の森の奥へ──

 二人の影がゆっくりと進んでいく。


 その先に、まだ見ぬ“何か”が待っているとも知らずに。

 霧の森を進むにつれ、空気がさらに澄んでいくのを感じた。


 昨日までまとわりついていた霧が、今日は足元に薄く漂う程度だ。


「……霧がほとんど消えてるな」

「はい、マスター。霧の森の主が消滅した影響が広がっています。魔力の流れが安定しています」


 イブが淡々と報告する。

 白狼籠手が朝の光を受けて、淡く輝いていた。


「この調子なら、出口も近いかもしれないな」


「はい。ですが……油断は禁物です」


 イブがわずかに視線を上げる。


「魔物の気配が、まだ残っています」


---


 霧が薄れたことで、森の奥に潜んでいた魔物が姿を現した。

 霧狼よりも大きく、霧の魔力をまとった獣。


「……霧獣フォグビーストか。主の残滓が形を成した魔物だな」


「マスター。私が前に出ます」

「いや、今回は俺も前に出る。連携の仕上げだ」

「……分かりました」


 イブが静かに構える。

 霧獣が咆哮し、地面を蹴って突進してきた。


「イブ、左に誘導!」

「了解しました」


 イブが《天魔君臨歩》で霧獣の視界を奪い、左側へ誘導する。


 その瞬間──俺は白牙剣を構えた。


「《白牙剣──斬華》!」


 白銀の軌跡が霧獣の脚を切り裂く。

 霧獣が体勢を崩した瞬間、イブが飛び込む。


「《天魔衝》」


 無表情のまま拳を叩き込み、霧獣の身体が霧散した。


 静寂が戻る。


「……完璧だな、イブ」

「はい。マスターの動きが分かりやすいので」


 無表情なのに、どこか誇らしげだった。


---


「マスター。魔力操作が昨日より安定しています」

「そうか?」

「はい。剣に流す魔力の“揺れ”が減っています。……努力の成果です」


 イブが静かに頷く。


「マスターは、もっと強くなれます。私が保証します」


 その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。


---


 霧が完全に晴れた場所に出た。

 そこには──

 淡い光を放つ石造りの門があった。


「……転移門か」

「はい、マスター。この階層の出口のようです」


 イブが門に手を触れる。

 淡い光が広がり、門が静かに開いた。


「行こう、イブ。次は3層だ」

「はい、マスター」


 イブは俺の後ろに静かに立ち、影のように寄り添う。

 二人は転移門へと歩き出した。


 霧の森を抜け、新たな階層へ──。

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