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廃ゲーマーは異世界で第二の人生を謳歌する  作者: 咲く桜


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012.フィオナ

 第四層を出発する前、ギルドマスターから一通の封筒を渡されていた。


『第五層のギルドに知り合いがいる。紹介状を持っていけば話が早い。君たちのランクもBに上げておいた。中層へ進むなら、それくらいは必要だ』


 その言葉を思い出しながら、俺とイブは第五層へ続く階段を登った。


 階段を抜けると、砂岩の街並みが広がった。


「……砂漠の国か」

「第四層とは文化も環境よ大きく違うようです」


 街の中心には巨大な石造りの門がそびえている。

 それこそが──

 “試練の迷宮”の入口だった。


 紹介状を持ってギルドを訪れると、受付の女性が丁寧に頭を下げた。


「第四層ギルドからの紹介状……確かに。リンデ様、イブ様ですね。Bランク冒険者として登録されています」


 イブが小さく頷く。


「リンデ様、第五層では、“試練の迷宮”に挑む冒険者が多いようです」


「よくご存知ですね。ただ、迷宮は広大で罠も多いため、通常は“斥候”を雇うのが一般的です」


 しかし、受付は少し困ったように続けた。


「ただ、今はフリーで熟練の斥候が少なくて……あ、ちょうどいい方が来ました」


「すみませーん。迷宮関係の依頼、新しいのあります?」


 軽い声とともに、栗色の髪の少女が入ってきた。


 軽装の皮鎧、短剣、折り畳み弓。動きが軽く、目が鋭い。そしてとても美人だ。歩き方を見るだけでもその人の強さはある程度推し量れる。

 この人は、その辺の冒険者よりは強い。


(……斥候らしい雰囲気だな)


 俺は特に気に留めず見ていた。


 だがその女性は俺たちを見ると一瞬だけ動きを止めた。ほんの一瞬。

 すぐに、何事もなかったように歩み寄る。


「依頼内容を確認してもいいですか?」


 受付が頷く。


「フィオナさん、迷宮案内を希望されている方がいまして──」


「案内……了解です。お二人が依頼主ですね?」


 彼女──フィオナは、自然な笑顔で俺たちに向き直った。


 俺たちを見定めることもなく、ただ淡々とこちらを見ていた。嬉しい反面、不思議にも思う。

 

(……妙に落ち着いてるな)


 俺は違和感を覚えたが、その理由までは分からなかった。


「私は斥候のフィオナ。迷宮の地形把握、罠の察知、魔物の気配読みが専門です。一応、多少の戦闘もできるわ」


 受付が補足する。


「フィオナさんは、この国でも指折りの斥候です。これから迷宮に挑むなら最適でしょう」


 イブが俺を見る。


「リンデ様。この者を雇いますか?」


 どこか違和感が拭えないが、選り好みするほどでもない。俺とイブが少しだけ警戒していればいいだけだろう。


「……頼む。迷宮の案内をお願いしたい」


 フィオナは軽く頷いた。


「了解です。では、準備ができたら声をかけてください」


 その声は落ち着いていて、仕事として淡々としている。とても好印象だし、信用もできると感じた。


 だが──

 ギルドを出る直前、フィオナは誰にも気づかれないほど小さく呟いた。


「……やっと、近づけた」


 しかしその言葉は、主人公にもイブにも届かなかった。




 アズラ砂王国の中心にそびえる巨大な石門。

 その奥こそが、塔の中層へ進むための“試練の迷宮”だという。


 門番が俺たちを見て言う。


「挑むのか? ここは命を落とす者も多い。その覚悟はあるな」

「問題ない」


 俺が答えると、フィオナが軽く手を挙げた。


「案内は任せてください。第一層は“砂の回廊”。視界が悪く、罠が多いのが特徴です」


 イブが小さく頷く。


「リンデ様。フィオナの後ろにつきましょう」


 石門をくぐると、内部は薄暗い砂の回廊が続いていた。風が吹き抜けるたび、砂が舞い上がり視界を奪う。


「……ここまで視界が悪いとはな」

「だからこそ、斥候が必要なんです」


 フィオナは迷いなく進む。砂嵐の中でも足取りが軽い。その動きは迷宮の構造を知っているかのようにスムーズで、迷いのないものだった。それだけ彼女が迷宮に潜っていることの証左でもある。


(んー……しかしこの迷宮。なんか、見たことがある気がするんだよなぁ。どこだったっけ……)


 俺は違和感を覚えながら歩いていると、フィオナが急に停止した。


「ストップ。この先、罠があります」


 フィオナは壁に触れ、砂を払う。

 すると、壁の奥に魔力の線が浮かび上がった。


「魔力式の罠……?」


「はい。そこの床を踏むと天井が落ちてきます。この階層ではよくあるタイプですね」


 フィオナは短剣の柄で床を軽く叩く。

 カチッ。

 天井の石が数枚、重く落ちた。


「……見事だな」

「慣れてるだけですよ」


 フィオナは笑うが、その目は常に周囲を警戒していた。さすがは熟練の斥候というところか。


 進むにつれ、俺は妙な感覚に襲われていた。


(……やっぱりここの構造……見覚えがある……)


 壁に刻まれた魔導式。

 罠の構造。

 罠の位置。


 どれも“見覚えがある”。


 イブが俺を見上げる。


「リンデ様? どうされましたか?」

「いや……この迷宮、どこか懐かしい気がしてな」

「懐かしい……ですか?」


 フィオナが振り返る。


「迷宮がですか?」

「……気のせいかもしれない」


 だが胸の奥がざわついていた。


(まさか……俺がゲームを辞める前に作った迷宮……? しかし、そんなはず……)


 まだ確信はない。

 だが、違和感は確かにあった。


 砂の回廊を抜けると、広い円形の部屋に出た。


 フィオナが急に短弓を構える。


「ここ、第一層の終点です。守護獣が出ます。気をつけて!」


 砂が渦を巻き、巨大な影が姿を現した。

 四つ足、鋭い牙、砂を纏った巨大な獣。


「……砂狼サンドウルフか」


「はい。でも普通の個体じゃありません。“塔の守護獣”です」


 イブが前に出る。


「リンデ様。私が前衛を務めます」

「よし、任せる」


 砂狼の咆哮によって砂嵐が巻き起こった。

 それと同時にイブが前に出て、籠手で爪を受け止めた。あの巨体の攻撃を軽々止めるのだから、流石としか言いようがない。


「リンデ様、後方支援をお願いします!」

「任せろ」


 砂狼の挙動を逃すまいと、一挙手一投足を観察していると、俺の疑念は確信に変わっていった。


(俺はこいつの動き知っている)


 砂狼の攻撃パターンは完全に覚えている。

 課金することで設置が可能な守護獣で、比較的値段が安く強い魔物。コスパ重視といえば砂狼だった。


 やはり全部見覚えがあった。視界の端に、壁の魔導式が浮かぶ。


(この罠配置……この部屋の形……守護獣の行動パターン……)


 断片的だった記憶が、一気に繋がった。


(……やはりそうだ。ここは──俺が“自分の装備を隠すために作った迷宮”だ)


 “課金してまで作り上げた”感覚が、鮮明に蘇る。


 罠の位置も、隠し通路も、宝箱の中身も、最奥に眠る機巧腕輪の場所さえも──

 全部、手に取るように分かる。


「イブ、右後ろの脚が弱点だ。砂を巻く前に叩け」

「了解です!」


 イブが一瞬で踏み込み、砂狼の脚を砕く。

 それと同時にフィオナにも指示を出した。


「フィオナ、天井の砂袋を射抜け。位置は……そこだ」

「……っ、はい!」


 矢が砂袋を破り、砂狼の頭上に砂が落ちると砂狼の動きが一瞬止まった。その一瞬は、致命的な隙となって現れる。


「《砂縛陣》」


 俺の魔法により、落ちて来た砂が蛇のように砂狼を絡め取って身動きを封じた隙に、白牙剣で首をはねて戦闘は終わった。


「……リンデさん。どうして私が知らない砂袋の位置まで……?」


 フィオナの声には疑念が滲んでいた。

 俺は、内心の真実を押し隠しながら淡々と答える。


「……昔、似たようなダンジョンを攻略したことがあってな。その時の記憶を思い出しただけだ」


 フィオナは一瞬だけ目を細める。


「……そう、ですか」


 納得したように見える。騙し切れるとは思わないが、冒険者の過去は基本的に聞かないのがマナー。その辺はフィオナもよく理解していることだろう。


 だが、フィオナの瞳の奥には、“確信に近い何か”が宿っていた。


(……やっぱり、この人……)


 しかし、その呟きは誰にも届かない。


 第一層を突破し、俺たちは第二層へ続く石階段を降りた。


 階段の先は──

 一面の白い霧に包まれた庭園だった。


「……ここが“幻影の庭”か」


 フィオナが頷く。


「第二層は精神系の罠が多いです。幻覚、幻影、記憶の攪乱……視覚も聴覚も信用できません」


 イブが俺の袖を軽く掴む。


「リンデ様、離れないでください」

「大丈夫だ。ここは……多分分かる」


(……俺が作ったんだからな)


 もちろん口には出さないが、そこそこ金をかけて作った最初の迷宮だ。そりゃ。忘れるはずがない。結果的にかけた金額は1番安いが、最初ということもあり、かなり四苦八苦して作ったんだ。

 どこにどんな魔物がいるかくらい、目を瞑ってもわかるというものだ。テストプレイも何回したかわからないからな。


 霧が揺れ、人影が浮かび上がった。


「……リンデ?」


 聞き覚えのある声。だが、あり得ない。あいつがここにいるはずがない。


(これは……“記憶型幻影”だな)


 俺の過去の記憶を元に人物を模した幻影が、霧の中から歩み寄ってくる。


 フィオナが短剣を構える。


「リンデさん、下がって──」

「大丈夫だ。これは幻影、触れれば消える」


 俺は幻影に手を伸ばし、指先で霧を払うように触れた。


 幻影は音もなく崩れた。


(必ず探し出してやるからな)


 フィオナが目を見開く。


「……見抜けるんですね」

「あー、なんとなくな。勘はいいほうなんだ」


 フィオナは小さく息を呑む。


 次に現れたのは、巨大な影の獣。


 突然の魔物の出現にフィオナが叫ぶ。


「これは幻影じゃありません! 精神干渉型の魔物です!」


イブが一歩前に出る。


「リンデ様。私が行きます」


 影の獣が咆哮し、精神を揺さぶる波動が放たれフィオナだけ膝をついた。


「くっ……!」


 だが俺とイブは微動だにしない。


「精神攻撃は効きません」


(ホムンクルスに精神攻撃が効くかよ)


 俺は影の獣の弱点を思い出す。


「イブ、胸の中心を狙え。そこが核だ」

「はい!」


 イブの貫手が影を貫き、獣は霧散した。


 霧が晴れ、第二層の出口が見える。だが俺はそちらへ向かわず、壁際の茂みに歩み寄った。


フィオナが首を傾げる。


「リンデさん? 先に進む道は反対側ですが……」

「いや、こっちでいいんだ」


 俺は茂みを押し分け、壁に手を当てる。


(ここに“隠し通路の魔導式”がある)


 指先で魔力を流し込むと──壁が静かに開いた。


 フィオナがまたも息を呑んだ。


「……こんな場所、地図には……」

「迷宮に隠し通路はよくあるだろ。俺が製作者ならこの辺かなって思ったんだ」


 フィオナは黙って俺を見つめる。


 その瞳には、驚きと、確信と、そして少しの警戒が混じっていた。


(……この人……)


 だが彼女は何も言わず、ただ静かに頷いた。


 隠し通路の奥は、薄暗い石造りの小部屋だった。フィオナが周囲を警戒しながら言う。


「……宝物庫、ですか?」

「いや、これは……“隠し倉庫”だな」


(俺が作ったダンジョンの中でも、ここは“アイテムの保管場所”だったはずだ)


 部屋には高価な武器やアクセサリー、希少な魔道具が雑多に置かれていた。イブに指示してひとまず全て指輪に回収させた。

 部屋の中央には、これ見よがしに石の台座がある。そしめその上に一本の短剣が静かに置かれていた。


 埃一つ積もっていない。状態保存の仕掛けが施された倉庫のおかげで、ここにあるアイテムは軒並み状態がいい。


 台座の上にあった短剣を手に取る。


 黒い刃に影のように揺らめく魔力。

 柄には機巧魔技士特有の見慣れた魔導回路。

 とても懐かしい。これを作った時の記憶が鮮明に甦ってくる。


(……ああ、覚えてる。これは俺が“試作品”として作った短剣だ)


「シャドウイーター……」


 機巧魔技士でも神話級武器は作れると信じ、作った試作品。神話級には終ぞ届かなかったが、幻想級にまで届いた逸品の一つ。

 思い入れのある装備でもある。


• 影属性の魔力を吸収し、刃に纏わせる

• 魔力を蓄えるほど切れ味が増す

• 幻影・精神体に特効

• 刃が軽く、連撃向き

• 使用者の魔力をほとんど消費しない

• 影に触れた瞬間に“斬撃判定”が発生する特殊効果


(昔は俺のサブ武器だったが……今の俺には白牙剣がある。それにイブの方が使いこなせるだろう)


「イブ」

「はい、リンデ様」


 俺は短剣を手に取り、そのままイブに差し出した。


「今日からこれも使うといい。きっとお前に合う」


 イブは驚いたように目を見開く。


「……私に、ですか?」

「軽いし、魔力消費も少なくとても頑丈だ。イブの戦い方に向いてる」


 イブは短剣を両手で受け取り、そっと握りしめた。もしかしたらイブは、俺が作ったものだと直感的に理解しているのかもしれない。


「……ありがとうございます。大切に使います」


その瞳は、いつもより少しだけ潤んでいた。


 フィオナは短剣を見つめ、小さく呟いた。


「……幻想級の短剣……? こんなものが、こんな場所に……私の知らない場所があったなんて……」


 問いただすように俺をじっと見つめてきた。


「リンデさん。どうしてここに宝があると……?」


 俺は軽く肩をすくめた。


「あー……さっきも言ったろ。昔、似たようなダンジョンを攻略したって。そん時にこういう“隠し倉庫”がよくあったんだ」


フィオナは目を細める。


「……流石に無理があるような……」


(まぁ、流石に無理があるよなあ……)


 空気を変えるためにも、俺は話題を逸らした。


「行こう。多分この先が第二層の本当の出口だ」


 俺は隠し倉庫の奥にある階段を指差す。


(この階段を抜ければ……第三層“守護者の間”だ)


 フィオナが息を整え、イブは新しい短剣を握りしめる。そして俺たちは、迷宮のさらに深くへと進んでいった。


 隠し通路を抜けると、重厚な金属扉が俺たちの前に立ちはだかった。


 フィオナが眉をひそめる。


「……ここ、私の地図にはありません。第三層の入口は別の場所のはずですが……」


「多分こっちが“本物”だ」


 俺は扉に手を当て、魔力を流し込む。


(この扉は“魔力反応”で開くように作ったんだ)


 ギィィィ……

 金属が軋む音とともに、扉がゆっくり開いた。


---


 中は広い円形のホール。天井には巨大な魔導式が刻まれ、床には複雑な機巧回路が走っている。


 フィオナが息を呑む。


「……これ、全部……魔導式……?」

「いや、魔導と機巧の複合式だな」


(俺が組んだ“最終試練用の回路”だ)


 もちろん口には出さない。


 その時──

 床の回路が光り、中央に影が立ち上がった。


---


◆ 守護者《機巧魔像ガーディアン・ゼロ》


 魔導金属の身体。

 魔導核を胸に抱え、腕には刃のような機巧パーツ。その体躯は5メートルに及ぶ。


 フィオナが叫ぶ。


「魔像……!? しかもこのサイズ……! 今まで確認されている魔像より遥かに大きいです!」


 イブが前に出る。


「リンデ様。私が前衛を務めます」

「頼む」


(こいつの弱点は──胸の魔導核。ただし、普通の攻撃では防御が突破できない。ありったけの火力か、"とある属性"でなければいけない)


 イブの新しい短剣《影喰い》が、黒い光を帯びて震えたていた。


 俺たちを敵と見做したガーディアンが腕を振り下ろす。床の回路が反応し、衝撃波が走る。


 すぐさまフィオナが跳び退く。


「こんなの、まともに戦えません!」

「イブ、短剣に影を纏わせろ!」

「はい!」


 イブが短剣に魔力を流すと、刃が影を喰らい、黒く輝いた。


(そうだ……その短剣は“影属性特効”だ)


 イブが踏み込みガーディアンの腕を斬り払うと、魔導金属が悲鳴を上げるように軋む。


 フィオナが驚愕する。


「……切れてる……!? あの魔像の装甲が……!」

「イブ、次は胸の核だ。ただし正面からは無理だ。右側面に回り込め!」

「了解!」


 イブが影のように滑り込み、ガーディアンの右側へ回る。


 もちろん危険を察したガーディアンが追おうとするが──邪魔をするように俺が魔術を放つ。


「《砂縛陣》!」


 砂が床から伸び、ガーディアンの足を束縛する。


「今だ、イブ!」

「──はいっ!」


 一瞬の隙を見逃さないイブの短剣が、黒い閃光となって胸の核を貫いた。


 ガーディアンが光に包まれ、ゆっくりと崩れ落ちた。


 フィオナが呆然と呟く。


「……すごい……リンデさん、どうしてここまで……」


 俺は軽く肩をすくめる。


「こういう魔像は核となる部分が弱点だと相場が決まってるもんだ」


 フィオナは目を細める。


「まぁ、確かにそうですが……まるで、この迷宮の製作者みまい……」


 フィオナの俺を疑う視線がどんどん強くなっているが、気にしていては負けだ。

 ほぼ核心にたどり着いているようだが、認めない限りはバレることはない。


 ガーディアンが消えた後、奥の扉が静かに開いた。

 その先には──懐かしい魔力の気配が漂っている。


(……機巧腕輪ギア・ブレスレット


 俺が心血を注いで作り上げた神話級装備8個のうちの一つ。これを作り上げるためにどれだけのボス戦を周回したことか。思い出すだけで泣けてくる。


 俺は深く息を吸い。二人に向き直った。


「行こう。ここから先が、迷宮の最深部だ」


 イブは短剣を握り、フィオナは静かに頷く。

 そして俺たちは、迷宮の最奥へと足を踏み入れた。


 本当の第三層を抜けると、静まり返った長い通路が続いていた。壁には魔導灯が並び、淡い青光がぼんやりと揺れている。あの魔導灯俺の作品だな。


 フィオナが小声で言う。


「……ここだけ、雰囲気が違いますね。試練というより……何かを“隠している”ような……」


「そうだな。この先は試練とは別扱いだ」


(当然だ。ここは“俺が神話級装備を置くために作った場所”だからな)


---


 通路の先に広がっていたのは、広い石造りの部屋だった。壁には何もなく、装飾もない。


 ただ中央に──黒い大理石で出来た台座がひとつ。


 その上に、黒銀の腕輪が静かに置かれていた。

 フィオナが息を呑む音が聞こえる。


「……ここだけ、明らかに雰囲気が異様ですね。誰かが大事な物を隠したみたいな……」

「そうだな」


(実際に俺が隠したんだから)


 台座に近づくと、腕輪が俺に向けて微かに魔力を放っているのが分かった。黒銀の重厚な金属に、細かい魔導回路が刻まれている。隠した当時のままの見た目。

 劣化も一切していない。神話級とはいえ、時間経過による劣化は免れない。状態保存はうまく作動していたみたいだ。


(……主人である俺を認識しているようだな)


 俺は腕輪を手に取り、当たり前のようにそっと手首にはめた。


 瞬間──体内のマナの流れが一気に整う。


 視界が澄み、未だかつてないほど感覚が研ぎ澄まされているような全能勘が身を支配した。


「……っ」


 思わず息を呑む。


(これでやっと……上級魔術が扱えるようになった)


 機巧魔技士が唯一上級魔術を使える方法、それはアイテムによる能力値の補正である。


 俺が全能感にぼーっとしていると、フィオナが近づいてきて、腕輪をじっと見つめていた。


「リンデさん……それ、ただの装備じゃありませんよね」


「……まあな。こいつは内緒にしといてくれると助かる」


 フィオナは目を細める。


「……わかりました」


 何かを言いたげだったが、それ以上は何も聞いてこなかった。かなり引き際を弁えているな。


 保管庫の奥に、ひときわ大きな扉があった。その扉は俺が作ったものではないため、何者かによって作られたと考えるべきだろう。


「ふむ……」


 見たことのない扉の表面には、“試練の報酬”を示す文字が書かれていた。


(この扉の先が、塔が与える“報酬の間”ということか?)


 俺は振り返り、二人に言った。


「行こう。ここから先が、試練の終わりらしい」


 イブは短剣《影喰い》を握り、フィオナは静かに頷く。そして俺たちは、迷宮の最終地点へと足を踏み入れた。


 中は広い空間だった。天井は見えず、床は鏡のように滑らかで、中央に光の柱が立っている。


 イブが小さく息を呑む。


「……さっきまでと空気が違いますね」

「なんというか、空気が重いです……」


 フィオナも警戒を強める。


 光の柱の前に、透明な結晶が浮かんでいた。


(……これが“報酬”か?)


 結晶が浮かぶ光の柱の前に石碑のようなものがあった。そこに記されていたのは、塔が試練を突破した者に与える、“真実の断片”こそが報酬とあった。


 この直後にわかったことだご、それは触れた者に塔に関して知りたい情報を直接流し込むものだった。


 結晶は一つのみ、代表して俺が結晶に手を伸ばした。


 指先が触れた瞬間──光が弾け、膨大な情報が脳内に流れ込む。


(……っ!)


 塔の構造。階層の役割。塔破壊派の動き。

 そして──


 塔破壊派の“目的”。


(……なるほど。奴らは塔を壊したいんじゃなく、“塔の力を奪いたい”のか)


 塔を破壊するのは目的ではなく、あくまでも“手段”。


 塔の力を奪い、この世界の全てを掌握するため。一言で言い表せば世界征服がしたいらしい。


(……厄介だが、どこまでも幼稚で醜い)


 光が収まり、結晶は消えた途端にフィオナが心配そうな顔で近づいてくる。


「リンデさん……急に虚空を眺めて固まっていましたが、何か見えたんですか?」


 俺は短く答える。


「……塔破壊派の目的だ。あの結晶は塔に関することなら、望めばなんでも教えてくれるものだったらしい。……奴らは塔を壊すことが目的じゃなかった。塔の力を奪うつもりだ」


 フィオナの表情が固まる。


「……そんな……塔の力を奪うなんて……国家がひっくり返るレベルですよ」

「だからこそ、奴らは動いている」


 フィオナは唇を噛む。


(この人なら……)


 だが、まだ彼女は何も言わない。


 報酬の間の奥に、光の扉と普通の扉が現れた。フィオナ曰く、光の扉を越えれば6層に到達し、普通の扉は5層に戻ることが出来るそうだ。


 イブが俺を見る。


「リンデ様……進むのですか?」

「いや、ひとまず休もう。もうクタクタだ」


 迷宮の普通の扉を抜けると、俺たちは再びアズラ砂王国の城下町に戻っていた。


 砂の熱気、香辛料の匂い、人々の喧騒。


 俺とフィオナが深く息を吸い、肺に新鮮な空気を流し込んだ。


「……やっと戻ってきましたね。やっぱり外の空気は落ち着きます」


 イブもどこかほっとしたように微笑む。


「リンデ様。まずは宿に戻りましょう。お身体を休めないと」

「そうしよう。迷宮は長かったしな」


(俺にとっては“自作ダンジョンの点検”みたいなものだったが……二人には本気の攻略だったわけだし)


 宿の部屋に戻ると、イブが荷物を整え、フィオナは自分の部屋で地図を広げて報告書を書き始めた。どうやら同じ宿を使っていたらしい。


「フィオナ、報告書は後でもいいんじゃないか?」

「いえ……こういうのは“熱があるうちに”まとめた方がいいんです」

「真面目だねぇ」


 フィオナと別れ、イブが俺の部屋で新しい短剣《影喰い》を熱心に磨いている。

 いつもの無機質な表情だが、目はどこかキラキラしているようにも見える。


「リンデ様。この短剣……本当にすごいです。手に馴染むというか……まるで、私のために作られたみたいで。これを作られたお方はとても偉大で、尊敬に値する自分です」


「は、ははは……。そいつはよかった」


 イブはやはり勘がいい。十中八九気づいているだろう。イブが嬉しそうにしてるし、結果良ければってやつかな。


 日が落ち、宿の食堂が賑わい始めた頃。イブと一緒に夜ご飯でも食べようと、部屋を出る時だった。


 フィオナが俺たちの部屋に来て少し照れたように言った。


「……あの。迷宮攻略お疲れさまでした。その……報告書も書き終わりましたし、よければ三人で“打ち上げ”しませんか? 美味しい料理のお店を知ってるんです」


 イブがぱっと顔を明るくする。


「いいですね。リンデ様、今すぐ行きましょう。美味しい料理が待っています」

「そうだな。せっかくだし少し飲むか」


 フィオナはほっとしたように笑った。


 砂の王国の酒場は、香辛料の効いた料理と、甘い果実酒の香りで満ちていた。


 三人でテーブルを囲み、料理が次々と運ばれてくる。発起人のフィオナが杯を掲げて挨拶をしてくれた。


「では迷宮攻略、お疲れさまでした!」

「お疲れさま」

「お疲れさまです、リンデ様」


 三人で木製のグラスを合わせる。


 果実酒の甘さが喉を通り、身体の緊張がゆっくりと解けていく。こっそり魔法でお酒を冷やしたのは秘密だ。


 いや、すぐにバレてイブとフィオナのお酒も冷やしてやった。

 

 ……フィオナは仕方ないとしても、今思うとイブは自分でできたような……?


 しばらく飲んだ後、酔っ払って顔を真っ赤にしたフィオナがぽつりと呟いた。


「……リンデさん。今日の迷宮、本当に……あなたがいなかったら、私……」


「いやいや、お前の斥候能力がなければ、第一層で詰んでたぞ」

「ううう……っ」


 フィオナはさらに顔を赤くし、茹で蛸のようになりながらも視線を逸らした。


「そう言ってもらえて嬉しいです」


 イブも微笑む。


「フィオナさん、すごかったですよ。罠の見抜き方や解除の仕方など、私には分かりませんでした」

「イブさんこそ……あの魔像を倒した時、鳥肌が立ちましたよ」


 二人が笑い合う姿を横目に酒を飲む。


(……こういう時間も悪くないな)


 俺は杯を傾けながら、静かに考えていた。


(結晶から得られた情報によれば、第六層は塔破壊派の本拠地があるらしい。……ここから先は、今まで以上に危険になるだろう)


 5階層の支部は明日以降に叩き潰すとして、6階さえ潰せば組織も崩壊するかもしれない。しかし、6階層にはあの幹部や他の強者がいるだろう。


 だが──隣にはイブがいる。

 向かいにはフィオナがいる。


(……悪くない仲間だ)


 そう思えた。



 打ち上げをした日の夜。宿に戻った俺は結晶から得た情報を整理していた。


(……第五層の塔破壊派支部は、アズラの外れにある“砂丘の裂け目”か)


 人質なし。重要情報なし。

 塔破壊派の奴らが潜伏している拠点。


(……遠慮はいらないよな)


 我ながら物騒な思考になったもんだと感心する。今更だが、この世界に来てからというもの、生死ギリギリの戦いなんかをしすぎたせいか、良い意味で無頓着になってきた気がする。

 変に考えすぎると俺が参ってしまうしな。


 翌朝、俺はイブを連れて砂漠へ向かった。フィオナは呼んでもいないのになぜか勝手について来ていた。まぁいいけど。戦利品漁りでもするのだろうか。


 フィオナが地図を見ながら言う。


「……この辺りに、本当に塔破壊派の支部があるんですか?」

「ある。正確には──あの砂丘の下だ」


 俺が指差すと、フィオナは驚いたように目を見開く。


「どうしてそんな……」

「結晶が教えてくれた」


フィオナは息を呑む。


「……塔の情報……なるほど」


 イブは淡々と頷く。


「リンデ様が言うなら、間違いありません」


 ホムンクルスだからとはいえ、ちょっと盲信的すぎる気もするんだが、仕方ないんかね。


 千里眼のアイテムで遠くから塔破壊派について観察すると、砂丘の下には粗末な地下拠点が広がっていた。


 魔導灯、簡易ベッド、武器庫。塔破壊派の構成員が十数名。忙しそうに動いている者と、地図や魔法陣を見ながら会議している者など多様だ。


 フィオナが短剣に手をかける。


「どうします? 奇襲で一人ずつ……?」


「んー……それも考えたんだがな。確かに対人の訓練にはなるが、これだけの数だと面倒だろ? 逃げられでもしたらもっも面倒になる。だから、別の方法を考えてみた」


 俺は砂丘の上に立ち、空を見上げながら片手を空へ翳した。


 俺の行動を不審に思ったフィオナが首を傾げる。


「リンデさん……?」


 俺は静かに息を吸い、竜言を紡ぐ。


「──《落星墜》」


 空が震えた。


 突如として雲が裂け、光が集まり、巨大な隕石が形成された。


 その光景を見てフィオナが絶句する。


「……え……? ちょ、ちょっと待って……リンデさん……⁉︎ もしかしなくても、あれ落ちて来てませんか?」

「落としてるよ?」

「いやいやいやいや!? 規模がおかしいですって!!」

「いや〜、俺も初めてだから大きさに驚いたわ」


 俺とイブは平然としている。もはや一周回って驚くことさえなかったね。読んで字の如くとはまさにこのことだ。

 凄いんだろうなとは思っていたが、やはり竜とは凄まじい生き物である。


「フィオナさん。リンデ様の魔術はこういうものです」

「そっか。リンデの魔術はこういうものなのか〜……ってなるわけないでしょ! 隕石を落としてんのよ! 個人が!」


 直後、塔破壊派に隕石が墜落した。

 結界の魔導具を使っていたようだが、一瞬にして弾け飛んだのだけは見えた。


 塔破壊派の悲鳴と轟音。

 砂丘が吹き飛び、地下拠点が跡形もなく消し飛ぶ。


 砂煙が収まり、そこには巨大なクレーターだけが残っていた。


 塔破壊派支部──完全消滅。

 人数にしてざっと156人。それぞれに人生があり、家族がいて、思惑があったことだろう。

 だが、塔破壊という禁忌に触れたのだ。自分の行動にはちゃんと責任をとらんとな。



 フィオナは震える声で言った。


「え……え……? 終わり……? 今ので……?」


「終わりだな。さ、飯でも食いに行くか」


「いやいやいやいや……! あれ、軍隊一個師団が全力で魔法を放ってやっと届くかどうかレベルの破壊力ですよ!? 何ですかあの魔法……!? 人間個人がやっていい規模じゃ……!」


 喚くフィオナを宥めるように、イブが淡々と補足する。


「リンデ様は普通の人間の枠に収まりませんよ?」

「いや、そういう話をしてるんじゃないわよ!」


 フィオナは頭を抱えた。


 それにしても、フィオナは軍隊一個師団の魔法による破壊力を知っているのか。軍隊の戦力などなかなかトップシークレットな内容だと思うんだが。

 フィオナの出自が分かりそうなもんだな。意外と詰めが甘いらしい。あえて何も言わないが。



 ひとしきり騒ぎ、落ち着いたフィオナは急に俺を見つめてきた。


 その瞳には、恐怖だけではなく──強烈な何かが入りじっているように見えた。


「……すごいです。本当に……あなた、何者なんですか……?」


 声は震えていたが、好奇心が全く隠せていない様子だ。

 そんなにあの技が気に入ったのか?


 規模が大きすぎて、そう易々と使える技ではないが、広範囲に先制攻撃をするにはとても便利な技であることは理解した。


 一方で、イブは淡々とフィオナは解析していた。


(脈拍、声色から察するに……リンデ様に僅かに惹かれてきていますね)


 イブが小さく微笑む。


「フィオナさん。リンデ様はとっても強いんです」

「……ええ。分かりました……嫌でも」


 フィオナは頬を赤くしながら、リンデから視線を逸らした。



 塔破壊派支部を隕石で吹き飛ばした翌朝。

 アズラ砂王国の空は澄み渡り、昨夜の激戦が嘘のように静かだった。


 宿の屋上でイブと風に当たっていると、フィオナがそっと近づいてきた。


「……リンデさん。少し、お話……いいですか」


 その声は、いつもよりずっと慎重だった。


 隣に腰掛けたフィオナはしばらく黙っていた。言葉を探すように、何度も口を開いては閉じる。


 なんとなく、言いたいことはわかっているつもりだった。だが、急かすような真似はせず、ただ待つことにした。


 そしてやがて、彼女は絞り出すように言った。


「……私、あなたと一緒に旅をしたいんです」


 イブが少しだけ驚いたように目を瞬く。


「フィオナさん?」


 フィオナは続ける。


「理由は……“強くなりたいから”……です」


 その言葉は真剣で、どこか切実だった。

 だが、明らかにそれだけではないとわかる。


 すぐに視線を落とし、小さく首を振った。


「……本当は……」


 そこで言葉が途切れた。

 何かを葛藤しているのが見て取れたし、事情があるのはすぐに理解できた。

 だからこそ、俺は深く追及しないことにした。


(……何か事情があるんだろう)


 それだけだ。

 それ以上は踏み込んではいけない。

 まだ、その時じゃないんだ。


 フィオナは拳を握りしめ、必死に言葉を紡いだ。


「あなたの強さを見て……私も、強くなりたいと思ったんです。自分の力で、自分の未来を、自由に選べるくらいに!」


 声は震えていたが、そこに嘘はひとつもなかった。そして、その瞳に見えた感情は、何かを決意し覚悟を決めたものにも見えた。


 恐怖と憧れと、言葉にできない複雑な感情が伝わってくる。



 俺は、あの目が意味する感情がなにか、知っているつもりだ。その昔、それこそゲームに傾倒した理由のひとつでもある。

 

 誰かに手を差し伸べてもらいたい、救い出してほしい、辛くて苦しくて……それでもどうしようもなくて……。


 生きるのを諦めるほどの勇気はないが、自分ではどうしようもない、そんな複雑で曖昧で無知蒙昧な感情。


 きっと彼女は俺に、そんな状況を変えられる"何か"を見たんだろう。



 フィオナは深く頭を下げた。


「リンデさん。私が怪しいのはわかります。信頼されていないのもわかっているつもりです。ですがどうか……私を、あなたの旅に同行させてくださいませんか……」


「……フィオナ」


「足は引っ張りません。雑用でもなんでもします。だからどうかーーーーーー」



 彼女を連れて行くことできっと面倒ごとはたくさんあるだろう。


 俺がどうにかする必要も義理もないだろう。


 俺たちはまだ会って数日。お互いの名前くらいしか知らない、そんな薄っぺらい仲でしかない。


 ほぼ他人と言っても過言ではないだろう。


 何か事情があったとしても、それがどんなに悲劇的でも、この世にそんな悲劇はありふれている。


 俺が労力と時間と思考を割く必要はないのかもしれない。


 それでも。


 偶然か必然かフィオナと出会い。


 あんな顔で頼られたらよ。


 放って置けないだろうが。


 かつての俺が、"あいつ"に救われたように。


 ここで見捨てたら、昔の俺を否定することになる。


 あいつに顔向けできなくなるようなこと、したくないよな。



 もしかしたら、全部フィオナの演技かもしれない。


 騙されている可能性もあるだろう。


 馬鹿を見る可能性だってある。


 あとで後悔するかもしれない。


 それでも。それらをひっくるめても。



 彼女を助けたいと思ったんだ。



「はぁ……悪いな、イブ。我儘なマスターで」

「いえ。私はいついかなる時でも、絶対的にマスターの味方ですから」


 決意は固まった。


「どんな訳があるかは聞かない。それでも、俺が助けてやりたいと思ったから、最後まで助けさせてもらう。これは俺のためであり、俺がそうしたいからそうするんだ」


 フィオナの肩が震えた。


「……い、いいの……?」


「ああ。それに、強くなりたいなら、いくらでも鍛えてやる。幸いにもうちには超強い教官役がいるからな」


 イブにちらりと視線を送る。

 何も言わずにこくりと頷くイブ。


 フィオナは涙をこらえきれず地面に崩れ落ち、泣きながらも、笑った。


「…………あ、ありがとうございます……本当に……本当に……ありがとうございます……」


 イブが本当に僅かに微笑んだ。


「フィオナさん。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ……よろしくお願いします、イブさん」

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