001.転生
生きていてつまらないと思ったことは何度もあった。ゲームをしていても、良い女を抱いているときも、仕事で大成功したときも。いつも心のどこかで冷めた自分がいた。そして思うのだ。
「俺が居たいのは、こんな世界じゃない」
とはいえ、アニメやゲームと違って現実は斯くも世知辛い。毎日朝早くに起きて働き、日が暮れてなお働き、限界になったところで寝る。食事をする暇もなく働いて得られるのは、生きていくに困らない程度のお金と働いて得た知識と経験。まぁ、それも悪くない。
働くというのは人が人足りえるための不可欠な要素なのだ。そこに否はない。ただ、俺が思うのは、もっと違う仕事をし、生きているという実感を得たいのかもしれない。
そう、子供のころに読んだ異世界転生ものの小説のように。あれはたしか、そう。辺境の貧乏農家の赤ん坊に転生し、魔法を自力で習得していく物語だった。いつの間にか国王とも仲良くなったり、たくさんの仲間や獣魔を連れて楽しく旅をしていた。
「命の危険があるのは承知の上だ。それでも、努力と根性でどこまでも強くなれるというのは、憧れるに決まっているじゃないか」
だが、異世界に行けるわけもなく、現実から目を背けたい我々人間は、ゲームやアニメなどの娯楽に傾倒していく。かくいう俺もその一人だ。
「このゲームもずいぶんやり込んだけど、当時に比べると、呆れるほど人が減ったな」
『そうねぇ、私たちがこのゲームを始めてもう6年。古参勢もだいぶ卒業して新しいゲームに行ったわよ。……みんなで冒険、楽しかったわね』
「そろそろ潮時なのかね」
『あら、貴方が辞めるなら私もそうしようかしら』
「なにもエリーまで辞める必要はないんだぞ?」
『そうは言ってもね。パートナーの貴方が抜けるなら、つまらないもの』
「……じゃあ、二人で違うゲームでもやるか?」
『ふふふ、その言葉を待ってたのよ! もう次の予定は決めてあるの!』
「今回も相変わらず用意がいいな。次は何をやらかそうってんだ?」
『少し準備があるから、もう少し待っててちょうだい。貴方も知り合いに連絡しておきなさいね。もうすぐココを離れるのだから、しっかりと楽しんでおくのよ』
「そう、だな。わかったよ」
仲良くしていた人たちの大半はすでにこのゲームを去った。それでも、まだ多少はこのゲームを――この世界をともに楽しんだ人たちはいる。顔を出してから引退といこう。
結局、一国の国家予算が裸足で逃げ出すほど有り余っていたお金を使わずに去るのも悪いと思い、知り合いの商店や武具店で使いまくった。自分がもっていた幻想級、神話級の武器や防具はこの世界のいたるところに隠して回った。
さすがにすぐに見つかってはつまらないと思い、わざわざそのためだけに課金して専用のダンジョンを作り、そこの最奥に配置した。いつか、まだプレイしているこの世界の人たちが見つけることを祈って。
「さすがに、手放すのは惜しい武器も多くあるがな」
俺が愛用していた武器や防具のいくつかはさすがに誰にも渡せなくて、ストレージに格納したままだが。ストレージは知り合いから買った数多のアイテムで満杯だ。ほかにも、プレイヤーしか作れない便利なアイテムや希少なポーション類など、人生初めてと言えるくらいのお大臣っぷりだった。……ちょっと癖になりそうだったのは内緒だ。それでもまだまだ使いきれないほどの金が余ったのだがな。
『……しっかりと楽しんだみたいね?』
「ああ。つい楽しくなってしまってな。だが、後悔はしてないさ」
『ふふっ、ならいいのよ』
「そいで? お次はどんなゲームをするんだい、お嬢さん?」
『あら、お嬢さんだなんてお上手だこと。そうね、貴方が一番やりたいことを、やるわよ』
「俺が1番――――なんだ!?」
『いい? まずは今と同じくらい強くなりなさい。そしていつか――を――つけ――! っ――わ』
急に薄れゆく意識の中、エリーの言葉がうっすらと聞こえていたが、俺の意識が残っているのはそこまでだった。
意識が落ちていたのは一瞬だろう。だが、俺は間違いなく自室のPCの前にいたはずだ。だが、今俺の目の前に広がっているのは森だった。後ろには広大な海が広がっている。
「ふむ。なるほど。さっぱりわからん」
だが、わかることもある。まずは服装だ。見たことのある服装。というか、俺が引退しようとしたゲーム――ベルクライム・ロードの初期装備だろう。
性別は――ふむ、生前の俺よりもかなり立派なのが生えているようだ。ちょっとどころの騒ぎじゃないほど自信が満ち満ちていくのがわかる。
次は体格と髪色。身長はたぶんだが180cmくらいか。なんとなく目線の高さに見覚えがあるから、俺の前の身長と同じくらいだろうな。
「考えたくはないが、ゲームの世界に転移した、とでもいうのか?」
もちろん俺の疑問に答える天の声なんて素晴らしいものがあるはずはない。
どうしようかと思案していると、視界の右上にメニューバーのようなマークがあるのを見つけた。視線をそこに集中すると、目の前に半透明のインターフェースが出現。親の顔より見たあのゲームのインターフェースだ。見間違えるはずがない。
「レベルは1。装備も初期装備。スキルもなし。持ち物は――おっと、これは僥倖。所持金も小国の国家予算くらいは残っているな」
絶望かと思われた状況が、まさか俺がゲーム引退前にお大臣したアイテムが丸々そのまんま残っていた。レベル制限やステータス不足で大半が使用不可だが、それでも今の俺には十分すぎるほどに有用であるのは間違いない。所持金についてもお大臣した残りがそのまま残っていた。最後まで使い切らなかった自分に感謝だ。まぁ、この世界の貨幣と同じかどうかは不明だが。
ここまでくればおおよその想像がつく。俺はあのゲームに転生、ないし酷似した世界にゲームのキャラとして転生したと考えていいだろう。本来ならばもっと慌てふためいてもいい状況だが、不思議と精神状態は良好。この辺も転生に伴って改変でもされたのだろう。
周囲にエリーの存在はない。
……ん? エリーって、誰だっけ。確か一緒にこのゲームをやっていたような……思い出せない。くそ、なにか思考と記憶に靄がかかったような感覚だ。だが、誰かとずっと一緒にゲームをプレイしていたのは間違いない。きっと、そいつが俺をこの世界に呼び込んだのだろうと感覚的に理解できた。
「当面の長期目標は、その誰かを探し出すことにするか。頭の中に残っている言葉は、とにかく強くなれ、だからな」
長期目標が決まったら、次は中期目標と短期目標の設定だ。ひとまず長期目標をインターフェースのメモ帳欄に書き込んだ。
この世界に来た理由はいずれ分かるとして、まずはこの状況の打破が中期目標だろう。短期的にはまずここ数日を無事に生き延びることだろうな。引退前のお大臣のおかげで食料は素材から調理済みのものまで大量にある。ないのは衣食住の住の部分だ。
便利な現代生まれ現代育ちの俺にとって、こんな屋根も何もない空間での野宿など考えられるわけがない。ふむ。
「何かいいもの無いか――――あ、これでいいじゃないか」
現状、チートと呼んで遜色ない俺のストレージにあるアイテム群。そのなかのひとつであり、特に制限が設けられておらず、プレイヤーが作ったオリジナルの一点もの。
「その名も――普通のテント~!」
猫型の未来ロボットも驚きの普通のテントだ。大きさは少し大きいかもしれないが、外見はまさに普通のテント。驚くべきは作成に使った素材。アイテムの説明欄に目をやる。
●●―――――○○
アイテム名:普通のテント
プレイヤー「カレナリエン」によって製作されたテント。ぱっと見はまさに普通のテントだが、中に入れば驚くこと間違いなし。中は3LDKの室内が広がっている。なお、製作者のサービスで一級品の家具や風呂等が設置されている。テントは主に終焉龍の翼膜、時限竜の宝玉、結晶巨獣の堅骨、古代治癒粘生物の結晶が使われている。不壊特性、結界特性、威圧特性、回復特性が付与されている。普通とは何かを考えさせる哲学的な一面を持つテントに仕上がっている。
●●―――――○○
ふふん。
なにが普通のテントだ。確かに見た目は普通かもしれないが、その性能たるや眩暈ものだ。そんなこのテントをオマケでプレゼントしてくれたカレナリエンには感謝だな。あいつがまだあのゲームでプレイしているなら、いつか会えたりするんだろうか。会えたら感謝を伝えたいところだ。
まぁ、同じ世界観とは決まってないしな。
テントに入ってストレージにあった普通のサンドイッチを頬張る。これは本当に普通のサンドイッチだぞ。
再度自分のステータスを眺める。
●●―――――○○
名前:リンドグラール Lv.1
職業:――
体力:5 持久力:5 筋力:5 知力:5 精神力:5 魅力:80 幸運:80
総合戦闘力:5
スキル――
●●―――――○○
貧弱だ。魅力と幸運は悪くないが、それ以外がしょぼすぎる。こんなんではゴブリンにさえ敗れるぞ。レベルが低いから職業もないし、スキルもない。参ったな。防具はレベル制限で使えないものが多いが、リザードマンの外套はとりあえず装備できた。
武器は何個かいいのがあるが――ふむ。火精霊の小剣を装備し、下級龍の龍髭鞭を装備した。レベル1でも装備可能で、それなりに性能がいい。少々扱いは難しいが、これでもほぼすべての武器の使い方はマスターしていたからな。鞭は慣れれば中距離から攻撃できる強い武器だ。下級龍とはいえ龍素材の武器だし、当分はこれでいけるだろう。
防具と武器を装備して総合戦闘力は70まで上がっていた。良武具を装備しても俺自身のレベルが低ければこんなもんだろう。それでも10倍以上は戦闘力が上がったのだ。文句言うまい。
あと、この世界観とゲームで絶対的に違うのは、HP・MP・SPという項目がないことだろうな。ゲームではヒットポイント、マジックポイントがあったが、この世界のステータスにはない。その理由も考えないといけないってことだ。
「考えすぎても始まらんか」
ある程度の準備を終えた俺は、テントを仕舞って海を背に森へ向かって歩き始めた。
まずやることは住環境を整えるためのフィールドリサーチだ。どこになにがあるかを把握しないと拠点の確保など難しい。だが、森の樹木は鬱蒼としげっているためなかなか全貌を把握するのは難しい。
とはいえ、いきなり森を無計画に散策するほど俺も無策ではない。
「よっしゃ、登るか」
俺がやるのは木登り。木の上なら魔物も居ないだろうし、なんとなくこの森の規模もわかるはずだ。
近場で下から見て幹が1番太い樹を探し、するすると登っていく。我ながらよく体が動くものだ。誰にも管理されてない樹木は枝が密にある。おかげで登る枝には事欠かない。……まぁ、少々多すぎて登りにくいとも言えるが。
およそゆっくり10分かけて樹を登り終え、周囲を見渡す。
「おお……。なかなか、異世界感漂う風景だな」
森のずっと奥に驚くほど巨大な山が聳え立っていた。昔、富士山を麓から見たことあるが、あれより大きい印象。そして、その山の頂上から天に向かって建っている塔のようなものが見える。
ゲームの時にはなかったステージ。ということは、ゲームと全く一緒というわけでもないようだな。だが、インターフェースや装備、アイテムはあのゲームだ。ふむ。
「あのゲームの有名なバグは使えるかな?」
あのゲームは良くも悪くも長くヒットしていた。言いたいのは、古参勢と新参勢が衝突しないようにある程度の調整がされていたのだ。
公式公認の新参勢にのみ許される暗黙の公式チート。
「戦闘中、5戦勝利までに限り、被ダメージ無効且つ経験値3倍は有効だといいな」
これは新参勢を戦闘に慣れさせるとともに、一気にレベリングすることを目的としていた。あのチートが残っているなら、この状況はむしろ安全とも言える。
一方で、暗黙と言われるのは公式側が公にしたわけではないから。なぜなら、公式は新参勢に経験値が高く弱い魔物をすぐにあてがうからだ。
知ってる人は知っているが、知っていてもあまり意味のないチート。
俺がそんなチートをバグと呼ぶのにはもちろん理由がある。
まず、戦闘勝利とは何をもって定義するか。あのゲームはシステム的な明確な戦闘フェーズなどはなく、いつでも逃げられるしいつでも戦えた。あるのは戦闘行動を取った際に戦闘フェーズに勝手に移行するだけ。
では、何を戦闘勝利と判断するかというと、相手の戦闘継続不能状態をもって戦闘勝利となるわけだ。逆に戦闘可能な状態では戦闘継続と見做される。つまり、相手が死なない限り戦闘は継続されるということなのだ。気絶状態も戦闘不能と言われるが、明確には戦闘一時中止状態と呼ばれ、戦闘勝利とは見做されない。など、意外と抜け道は多い。
試しに魔物を探すしかないな。小剣を片手に森を彷徨う。意識的に気配を絶ってはいるものの、以前のように気配隠蔽のスキルはないから、なんちゃってだ。
それでも何もしないよりはマシ、だと思う。木々に目印をつけながら歩くこと15分。この世界に来て最初の魔物を見つけた。
「ビッグラビットか。まぁ、初戦にしては悪くない相手だな」
魔物というより獣に近い生き物だ。図体が大きい割に敏捷性に優れるが、単細胞過ぎて狩るのは簡単だ。手慣らしとするには十分。鞭を森で使うには不適だし、小剣が適切だ。
猪突猛進……いや、兎だから兎突猛進か。まっすぐ走ってくるビッグラビットは、俺の手前で跳躍して押し倒そうとしてくる。
剣を構えようとして、やめた。俺はビッグラビットの攻撃を腕でガードしつつ受けてみる。
ドンッ!
音と衝撃はあったが、痛みなどは一切ない。よし!
予想通り無敵チートは適用されているらしい。とくれば、ビッグラビットを倒すのは勿体ない。
勿体ないが、些か大きすぎるか。しょうがない。
再び俺に跳躍してくるビッグラビットをすれ違いざまに切り捨てた。
地に伏したビッグラビットはアイテムに変わったりはしない。その辺はリアルらしい。素材が丸々手に入るのは効率がいいな。
ビッグラビットをストレージに収納し、次の獲物を探す。
そのままさらに探すこと5分。目当ての魔物がいた。
「いてくれてよかったよ」
俺の目線の先にいたのは、小さいイノシシ。地球ならウリ坊とも呼ばれていたが、ゲームではリトルボアと呼ばれていた。
タフでどこにでもいて肉になる初心者プレイヤーの金策にもなる最高の魔物。
背後から近寄り、ストレージにあったハリセンと呼ばれる武器で勢いよく叩いた。
スパァン‼︎
気持ち良い音とともにウリ坊が倒れる。
ハリセンが相手に与えるダメージは0の非殺傷武器だが、クリティカルの際、相手を一撃で気絶させる特殊能力を持つ。生捕りクエストなんかで使われる一般的な有名武器だ。
あとは普通のロープでぐるぐるに巻けば完璧なチートアイテムの完成だ。
時間が経てばリトルボアは起きてしまうが、そうなると俺を敵として認定しているため戦闘フェーズは常に継続される。しかし、身動きが取れないため安全なまま戦闘フェーズだけが継続される。
すると、何が起こるか。
俺は2戦目をずっと継続している状態になるため、リトルボアが死なない限り無敵状態が続くというわけだ。しかも、3戦目は2戦目の敵を倒さない限りラップしないというアホ仕様。2戦目の敵と戦闘状態を維持したまま、他の魔物を倒しても経験値は入るのに、2戦目が継続されているというカウントになるのだ。
これをバグと言わずになんと呼ぶか。
そとそも初心者はハリセンなんて持ってないし、ロープもない。だからこんな裏技を思いついても実行できないのだ。
リトルボアはタフな上に意外と長生きするのも点数が高い。
とまぁ、準備は整った。あとは強めの敵を見つけて戦えば作戦通りなんだが、ここで自分の落ち度に気づいた。
「強めの敵ってどこにいるんだ」
自分の知性の低さに絶望を覚えながら、今後の計画を考える。
恐らくだが、あの山にある塔のようなところに行くのが重要なのではないだろうか。あんな意味ありげに聳え立ってるのに意味がなかったら恐ろしいだろう。
独言ながら俺は塔に向かって歩き始めた。
リトルボアが死なないように適度にご飯をあげつつ歩を進める。テントで休憩を挟みながら歩き始めて数日がが経った頃、ようやく巨大な山の麓にたどり着いた。
リトルボアは今も元気にフゴフゴしている。まだまだ余裕そうだ。
「しかし……想像以上に大きい山だな」
登ろうと思ったらそれなりの装備がいる。登山道なんかがあるわけもなく、あるのは森と同様に木々のみ。気が滅入る。弱い魔物は幾度となく出会ったが、強めの魔物は全く出会えていない。
この山に強めの魔物がいることを祈って歩いていたわけだが、果たして会えるだろうか。と、ここに来て俺はあることに気がついた。
「そうか。出会えないなら、こっちに来て貰えばいいのか」
遭遇戦を考えるから無理なのであって、魔物側から俺に会いに来て貰えばいいではないか。簡単すぎることを見逃していたらしい。そうとわかれば話は早い。
ストレージから地精霊の戦斧を取り出し装備。
「どっせい!」
掛け声とともに俺は麓の木々を薙ぎ倒し始めた。メキメキと周囲に爆音を立てながら倒れていく木々。倒れきった木はストレージに収納し、次々と伐採していく。
これだけの爆音だ。遠くまで聞こえているだろうし、この辺を縄張りにしている魔物がいれば確実に異変と気付いてくるだろう。
木々を伐採し始めて50本くらい行った時、それは現れた。
「ワイバーン……いや、ワイバーン・エリートか!」
普通のワイバーンにしては図体が大きく、尻尾の先に鋭い剣刃がついているのはエリートの証だ。これは幸先がいいぞ。今の俺では戦って絶対に勝てないくらいの相手だ。普通なら。
『GYAAAAAAAAA!!』
周囲には他にも魔物が殺到している。クワトロアームと呼ばれる巨大な熊、メタルセンチピードと呼ばれる堅固な甲殻を持つ巨大な百足、グレートホーンと呼ばれるリトルボアの進化系イノシシなど、多種多様な魔物が集まっている。最初からこれをやっていればよかったな。
そんな中でもワイバーン・エリートに目標を定め、鞭を握りしめる。木を伐採したおかげで戦闘するには十分な空間は確保できている。
足元には切り株が大量に残っているが、別に気にすることはない。どうせ俺は攻撃を受けてもダメージがないのだから。
下級龍とはいえ翼竜種の上位種である龍の装備をしている俺を明らかに警戒している。ただ、エリートというプライドが邪魔して逃げることをしていない。
……もしかして、森で強い魔物に襲われなかったのってこの鞭を装備してたからか? だとしたら完全に俺の落ち度だな。いや、逆にそのおかげでエリートに会えたしな。今回は終わりよければ全て良しということで。思考を切り替える。
鞭を振るってワイバーン・エリートの足を絡め取り、思い切り引く。空中から叩き落とすつもりで引いたが、レベル差があり過ぎてびくともしない。
それでも武器が強いおかげで表面に多少の傷はついた。このままちまちま戦っていけばいつか倒すことは可能だろうが、その前に逃げられる可能性だってある。ふむ。
鞭を戻し、ワイバーン・エリートに向かって再度振るう。流石に見切られたのが避けられ、ワイバーン・エリートの後ろの木に攻撃がヒットした。
嘲笑うかのようにワイバーン・エリートが鳴いているが、俺からすれば狙い通りなのだ。攻撃されて倒れる木はワイバーン・エリートを正確に捉えた。
無駄に大きい図体が功を奏し、ちょうど翼の中ほどのところに木が直撃した。慣性の法則に従い地に落ちるワイバーン・エリート。こうなればあとは容易い。
相手の攻撃を無視して火精霊の小剣を眼球にぶち込み、焼く。火精霊という名は伊達ではなく、圧倒的な火力により頭部を焼かれ、程なくしてワイバーン・エリートは動かなくなった。
周囲にいた強い魔物たちを順繰り順繰り撃滅していく。クワトロアームもセンチピードもグレートホーンもとても良い経験値になる魔物だからな。
弱い魔物たちはそそくさと逃げていったので、そこで戦闘終了となった。
【レベルが上がりました】
【レベル1から無職の成長可能限界までレベルが上昇しました】
【信じ難い業績を達成しました】
【職業を選択できます】
【森の暴れ者を討伐しました】
【信じ難い業績を達成しました】
【称号「巨人殺し」を獲得しました】
【称号「一騎当千」を獲得しました】
【獲得するSPにボーナスが発生します】
【獲得する経験値にボーナスが発生します】
【信じ難い業績に対する報酬が与えられます】
【信じ難い業績に対する報酬が与えられます】
怒涛の通知が目の前にポップアップした。ベルクライム・ロードと同じく称号やら報酬がたくさん貰えるらしい。
ひとまず倒した魔物をストレージに収納し、あちこちにある切り株の一つに腰を下ろす。腰に吊るしていたリトルボアは気絶していたようなので、ひとまず放置した。いつか食材にしてやろう。
「ステータス」
●●―――――○○
名前:リンドグラール Lv.30⭐︎
職業:――
体力:95 持久力:95 筋力:95 知力:95 精神力:95 魅力:80 幸運:80
総合戦闘力:165
スキル――
称号:巨人殺し、一騎当千
SP:100
●●―――――○○
無職の成長限界は30だったのか。あのゲームではレベルが5になると職業設定が可能になる。職業は最初は基本職と言われるものが出ると同時に、本人の適性や行動に応じた固有職なんかも出てくるとされている。
職業を設定すれば職業スキルの取得や戦闘力の補正などがあるから、基本的に職業は誰しもが設定するものだ。
スキルポイントが10多い。本来なら90となるところが100ある。スキルポイントは基本的にレベル上昇でしか取得できないため、10も多く貰えるのはかなりでかい。
それに、初めて知ったが無職はステータス値が均等に上がるらしい。全部一律に3ずつ上がっているので、かなり平均的に成長できている。職業持ちだとこれがバラけるので、無職はカンストさせるのが重要らしい。
ここにきて一つの疑念が湧き起こる。
「スキルポイントを消費しないと本当にスキルは得られないのか? というか、スキルとはどういう定義なのだろう」
たとえば、解体というスキルがあったとする。スキルがあれば解体に困ることはなく、スルスルとできる。しかし、慣れればそれと同じことが出来るのではないだろうか。
熟練度と表現するのが正しいかもしれない。
スキルというのはシステムの一環だ。なぜその現象が起こるのかと問われると、スキルだからとしく答えようがない。それ以上の回答になりえない。それがスキルだ。
「スキルに頼らない生き方ってのも考えたほうがいいかもしれないな」
直感だが、あの塔を登れば俺は人が住む世界へと行けるのではないかと思っている。なんの根拠もないのだが、なぜかそう思えるのだ。
森を歩いてわかったが、薬草や野草、キノコ、木の実なんかの森の恵みは多くあった。海もあったから戻れば塩も魚も手に入る。魔物は跋扈しているから肉に困ることもない、か。
ここは住むのに適しているとは言い難いが、強くなる上での最低条件は満たしているし、俺には物資もある。
安直に塔を登るという選択を選ぶ必要がない気もする。最低限の強さも手に入れたことだし、スキルに頼らない限界を見定めるというのも一興な気がする。
「……そうか。この状況をなんやかんや楽しんでるんだな、俺は」
この訳のわからない状況でも、適応するのが人間というものらしい。
俺は山を登るのをやめ、海に向かって来た森を戻るように歩き始めた。
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