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(5)

 季節は夏を迎えていた。


 学校は休みに入り、沙夜と颯も毎日のように会うことはなかったが、電話でのやり取りは逢えない分、毎日のようにしていた。


 毎回、ほんの数分の会話でしかないが、声が聞けるだけでお互いの心は和むのだった。


 颯は沙夜の前でだけ、表情豊かな顔をするようになっていた。


 十八歳の少年の顔を垣間見せるのだった。


 でも他の人の前でも、以前よりはかなり穏かな表情をするようになっていた。


 初めは付き合い始めた二人を遠巻きに見ていたクラスメートも、時が経つにつれごく普通の友達として接するようになっていた。


 一度は人間不信に陥った颯が、自ら心を開こうと、自分を変えようとする姿を、沙夜は温かな眼差しで隣りから見守っていた。


 それに応えてくれたクラスメートの態度は、二人には救いだった。


         *        *        *


 久々に颯と逢えた沙夜は嬉しそうに彼の隣りを歩いていた。


 今日は一日中、颯の家で二人して夏休みの宿題を片付けていたのだ。


 夕方になり、少しは涼しくなった今、沙夜は颯に近くのバス停まで送ってもらっている最中だった。


「今度はいつ会える?」


「いつにしようか。今度は勉強じゃなくてどこか遊びに行こうか?」


「ホント!? 私、遊園地がいい!」


 無邪気に喜ぶ沙夜に、颯の顔もほころぶ。


 二人ともまだデートらしいデートというものをしていない。


 沙夜は前から初デートは遊園地がいいなあ……と思っていた。


 少女趣味かもしれないが、観覧車に二人で乗るのが夢だった。


「じゃあ遊園地に決まりだな。また連絡するよ」


 その時、横を通りすぎたバイク二台が急停車した。


 メットを取って振り返った男二人の顔を見た颯は急に立ち止まった。


「颯?」


 沙夜は、険しい顔で彼らを見つめる颯に不安を覚えた。


 二人はバイクから降り、近づいてくる。


 サッと颯は沙夜をかばうように、彼女の前に立ち塞がった。


「よぉ、久しぶりだな」


「…………」


「まじめに高校生やってるんだってな」


「今さら普通の生活ができると思ってるのか」


 挑戦的な彼らの言葉に、颯はグッと奥歯を噛み締め耐えていた。


 その様子に沙夜はハッと気づく。


 彼らが颯と同じグループにいた人達だと。


 そして恐らく颯のことを快く思っていないという、颯に殺人の罪をきせようとした人達だと。


(颯を守らなきゃ。でもどうやって?)


 沙夜は自分をかばう颯の腕をギュッと掴んだ。


 それに反応して、颯は微かに沙夜を見て小声で囁く。


「沙夜、合図したら走れ。途中に交番があったの覚えてるな? そこに逃げ込むんだ、いいな?」


 沙夜は目を見開いて颯を見た。


(颯を置いて逃げるの? ああ……でも私がいたら足手まといにしかならない、きっと)


 沙夜は自分がいるより、颯一人の方がこの場をどうにかできると考えて渋々頷いた。


「分かった。でも無茶しないで」


 颯は沙夜を安心させるように微笑んだ。


「何コソコソ話してるんだ?」


 一人が沙夜に近づこうとした瞬間。


「GO!!」


 颯が叫んで沙夜の背を押した。


 沙夜は言われた通り、来た道をダッシュする。


 でも不安から一瞬だけ後ろを振り返った。


 見た光景に、沙夜の心に痛みが駆け抜ける。


 沙夜を追おうとした男を止めようと、颯が男を殴ったのだ。


 自分を助けるために人を殴った。


 そのことが沙夜を悲しませる。


(私を逃がすために、過去に戻らないと誓ったあの颯が……)


 彼を守りたいと思った自分こそが、彼を過去に立ち返らせてしまった。


 沙夜は痛む胸を抱え、交番に駆け込んだ。


「助けてください、彼が不良に絡まれてるんです!!」


 息を切らせ飛び込んできた沙夜に、巡査も慌てて応対する。


「こっちです」


 沙夜は再び巡査を連れて走り出す。


 颯を早く助けたい一心で、自分のことなど疲れたとすら思わなかった。


 再び戻ってきた所に颯も男達も誰もいなかった。ただ二台のバイクが残されているだけ。


「どこ行っちゃったの……」


 見ると足元に血が点々と残っている。


 沙夜に悪寒が走る。


(これは男達の……? それとも……颯の?)


 沙夜は周りを捜した。


 所々に血の跡が残っているのを見つけながら。


 すると表通りから一本入った道の奥から声が聞こえてきた。


「最初の威勢はどうしたぁ」


「何で殴り返さないかなあ。こうもやられっぱなしじゃつまらないじゃないかぁ。今さらマットウな生活できると思ってんのか?」


 沙夜は場所を捜し当て息を飲んだ。


 行き止まりの袋小路で、颯は上体をやっとのことで起こしていた。


 かなり手ひどく殴られたのだとすぐに分かった。


 その時、颯の絞り出すような声が聞こえてきた。


「俺はもう自分のことでケンカはしない。好きなだけ殴るなり蹴るなりすればいい。俺は二度と昔には戻らない!」


 信じていてくれる人がいる。


 そのことが颯の心を強くした。


 逆上した男達は更に颯に襲いかかる。


「やめて―――!!」


 沙夜の悲鳴に三人がいっせいに沙夜を見る。


 颯は瞬間、沙夜を守ろうと立ち上がった。…が、蹴りを入られて再び倒れてしまった。


「何をしている!」


 巡査が沙夜に追いつき怒鳴ると、男達は相手が警察と分かるや否や大慌てで逃げ出した。


「颯っ!」


 駆け寄ると、颯は朦朧とする意識で沙夜の手を握り締めた。


「ケガ……ないか?」


 沙夜の瞳から涙が零れ落ちた。


 こんな状態でも、真っ先に自分を気遣ってくれる。


「ないよ。心配しないで」


 こんなにまでして過去に戻らないとする颯。


 その彼が自分のせいで人を殴ってしまった現実。


「ごめんね……」


 沙夜の心の内を颯は感じ取っていた。


「後悔はしてない。俺には沙夜が一番大切だ…か……ら」


 握っていた手が力なく地面に落ちる。


 颯は意識を手放していた。


「颯? ……颯!?」


「動かさない方がいい。今救急車呼んだから」


 ポンと沙夜の肩に手を置いて巡査は言った。


「あ……ありがとうございます」


 動揺するなという方が無理だった。


 沙夜はこのまま颯が目を覚まさなかったらどうしようと、不安で胸が張り裂けそうだった。


 いてもたってもいられなくて、沙夜は鞄からハンカチを出すと額や鼻や口から出た血を拭きとっていた。


 後のことは覚えていない。


 記憶にあるのは、処置が終わり、大丈夫だからと告げられた後からのこと。


 打撲数カ所、左腕のヒビ、それと頭も打っているようだから入院も必要となった。


 幸い内臓の損傷はないとのこと。


 今は鎮静剤が効いて眠っているから、沙夜は帰るように言われた。


 本当は颯が目覚めた時一人にしたくはなかった。


 だが面会時間も過ぎている。規則を破ることはできなかった。


 沙夜は心残りのまま病院をあとにした。


 そして沙夜にはもう一つショッキングなことがあった。


 颯の運ばれた病院は、彼の義父の働く病院だった。


 知らせを受け、担当医から症状を聞いた後、彼は近くに沙夜がいたのも知らずこう呟いた。


「まったく、ちょっと大人しくなったかと思えば結局またこれか。いい迷惑だよ」


 義理とはいえ父親の言葉とは思えなかった。


 一番信じてあげなくてはいけない人がこの態度だったことに、沙夜は鈍器で頭を殴られた気がした。


 そしてより強く思った。


(私だけでも颯の近くにいて、彼の力になりたい、守っていきたい)


―――と。


         *        *        *


 次の日は朝から病院を訪れた。


 沙夜が着くころにはすでに颯は目覚めていた。


「痛い?」


「大丈夫だよ」


 沙夜は颯の右側に椅子を持っていき、腰掛けるとそっと颯の手を握った。


「怖い目にあわせてごめんな」


 握り返し、颯が呟いた。


「ううん、謝らないで。謝るのは私の方だよ」


「違う。巻き込んでしまった俺のせいだよ。それに俺は後悔はしてないから……。沙夜に危害がおよぶなら俺は戦うよ」


「……私、どうすれば颯を守れるのかな。昨日だって私を逃がすためだけに相手を殴ったんでしょ? その後は相手に一度だって手をあげてないんだよね。……どうしたら颯の力になれるのかなぁ」


「もう力になってるよ」


 意外な一言に沙夜は颯を見つめる。


 颯も穏かな顔で沙夜を見つめた。


「信じてくれる人がいる、大切に思ってくれる人がいる。それだけですごく強くなれるってことよく分かったよ。沙夜がいてくれたから、俺は過去を振り切れたんだ」


 ふと沙夜の脳裏に颯の義父が浮かんだ。


 彼がもし颯の味方だったなら、もっと早く立ち直れたかもしれないのに……と。


 しかし元々彼のせいで颯が不良になってしまったといってもいいのに、その責任を少しも感じていない。その彼に何を言っても無駄な気がした。


 その時コンコンと扉を叩く音がした。


「どうぞ」


 入ってきたのは一人の男性。


 その男は挨拶も程々に、胸の内ポケットから手帳を取り出して見せる。


(……警察手帳)


 ドラマではよく目にしていたが、本物を初めて見た沙夜はドキッとした。


「事情聴取ですか?」


「慣れたものだな。さすが前科(まえ)ありだな」


 警察は冷静な態度の颯に、嫌味のような口調で言った。


「話してもらおうか」


 颯は視線を落とし、抑揚の押さえた声で語り出す。


「街中で偶然昔の仲間に会って、ケンカをふっかけられただけです。あいつらにとって昔から俺は邪魔な存在でしたから。」


「相手の名は?」


近藤聡司(こんどうさとし)甲斐英喜(かいひでき)。でも俺、ヤツらを訴えたりしませんよ」


 颯は自分のまいた種なんだからと心の中で思った。


「仲間にならないかとでも言われたんじゃないのか? 聞くところによると、今高校に通っているそうだな。喧嘩沙汰を起こすとは昔とちっとも変わってないようだな。結局少年院に入ったって更生できるわけじゃないってことか……」


 嘲笑うかのような言葉に、颯は両のこぶしを握り締めグッとこらえる。


 沙夜は息ができなくなるくらい胸が苦しくなった。


 ――一度道を踏み外した人間は、二度と元には戻れない。


 この警察の言いたいことが、沙夜にも苦く伝わってくる。


 そして言われた当の本人のことを思うと、刺されたような痛みを痛切に感じた。


(颯は頑張ってるのに、どうして認めてはくれないの?)


 これが罪の重さなのかと、沙夜は悲しくなった。


「学校にも連絡がいくから、何らかの処分がでるだろうな」


(処分……て)


 沙夜は息を飲んだ。


 停学か、悪ければ退学ということなのだろうかと考えが巡る。


「待って下さい!」


 沙夜は警察官に駆け寄った。


「君は?」


 訝しげに沙夜を見下ろす警察官。


 沙夜は一瞬男の威厳に押されそうになったが、颯を守りたい一心で臆せず男を見上げた。


「私は颯のクラスメートで、今彼と付き合ってます」


 警察官は驚く。


 颯に付き合っている女がいること。そしてその女がごくごく普通の女の子であることに。


「君はこの男が過去に何をしたか知っているのか!?」


「知ってます。何もかも颯から聞きました」


 警察官はますます意外な顔をする。


「じゃあなぜ付き合ってるんだ?」


「おかしいですか? 私みたいな女の子が颯と付き合うのが、そんなに変ですか? 一度過ちを犯したらまた同じ過ちを繰り返す。……そういう偏見を持っているから、今だって颯に問題があるような言い方するのよ」


 やり切れない思いが口をついて零れる。


 颯は自分をかばう沙夜の思いに愛しさが募る。


「沙夜、……もういいから。俺のことでお前が辛い思いすることはない」


 颯の言葉に沙夜は彼を見つめた。


(一番辛い思いしてるのは颯なのに……)


 颯の瞳が優しく沙夜を包み込む。まるで諭すように……。


「だって颯は悪くないのに……。私を守るためなのに……。自分のためには一度だって手をあげてないのよ」


 弱々しく呟く沙夜。


 颯は傍らに立つ沙夜の手を優しく握った。


「偏見か……。だが再犯が多いのも事実だと知っているかい、お嬢さん。これだけは忠告しておこう。いつ裏切るか分からないヤツの傍に、君のような子がいるもんじゃないよ」


 沙夜は怒りと絶望を湛えた瞳を警察官に向けた。


(何てひどいこと言うの……)


 沙夜の震える手を、颯は力強く握り締めた。


 颯も強い憤りを感じていた。


 だがそれ以上に負けまいとする思いが勝っていた。


「確かに再犯率は高いのかもしれない。けれど100%じゃない。俺は二度と罪は犯さない。必ず過去と決別してみせる。今の俺には信じてくれる人がいるんだ。絶対裏切るようなことはしない、決して!」


 颯の力強い言葉に、警察官はたじろぎながらも、

「どうだか」

と一言だけ残し、去っていった。


 沙夜も颯に見とれていた。


 精悍で野性的な瞳。


 昔、何でもやりかねないと思わせる人物だった……ということをふと思い出した。だが怖いという思いはなかった。


 力強い、人を惹きつける瞳に、沙夜はそんな颯の激しい部分を垣間見た気がした。


 かつては自分を守るために周りに向けた攻撃的な瞳。


 今は己に向けられた決意を秘めた瞳。


 どちらも力のこもった瞳ではあるが、その意味は対照的だった。


「沙夜」


 呼ぶ声に我に返ると、颯はまた穏かな表情で沙夜を見つめていた。


 沙夜は自分の手を握る颯の手を、空いている方の手で更に覆う。


「颯、大丈夫?」


 不安げに沙夜は呟いた。


 颯は答えるように手に力を込めた。


「大丈夫だよ。沙夜、ありがとう」


 沙夜は何度も首を横に振る。 


 その瞳には涙が浮かんでいた。


 颯の力になりたいのに何もできない自分が歯がゆかった。


「これが現実なのかな。……これが罪の重さなのかな?」


 過去に犯した過ちが、今も真っ先に疑われることを生む。


 そして向けられる、またかという冷たい視線―――。


「人間は正道よりも間違ったことを記憶にとどめる生き物だって言った人がいる」


「えっ?」


 ふと颯が言ったことの意味を理解できなかった沙夜は、小首を傾げた。


 颯は沙夜の手を引き、自分のベッドの横に向かい合う形で座らせた。


「保護司の中川さんが教えてくれたことなんだ。人は善い行いをしても、それは当たり前のことと受けとめられやすくて、周りもたいして気にもとめない。でも間違いを犯したら、またやるんじゃないかって疑惑を抱かれやすいし、嫌悪感を持つ人もいる。良い噂よりも悪い噂の方が広がりやすいし、伝わるのも早いだろ? たとえ俺がいくら善い行いをしたとしても、過去のことでガラリと俺の印象も変わってしまう。他の人に比べて俺への風当たりは厳しいだろうけど、負けてはいけない、諦めちゃいけない。……中川さんは俺が挫けそうな時、何度もそう言って励ましてくれたんだ」


 だから今も頑張れる……と颯は伝える。


 沙夜は颯が自分の置かれた立場を、正面から受けとめようとしていることを感じ取っていた。 


 颯の存在を大きく感じた。


(私も辛いからって目をそむけてちゃダメだね)


「私も頑張るよ。颯と一緒なら頑張れるよ」


 沙夜が言うと、颯の表情が少し曇る。


「………颯?」


 沙夜は不安げに颯の顔を覗きこんだ。


(…………あっ)


 すると沙夜の体は自分の意思とは関係なく、颯の胸に倒れこんだ。


 颯が急に沙夜の肩を引き寄せたからだ。


 沙夜は驚きのあまり、目を丸くする。


 やがて耳元に颯の声が聞こえてきた。


「沙夜、学校がたとえどんな処分を下そうと、お前はお前のままでいて欲しい。決して無茶はしないでくれ。俺も絶対ヤケになったり、昔に戻ったりしないから。すべてをありのまま受け入れる覚悟はできているから……」


 颯の決意を聞かされた沙夜は、信じられない思いで彼の顔を見上げた。


 それは退学すら覚悟している颯の言葉だったのだ。


 普通の人なら停学で済むことも、颯の場合は退学になるのかもしれない。


「私の……せいだ」


 沙夜は唇を噛み締め、俯いた。


(私さえあそこにいなければこんなことにはならなかった。颯一人なら逃げ切れたはずなのに……)


 己を責める沙夜の左頬を颯は右手で包み込み、決して自分から目を逸らせないよう上を向かせた。


「沙夜のせいじゃない」


 力強い瞳に見入られた沙夜は、瞬きすら忘れていた。


「自分を責めるのはやめてくれ。すべてを承知で俺がしたことだし、俺が沙夜を守りたかっただけなんだから」


「すべてを承知で?」


「そうだ」


 警察に嫌味を言われることも、学校を辞めさせられるかもしれないことも、初めから颯は覚悟していたというのか……と、沙夜はその悲愴な決意に胸が痛んだ。


「沙夜には言っておくよ」


「……何を?」


 颯の悟り切った表情を見て、沙夜は心臓が鷲づかみされたような気がした。


 次に放たれる言葉を聞くのが怖いと思った。


「俺はたぶん退学になると思う」


 沙夜はできることならその一言を耳を塞いで聞きたくはなかった。


 しかし颯が自分を大切に思ってくれてるのが分かるから、彼の心に応えなくてはと、体に力を入れ、今にも動こうとする手を止めた。


 じっと聞こうとする沙夜の思いを知って、颯もまた、その心に報いようと自分の今置かれている状態を告げる。


「俺は入試の面接で一つ条件を出された。もし警察沙汰になるような問題を起こしたら退学にすると。それが少年院出の俺を受け入れる条件だったんだ」


「そんな……。罪は少年院で償ったのでしょう? それなのに何で入学に条件なんか付けるの?」


「俺の存在が学校にリスクを背負わせることになるからな。それでもこんな俺を入学させてくれたんだ。学校を責める気はないよ」


 笑みさえ浮かべて言う颯を見て、沙夜の胸が痛む。


 沙夜は目を伏せた。


「颯が退学になったら、私も学校辞める……」


 呟いた沙夜の言葉に、颯の息が一瞬止まる。


 今の生活を捨ててまでも自分を慕ってくれる、その心が胸に染みた。


 そして守りたいという思いが湧き上がる。


「その気持ちは嬉しいけど、本当にそんなことはしないでくれ。俺が守りたいのは自分の生活じゃない。お前の生活、……お前の幸せなんだから」


「私の幸せ?」


 颯は見上げる沙夜の頭に右手をポンッと置いた。まるで小さな子を諭すかのように。


「そう。それにたとえ学校を退学なったって俺は俺。今までと変わらない。この先、就職するにしても、また学校に入りなおすにしても、将来が閉ざされたわけじゃない。そうだろ?」


 微笑みかけてくる颯に沙夜はそれ以上何も言えず、ただ小さく頷いた。


 悲観してはダメだと思いつつも、それでも沙夜は心の片隅で思っていた。


 ―――何の役にも立ててない、未熟な自分の無力さを。


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