第三話 トイレについて熱く語る変な女
森の入口でロイさんと別れてから、てくてくと山道を歩くこと体感三十分。
私は透明度の高い池のほとりに建つ山小屋を発見した。…森なのに山小屋って言うのも変な気がするけど、森小屋っていう言葉はあまり聞かないので仕方ない。
どうやってここまで迷わずに来たか、それはもちろん歌のチートを使ったからだ。
私の歌の力にはいくつか制限があることが分かっている。一日四回までという回数制限の他、肉眼で見えている範囲にしか効果が出ないというものだ。
まずは山小屋を肉眼で捉えられないことにはどうにもできないかと思い、最初は歌の力で空を飛ぶことも考えたんだけど、夜灯りの森を形成しているヌルの木、通称:灯り木はとても背が高いので、山小屋が木々に隠れて見えない可能性もある。
ついでに森の外で待機してくれているロイさんに飛んでるところを見られるのも良くないだろう。
そこで思いついたのが、警察犬作戦だ。
別に犬を使うわけじゃないんだけど、私のイメージがそれだった。
ミゲルさんの書いたメモを紙飛行機にして飛ばし、匂いなのか気配なのかは分からないけど、何かを頼りにして山小屋まで追跡するという方法。
自分でもできるかどうか半信半疑だったけれど、やってみたら出来た。
私からミゲルさんの位置は見えないけれど、ミゲルさんを追うように命じた紙飛行機をずっと視界に捉えていれば、効果は持続させられるということが分かった。思いがけず能力の良い使い道を発見してしまった。
「言霊使いのミゲルさん~♪ あなたの居場所はどこですか~♪」
最近得意の替え歌作戦で、ノリノリに歌いながら歩いていくうちに、私は最短ルートで山小屋を発見することができた。
その結果、私が飛ばした紙飛行機は今、山小屋の扉をツンツンしている。山小屋ではなくミゲルさん本人を追うように命じてあったので、この中にいることは間違いない。
見失わないようにゆっくり飛ぶようにとは歌詞に入れて指示したけど、扉という障害物にぶつかっても落ちないなんてさすがチートだわ。
「ミゲルさーん?いらっしゃいませんかー?お留守ですかー??」
数回ノックしても反応がないので、山小屋のドアの前で声を張り上げる。私はこの中にミゲルさんがいるという確信を持っているので、嫌がられていることは察しているけれども遠慮なくドアを叩く。
強引な勧誘とか訪問販売みたいで申し訳ないけど…だってミゲルさんを見つけられたら私の手助けをしてくれるって言われて森歩きまでしたのに、ここまで来て居留守はあまりにもひどいじゃないか。
「ミ―ゲルさーーーーん!いるのは分かってるんですよー!諦めて出てきてくださーい!」
ストーカーソングをノリノリで歌いながらやってきて、扉ドンドンするとか性質が悪い客だなと思うけれど、そもそも約束してくれていたのにすっぽかして逃げ出したミゲルさんも悪いと思うので、これくらいは許してもらいたい。
それと、いつになく私が積極的なのには理由がある。
なぜなら…今、……とてもとてもトイレに行きたいのだ。なんとしても中に入れていただきたい。
転移した当初の三日間はやむを得ず外で用を足していたけれど、今、目の間には山小屋がある。
ロイさん曰く、一週間くらい泊まり込んでも問題ないほど設備は整っているらしいから、絶対トイレはあるはずだ。初対面でいきなりトイレ貸してくれとは言い辛いけど頼むしかない。
「ミゲルさーーーん!開けてくれないなら開けちゃいますよー!良いんですかー?」
そろそろ限界が近いのでいっそチートの鍵開けソングを作って歌ってやろうと心を決めたとき、ようやく重い扉が開いた。
「……お前、早すぎるだろう。なぜここが分かっ…んがあっ!!」
「あ、しまった」
ほんのわずか、十センチほど開かれたドアの隙間から見えたミゲルさんの眉間に、紙飛行機の先端が直撃した。
別に目潰しとかは狙っていなかったんだけど、ミゲルさんに届くようにと命じていた上、ドアの隙間が狭かったことも運が悪かったようだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい!ケガは…されてないですね」
ミゲルさんが後ずさったので、ドアを開いて侵入に成功する。
「おいお前、まだ、入って良いなんて言ってな…」
「いろいろ後で謝ります!謝りますから、今はすみません!お手洗い貸してください~~~~!限界なんですーーー!」
「……」
ジロリと私を一瞥したミゲルさんは、私の表情から本当に限界が近いことを察したようで、黙ってトイレを指さした。私はお礼も挨拶もそこそこに、トイレへと駆け込む。
無事に用を足し、ほっと一息ついたところで私はあることに気付いた。
「ぬわあんじゃこりゃあああ!」
テンションが上がってついつい大きな声を出してしまった。もう一度便座に座って確認してから、しっかりと手を洗い、身なりを整え、急いでミゲルさんの下へと向かう。
「ミゲルさんミゲルさん!あれ、なんですか!どうしてここに!?すごすぎます…!」
「…!お前、あのすごさが理解できるのか?」
私の勢いに面食らった様子のミゲルさん。ここでようやくしっかりと顔を見る。
ストフさんの叔父様と聞いていたから、ナイスミドルを想像していたんだけど、予想より遥かに若い。いや、この世界の人は地球で言うところの欧米人っぽい顔立ちの人が多いので、私から見ると年齢不詳で若く見えることが多いんだけど。
ストフさんや子どもたちと同じ柔らかそうな金髪だけど、右目は長い前髪で隠れていてよく見えない。かろうじて前髪の隙間から見えている左目は、やはりストフさんたちと同じ青色。この世界では多い色なのかな?
「そりゃあ分かりますよ!」
そう、なんとこの山小屋のトイレは、温水洗浄便座だったのだ!
これには日本人なら誰でもテンション爆上がりだろう。
この世界のトイレは、初めて使った街の公園のトイレが汲み取り式だったから、てっきりそれが主流なのかと思っていたのだけど、嬉しい誤算で各家庭では水洗式が普及していた。
それだけでもかなりありがたいと思っていたのに、まさかまさか、こんな森の中にポツンと建つ山小屋で温水洗浄便座に出会うなんて思いもしなかった。
慌てて駆け込んだから最初は気付かなかったけれど、座ったときにお尻もあったか~だった。慣れ親しんだ温度感だったのでうっかりスルーするところだったんだけど、電気なんてないこの世界において、これはものすごいことだ。
…というあたりの自分の感動ポイントについて思わず熱く語り、ひとしきりトイレについて褒めちぎったところで、室内を見渡してみる。
壁にはエアコンらしきものがついていて室内の温度は快適そのもの、小さめのキッチンにはガスコンロに似たスイッチが組み込まれているし、冷蔵庫やオーブンっぽいものもある。
なんということでしょう。この山小屋、日本並みに家電が整っている…!
さらにテンションが上がった私の勢いにタジタジになっているのか、ミゲルさんがほとんど言葉を発さないのを良いことに、ついつい立ち上がって、室内を見て回る。
外観を見たときから気になっていたことがあったからだ。
「…もしかしてこの小屋、釘を使っていなかったりします?」
「…!分かるか?」
「はい、もちろんです!すごいですね。全部丸太をはめ込んで組み合わせているので頑丈な造りになっているんですね!うわあ~初めて見た~~~!」
私の興奮は収まらない。いつかログハウスに住んでみたい、住まないまでも泊まってみたいとは子どもの頃から思っていたんだけれど、実現できないままこの世界へ来てしまった。
とくに日本建築でよく使われるような釘を打たずに繋ぎ合わせる技術はテレビで観るたびに憧れていたので、こんなところで思いがけず見つけた素敵なおうちにワクワクが止まらない。
「…おい、お前…」
ひとりで盛り上がる私を見かねてか、ミゲルさんが声をかけてきた。
そこでようやく私は、まだきちんと自己紹介もしておらず、家に押し入った謝罪もしていないことに気付く。
「あっ、自己紹介もせずに興奮してしまって申し訳ありませんでした。申し遅れましたが、ストフさんからの紹介でまいりました、チヨリと申します。結構無理やりにドアを開けさせた上に、図々しくお手洗いもお借りしてしまって…すみませんでした。それと、本当にありがとうございました。あまりにも素敵なおうちなので本題も忘れてはしゃいでしまって…」
「…素敵なおうち……」
ぼそりと呟いたミゲルさんは、心なしか顔を赤らめているようだ。前髪が長いので表情はよく見えないんだけど。
「…お前」
「チヨリです。この国の方には呼びにくいようなので、チヨでも構いません」
「チヨリ、だな。…いきなり試すような真似をして悪かった。その…面倒事と…とくに若くてうるさい女が苦手で…」
意外にも、ミゲルさんは森まで逃げてきたことを素直に謝ってくれた。やっぱり悪い人ではないんだな。
でも、気難しいと聞いていたわりにはそうでもないような…?そしてストフさんと同じく、ミゲルさんも私の名前がちゃんと発音できるみたいだ。
ロイさんには難しかったみたいなのでチヨと呼んでもらったんだけど。ミゲルさんもストフさん同様に他の国の言葉が得意なのかも。
「…チヨリ、お前はうるさい」
あれ、良い人かと思ったんだけど即ディスられた。でもドアをドンドン叩いて押し入ってトイレ見て興奮して家の中の物を見てさらにテンション爆上がりしたのは事実なので、確かにうるさかっただろうと反省する。
「…はい、申し訳ございませんでした…」
思わずシュンとして小さくなってしまう。
「…うるさいが、お前は良い物が分かる人間のようだ。だから、力になってやらんこともない」
「え!」
ミゲルさんの言葉が予想外だったのでパッと顔を上げると、私と目が合う瞬間にプイッと顔を逸らされた。その横顔はやはり少し赤い気がする。
…さてはこの人、ツンデレキャラだな?
「ありがとうございます、ミゲルさん!師匠と呼ばせてください!」
「…師匠はやめろ」
「では、先生は?」
「…やめろ。ミゲルで良い」
「では、ミゲルさん。これからよろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げた私を、前髪に隠れてほとんど見えないミゲルさんの青い瞳が、優しく笑いながら見つめていたような気がした。




