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第二話 また来てしまった

 ミゲルさんの執事ロイさんは、その完璧な無駄のない身のこなしから、てっきり寡黙なタイプか、主人に忠誠を誓う職人気質の執事なのかと思いきや、話してみたらとっても気さくな人だった。


 一応初対面の相手に対してはそれらしい振舞いを心掛けているそうなのだけど、主であるミゲルさんが堅苦しいのが嫌いなため、普段はもっとくだけた口調で喋っているそうだ。


 そして、一応私にも最初は慇懃な感じにしようと思ったところ、まさかのミゲルさん脱走によって気も抜けてしまい、主がこんな人だとバレた以上は取り繕っても仕方ないと判断したらしい。



「チヨさん、着きましたよ~」


「ありがとうございます」


「いいえ、そもそもうちのバカ主が逃げ出さなかったら済んだ話なのに、申し訳ありませんね。見つけたら一発殴ってやってください」


 まさか初対面の男性、それもこれから指導を仰ごうという相手に殴りかかる勇気なんてないけれど、ロイさんとミゲルさんが気安い仲なのが伝わってくる。


 お屋敷を出るとき、侍女のゾーイさんや守衛さんたちにも「本当に気まぐれな主人ですみません」と何度も謝られ、料理長らしき制服のおじさまにも、「食糧は持って行ったみたいなんですけど、あの方は料理が出来ないのでこれを持って行ってください」と言って、サンドイッチが詰まったボックスを持たされた。

 「すぐに見つからないようなら遠慮なくおひとりで召し上がってくださいね!」とも言われたので、私が遭難したときの非常食的な意味もあって持たせてくれたらしい。ありがたく頂戴する。


 ストフさんとポーラさんからミゲルさんは気難しい人だと聞いていたけれど、これほど使用人たちに慕われているのなら、ミゲルさんはきっと根は良い人なのだと思う。逃走されてしまったことには驚いたけれど、屋敷の人たちの態度を見て少し安心した。



 ロイさんはミゲルさんの書き置きにあった「森」というのがどこの森なのか心当たりがあるとのことだったので、お言葉に甘えてミゲルさん所有の馬車で送ってもらった。ミゲルさん本人は言霊使いの力で逃げたため、馬車は使わなかったそうだ。一体どんな能力なのか気になる。



 そして今、私の目の前に広がるファンタジーな森。もちろん初めて来た場所なんだけど、この森、なんというか…とても見覚えがある。


「…あの、ロイさん?」


「はい、なんでしょう」



「この森の名前って…」


夜灯(よあか)りの森ですね」



「ですよねー」



 何の因果だろう。私が異世界転移したときに到着した最初の森。もちろん場所はまったく違うんだけど、青系のグラデーションのような色合いの葉っぱが生い茂る独特な木々には嫌ってほど見覚えがある。何せ右も左も分からないまま三日も歩き回ったからね…


 最初に辿り着いたインスの街にも、ミゲルさんのお屋敷のあるヴァーイの街にも、もちろん道中で馬車を乗り換えた他の街にも、必ず街路樹としてこのファンタジーな木々は存在していた。


 暗くなると光る性質があるので、街や村では街灯代わりに植えられていて、馬車で通った街道にもこの木が点々と植樹されていた。それによって道が分かりやすく、薄暗い時間帯でも進路を見失わないようになっているのだ。

 ヌルの木と言うのが正式名称らしいんだけど、街の人からは「(あか)()」と呼ばれている。


 ストフさんやシェリーからこの国のことを教えてもらったときに、国の形は細長くて、地球で言うところのチリを短くしたような形なのだと知った。

 そして国土の約五分の一をこの夜灯りの森が占めていて、国の東側一帯はすべてこの森。だからこそ、どの街でも人々は森から街へ灯り木を植樹して、街灯代わりに使うことができるのだと聞いた。


 夜灯りの森は、この国の人の生活とは切り離すことのできないとても大切な森なのだ。



 とは言え、この国は基本的に自然豊かで、日本で見るような針葉樹林、広葉樹林もたくさんある。だから、ミゲルさんの“森へ行く”というメモを見ても、まさかこの森だとは思わなかった。

 まあ、この森は特殊で、魔物も動物も生息していないと習ったので、他の森よりはだいぶ安心安全かもしれない。


「ロイさん、ミゲルさんの山小屋はどのあたりにあるんでしょうか?」


「それが…とても申し上げにくいんですけどね…実は私は知らないんです」


 ロイさんが申し訳なさそうな表情で告げた。


 いやあ、なんとなくそんな嫌な予感はしてたよね。気付かないふりをしてたけど…。

 “森へ行く。私を見つけられたら手伝ってやる”というミゲルさんのメッセージ。たぶん探すまでが試練なんだろうなという気はしていたよ…


 この森にミゲルさんが現実逃避や研究に集中するときに使う山小屋があるとは道中で聞いたから、かくれんぼ的な要素はないと良いな~と希望的観測を持っていたのだけど。

 その山小屋の場所を探せということだったのか。


「山小屋がある以上、主はそれ以上は逃げないはずです…たぶん。小屋は綺麗な池のほとりに建っていると聞いたことはあるのですが、人に見つかりたくないときに引きこもるための小屋なので、私たちも詳しい場所は教えてもらえなくて…」


「なるほど。つまり、この夜灯りの森の中から、山小屋を探してミゲルさんに会えたら、私の力になってくださるということですね」


「はい、そういうことだと思います」


「分かりました。では、行ってきます!」


「…チヨさん、随分思い切りが良いですね?普通もっと怖がったり嫌がったりすると思うのですが…」


「大丈夫です!私前にインスの街近くの夜灯りの森で三日間食糧なしで遭難したことがありますので。今はご飯も飲み物も持たせていただいたし、着替えも持ってますから!」


「そ、そうですか。たくましいですね」


 ロイさんには驚いた顔をされてしまったけれど、転移したばかりの大混乱の中、パジャマにノーブラ、スリッパという頼りない装備でいきなり深い森の中に放り出されたことを思えば、何も辛くない。

 それに今の私には、歌という心強い味方(チート)がいる。


「では、行ってきますね!」


「はい、お気を付けて。念のため私は明日までこの辺りで待機しますので、無理だと思ったらすぐ戻ってきてくださいね!帰り道が分からなければ先ほどお渡しした粉を燃やしてください。煙を目印に探しに行きますから」


 有能な執事らしく、馬車での移動中にロイさんが渡してくれた粉の入った包みと火打ち石。どうやらこれを使うと狼煙(のろし)が上げられるらしい。たぶん大丈夫だとは思うんだけどお守り代わりにありがたく頂戴した。


 こうして私は、異世界で二度目の夜灯りの森探検へ出発することとなった。



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