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第一話 セバスチャンではなかった

 夜明けと共に始発の乗合馬車に乗り、途中二つの街で馬車を乗り継ぎ、揺れすぎてぺったんこになったお尻が今度はぷっくりと腫れ上がってきたのではないかと思う頃、ようやく私は目的地の街ヴァーイへと辿り着いた。


 シェリーが気を利かせてこの街で分かりやすい場所にある宿を予約しておいてくれたので、到着したのは日も暮れかけている時間だったけれど、私は初めての街でうろうろと彷徨うこともなく、すぐにチェックインすることができた。


 うん、異世界転移当初の木の(うろ)生活や、所持金ゼロでストリートライブから始めまった最初の街インスでの生活を思うと、二つ目の街でのスタートは超順調と言って良いと思う。

 今はもう言葉も分かるし、何よりチートスキルがある。これはいわゆる強くてニューゲーム状態じゃないか!…ネトゲ世代の今の子たち、昔流行ったあの公式チートのことって知ってるのかな?


 そんなどうでも良い疑問はさておき、シェリーが選んでくれた宿はさすがで、食事の質もベッドの固さもバッチリだった。おかげで到着初日からしっかりと休むことができた。慣れない乗合馬車の移動でお尻が腫れ上がってしまったから、うつ伏せでしか眠れなかったけどね…。日本のバスや電車の座席って高クオリティだったんだなあと実感した。




 到着から一夜明け、宿で朝食を済ませてから、早速ストフさんの叔父様であるミゲルさんのお宅を訪ねることにした。当然電話もメールもないから、アポを取ろうにも直接出向いてみるしかないのだ。


 ストフさんが描いてくれた地図を片手に進むと、街の中心部から少し外れた閑静な住宅街の、さらに高台に位置する場所に、その大きなお屋敷はあった。


 ストフさんによると、魔法使いよりさらに貴重な存在である「言霊使い」は、通常だったら王宮か、せめて王都内に屋敷を与えられて保護されるそうなんだけど、ミゲルさんはそんな窮屈な生活は嫌だと言って、昔から気に入っていたこの街に住むことを決めたそうだ。


 せめて不自由がないようにと、なんと女王様より爵位をもらっているそうで、つまりミゲルさんは貴族。それを聞いただけで畏れ多すぎてどうしようかと思ったんだけど、ストフさんとポーラさん曰く、「本人は権力には無頓着で、貴族であることさえめんどくさがっている。爵位や家名で呼ぶと機嫌を損ねるから、知らない方が良い」とのことで、私は「ミゲルさん」という名前だけを聞いてここまで来たのだった。


 様付けも嫌がる人だからさん付けで問題ないって聞いたけど…本当だろうか。

 私は目の前に聳え立つ豪邸…というかもはや昔テレビで見たフランスの地方にある小さめのお城サイズの邸宅を見て、足がガクガクと震えている。



 玄関まで行ってノックするイメージで訪問したんだけど、実際にはお屋敷に辿り着く前に広い庭と立派な門があり、守衛さんが立っていたので要件を告げる。


「あの…こちら、ミゲルさん…ミゲル様のお屋敷でよろしいでしょうか。知人の紹介で伺ったのですが…」


 恐る恐る声をかけると、守衛さんは合点したといった顔でにこやかに笑ってくれた。


「ああ、チヨ様ですね?うかがっております。中へどうぞ」


 どうやらストフさんからの連絡を受けて、お屋敷の主人であるミゲルさんが事前に話を通しておいてくれたらしい。私は安堵して、門から玄関へ続く広々としたロータリーを歩き、玄関へと辿り着いた。


 流麗な彫刻が施された扉の前で、緊張から来る腹痛と戦い、深呼吸をしてからノックしようとしたところ…


 私が叩く前に、重そうな扉が内側へと開かれた。



「ようこそいらっしゃいました。わたくし、ミゲル様の執事のロイと申します。どうぞお入りください」


 私を中に招き入れてくれたのは、短めの髪をオールバックにした執事さん。見た目では四十代くらいかなと思うんだけど、アニメや漫画のイメージで執事=白髪のおじいさんみたいなイメージがあったからちょっと戸惑ってしまった。

 名前も執事と言ったらセバスだと思ってたんだけど、そこはお約束じゃなかったか。


「あの…はい、お邪魔させていただきます。チヨリと申します。急に押し掛けてしまい申し訳ございません」


 私はロイさんに挨拶をしてから、念のためストフさんに書いてもらった紹介状も渡した。ロイさんは黒髪黒目の女性だと聞いていたので確かめるまでもないと思ったと微笑み、私を応接間へと通してくれた。



 中年のメイドさん?侍女さんかな?とにかく使用人の女性が私の前に繊細なデザインが施された茶器で紅茶を用意してくれた。


 うん、すごくこのお屋敷とシチュエーションには合っているんだけどね、私としては手を滑らせて割りそうで怖いので、今は安定安心の厚めのマグカップとかが良かったな…


 お茶の用意を済ませたメイドさん(仮)が退席すると、先ほどの執事のロイさんが戻って来た。私にお茶とお菓子を勧めてから、ロイさんは申し訳なさそうな顔で口を開いた。


「…チヨ様、早速ですが、謝らなければならないことがございます」


 出会ったばかりで謝ることとは一体…?


「…実は、主ミゲルが脱走しました」


 思いもよらない報告に、恐る恐る口を付けたばかりの紅茶を噴き出しそうになったけど、なんとか堪えた。


「えっ、脱走…と、おっしゃいますと…?」


「ストフ様とポーラよりお聞き及びかと存じますが、主は人嫌い、とくに若い女性が苦手でして…普段は主の身の回りの世話はすべて私と、先ほどこちらへお茶をお持ちした侍女ゾーイのふたりだけで行っているのです。今回はストフ様からくれぐれもと頼まれたチヨ様のご相談事ということで、逃げ出せないように部屋に閉じ込…ゴホンゴホン、警備を強化していたのですが…」


 なんか不穏な言葉を聞いた気がする。主が逃げないように部屋の警備を強化するとは…

 そして先ほどの使用人の女性はメイドさんじゃなくて侍女さんだったか。日本人的には違いがよく分からないけど、たぶん侍女の方が格式が上な気がする。


「昨日までは心の準備も出来たし大丈夫だと言っていたのですが、どうやら直前で怖気づいたようでして…まさか言霊使いの能力を行使してまで本気で逃げるとは予想しておりませんでした。わたくしの不徳の致すところで、申し訳ございません」


 ロイさんに見事に直角まで腰を曲げたお辞儀を披露されてしまい、私は大いに戸惑った。


「そして、主の部屋にこちらの書置きがございました…」


 渡された一枚の紙切れを読む。手紙というよりはメモのような走り書きには、こう書かれていた。


“森へ行く。私を見つけられたら手伝ってやる”


 意味が分からず三回読んで、それでもやっぱり分からなかったので、ロイさんを見上げた。


「そりゃあそういうリアクションにもなりますよねえ~。本当にヘタレ主で申し訳ないです。説明させていただきますねっ!」


 ロイさんは先ほどまでの丁寧な執事の仮面を外し、苦笑いを浮かべながら、砕けた口調で説明を始めたのだった。



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