聖女 44 脱出 その3
44
胴を横抱きにかかえられた私は、某ジェットコースターみたいに一瞬、月明かりに照らされた宮殿の屋根の連なりを目にして、いきなり落下。
横抱きの姿勢で落ちるのは怖いーっ!
と思ったのは束の間、下の屋根に着く直前に放り上げられ、すぽんとヨミの腕の中にお姫様抱っこされていた。抱き変えるのに放り出すか、ふつうーっ!
そのままヨミは屋根を駆け抜ける。ここ、三階か四階の屋根だよっ!
はやい。すごい。
とある塔の陰の暗闇に入ったヨミは、私を降ろして、あたりを伺う。
私は両手をワキワキさせてみた。ちょっと心もとないけれど、なんとか力は入る。
『さて、これからどうするかの』
「逃げ出すっ!」
私はきっぱり言った。
「奴らにつかまるのは、ぜったい嫌!」
何にもわかってないこの世界だけど、あいつらの思い通りにだけはさせないっ!
「では、王宮を出て下町に潜む」
ヨミが言った、
「朝まで王都の門は開かない。
本格的に捜索が始まる前に、王都の関所を抜けないと」
『その前に、どうやって王宮を出る』
私はあたりを見回す。
王宮は、所々に塔や丸屋根がある、何層もの建物が連なっている、大きな建造物。
それをぐるっと取り巻いている、高い城壁。
貴族街へと抜ける巨大な門は夜なので閉ざされ、門の前の広場には、かがり火がたかれ。兵士たちが行き来している。
「飛び越える」
ヨミはこともなげに言って、修道服を脱いだ。
「乗れ。遥」
その姿は一瞬で白い虎に。
『証拠を残すな』
帽子に言われて、あわてて脱いだ服をポケットに突っ込む。
背中に乗って首の白い毛をつかみ、危なっかしいな、と思っていると、マントの肩のフラップがするっと伸びて、私の腕を覆い、そのままヨミの首にまわった。
ヨミは数歩確かめてから、屋根を走り出す。
大きな肉球は音もたてず、さっきの速さなんか眼じゃないくらいのスピード。
目指したのは正門から少し外れた、屋根と城壁が一番近くなっている所。
『主、がんばれと言ってやれ』
私は白くて先が真っ黒な、斑点のある耳にささやいた。
「ヨミ、頑張って」
ヨミの毛がざわっと逆立った。
スピードが、上がる。
それがそのまま助走になって、ぱーん、と。
屋根を蹴って、城壁へ。
五メートルくらいある城壁の幅をひと蹴りで越え、たん、と壁を蹴って、外の空堀も越え。
あっという間に王宮を飛び出した白い虎は、私を背に乗せたまま、緑の多い貴族街を走り抜けていった。




