14:ナナ、割れたフーセンガム
成績表が返ってきて一週間。
様子のおかしかったアヤも、パンケーキ屋さん以降は元に戻ったようだ。やっぱり美味しいものは偉大だね!
でも、おかしかった原因は教えてくれなかったなぁ。テスト前だったからかな。アヤにとって、テストの結果は死活問題だし。
親友の不調の原因を考えるが、これといった答えも出ない。まぁ、言いたくなったら向こうから言ってくるでしょ。そう結論付けて、帰宅するためにアヤと廊下を歩く。
すると、前から嫌に見慣れてしまった人物が歩いてきているのが見えた。
「うげっ」
途端にアヤは顔を歪ませ、どこから出したのか訊きたくなる声を出した。その人物に気付かれる前に立ち去ろうと、回れ右をする。
だが、そんな願いも叶わなかったようだ。
「橘」
わたし達に気付いたのか、冷たい、ナイフみたいな声がアヤを呼んだ。
逃げられず、アヤがしかめ面をする。舌打ちのおまけ付きだ。呼びかけた人からはアヤの背中しか見えないだろうが、わたしからは丸見えである。心底面倒くさい気持ちを、そこまで顔で表現しなくてもいいと思うんだけど。それとも、まだ逃げる策でも考えているのだろうか。
しかし、覚悟したのか瞬時にわざとらしい笑みを貼り付け、振り返った。そのときに長い髪がわたしの頬をはたいていったが、今は黙っておいてやろう。今はな!
「なんでしょう? 藤野風紀委員長様」
わぉ、めちゃくちゃわざとらしい。
いつもよりワントーン高い声に、わたしは親友を見上げた。アヤの後ろに隠れているため後ろ姿しか見えないが、先ほどの胡散臭い笑みを貼り付けたままなのだろう。
このときのアヤは怖い。関わりたくないレベルで怖い。しかし、わたしは相手に同情するつもりも、どちらの味方にもなる気はなかった。だって、相手も負けず劣らずのツワモノだからだ。
「いつになれば、ソレを改めるんだ?」
「ソレ、とは?」
アヤが首を傾げた。
ゆるくウェーブのかかった髪がさらりと肩から落ちる。きっと、男子が見惚れるような可愛らしい笑みを浮かべていることだろう。目の前の鉄面皮には通用しなかったみたいだけど。
証拠に、藤野先輩の眉間にシワが寄った。最近、篠原さんに対してツンデレ発動している先輩しか見ていないから忘れがちだが、この人の異名は氷の委員長。美形の怒った顔ほど迫力のあるものはない。わかっているだろう。と声に出さずに語っている。
イヤ、でもソレって何のことだよ。わたしは再度、アヤを見つめた。ミルクティーみたいな亜麻色の髪か、ゆるく波打つパーマか、耳に光るピアスか、太ももを惜しげもなく晒した短いスカートか、それとも……。
「あらやだ。校長先生にはきちんと許可は貰っていますよ。学年一位である限り、好きな格好をしても良いと」
ふふふ、と笑う声が聞こえる。
どうしよう、アヤのキャラが壊れている。そんな笑い方するやつじゃなかったのに。
おっと、何時の間にか藤野先輩の眉間のシワがえらいことになってるし。確かに、アヤの格好は目に余るものだろう。学内の風紀を取り締まる先輩には耐えがたいのかもしれない。
でも、校長が許可を出したのも事実だ。げんに、アヤは入学してからずっとこの格好でいる。それはイコール、入学してから今まで首席を守り続けてきたということだ。言い換えれば、この二人の争いも入学時からずっと続いている。飽きないなぁ、ほんと。
アヤは絡まれるのが嫌だから出くわさないよう気を付けているけど、会うたびにケンカしてるんだから一緒だ。
ちなみに、わたしはこの二人、もっと言えば風紀との諍いには関わらないことにしている。え? だって、わたし関係ないじゃん。正直、二人のやりとりをみていると実はお前ら仲良しだろ。と思ってしまう。言うつもりはないけどね。
なぜって? 今口開いたらガム食べてるのがバレるからだよ。
実はすっごいハラハラしてるんだから。わたしはアヤと違って成績は普通以下。下の上レベルなんだから。まっきーにだって目を付けられてるし。風紀怖い風紀怖い。と呪文のように心の中で唱えながら、口を手のひらで押さえる。絶えずガムを噛みつつ、影を薄くすることに専念していた。
とばっちりはごめんだ。というか、逃げよう。アヤを待つ理由もないし、先に帰ってしまおう。ほら、梅雨入りしたから空模様も怪しいし、雨が降る前に帰らなくっちゃ。あと飽きたし。
さぁて、そうと決まればアヤはほっといて帰るか。今日の晩ご飯は何にしようかな。買い物には行きたくないので、冷蔵庫の中身を思い出しながらガムを膨らませる。
おぉ、めっちゃ膨らんだ。新記録! 写メ、写メ撮らなきゃ。
顔を動かさないようにポケットに手を入れ、携帯を取り出す。カメラを起動させようとしたとき、パンッと小気味良い音を立てて、ガムは割れた。
拳二つぶんの大きさにまで膨らんでいたそれは、弾けたせいで顔に勢いよくはりついてしまう。呆然としていると、視界の隅に誰かの指が見えた。きっとこの指がガムを割ったのだろう。くそっ、誰だ。親の敵を見るように、わたしは犯人に振り向いた。
だが、思わぬ人物に、言うはずだった罵詈雑言は喉の奥へと消えていく。代わりに顔から血の気が引いていく。
確かに、わたしには友達が少ない。風船ガムを膨らましているわたしに何かしてくるような仲の良い子はいない。犯人は限られてくるだろう。だからって!
「はーい。現行犯逮捕」
語尾にハートでもつかんばかりの輝く笑顔で、ホスト教師はガムがまだ張り付いたままの、マヌケなわたしの鼻をつついた。
ジーザス!




