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雪花火奇譚【プロトタイプ版】  作者: 冬野ゆな
雪女――または出会い(全20話+α予定)

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閑話:どうやらオレの助手は機械音痴らしい

 その日の早朝、氷華は急ぎ足で生徒会室にまで向かっていた。

 職員室に置かれていたはずの生徒会室の鍵が無く、誰が持っていったかもわからなかった。

 昨日、生徒会室を確かに閉めたはずだった。そして鍵も職員室に戻した。自分の部屋代わりに使っているからといって、さすがにそんなところまで変えようとは――というか、そんなことは思いつきもしなかった。

 生徒会室の扉は閉められていたが、誰かの気配がする。

 扉を勢いよく開けると、その視線はまっすぐ、会長机の方に向けられた。椅子が背を向けている。誰かが座っている。

 椅子に座り込んでいた誰かは、ぐるりと椅子を回して人好きのする笑みを浮かべた。


「よう! おはよう、氷華!」


 夏樹だった。


「……どうしてここにいるんですか」


 生徒会室の扉を閉めながら、あからさまに嫌な顔をする。


「そう言うなって! オレとお前の仲やろ?」

「私の正体を知ったからって、なれなれしくしないでもらえます?」


 夏樹は一瞬、目を見開く。


「こりゃ手厳しいなあ」


 だが、すぐに肩を竦めて苦笑した。

 氷華にとっては気が気ではなかった。おまけに会長机に近づいてみれば、夏樹が手にしているのは生徒会へと届けられた周辺の噂が書かれた紙だった。気がついた瞬間に、まるで秘密を暴かれたような気分になる。


「それに触らないで。早く出て行ってもらえますか」

「冷たいなー。だいたいお前だって、本来の生徒会長追いだしてこの部屋乗っ取っとるやろ。出て行け、なんていう筋合いあるんか?」


 ぐっ、と言葉に詰まった。それを言われると弱い。

 氷華は白々しく目線を逸らしてから続けた。


「……なんです。さっそくお説教ですか?」


 氷華はつんとしたように踵を返して、ソファに鞄を置いた。


「違う、違う。お前にはやってもらわなあかんことがあるからな」


 そこでようやく夏樹は資料を元の場所に戻すと、立ち上がって席を返した。そうして氷華に座るように促すと、懐から一枚の紙を取り出した。折りたたまれて作られたヒトガタだった。ひとりでに展開してその姿がA4サイズほどの紙になる。氷華は何が起きているのかわからないまま椅子に座った。


「ほい」


 差し出されたその紙と夏樹を見比べてから受け取る。

 目を通すと、それは空欄ばかりの書類だった。名前、住所、アパート・マンション名、仕事、性別、監視役名、監視役住所、届け出日、そして分類――。

 眉間に皺を寄せ、無言になる氷華。


「……あの。なんです、これ?」


 ようやく聴けたのはそれだけだった。

 さすがにこんなものを渡されるとは予想外すぎる。


「一番上に書いてあるやろ」

「一番上って……」


 少し太い字で、『保護・監視申請書(妖怪用)』と書いてある。

 書類の名前としても冗談の類にしか見えない。突拍子が無いというか、あまりに想像の域を出すぎていて、呆れればいいのか、何を言っていいのかわからなくなる。


「退魔師協会って役所か何かだったんですか?」

「いやまぁ、一応政府とも繋がっとる機関やけど、基本的には独立しとるな」

「いえ、そういう事を聞きたかったわけではなく……」

「うんうん。言いたいことはよーくわかるぞ、氷華。オレもこれ最初にもらった時は冗談かと思ったからな」


 夏樹は腕組みをして真面目な顔をした。


「前も言うたけどな。人に紛れて平和に暮らしとる妖怪だの怪異だのは、発見次第、オレら退魔師やら神主やら坊さんやらが、監視役になっとる。そのための書類やな。ま、お前の場合はちょっとこの学校でやらかしとるし――ただの監視ってより保護観察みたいになっとるけど、扱いとしてはそうは変わらん。オレが封印しとるし」


 氷華は書類の隅に小さく書いてある注意事項に目を通す。

 ――対象者は太枠の中のみ記入してください。それ以外の欄は監視担当者が記入してください。

 その後も注意事項が書かれていたが、途中から読むのにクラクラした。


「……だからってこんなの提出するんですか。というか、適当に書いてもわからないじゃないですか」

「適当に書くつもりなんか?」

「失礼な。やるからにはちゃんと書きますよ」

「まあオレらが精査はしとるからな」


 夏樹は肩を竦めてから続けた。


「だいたいな、ぶっちゃけ、こんなんはあっても無くてもええんよ。中にはしっかり書けない奴とかもおるだろうし」

「いるんですか」

「一般人の飼い猫として生きとる猫又とか」

「ああ……」


 人に紛れて生きる、という言葉には多くの意味が含まれている。

 人に擬態し、人として生きていることもあれば、夏樹の言うようにペットとして紛れている場合もある。


「それにな――本命はこっち」


 夏樹は今度は木の札を取り出した。小さな御守りサイズの札だが、しっかりと作られている。


「それは……」


 ほとんど冗談のような書類と違って、きちんとした製法で作られているとわかる。


「ここにお前の妖気を籠めてもらう。たいていはこっちで判断できるからな。簡単に言えば警察の指紋認証みたいなもんやけど」

「……なるほど、確かに本命ですね」


 夏樹はそうは言ったが、実際には指紋認証どころではない。つまりは協会に繋がれた形になるのだ。忌々しい。小さく睨み付けたのが夏樹にも理解できたのか、彼は苦笑した。


「まあいいです」


 氷華は紙を机に載せると、ボールペンを取り出した。


「すぐ書いてしまいますから、あなたもすぐ出て行き……」


 改めて目を通して、ハッとする。

 視線が「メールアドレス」に留まったまま、ぐっ、とペンも止まった。言葉が途中で止まったせいか、夏樹が氷華を見下ろしている。氷華は少しだけ視線を彷徨わせたあと、顔をあげた。


「……あの。住所や電話番号をもう一度、家できちんと確認したいので……いちど持ち帰っても?」

「おお、構わんよ。妖気さえこっちに入れてくれればええしな」

「そ、そうですか。それなら妖気だけ先にやってしまいましょう」


 氷華はにこやかに片手を差し出した。

 受け取った木の札を両掌に載せて、意識を集中させる。自分の力が封印されているぶん集中が必要になったが、それでも木の札のほうから先に吸い取ってくれるぶん、多少は楽だった。冷たい妖気が木の札に向かっていくと、やがてひとりでに「封」の字が浮かび上がる。これでいいのか、と問いたげに、氷華は木の札を返す。


「ん、オーケー。それじゃあ書類は近いに内に頼むわ。提出は一緒にせなアカンし」

「……わかりました」

「あとは、そうやなー。一応、監視者とは電話番号とかの交換もしろってことになっとるんやけど。お前、携帯電話も持っとるよな?」

「え、ええ」


 ギクリとする氷華。


「雪乃のを流用して使ってるだけですが……」

「そんなら、他にも連絡方法があった方がええからな。いちいちオレと電話で話すのも癪やろ。それに文字で残る方が便利やし、メールかアプリか、SNSでもええから、使いやすいモン教えてもらえるか?」


 んっ、と氷華は今度こそ言葉に詰まった。


「どうした?」

「……え、ええとぉ……。か、彼女はえすえぬえす……を入れていなかったようで……。元は雪乃のなので、メールアドレスも、一度戻って確認だけ……」

「ふうん? まあメールがあるならええけど、ついでに入れといてくれ。いちいち電話で話すより、文字で残った方がええからな」

「そ、そうですね」


 ちょうどそこでチャイムが鳴り響いた。

 二人して壁の時計に目をやる。


「もう時間か。教室に戻った方がええな」

「そうですね。戻りますか」


 氷華は書類を回収すると、鞄の中に入れると生徒会室を出た。


「……って、なんでついてくるんですか」

「残念なことにオレとお前が同じクラスやからやな~」


 夏樹は楽しそうに笑った。


 そうして、次の日に書類は――提出されなかった。

 三日目が過ぎ、土日を挟んで更に月曜がやってきて――。


「いやさすがに待たせすぎやろ!?」


 夏樹からのツッコミに、氷華は視線を逸らしたまま身を縮めるしかなかった。

 授業が終わり、すっかり日も暮れかけた生徒会室。


「一応自分ちの住所やろ!? 使用人さんらもおって、教えてもらうのにそんな時間かかるか!?」

「じ……住所は書いてあるんですよ!」


 言い訳のように書類を取り出す。

 夏樹が受け取ると、確かに記入すべきところはすべて記入してあった。住所も電話番号も、それこそメールアドレスさえも書いてある。


「全部書いてあるな。抜けもねぇし……、なにがダメなんや?」

「いえ、その……書類じゃなくて」


 氷華は鞄の中からスマホを取りだした。


「アプリが……」

「アプリがどうした? オレなんかに教えたくねぇってか」

「いえ……そういうわけではないんですが……その」

「ん?」


 氷華はしばらく黙り込んだ。困惑したように、手がスマホを持ったり置いたりを繰り返す。

 番号はわかるのに、教えられない。これはどういう状況なのか。

 夏樹のなかでひとつの答えが導き出される。


「お、お前、もしかして……操作方法が……」

「言わないでください!!」


 そもそもこの生徒会室への書類にしたって、ほとんどアナログな方法が使われていた。


「さては機械音痴か!? それでよく退魔師用のアプリ使いたいとか言っとったな!?」

「う、うるさいですね!? それなら使えるかもしれないじゃないですか! あの……、あの、ちょっとわからないだけで!」


 微妙に悔しげに顔を赤らめる氷華。夏樹は思わず勝ち誇った顔をしたくなるのを懸命に堪えた。堪えて、堪えて、堪えきって、そうして長く息を吐いてから、口を開く。


「何か言うことは?」


 氷華は指先を少しだけ絡めて、目線を外していた。


「……すみませんでした」

「うん、じゃあ……、まずどのアプリが入っとるかから確認しよか」

「……お願いします」


 雪乃のものだったというスマホを確認する夏樹。


「普通にトークアプリも入っとるな……」


 トークアプリに登録されているのはほぼ神宮寺の家族だけだ。夏樹は自分のスマホを取り出して、同じトークアプリを起動させた。最低限のアプリとその内容だけを教えてから、操作を一緒にやる。


「……で、ここで友達登録はここな」

「えっと、これですか」

「そうそう」


 どうやら氷華は「アプリを見る」ことは習得出来ても、使いこなすことはできないようだった。それを夏樹に悟られまいと、この五日ほどかけてなんとか頭にたたき込もうとしたらしい。だが、そもそもがアイコンが何を示すのかの前提知識が無いせいで、歯車のアイコンが何を示しているのかもわからない。設定だとようやく理解できても、今度は別のアプリではメニュー画面を出すのに三つの点を押す、というところにたどり着くまでかなり時間が掛かったらしい。

 おまけにどうすれば文字が出てくるのかまで、よくわかっていなかった。


「……とりあえずオレのトーク画面でも使って、練習せえ。オレは気にせんから」

「う、ぐ……わ、わかりました……」


 かくして、ようやく――書類とともに、連絡方法についても片付いたのだった。







「はぁーっ、これで一段落やな」


 木札と書類をヒトガタに任せ、夏樹はボロアパートの畳の上に大の字になった。


「しかし、どうすっかなこれから……」


 おそらくこれからは、いままでとまったく違う生活になる。

 これまでのやり方といえば、どこそこで瘴気が湧いてるから行ってくれと言われれば、拠点ごと移していた。山里であれば旅館にアルバイトとして潜り込みながら、周囲の調査や瘴気の掃除をして過ごす。そうしてまた別の場所へと、各地を転々として流れるように生きてきた。たまに年齢も誤魔化しつつ、バイクも手に入れて、一カ所に滞在するなど考えたこともなかった。

 このアパートだって、一時的な滞在になるからと適当に借りた場所だ。できるだけ家賃が安くて、すぐに出て行っても問題がない場所。かといって、別のところに引っ越せるほど資金があるわけでもない。

 ただ、今回はせっかく潜入した学校だし、氷華の監視をするにもこのまま居た方がいいだろう。

 ――あいつなぁ……。

 学園に現れた当初、確かに見た目は可愛いとも思ったが、何を企んでいるのかさっぱりわからなかった。ふざけながらも腹の中で何を考えているのか慎重にさえなっていた。ところが蓋を開けてみれば――色々あったが、ようやく少しだけ理解できた気がする。とはいえ、いまも微妙にわからない。だいたい、助手というのもどこまで本気だというのか。

 ――オレに助手とか、失笑されそうやな……。

 助手が必要なほど引く手数多でもないし、期待されているわけでもない。退魔師としては底辺もいいところだというのに。なんの冗談だ。

 スマホを手に取り、トークアプリを開く。

 トーク相手はほとんどいない。繋がっているのは退魔師協会の関係者だけで、同僚と言える人物も数えるほどしかいない。他の学校の生徒も、友人と言える者はひとりとしていない。そのなかで、登録したばかりの「神宮寺氷華」の名前が一番上に表示されている。

 名前の隣には但し書きのように「(監視対象:雪女)」と書いてある。これを書いた時、妙に浮かれた気分だった。偶然から転がり込んできた仕事だが、ようやく認められたような、むずがゆい気分になった。しかも相手は雪女――長い間、姿を現さなかった怪異だ。本来なら、もっと自分より上位の退魔師が担うべき仕事。書類を受け取るまでの間だって、何度もスケジュール帳に「面談」と書く妄想さえした。時間が空いているのはいつか、学校があるからその後か、交通費が無いぶん活動支援金をどう使うか……なんて、小さな事を真面目に考えていた。後から恥ずかしくなりそうだ。


「……お?」

 スマホが震え、トークが着信する。

 神宮寺氷華、の名前が一瞬見えた。

「さっそく使っとるな。どれ」

 どんな文面が来ているかと、トーク画面を開く。


:なつい


「……。……なつい?」

 一ミリも言葉の意味がわからない。画面では相手の書き込み中を示すマークが出ていた。

 トークが送られてくる。


:まちかい

:まちかえました

:なつきさん


「……」

 ひらがなしか送られてこない画面。


:あり

:ありかとう

:これから

:よろし

:く

:おねかいします

:せんせい


「……っ」

 これまで自分に向けて送られてきたことのないような文面だった。

 おまけに濁点も無いし、この調子では予測変換や漢字変換さえ使いこなせていない。だが、あの氷華が一生懸命にひらがなを打っている場面を想像すると、笑いがこみあげてくる。


「……く、くっくくくく……」


 目元に片手をやり、スマホを持った手を畳の上へと倒す。


「……なんやあいつ……、可愛いとこあるやんけ」


 小さく笑うと、夏樹はしばらく待ってから返信をした。


:おう、よろしく

:濁点の付け方と予測変換は明日教えたるわ


 そして少し考えてから、氷華の名前の欄をタップする。

 迷いなく「監視対象:雪女」を消し、代わりに「助手」の文字を追加した。

雪女編、お付き合いありがとうございました。

次章は書けたら開始されます。_(ˇωˇ」∠)_ スヤァ…

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