第9話 裁判
「エリー=ベルッド、父親の謀反の証拠を話せば、減刑してやろう」
「……お父様が……父が辺境伯様に謀反など、考えるはずもありません! そのことは、辺境伯様が一番よくご存知のはずです。辺境伯様にどうか御目通りを! お願いいたします。どうか、どうか!」
家族バラバラに連行され、エリーは危ないから近づいてはいけないと教えられてきた、犯罪者を収容する施設に送りこまれた。
着ていた衣服を女の看守に奪われ、囚人に与えられる粗末な服に着替えさせられる。
エリーが身に着けていたものは、看守たちが争うように奪い合っていた。
ベルッド家の持ち物だ。
金に換えれば、一生遊んで暮らせるとまでは言えないが、ひと財産は稼げるだろう。
ここでは誰も着替えを手伝ってはくれない。
妹たちはまだ、自分で着替えができないのに……。
貴族に、それもダイロトの勝利以来の名門貴族になんという扱いだ。
独房から引っ立てられ、多くの大人たちに囲まれながら、エリーは必死で父の無実を訴える。
「そなたの母と妹たちは、ギュイタークの罪を告白したぞ」
「なっ……そんな……」
そんなはずはない。母は、娘から見ても呆れるくらい父と愛し合っていた。
将来、婿を取ることが決まっているエリーにとって、両親は理想的な夫婦だったのだ。
その母が……父の罪を認めるなんてありえない。
幼い妹たちも、そんなことを知っているはずがない。
「このままでは、そなただけが父親とともに刑を受けることになるだろうな」
言われて恐怖に膝がガクガクと震えるが、ウソは言えないし、我が身かわいさに父を裏切ることもできない。
「……知らないものは知りません。そんな事実はないものと、父を信じています」
「強情な……連れて行け!」
エリーの決意を見てとったのか、その日の尋問は終わった。
(寒い……)
入れられた独房は高いところに窓が開いていて、外気が容赦なく吹きこんでくる。
与えられた毛布一枚ではとてもしのげない。
魔力は一応使えるが、窓の大きさから見てエリーが抜け出せるほどではないし、そんなことをすれば父の心証が最悪なことになる。
残念ながらアールヴは森の民だけに、火の精霊とは契約していないため、寒さを防ぐ方法がない。
(どうしてこんなことに……)
いつもなら、暖炉の火で暖められた部屋でヌクヌクの布団にくるまれてとっくに眠っている時間だが、寒すぎて眠ることもできない。
(それに……お腹が空いた……)
食事は、石のように固いパンと、水のように薄い具のないスープだけ。
しかもスプーンも汚れがちゃんと落ちていなくて、思わず吐きそうになった。
ベルッド家なら、使用人どころか、家畜でも食べないような粗末なものだし、貴族の責務として貧民に施しを与えるときでも、あんなひどいものは恥ずかしくて出せるわけがない。
(二人は大丈夫かな……)
エリーは、まだ幼い妹たちのことを思いやりながら、まんじりともせずに夜がふけていく様を、窓から見ていた。
「出ろ」
ようやく朝方になって、うとうとしはじめたところを容赦なく起こされる。
顔を洗う水すら、与えてはもらえないらしい。
「お母様、お父様!」
引っ立てられた先に両親の姿を認め、エリーは駆けだす。
「エリー。大丈夫だったかい?」
「お父様の方こそ……お体は大丈夫なのですか?」
たった一日で別人のように頬がこけてしまった父の方が心配だ。
髪の毛も、わずか一日で白いモノが目につくようになった。
「大丈夫だよ。苦労をかけたね。もう……みんな辛い思いはしなくて大丈夫だ」
「では、誤解は解けたのですね?」
喜びいさんで聞くが、両親は微妙な表情をしている。
「お父様? お母様?」
「……エリー。これからの長い人生、辛いことや苦しいことがたくさんあるかもしれない。でも絶対に忘れないでほしい。私は、エリーも、妹たちも、もちろんアイズのことも、みんなを愛していたと」
ギュッと抱きしめられる。
わけがわからないでいると、母が涙をこぼしていた。
「ギュイターク=ベルッド、およびその一族。入れ」
妹たちも連れてこられると、ドアの前に立つ衛兵に促され、入室する。
一度だけ入ったことのあるその部屋は、辺境伯への謁見の間だった。
作法にもとづき、頭を下げたまま静かに歩く。
父と母の手はそれぞれ妹たちと繋がれていて、エリーは一人後ろからついていく格好だ。
妹たちも粗末な服に着替えさせられていたが、自分で着られなかったのだろう。
だらしなく着崩されているのを、歩きながら母が整えている。
「面をあげよ」
何度かしか聞いたことがないが、辺境伯様の声が頭上から降ってきたので、慌てて顔を上げる。
「ギュイターク=ベルッド。そなたほどの者が謀反とはな。妾は哀しいぞ」
「事ここに至っては弁明はいたしません。ただ、妻と娘に寛大なご処置を望むばかりです」
従容と罪を認めた父を、目を思い切り開いて見つめる。
妹たちはなにが起こっているかわかっていない。
エリーは、ここで声を出すほど分別がないわけでも、無能でもない。
ただただ見守るしかできない。
「処分を伝える。ギュイターク=ベルッドは爵位を剥奪した上で死罪に処す。ベルッド子爵家は降爵して男爵家としたうえで、弟、ムッコヤム=ベルッドが継ぐものとする」
「御意。ありがたき幸せ」
いつの間にかエリーたちの後ろにいた伯父が前にでて爵位を授けられる。
「どうして! どうしてお父様が死罪にならなければならないのですか?」
「控えよ、罪人の娘!」
「ざ、罪人……」
父が処刑されることと、大嫌いな叔父が父の跡を継ぐことに我慢できなくて叫んだエリーは、辺境伯の側近に犯罪者呼ばわりされたショックで口をつぐむ。
「聞いたとおりだ、娘よ。そなたの父ギュイタークは妾への反逆の意思を認めたので死刑に処す。それ以上の説明が必要か?」
「どうして……どうしてウソをつくのですか、お父様! 反逆など……誰よりも辺境伯様のために働いていらしたお父様がそんなこと、考えるはずもありません!」
エリーが騒いだことで、ミレーとルカもただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。
幼い二人が泣き出してしまう。
「……エリー、静かになさい」
「お母様?」
今まで、聞いたこともない母の冷たい声に、激昂していたエリーも少しだけ冷静になる。
「ベルッド家の者として、無様な姿を見せてはなりません」
冷酷な言葉。
だが、それを言う母の唇が屈辱に震えているのを見て、エリーはもうなにも言えなくなった。
「アイズ=ベルッド。夫の謀反の計画を察知できなかった罪への罰として、奴隷に墜とし、競売にかけるものとする」
「なっ……」
父の死刑だけでなく、母を奴隷に堕とす?
本物の国家反逆罪への処罰に、エリーは屈辱と恥辱で涙をこぼした。
「ただし、アイズ=ベルッドの身については、新ベルッド男爵が優先的に購入する権利を有することを認める」
もう、もう限界だ。
美しい母のことを、あのゲスなムッコヤムが懸想していたのは知っていた。
あの男は……ベルッド家当主の地位と、母を手に入れるために父を陥れたのだ。
確信がある。
証拠などいらない。
怒りに我を忘れ、魔力を爆発させようとした瞬間。
練り上げた魔力がきりのように薄くなって消えてしまう。
「ギュイターク、そなたの娘も謀反を企てたようだな」
「……この不始末、父親として私が処分いたします」
呆然としているエリーに父が近づくと、腹部に手を当て、電撃魔法で気絶させられる。
(お父、様……)
薄れゆく意識のなか、エリーが最後に見たのは苦悩に満ちた父の表情だった。




