第7話 仕込み
特に短いエピソードになるので、本日は2話投稿いたします。
時はさかのぼり、魔族が雅人の号令のもと、西獣人辺境伯領に攻めこむ三ヶ月前。
「まさかアールヴが魔族に協力しているとは思わなかったな」
ダークエルフの長であるタックム=ブリック南辺境伯が皮肉めいた口調で言うのを、エリーは受け流した。
ダークエルフらしく黒く肌を光らせていて若々しく見えるが、アールヴ同様、長寿で知られる種族だ。
実年齢がいくつかわかったものではない。
実際、目尻には年齢を重ねたシワが見て取れる。
しかし、しなやかな筋肉でおおわれた体は引き締まっていて、加齢によるおとろえのようなものは感じられない。
「これは、獣人との関係も含めて、いろいろと考えなければならないかもなぁ」
一国を支配する男らしく、特徴である白い頭髪の下から油断のならない眼光をエリーに向け、タックムは独り言のようにつぶやく。
当然、こちらに聞かせるためにやっているのだ。
国と国との外交交渉である以上、相手が都合よく、勝手に誤解してくれているのは悪い話ではないが、この場ではそうも言っていられない。
エリーは辺境伯の執務室にかけられた鏡にチラッと目を向ける。
(厄介なこと、この上ない……)
それは真実の鏡と呼ばれる魔導具。
この鏡の前で嘘を言えば、たちまち暴かれてしまうという、外交官泣かせの秘宝だ。
誠実であることを重視するタックムが、外国との交渉に必ずこの鏡を用いるというのは、周辺諸国の間では比較的広く知られているようだ。
おかげで、彼の国はほとんどだまされたことがないという。
しかし、誠実であることは個人としては最上の美徳のひとつだが、国家としてはときに相手をだまし、あざむき、国益を最大化させなければならない。
その点、自らも嘘をつけないこの鏡を用いることは、確実にダークエルフの国益を損ねているのだが、そのことに気づいているのだろうか。
(とはいえ、今回はダークエルフ側に有益ね)
仕方なくエリーはタックムの誤解を解かなければならない。
「残念ですが、アールヴ全体があなた方が言う、魔族に協力しているわけではありません。あくまでも私個人の行動です」
アールヴ北辺境伯が魔族と手を結んでいるなら、ダークエルフは最悪、ほぼ無条件でその同盟に参加しなければならない。
そうでなければ、ダークエルフ辺境伯領が魔族の標的になることが明らかだからだ。
この時点でダークエルフがすんなり盟約を結んでくれれば、エリーが仕える主人にとって文句なしに最良の結果になるが、そう上手くはいかないようだ。
「なにゆえ、誇り高きアールヴが魔族に協力する?」
ニヤニヤと部屋にいるほぼすべてのダークエルフが笑う。
アールヴがプライドが高く、他種族を見下しているのは周知の事実だ。
数千年前にたもとをわかったとはいえ、元アールヴであるダークエルフならとうぜん知っているので、魔族に仕えるエリーにそのあたりを当てこすったわけだ。
「……私の名は、エリー=ベルッド。政変に敗れて追放された者です」
「ベルッド……あの……」
「ダイロトの英雄の子孫がなにゆえ、魔族などに……」
ベルッドの名を聞いた瞬間、場がざわめく。
(あの時も、この……捨ててしまいたい名前のおかげだったな……)
エリーはヒソヒソとうるさい周囲の雑音から意識を切り離し、過去に想いを馳せた。
初めて感想をいただきました。
ビックリして、開くのにドキドキしてしまいました(笑)
また、評価もいただきました。
ありがとうございます!




