ニコスハーデンの『聖女様』 10
◇ ◇ ◇
俺たちの作った砂のヤドカリは、マリエッタ姫的には「イマイチ」との評価だったが、セルカは大層満足したように、楽しそうに笑っていた。
多分、ヤドカリの出来についての問題ではなく、俺たちと――他の人と一緒になって遊ぶことができたということに対しての感想なのだろう。
他にも、海で泳いだり、ボールを打って遊んだりもした。
浅瀬だったので、俺やシスネは泳ぐことはできなくて――泳げないって意味じゃなく、保護者的な立ち位置だったからってことだ――見ているだけだったけど、泳ぐのが――海に遊びに来ること自体が初めてだというルミナリエやマリエッタ姫、レアード王子は、水がしょっぱいだとか、実際に魚が泳いでいたりするところを見て感動している様子だった。
「ルシオン。すまないが、ひとつ、頼まれてはくれないだろうか」
俺はそんな様子を眺めていたんだが、姉妹たちから離れ、俺たちのところまできたレアード王子が、同じように隣で見守っている水着姿のシスネに、若干顔を紅くしつつも、真摯な顔で、
「私に、泳ぎを教えて欲しい」
そう頼んできた。
たしかに、今朝、そんな話をしていたな。
それにしても、真面目というか。
まあ、これを逃したらいつまたこうして水辺に来られるかわからないし、練習もできないからな。まさか、城にプールみたいな施設があるわけじゃないだろうし。
「プール、とは一体なんだ?」
レアード王子が首を傾げる。
そういや、俺が別世界から来たことは、ルミナリエ以外は知らないんだったな。
困った。一体、どう説明したらいいんだ。
「ええっと、そうだ、子供の頃、ここから遠く離れた異国の地に訪れた際、見かけたんだけど、あー、まあ、水着で、大勢が入れる、ものすごくでかい風呂みたいな施設のこと、です」
とりあえず、元の世界のことはなるべく伏せた感じに説明したけど、これで納得してもらえたのだろうか? 大分苦しかったと思うけど。
「それは、生簀や湖とは違うのだろうか?」
「そうですね。さっきも言った通り、プールは人工物で、どちらかと言えばでっかい風呂に近くて、魚やなんかは泳いでいたりしません。むしろ、塩素を入れて消毒したりもしてます」
よくある話じゃ、お城なんかには、王族専用の巨大なプールがあったりもするんだが、こっちの世界じゃ、まずプールという概念がない様子だな。
かといって、俺が実際に「これがプールです」なんて軽々しく作ることのできるものでもないし。
「ふむ。外の国では、魔法がない分、人の手によってさまざまなものが想像、そして創造されているのだな。私も父上の言う通り、是非見にいってみたいものだ。ルシオンは、その場所を知っているのだろう? 姉上と一緒に案内してもらうことはできないだろうか?」
期待に応えられず申し訳ないが、現状では不可能だ。
まず、ここからの帰還手段がない。ルミナリエによれば、俺を向こうには帰せないわけだからな。
それに、この転移魔法? と言っていいのだろうか、それが再び成功する保証はない。そもそも、あれは向こうからこちらへと呼び寄せるための魔法で、こちらからの転送? に対応しているのかの検証もされてはいないはずだ。
次もまた、同じように、同じところに、座標を置くことができるのかは、ルミナリエにもわからないだろう。そもそも、あの時だって、どこかと明確に指定して開いたわけじゃなかったらしいからな。
そんなあやふやな手段にこの身を、さらには、この国にとって次期国王として大切な人物であるレアード王子を委ねるというのは、かなりの勇気が必要だ。
「非常に遠くなので不可能かと。ただし、絶対に造るのは無理という代物でもないし、許可が貰えるのなら、王都、あるいは城にでも造ることはできるんじゃないかとは思う……いますけどね」
そんなに簡単なことじゃなく、むしろ、困難なことだけどな。
しかし、あちらの世界にはなく、こちらの世界にはある技術も存在する。
魔法だ。
魔法をそういった工事にも転用できるのならば、城の敷地にでも、プールを作り出すことも不可能じゃないんじゃないかと思っている。
もちろん、一番必要なのは、国王様からの許可だけどな。
「まあ、今はプールの話はこれくらいにして。それで、俺としては、王子に泳ぎを教えるのは一向に構いませんけど……」
ちらりとルミナリエたちの方を見れば、レアード王子も厳しい顔を浮かべた。
ここへは、皆の護衛として、ついて来ている。それにもかかわらず、自分の都合で護衛のひとりを独占してしまうということに後ろめたさというか、引け目を感じているのだろう。
それはつまり、その間、ルミナリエたちの様子を見るのをシスネだけに任せてしまうことになってしまうということだからな。もしかしたら、俺やシスネにも悪いと思っているのかもしれない。
「こっちのことなら心配しないで。ちゃんとルミナリエ様達のことはあたしが見ておくから」
水着の上から胸に手を当て、任せて、と笑顔を見せるシスネに。
「ルシオンはルミナリエ様の『暇つぶし相手』ってことだけど、お城に勤めているのは同じなんだから、ルミナリエ様じゃなくても、レアード様のこともしっかりね」
「……別に、ルミナリエが相手じゃないからって、真面目になれないなんてことはないぞ」
シスネにお墨付きをもらい、俺はレアード王子とふたり、ルミナリエたちからは少し離れたところへと歩いてゆく。
レアード王子も黙ってついて来てくれたのは、多分、ルミナリエやマリエッタ姫には、自分が泳ぐ練習をしているところを見られたくはないと思ってのことだろう。
誰にだって初めてはあるんだから、堂々としていればいいとは思うけど、その気持ちもわからないでもない。俺にだってそういう経験がないわけじゃないからな。
「それで、王子様はどの程度泳げるんだ? 全く知識もないのか?」
人間なんて、黙って、身を任せていれば、水に浮く。
その法則は、別にこの世界だって変わらないはずだ。というより、風呂で確かめているから間違いない。
「いや、私にも知識くらいはあるし、水に浮かぶことくらいはできる」
そう言って、レアード王子は実際に海に仰向けに浮かんで見せた。
そこまでできてれば、もう十分だと思うんだが。




