『聖女様』の務め 3
じゃあ、具体的にどうするのかって話だが、もちろん歩くわけじゃねえ。
いや、正確に言えば歩いたりもするみたいだが、主な移動手段は馬車だ。
ただし、この馬車が普通の――普通のってのは、この世界で一般に利用されている辻馬車のことだが――それとは違っていて。
まず、オープンカーみたいに、屋根が取り付けられておらず、当然、窓もない。
普段、国王様や王妃様、あるいはレアード王子やマリエッタ王女が外出するときには、しっかりとした造りの、もちろん壁や扉のある馬車を使うみたいだが、この『お披露目』の際にルミナリエが乗るのは特別仕様のものだった。
ルミナリエの姿を見せる必要があるんだから仕方がないとはいえ、あまりに無防備過ぎるんじゃないかと思ったが。
「『聖女』を直接害そうとする――あるいは、少なくともこんなに公の場で直接的な危害を加えようという人は、まあ、ほとんどいないでしょうね。私に何かあれば、その人たちも魔法を使えなくなってしまいますから。そこまでの意志はないのでしょう」
そうだよなあ。
ここは俺の元居たところとは違って、魔法という力が存在している。
その利便性のためか、それに見合った発展、進化を遂げているんだろう。
「姫様ー」
「ルミナリエ様ー」
そんな声援も聞こえてくる。
ルミナリエはずっと出ずっぱりで、向けられる声援に向かって手を振り返している。
やがて、馬車は広場に到着し、その進みを止める。
当然、その中央に噴水のある広場では、ルミナリエの姿を今か今かと待ち望み、詰めかけた人でごった返していた。
すげえ人だな。
即売会とか、アイドルのライブだとか、それ以上に混雑してるんじゃねえか? まあ、俺は両方とも行った事なんてねえから、新聞やら、ニュースサイトの記事やらに載っている写真でしか見たことなかったんだが、これは想像以上だ。
というより、実際に自分で参加する――とはいえ、今回は、いわば、運営側として参加するみたいな形になっている――こと自体、初めてなので。
「おい。見たか?」
「聖女様の隣にいたあの男は誰だ? 騎士団の恰好をしていたわけじゃねえし、かといって、メイドってこたあねえだろ?」
「落ち着けよ、そんなわけねえだろ。それよりも――」
別に聞き取りたくて聞き取っているわけじゃねえ。
ただ、この場で最も関心のあることはルミナリエ、つまりは『聖女様』のお披露目であり、そのことについて言い争っているんだろう。
個人的には言いたいことは色々あったが、俺が出て行けば話はややこしさを増す一方だし、はっきり言って、現状以上に上手くまとめられる気はしねえ。
「つうか、俺がひとり、ちょっと隣にいるくらいで、そこまで問題視するかね、普通」
普通に考えれば、姫様の近くに侍っていること自体、護衛かなにかの任を帯びているのだと考えるのが妥当なところじゃねえか?
「……仕方ありません。近しいものほど魔法という力を得る恩恵は大きいと考えられているのですから。現状、物理的に最も近くにいるのはルシオン、あなたですから、あなたに注目が集まるのは必然と言えるでしょう。ましてや前回のお披露目のときにいなかったあなたを連れてるとなれば当然です」
なるほどな。
「加えて俺は男だしな」
「どういうことですか?」
ルミナリエはわかっていない風に小首を傾げる。
「いや、だから、自分達の国の……可愛い姫様に、悪い虫が寄ったんじゃないかと、精神的にだな――」
「意味がわかりません」
そこまで説明したのに、ルミナリエはばっさりと切り捨てた。
本当にわかってねえのか、この姫様は。
「あなたにはわかるとでも言いたげですね、ルシオン。そもそも、解説してくれていましたし」
ルミナリエが、ねだるような――そこまで直接的ではないが――視線を向けてくる。
いや、俺にはわかっているし、むしろ、わかってねえのはこの姫様だけだろうが、それを俺が説明するのは、なんというか、気が引けるっつうか、自意識過剰みたいでなんか嫌だ。
しかしこのまま答えずに黙っているってわけにもゆかず。
「だから、制限されているはずの『聖女』に近しい人物ってことで、あー、いや、なんだ、まあ、その……」
これ、自分で言うのはすっげえ恥ずかしいっていうか。
「はっきりしてください、ルシオン。答えのあることで、それが明確にあなたに分かっているのなら、説明してくれないと、気になって夜も眠れなくなります」
「……いや、まあ、なんつうか、わかったけどよ、そっちも腹決めろよ、ルミナリエ」
ルミナリエが早くしてくださいとばかりに頷くので、俺は「仕方ねえな」とため息をひとつついて、腹を決める。
ええい、ままよ。
どうせ説明するまで収まりはしねえんだ、この好奇心の塊みたいなお姫様は。特に、それがすぐに答えを得られるようなものなら……この言い方はあんまり良くねえか、その答えをすでに知っている人物がいるってんなら、聞くのが最も手っ取り早いことは事実でもあるからな。
「つまりだな、お前のすぐそばに侍る男ってのが、俺で初めてだったんだろ? だから、周りの奴らは俺たちが、あー、いわゆるところの男女の仲みたいに――恋人みたいに見えたんじゃねえのかってことだよ」
何の罰ゲームだよ、これ。
しかも、こっちにはそんな気は全くねえんだぞ。
もしかして、俺は幼女趣味はねえと、ひとりひとりに説明して回らなくちゃならねえのか? いやいや、連中だって、物珍しさに騒いでるだけだろ、きっと。
「えっ……あっ、そ、そうですか……」
ルミナリエは少しばかり頬を赤らめ、小さくなりつつ、ちらちらと伺いみるような視線を時折向けてくる。
やめろよ、なんか意識してるみたいで、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃねえか。
まあいい。
正直予想以上ではあったが、知っていたとしてもこの場までついて来るという選択肢しかとらなかったはずだしな。
「聖女様ー」
俺たちが馬車を降りるのを待ちわびていたように、俺がルミナリエの手を取りながら馬車を降りると、周囲のざわめきは一層大きくなった。
まあ、別に気にしねえけどな。
そして、俺と同じように気にしなかったのは、小さな子供たちだった。
親元を離れて駆け寄ってくると、ルミナリエも微笑みながら腰をかがめて、笑顔で頭を撫でたりしている。
このくらいの接触なら許されるのか。
ルミナリエが力をコントロールできるってわけじゃねえんだとは思うが、まあ、個人差レベルの問題だろう。多分。それとも、接している時間の問題なのか? などと考えてみたところで、そもそも、細かいことまではわかるはずもねえ。こんなに簡単に解決できるなら、先人がとっくにやっているはずだ。
他の人もルミナリエの下に殺到するんじゃないかと身構えていたが、意外にも、遠くから微笑しげにこの光景を見守るだけで、大人たちまでもが突撃してくることはなかった。




