7話 軍勢7
「───という訳でな、妾達は地名も何もかも分からないのだ」
恰幅の良い男性に、いつの間にか洞窟に居たという設定を話した。もう一人はどうしたのかと言うとゴブリンの死体を一つの山にする作業をしている。器用にこちらの話を聞きながら。
「ふむ。エンブライト王国、ターダー渓谷、モンスハリナ大森林、砂漠…えー赤肌のキャラバン、エルイス山脈。この中で聞き覚えのある単語はありますか?」
「む?…無いな」
「となると…うむ」
「なあ、先程の単語で何が分かったのだ?」
「エンブライト王国は大陸の中央と呼ばれてまして、ここもエンブライト領なのです。残りはそれぞれ私が知っている限りの東西南北にある地名であったりするのですが、知らないと言うことは未踏破地帯のその奥か、大陸の外からか…」
未踏破の場所があることは少女達には有り難かった。地名を知らないのもここの辺り出身ではないから、で済ませられる。そんな時、ゴブリンを集め終わった剣士の男が口を挟んだ。
「ロックドラゴンの群れの真ん中にダンジョンが出来たなんて聞いたことがないが…。組合に報告した方が良いか」
「そうだね。しかし災難だね転移罠を踏んでしまうとは…」
「?転移罠じゃと?」
転移罠。知らない単語に老人が口を出した。自分達に関係がありそうな単語であるからだ。
「あれ?知らないの?」
「この方達の地域は迷宮が不活性だったのかも知れませんね。転移罠、例外の転移罠は実在するお伽噺のような物です。普通の転移罠は有りますが、その迷宮を超えて他の迷宮に繋がるなんてことはないんです。ですが、大昔にはそういう経緯で飛んできた人物が記録に残っているんですよ。そのどれもが歴史に名を残しています」
「ぼくらは歴史の目撃者になれたかもしれないですね」
「うん。縁起が良いねぇ」
そう言って笑う二人。その時、剣士の男がゴブリンの死体の山に火を付けた。いつの間にか火種を用意していたようである。その燃える山を背後に剣士が言った。
「あ、そちらばかりに話させて自己紹介がまだだったね。ぼくはジェレミ。上級冒険者やってます」
「ジェレミくんを雇っているのが私、エミュ・スパイア。スパイア商会っていう店をやっているんだ。宜しくね?」
「おお、よろしく頼む」
そういって軽く頭を下げる商人。釣られて三人も頭を下げる。挨拶の時には頭を下げる、という文化がここにもあるようだ。
その時、少女は自己紹介と身分の設定を話すのがまだであったことを思い出した。
「妾達も名を話していなかったな。妾は鬼姫、後ろの二人は従者だ」
「わたしはキャメロット、姫ちゃんの護衛よ。よろしくね」
「わしはマッド。姫様の教師をしておる」
「おーよろしくね」
冒険者の男は軽く手を上げて了承の意を示す。そんな中商人は考え込んでいた。考え始めたのが少女の自己紹介であったので、少女について何か思うことがあったのだろう。
「うーむ。鬼姫さんはそれが名前ですか?称号ではなく?」
「そうだが。…何か」
「では名無しの姫ということか…。教会の巫女様であるまいし…」
鬼姫という名前で貫き通そうと考えていた少女。こんなに突っ込まれることになるなら、名前は沼菜園テイスト…老人のように考えておけば良かったと感じていた。
「私の知る限りでは一族の長の娘に名前を付けない文化のある鬼人族など、聞いたことがない。やはり遠くから来たのだろう」
「そ、そうだ。文化が違うでな」
この名前を怪しまれた時はどう弁明しようかと考えていた少女であったが、図らずとも遠くから来たという言葉の信憑性が増した結果となった。
「それで助けて欲しいというのは、故郷を探すのを、ということですか?」
「いや、そこら辺は妾達でやる。どこか人の居る街とかに連れていって欲しいのだ」
「丁度商品を仕入れに行く途中だから大丈夫だけど、それだけで良いのかい?」
「構わない。それで料金なのだが…」
「あはは、そんなもの要らないよ」
「だがな…」
「うーん。…じゃあ護衛の手伝いでもしてくれるかい?ジェレミくんは凄腕だけど一人しか居ないからね」
「…役に立てるか分からないが、それで良ければ」
「冒険者は困ったときは助け合いって言葉があるからねー。鬼姫さんは冒険者じゃないけど」
こうして三人は商人に同行することになった。三人は幸運に恵まれたことを感謝したが、それよりも本当に遠くへ来てしまったこと、もとの場所へ帰れる希望が薄いことを強く感じてしまった。
ちなみに死体を放置しないのは冒険者のルールであるらしく焼いたが、死体を焼いても血の匂いが残っているのでこの場はすぐに離れるらしい。三人は馬車に乗せて貰えた。商人は御者をするらしく、基本的には馬車の外に居る。馬車の壁が分厚いので中は余り広いとは言えないが、何とか三人は座るスペースはあった。
「あ、水飲む?」
「くれるのか?」
故に冒険者の男と相乗りということになる。男は三人へ水が入った水筒を取り出し、手渡した。喉が乾いていた三人はそれに飛び付く。水筒は生き物の革をなめして作ったもので、水は少しだけ塩辛い。発汗対策の塩分であった。
「有り難うジェレミ殿」
「気にしないでー。それでちょっと質問なんだけど、三人は戦える?」
「む?全員戦えるが」
「へー以外。キャメロットさんはともかく鬼姫さんは無手だし、マッドさんはご高齢だし。やっぱり魔法?」
「魔法…あー、物理じゃよ」
「物理」
ゲーム内でそういったスキルのある装備を付けていればともかく、魔法など使える訳がない。鎧姿のHP譲渡や少女の狂化は魔法っぽいが、そこら辺は怪しい。使えないと思っておいた方が良いのだ。
「いや、冒険者でパーティを組むときは自分の名前と使う武器、魔法を話すのが、基本なんだ。別に決まりという訳ではないけど、その方が連携取り安いしね」
「確かにな…」
「そういうことね…」
今後の為というならばと鎧姿は剣の鞘に手をぽんと当て、長剣を使うこと、余り強くないことを言った。それに続いて老人も戦い方を言うが、ただ杖で殴るだけということを聞いて冒険者の頬がひきつっていた。
「あはは………マッドさんは余り前線に出ないでね」
「次は妾だな。妾の武器はこれだ」
そういって少女は聖炎護手を発顕させた。突然上がる白炎に目を向く冒険者の男は少女に詰め寄る。
「えっ何それ。すごい」
「え"っ(不味かったか…?)」
「魔力感じないしどうなってるの?うわ熱くない。へえーすごい」
「これは何て言うか。初めから使えた…そう生まれつき、生まれつきだ」
一応この身体になってからなので、生まれつきでも嘘ではない。冒険者が御者側にある小さな小窓から顔を出して商人へ言った。
「エミュさん。すごいですよ鬼姫さん」
「どうしたのですか?」
「白い炎が出たんです。腕から」
「白い炎。…大昔の聖女様を思い出しますねぇ」
「聖女様?何ですかそれ」
「昔の人ですよ。聖紋教会の。その聖女は純白の炎を操りし、その炎は魔の者のみを焼き、人はけして傷付けない。炎は太陽となり闇を焼く」
「はぇー、かっこいいですね」
「聖女は白い炎を球体にして距離関係なく狙い撃ちに出来たそうです。鬼姫さんもおんなじですかね?」
「妾はそんなこと出来ないが…」
「じゃあ別物です。良かったですね」
別物で良かった。その言葉に三人は首をかしげる。教会の力を借りることが出来れば楽に情報を集めたり出来そうなものだからだ。
「聖紋教会も落ち目ですからね。鬼姫さんは安易に取り込まれると一生教会暮らしなんじゃないんでしょうか」
「えげつないですよ連中はね」
「ひぇぇ」
権力の傘に入れるのと引き換えに一生教会暮らし。それは避けたい。少女は人前で聖炎を顕すのは避けようか悩む。
「別に良いんじゃないでしょうか。教会の目があるのは基本的に街中だけですし」
「そーですよね。物珍しさで誘拐というのもありますが、出し惜しみして死ぬ可能性もありますし」
少女は取り敢えず隠せるときは隠す、必要なら構わず出す、ということにした。
馬車は進む。
???「身体で払ってもらおうかな~」