5話 軍勢5
ロックドラゴンの凶爪が、少女の頭を削ぎ落とそうと迫る──と、いう所で急に爪が失速した。
「ひぃ」
ロックドラゴンの体が重力に負け、沈み込む。その体には黒い炎は纏っていなかった。どうやらギリギリの所で少女は呪いを解いたようである。
「あそこまで頑張って!」
「…!…!!」
鎧姿の指差す方向には今いる地面が荒らされた岩場ではなく、生い茂った緑が存在している。これはロックドラゴンの縄張りの外であるという証跡だ。
希望が目の前に現れた三人だが、その行く手を阻むように一体のロックドラゴンが寝ぼけ眼で辺りを見渡していた。どうやらこの騒ぎの中寝続けた猛者のようだが、最悪のタイミングで目を覚ましてしまった。
そのロックドラゴンは長ほどではないがその体はかなり大きく、迂回しては後続のロックドラゴンに追い付かれてしまう。だがこのまま進めば間違いなくぶつかる。
鎧姿は即座に決断を下した。
「アイツの脇をすり抜けるわよ!」
「…マジで?」
「…(死んだ目で頷く)」
起きたばかりのロックドラゴン。少し老いているように見えるので、老ロックドラゴンとする──が、目の前に迫ってきている。脇を通り抜けるしか選択肢はないようだ。
鎧姿、少女、老人の順に走っている三人は、その順番のまま突入していった。
──グルゥ?
つぶらな瞳で獲物を見詰めつつ、翼腕を持ち上げる。そして無造作に地面へ叩き付けた。その照準は鎧姿。鎧姿はすんでのところで回避、砂埃を浴びながら脇を通る。
老ロックドラゴンは口を大きく開けて少女へ噛み付く。少女はその大振りな動作を余裕を持って避け、鎧姿への後へ続く。
そして、老人は動作を終えた老ロックドラゴンの脇を通り、そのまま通り過ぎることができると思いきや、既に尻尾が待ち構えておりそれが振り下ろされた。
「くぁっ!」
老人はかろうじて杖で攻撃を防ぐが、足が止まってしまった。その隙を見逃すロックドラゴンではない。それは老いた個体も追ってくる個体であっても同じであった。
「爺!走れ!」
老人の身体から黒い炎がゆらりと湧き出る。少女が硬直して動けない老人へ焔の呪いを掛けたのだ。勿論、先ほどのロックドラゴンへ掛けたように何重にも重ねるのではなく、安全だと分かっている三重である。
この濃度の呪いは、致命的な程精神を汚染しない代わりに湧く力は僅かなモノ。だが、それがいち早くその場を脱するのに役に立った。老人は体制を建て直し一目散に森へ駆けていく。
「ありがと!助かったよ!」
そうして三人はロックドラゴンの縄張りを抜け、無事に森への侵入を果たした。縄張りから異物を追い出すことに成功したロックドラゴンは次第に興奮を抑えていき、やがて元の生活へと戻っていく。
縄張りを抜けてしまえばもうロックドラゴンは追ってこない。そのことをゲーム内の図鑑によって知っていた三人。ただゲーム内と同じ存在とは限らないので距離を取るために更に移動していた。
「…ふぅ、これはセーフ、か?」
「はぁ、はぁ、まだ安心するのは早いわよ」
「もう、歩いても、良さそう、だけどね」
ロックドラゴンは追ってこないと暫定し、ここから先は歩くことにした。そんな三人だが足取りは余り早くない。それには理由があった。
「喉、乾いたな…」
「そうね…」
水が無い。そのことは分かっていたが、必死の逃走で喉の渇きが早く来てしまった。周囲には木ばかりで植物以外の物は見えない。その植物も見たことの無い物しか存在していないのだ。
少女は一株の蔓状植物を見て呟いた。
「こういった蔓を切ると水が確保出来るとは聞いたことがあるけど…」
「ほんと?やってみましょうか」
「やめた方がいいよ。毒があるかも分からないし」
少女の提案は一旦却下され、それは本当にどうしようもなくなった時に実行することにした。そのまま歩く三人。木の根やぬかるみで歩きにくい森の中は、少しずつ体力を削っていく。そんな時だった。
「なぁ、なんか水の流れる音しないか?」
「…するわね」
「アッチからだね。急ごう!」
早足で音の発生源へと向かう。その速度は先ほどまでの鈍足とは比べ物にならないほど早かった。しばらく歩くと森が開ける。砂利が多く混ざった地面の先には、大河とはいかないものの立派な川が存在していた。
「やった!」
「川ね、これで安心だわ」
川の様子は若干ながらも濁っているが、なんとか川底も確認できた。名前の分からない魚も泳いでいる。川辺には見たことのない草木が根を下ろしていたりするが、森の中ほど植物は豊かではない。砂利ばかりの硬い地面が良くないのだろう。
「…飲めるか?」
とにもかくにもそれが不安要素であった。生水を飲んで腹を下したり、未知の寄生虫が体内に入り込んだりする可能性がある。生水は加熱すれば大方安心だが、火種を起こせそうな道具はない。
「…姫ちゃん、聖炎護手装備だったわよね」
「そうだけど…中身は呪焔剣だし、そもそもロックドラゴンの群れを抜けるときにも顕現しなかったしなぁ」
「あれは戦闘というより逃亡だったし…、どうにか出せないかな?」
「やってみる…」
少女の装備している筈の武器は"聖炎護手"といって、武器を装備して戦闘へ入ると両手が白い炎で燃え上がるという特殊なものだ。ちなみに同じシリーズの"聖炎護腕"も同じく戦闘へ入ると顕れる。
これらの通常は無手に見える武器、防具はキャラクターの外観に拘る者が良く愛用しているものだ。他にも指輪等があるが、いずれも判定が狭く、またその特性上奇襲に弱い為採用されにくい。そんな武器を少女は使っていた。
「あ、出た」
少女がぐっと力を込めると両腕に纏わり付くように炎が上がる。その通常ではあり得ない純白の炎は、見る者に神聖な印象を与える輝きをしていた。
「燃え移るかしら。これ持ってみてくれる?」
鎧姿がその辺で拾ってきたと思われる木の枝を差し出す。少女はそれを受け取るが、炎が燃え移ることもなく枝は存在していた。
「燃えないわね」
「そうだね。ちっとも熱くないし見掛けだけだね」
「うーん、失敗か」
燃え移るような炎ではないことがわかったが、少女の関心は違う所にあった。ゲーム内では当然の様に装備していたが、こうして装備してみると違和感が凄いのだ。重さも無く、熱くも無い。そして手の内にある枝の感触も無い。炎を除けば透明な鎧を身に付けている感じであるが、重さが無いのが違和感を後押ししているのだ。
少女はそのまま手に力を入れ、枝をへし折った。
「うえっ!?凄い握力ね」
「僕にはとても出来ないよ…。攻撃力に振ってたんだね」
枝の破片を手から払い落としながら、少女は首を傾げた。何を言っているのだろう、と考え直後に思い至る。
「ああ、これは仕様だよ」
「?どういう意味だい?」
「不可視の籠手が素肌から一定の距離を保ってる感じ。だから物を持っているのに無理矢理手を閉じようとした結果、反発してこうなるみたい」
「こんな仕様が。…やはりここはゲームではないのね…」
「いや?ゲームでもこの現象はあったぞ。でも反発がそんな強い訳じゃないから、普通にガードしても微動だにしない、ということは無かったけど」
「…知らなかったな」
この現象だが、広くは知られてはいない。理由といえばそもそも近付かれたら終わりのゲームでこの現象を目の当たりにする者が少なかったし、こういった系統の装備を愛用している者にとっては普通であると思ってしまう。そして、それはわざわざ攻略サイトへ記したり、装備の利点として上げたりはしないのだ。
また、攻撃力が一定を超えると反発を握力が上回り、自身の力で握り締めているのと変わらなくなってしまうという現象も起こっていた。ただ少女の攻撃力より圧倒的に上なので利点として生かせているのだ。
「これで殴ったとしても自分が押し出されるからな。余り意味はないよ」
「それもそうね。姫ちゃんいかにも軽そうな見た目だしね」
話題が逸れまくっているが、火は起こせない。流石に生水を飲むのは怖いということで川に沿って歩くことにした。これでいつでも水は確保出来るし、何より川に近ければ人里に当たるという憶測もあったからだ。




