41話 底力1
──オオオォォォオオッ──…!
巨大な影が夜空に吼える。その黒い体は闇夜と殆ど見分けが付かず、人間の目には闇が暴れているようにしか見えない。闇夜が手当たり次第に地面を叩き、当てもなくさ迷う。
影の女王は日が落ちても討伐されず、深い夜に状況を変えていた。
場所を変えて王都の中。ギルドに併設された酒場は、今や待機している冒険者や組合職員の溜まり場となっていた。約半数は疲れで眠りに落ちているが、残りの半数はテキパキと仕事をこなしたり武器の手入れをしている。
その酒場の片隅にある冒険者らと組合員の姿があった。その場に居るのは五人であり、一人は特徴的な黒い角が生えている。
その者の内三人は鬼姫とキャメロットにマッドであった。
「で、大丈夫なのかね?キャメロットくん」
「主語が無いので分かりませんわ」
「あの黒い貴婦人の事だよ。意地悪しないでくれ」
三人以外の二人。組合員と冒険者の顔は鬼姫とマッドは知らない。ただ一人キャメロットだけは顔見知りのようであった。
キャメロットとやり取りをするのは中年の男。若くは見えるのだが目元や口元に隠しきれない皺を作り、無精髭を携えた姿はどこか疲れた様なオーラが漂っている。だが眼力は強く白髪が混じりながらも整えられた頭髪は未だ現役だと強く訴えかけるのだ。
「夜は問題ないわよ。三方向くらいから遠距離で攻撃していけば大丈夫。問題は夜が明けてから」
「うぅむ…。夜明け前に集めて…、避難は…。悪童共は起きんだろうし……」
「もっと気軽に行きましょう。白髪も皺も増えちゃうわよ、グランドマスター?」
「私の一存で大勢の生死が決まるのだぞ?何時になってもこれは慣れん」
このくたびれた男をキャメロットはグランドマスターと言ったのだ。そう彼こそが冒険者組合の総代表。各地に点在する支部長をも束ねる存在である本部長という立場にある。
そんな本部長と随分親しげに会話しているキャメロットであるが、これが特別凄い……という訳では無い。彼は相手に最低限の礼儀さえ弁えてくれれば口調等は問わない、というスタンスを持つのでこのような会話が生まれるのだ。
あの『忌み嫌われし影の女王』の情報は冒険者ギルドの記録には無いらしい。ギルドは相当歴史があるはずであるが、そんな組織が把握しておらず、尚且つそんなレイドモンスターを知るのはこの三人だけ──もっと言うと『軍勢オンライン』という"ゲーム"を知っている自分達だけである。
これは軍勢オンラインの自分達がこの世界に転生してのが関わっているのか、それとも因果が逆であるのか。全く関係ない可能性すらある。
疑問は湧き出るがいくら考えても答えは貰えない。ただ一つ分かっていることは、三人がこの情報をどうしようが自由である、ということだけだ。
「──日中は囲んで小さいのを潰す。夜間は行動の阻害。それだけしていれば時間は掛かるけど一番安全に倒せるわ」
三人が選んだのは情報を広く開示するというものであった。三人は、というよりキャメロットの意向が大部分を締めているが、二人も特に反論は無かった。前世で幾多の廃人ユーザー達の活躍により影の女王に限らず、レイドモンスター達の行動パターンは解析され尽くしている。
影の女王で言えば配下が一定の数を割れば歩みを止め配下を生産。そして生産の行動が終わったならば進撃を再開するのがルーチンであった。
しかしその再開時に配下を増産前より少なく出来れば女王は再び配下の生産を行う。それを続ければ圧倒的なステータスを誇る影の女王の相手ではなく、比較的弱い一般影魔物の相手だけで大部分を削ることが出来る。
その戦法の欠点としてはクソみたいに沸いてくる雑魚敵のみを対象とする為、酷く時間が掛かることだ。かといって女王本体に攻撃を加えるとパターンが崩れてしまうのでそれも出来ない。配下の減らしすぎも別の行動パターンを誘発させてしまうので駄目。
この世界がゲームであるならば効率化すべきなのだろうが、あいにくと現実である。時間が掛かろうとも安全策で行くべきだ。
「…だが冒険者も疲弊する。かといって全力を傾けてはだっ」
「──本部長?」
「ああ、いや、問題ない。それよりもキャメロットくん。君が前線に立ってくれるとのは嬉しいが、本当に良かったのかね?」
「ええ、構いませんわ。私が居た方が被害が減らせると思うの」
「こちらとしては大歓迎であるが、君は強くはない。純粋な戦闘面の話でな。で、コイツを連れて行くと良い」
本部長は今まで不動を保っていた男に視線を移す。その男は筋肉の鎧を身に付けているようにがっしりとした体形であるが、人間を無理矢理潰して広げたかのように背が異様に低く、顎には剃り残したと思われる髭が少しだけ残っている。
要するに彼は人間ではなく、鉱人種と呼ばれる者達の一人。いわゆるドワーフであった。
「鍛冶師ではあるがこの筋肉だ。体躯を生かして大楯も持てるし、簡単な修理なら現地で出来る。初対面に対して少し無愛想だが、まあ…、なんだ。これでも情は厚い男だ。……ダダン、彼らを頼むよ?」
「……名はダダン・ダデュート」
「ダダンね。よろしくお願いしますわ」
「……ああ」
ダダンと紹介されたドワーフの男はそれっきり黙り込んでしまう。こちらを嫌悪しているようには感じないことから、元来こういう性格なのであろう。
紹介を終えた本部長は長いため息を吐き出し、ギルドの受付方向に足を向けた。
「じゃ、私は少し仮眠してくるので…」
「え、ええ…。分かったわ」
しっかりとした足取りで歩いていく本部長。だが若干フラついているように見えて危なっかしい所を、いつの間にかどこからか沸いて出たギルド職員が本部長の身体を支えている。
夜の真ん中頃に、残されたのは三人とドワーフだけ。会話の糸口が中々見つから無くかなり気まずい空気であった。




