17話 巣立ち1
ごりごり、ごりごりと部屋中に無骨な音が響く。鼻にツンと来る独特な匂いが広がる中で和装の、二本の角の生えた少女が胡座をかいてなにやら作業をしている。薬師の依頼を受けてから数週間経過していた。
石で出来た薬研──薬の材料となる植物や鉱石といった物を磨り潰す為の道具──の車輪を前後させて輝薬草を潰している鬼姫。そこへ乾燥させた落陽草を加えて更に引き潰す。
「…お姉ちゃん。出来たよ」
「お、助かる。ありがとなアリア」
「お仕事だから…」
薬師の娘であるアリアが鍋を持ってきた。それを受け取った鬼姫であるが、薬師の娘は直ぐに戻ってしまった。ずいぶん警戒されている様子だがこれでも仲良くなっている方である。
鍋の中身はつゆ草と乾燥させた魔物の肝を井戸水で煮込んだものであり、色は濃い黄色だ。さきほど潰した薬草をこれに加える。
「ふい~、帰ったぞい」
「お帰り爺」
「む、調合も佳境じゃな。手伝うぞ」
外で狩りをしてきたマッドが薬の作成に加わった。だが後は瓶に詰めて蝋で蓋をするだけなので別段難しい訳ではない。マッドがこし布の付いた漏斗を瓶にセットし、鬼姫がゆっくりと鍋の中身を注いでいく。こし布には葉や茎、肝の欠片が取り残され、透き通った薬液のみが瓶に溜まっていく。
「……あ、あの」
「どうしたんだ?お父さんならもうすぐ帰ってくると思うぞ」
「…あたしも、手伝う…」
「手伝ってくれるか!なら蓋を手伝ってもらおう。やり方は」
「知ってる。父さんと前まで作ってたから」
薬師の娘は薬液の注がれた瓶に木片と蝋燭で蓋をしていく。木片はコルクのようであるが、コルクのように細かく砕いた木を固めたものではなく木の欠片そのままを蓋として使用している形になる。薬師の娘が最後の一瓶に蝋を垂らし終わった時、全身鎧のキャメロットがぬっと顔を出した。
「きゃっ!」
「アリアちゃあっ…。…ただいま帰ったわ」
「ふむ。お帰りじゃの」
薬師の娘がキャメロットを見た途端に走って物陰に隠れてしまった。どうやらまだキャメロットには慣れていないらしく、近付くと逃げてしまう。おそらく全身鎧が威圧的で怖いのだろうが替えの鎧はない。キャメロットは肩を落としながら仕事に付いて話し出した。
「どうだった?ギルドは」
「良かったわよ。読み書き出来て計算が出来るというだけで厚待遇だったし、給金も悪くなかったわ。ほら大銅貨一枚よ」
「一日働いて大銅貨一枚。銅貨十枚分か…」
「しょうがないじゃない。命の危険は無いんだもの。簡単な所しか任されてないし…」
キャメロットは自身の戦闘能力を省みて戦う必要のない冒険者組合職員、ギルド職員の見習いに付いていた。一見この選択は戦いから離れる為と思えるが、実際は冒険者に知らされない組合の情報を集める目的があった。情報は何をするにしても大切である。前世では会社員だったので出来るだろうという考えもあったのでこの選択をしたのだ。
回復薬、又の名をポーション、を作り終えた所へ薬師も帰宅し食事となる。夕食はマッドの獲ってきた野うさぎと野菜を煮込んだ鍋だ。弓矢や仕掛け罠を利用して獲ってきたうさぎは血抜きも良くされていて新鮮な分硬いが臭みはなく旨い。良く罠が壊されていたり盗まれていると度々憤慨していたが。
鍋を自分の椀に掬い入れながら薬師は話す。
「三人とも、今まで有り難う。おかげさまで手はこのとおりだ」
薬師は右手をぐっぱぐっぱしながら見せてきた。傷痕は薄く残ってしまっているが、動かすのには支障がないようである。それすなわち一行はお役御免という訳だ。
「今日仕入先にも説明してきた。…これから君たちは組合でまた働くのかい?仕事に困っているようなら友人を当たってみようと思うが…」
「その辺は問題ない。…王都の方へ興味が出て来てな」
「なんと!そうか王都か…。やはり冒険者として名を上げようと?」
「いや、そういう訳ではない。情報収集に良いと思ってな」
「ふむ確かに。ここグラドの街には有りませんが王都には図書館がありますからな。このような辺鄙な所とは比べ物になりません」
この世界を知る為、より人が集まる所に行くという魂胆である。だが理由はそれだけではない。商人はともかくグラドの住人は皆優しく居心地が良くて、冒険しにくくなってしまうのだ。
程々に仕事をして、暖かい飯を食べて良く寝る。今の体は女性であるからいつかは伴侶を迎えるかもしれないし、一生独身であるかもしれない。こうやって生活していけば安らかな最期を迎えられるだろう。
だが三人はそれでは満足出来ない。
性格は違えど軍勢オンラインを極めた生粋のゲーマーである。魔法のあるファンタジー世界に降り立ち、冒険するなという方が無理な話だ。
「出発はいつ頃で?」
「出来れば一週間以内に出たいが…。ここまで言っておきながら準備も何もしてない。まだ未定だ」
「そうですか。…なら、回復薬を幾つか持っていってください。後は古いですがバックを」
「…助かる。有り難う」
「皆さんは既に他人ではありませんから。…家がこんなに賑やかなのも久し振りで、嬉しかったですし」
「……お姉ちゃんたち、いっちゃうの?」
「ああそうだよ。王都だから遠いな」
「……そう…なの」
薬師の娘は俯いてしまった。思えば最初より随分仲良くなったものである。
下級に昇格してから初めての依頼は、最後の一日を迎えていた。依頼達成料は少ないが、ポーション数本と古びたバック、そしてなにより薬の知識を得ることが出来た良い依頼であった。




