逆襲編:銀の乙女と眠りの君8
会長が倒れたあの日から黒すぐりの会のサロンは昼夜を問わず人が行き交うようになっていた。得た情報の整理、伝達や会議が常に行われている。サロンの円卓上には人の背丈の半分はある大きな本が置かれ、開かれたページから描かれた地図が立体的に浮かび上がっている。王国全土を精巧に模した地図だ。これをシェザン王子が初めて見た時の驚きようは実に見ものだった。
セルバート・ケディックが"殺害"された夜。黒くずりの会のサロンには会員と王子他あの時に居たメンバーが改めて集結した。
学園を封鎖し、不穏な動きを見せた者は隔離した今、学園外への情報の漏洩は今のところない。けれど明日には周囲に異変が伝わるだろう。学園の異常は出入りの業者はもちろん生徒の家族が子供と連絡が取れないと不審に思うはずだ。夜明けには王宮から何かしら情報を流す事になるだろう。流す情報は最低限でかつ此方に都合が良くなるように反国王派に反応してもらいたい。今晩の内にこれからの計画を立てる必要がある。
地図には土地を治める貴族の名前、国王派は赤い旗が、反国王派は青い旗、中立派には黄色い旗がたなびいている。
シェザン王子が地図を見ながら呟く。
「さて、布陣はわかった。反国王派はどう動く予定なのですか?」
私は頷くと王都を指差す。先ずはどちらが頭を取るかの戦いだ。
「国王が学園に騎士団を配置し、城が手薄になったところに奇襲をかける予定です」
「王城の兵士が少ない分警戒するのでは?」
「王城へは有力貴族からの兵の応援を申し出ます。時がきたらその者たちが寝返る算段です」
「・・・なるほど。王城を手薄にはしたくないけれど、学園へ何も手を打たないのは不審に見えるでしょうね。貴女ならどうしますか?」
「王城からは学園へ警備として騎士団を派遣してもらいます。そして反国王派貴族からの増援を受け王城内へ招き入れます。彼らは中心部でなく城門に近い場所に配置してもらった方が良いでしょう。王都に隠れている反国王軍が攻めてくれば喜んで開場するでしょうね」
「それでは負けてしまうよ?」
「ええ。ですが計画的な犯行とはいえ怪しまれないように王都に隠れられる兵の数は限られます。・・・・学園へ出払ったはずの騎士団が居れば潰せますでしょう?」
「確かに彼らは精鋭だけれど、学園と王城は馬を使っても多少距離がある。そう早くは駆けつけられない」
「ご心配なく。・・・蛇苺。貴女なら1度に何人運べるかしら?」
私は静かに私の横で話を聞いて居たカグヤに視線を移す。
急に話をふられた彼女はびくりと小さく飛び上がったので彼女のベールが揺れ、帽子に付けられた小さな苺が踊る。
「え。私っ!?うーんん・・・・・やった事ないけど1000人はいけると思う」
カグヤの事だから何も根拠がないわけではない。おそらく、指輪からセルバートを探した時が彼女が今までで一番広く魔法を展開した時だから、その時の感覚で話しているのだろう。彼女はこの学園に居る全ての人間を認識し、移動させる事が出来たのだ。小首を傾げ私を仰ぎ見る彼女実に愛らしいが答えは可愛くない。
私はシェザン王子に向き直る。
「我らに距離的な問題はありませんわ」
「なるほど・・・蛇苺さん。期待してますよ」
「う、うん。私頑張るよっ!」
シェザン王子の目が期待と少しばかり警戒に細められる。今までで隠してきたカグヤの力は絶大だ。今はそれが味方だからいいだろうが、敵方になれば何よりも邪魔になる。だから彼女は権力者達から隠されてきた。
私は元気よく返事を返してきたカグヤの小さな手を私の手で包む。硬く握られ小さく震えていたが、包む私の手に拳を開くと握り返してくる。
カグヤは気が弱い。
私を見上げる視線には曇りのない信頼がある。
カグヤは純粋で清らかだ・・・そして本当はとてもとても頑固な娘だ。彼女には自分の正義があり、それを守るためになら彼女は動く。例え彼女の主人であるサイード王子が望んだとしても、彼が彼の友人を傷つける事をカグヤは止めた。カグヤは道徳と愛情を重んじる傾向がある。貴族社会では馴染みがないだろうが、この国で彼女ほど善良で慈愛のある女性はリディアナ嬢くらいだ。純粋さでいえば勝る・・・今なら気の弱さと権力はサイードで補える。カグヤの"正しい事"をしていれば彼女を恐れる事はないとシェザン王子もそのうち分かるだろう。ーーーーー頭脳はピカイチだがそれ以外はドジだし。本来なら売りのはずの戦闘が出来ない。言うなれば使えない刀剣を山程背負っている文官なのだ。まったく脅威を感じる必要はない。シェザン王子が必要もない心配事に心痛めているのは心底愉快だが、カグヤに危害を加えるようならサイード王子にさっさと連れて帰ってもらうしかない。
以前、バ会長が『はじめてのお使いです!』などと鼻息荒く宣い、人見知りの激しいカグヤに飴玉を一人で買いに行かせる試練を与えた事があった。警戒心の強いカグヤに気がつかれないよう皆なで方々で見守ったものだ。今回も同じくカグヤの身の安全のため学園内と王城で監視を立てるべきだろう。あの一人で学園の外にも出れなかった臆病な彼女が積極的になっている。帰ってきたらうんと褒めてやろう。曼珠沙華にお菓子を作ってもらわないと。
王子が城へ目線を移し、あごに手を当てる。
「兵を直ぐに移動できるなら市街地での戦闘は避け、王城の城壁内側のひらけた場所で迎えた方がやりやすいでしょうね」
「問題はどの城門に敵兵力が集まるかです」
「鈴蘭さんはご存知ではないんですか?」
「私は学園内との連絡役とお嬢様の警護が仕事なので、クーデターに参加する貴族の名は分かりますが策の詳細は知らされておりません。疑り深い旦那様の事ですのでおそらく個々に指示を出し、全容を把握しているのは旦那様だけです」
「それなら主だった貴族の屋敷に見張りを立て、臨機応変に兵を配置しましょう」
「見張りは此方で対応します。けれど、後追いでは混乱しますでしょう・・・とある会員が有力な情報を手に入れて来てくれました。彼の話を聞きましょう」
私は新たに解放された救護室の前に立つ黒ずくめの男に頷く。
男は救護室へ入り、車椅子を押して出てくる。
車椅子に1人の男が座っている。だいぶ疲れた様子で肩が傾がり、荒い息づかいが聞こえる程だ。私の隣に車椅子が置かれ、車椅子の男が私を見上げると掠れた声を絞り出す。
「帽子を・・」
私は彼の帽子を取り、その顔を晒す。
今までで静かに会議に参加していたクリスティーノが小さな悲鳴をあげる。
数時間前まで凛々しい姿を見せていたニコルは、見る影もなくやつれていた。疲労の色が濃い顔に、眼だけが鋭く光を持っている。普段の柔らかな印象とはあまりに違う姿。
「ニコル!どうしたんだっ」
クリスティーノはニコルに駆け寄ろうとしたが、近くに居た向日葵がすぐさま彼を拘束し私に1つ頷くと青白い光と共に2人して転移魔方陣で消える。
それはまさに一瞬の出来事で、事前に打ち合わせをしていたと知れるほど滑らかな動きだったろう。
シェザン王子や他の面々は驚き、怪訝な雰囲気となる。
シェザン王子が口を開く。
「ニコル。クリスは居なくていいのかい?」
ニコルの眼がぎろりとシェザン王子へ向かう。乾いた唇がかろうじて動き、暗く冷たい声が漏れる。
「はい。・・・これは僕の、商談です・・か・ら」
「そうか。・・・では君の話を聞こう"露草"」
彼もまたあの悪魔の呪いにかかったのだろう。ニコルのシェザン王子を見据える鋭い視線はまるで獲物を狩る猛獣の様に獰猛で、儚げで柔らかな露草はもうここには居なかった。




