逆襲編:銀の乙女と眠りの君7
黒すぐりの会と王子一団で軽い打ち合わせをした後、個々配置に着く事になった。私達は主人に悟られないようにすぐに寮に戻った。幸い未だセルバートの事は知られておらず、寮には夕食前の談話を楽しむ生徒達の姿がある。ただ、風紀院生の姿は見えない。それから時を待たずして風紀院生が武装した姿で寮に戻り、全員を食堂に集められた。異様な様子に戸惑う生徒達は憶測を囁きながら待った。シェザン王子とリードがやって来て説明がされた。『生徒が1人殺された。暴漢を招き入れた内通者が居る可能があり、学園を封鎖する』と。静かにシェザン王子の話を聞いていた生徒達はすぐさまに悲鳴を含んだ騒めきに包まれる。
誰が殺されたのか。どうして殺されたのか。なぜ学園を封鎖するまでの大ごとになっているのか。一生徒の殺害だけでないもっと大きな事件が隠されているのではないか。
憶測が憶測をよび、最初の小さな困惑が確かな恐怖へ変わる。
シェザン王子は声を張り上げ、生徒達を静める。
「どうか皆、気を強く持って。早期解決のため学園側も生徒院ならびに風紀院で学園の警備と事態の収拾に当たる。ただ、皆さんにはその間身の安全のため自室待機して頂きたい。食事は当番制で配給。窮屈かとは思うけれど、安全が確認されるまでどうか我慢して欲しい」
何人かは王子に質問を投げかけたが、未だ正しい状況がつかめないからと濁される。やがて静まった食堂からぞろぞろと各々が部屋へ戻っていった。
これで従者をしている生徒が主人の部屋へ出入りするのを除き、風紀院の監視のもと互いの部屋の行き来が制限された。公に寮と学園を行き来出来る者は生徒院と風紀院
・・・・・そして食事の給仕に選ばれる黒すぐりの会メンバー。他に動けるのはは黒すぐりの会メンバーの中で主人と共謀し転移魔法でサロンと行き来できる者だけだ。それ以外の者が不審な動きをしたら見つけ次第拘束、私達生徒の目がなくとも理事長の監視網から外れる事はできないだろう。
シェザン王子も身の安全のためとはよく言ったものだ。生徒達は自室に隔離され、身動きもとれない。食事の給仕は当番制という事になっているが、実際には当番に選ばれるのは黒すぐりの会メンバーだけだ。従者同士の接触を防ぎ、此方の意図に沿った話を流す事も出来る。幸い黒すぐりの会メンバー同士は普段接触を避けているため、はたから見ても関係性を疑われる事はない。
私達の学園支配は早々に整った。これからは名簿をもとに疑わしい者は監視または尋問を行っていくのだ。何を隠そう風紀院院長が次の獲物を持ってこいと待ち構えているらしい。これから彼の餌になる生徒は憐れとしか言いようがない。また寮の部屋は防音効果もしっかりしているから隣が空き部屋になっても気がつかない。何人かは既に帰って来る気配がない事も誰も知らないだろう。
私は素知らぬ風を装い、恐ろしさに震えるお嬢様の手を引きながら部屋へ帰った。
部屋のリビング。お嬢様は椅子に座ると私を呼びつけた。お嬢様は狼狽した様子を見せながらも毅然とした視線で私を見上げる。
「貴女の知る情報を教えなさい。お父様が動かれたの?」
「直接動かれたのはウェイバー男爵令嬢です。サイード王子と他に協力者が居ると思われます。旦那様もご存知のはずですわ」
「そう。・・お父様達が動き出したのね」
お嬢様は悲しそうに目を伏せ、唇を噛む。お嬢様は旦那様の計画を大筋で聞かされている。現段階では静かに、大人しくしていればいい。そうただこの部屋に居れば。
お嬢様の頬を涙が流れる。唇が震え、叱られた子供のように悲しげにこちらを見上げる。
「わ、私がちゃんとシェザン王子の恋人になっていたら・・・こんな事にならなかった?」
私はゆっくり首を横に振る。
ああ、お嬢様はなんてお馬鹿なんだ。王子を丸め込めれば円満解決すると思っていたのか。確かに、次期国王と血縁になれば王国内でのバレンティン公爵家の権力は絶大なものになったはずだ。一人勝ちであったらだけれど・・・残念な事にバレンティン公爵家と政治的に対抗している国王派のヒュルベック伯爵家があるためそうもいかない。例えお嬢様がシェザン王子の心を射止めていても、それこそ国王がよほどお嬢様に入れ込まない限り事態は変わらなかった。私のお嬢様はそんな古狸達をたらしこむ悪女の様に立ち回れるほど悪徳ではない。
私はお嬢様の前に跪き、手をとった。その細い手はいつもより冷たい気がしたので私の手で包みこむ。私はお嬢様を見上げ、結ぶ視線を外さないまま告げる。
「私は国王派につきます」
「・・どういうこと?」
お嬢様は理解ができないように表情をそのままにぼそりとそうも呟きます。
「我々に勝機はありません。国王派に寝返り、我々は温情を得ます。既にシェザン王子に話はつけました。つきましてはお嬢様をこの部屋に監禁致します」
「待って。貴女、寝返るって裏切るって事?・・私を閉じ込めて?あぁ、サンドラ貴女もなの?」
お嬢様は私の言葉が信じられない・・・いえ、理解したくないのかはらはらと涙を流しながら頭を振り、私とサンドラを見る。
サンドラは目を伏せるように頷く。彼女にはこうなる事を予想して了解を得ている。もちろん彼女もバレンティン公爵家を捨てる覚悟だ。
お嬢様はサンドラの肯定にこれが私達の考えなのだと了解したようだ。うつむき、絞り出すように声を出す。
「私の事は?・・・イリーナ、私の事を愛してるって言ったじゃない!」
「もちろんです。全ては私の望んだ事。お嬢様を傷つける旦那様は要りません。お嬢様を苦しめる伯爵家も要りません。ただ私にはお嬢様が居ればいい」
お嬢様は大きな目をいっそう見開くと、ぎゅっと目を閉じうつむきます。下げられた顔が私の手に押し付けられます。私の手にひやりと冷たい涙の感触を感じます。ぽつりとこぼれる様にお嬢様は呟く。
「・・・・・私のためじゃないの馬鹿」
静かな部屋にお嬢様の嗚咽と弱々しい声で。しばらくしてまだ情けない顔ながらお嬢様が顔を上げます。
「それで。どなたが亡くなられたのかイリーナは知ってる?」
「セルバート・ケディック。ヒュルベック伯爵家従者です」
「えっ・・」
お嬢様は驚くとすぐに眉間を寄せ口元を引き結んだ。あの男とお嬢様には接点が無いはずなのだが。
「お嬢様がお気にされる事ではありませんよ」
「はぁ・・・?」
お嬢様の口から明らかな非難の声がもれる。お嬢様は伏せがちだった目を上げ、目から溢れた涙が散った。まっすぐに私を見つめるその目はまるで怒っている様だ。
「命令よイリーナ。彼が殺されて貴女は何を思っているのか話しなさい」
「妥当な人選ですね」
「っ!!もう馬鹿っ!そうじゃなくて。もっと感情的な事よ。言わなきゃ1週間口聞かないんだから!」
お嬢様が駄々をこね始めた。何はともあれ多少元気になった様だ。けれど、なぜ私があの男の事をわざわざどうのこうの思わなければならないのか。しかし、お嬢様はそう言っても納得してくれないだろう。私があの男の死について思った事か・・・・・死にゆく彼に私は何を思ったのだっけーー
「私なら・・・もっと苦しまない様に殺してやれたのに。と」
「彼は苦しんで死んだのかしら?」
「ええ。拷問を受けた様です」
「貴女はそれを見たの?」
「はい」
「悲しい?」
「いいえ」
「怒ってる?」
「はい。獲物を横取りされた気分です」
お嬢様は悲しい様な可笑しいような複雑な表情を浮かべます。ため息をついて私を仕方のない奴だと言わんばかりに見おろす。本当に感情の起伏の激しいことだ。
「貴女はいつも彼を見てたの私知ってるのよ」
「アレは危険人物ですから」
「・・・・・貴女って鈍感よね」
「それは分かりかねます」
お嬢様はまたため息をつき、首を振ると立ち上がる。私を見下ろすとサンドラにも目配せをし跪かせる。
「命令よ。お父様を裏切り国王派へつく手助けをなさい」
朗々とした声は強く、迷いがない。いつも聞いているお嬢様の声だ。けれど、その内容に私は一拍、止まってしまった。
「お嬢様それはーー」
お嬢様は抱きつく事で私を黙らせた。これまでにないほどきつく抱きつくお嬢様に甘えるだけではない感情が伝わってくる。憎しみ。悲しみ。恐れを。押しつぶされないよう私を支えにしている。
「・・貴女をお父様の仇にして恨みたくないの。だからお願い。・・・私を悪い娘にしなさいよ」
私の胸でぐずぐずと泣く声がする。
抱きしめた背中は小さくて暖かい。きっと死ぬまで離れない私の主人。




