逆襲編:シャルディアンの聖女と眠りの君1
陽の光が差し込み、暗い壁や床をきらきらと煌めかせる。私は部屋の中央に置かれたベッド傍の椅子に座り、ベッドに寝ている人物の顔を見つめる。白い顔、綺麗に切りそろえられた髪は私が私でなかった頃、見たことのある伝統的な人形に似ている。うん、呪いって言葉がしっくりくる。糸目な彼は目を閉じているのか開けているのかよくわからない。それでも彼がしばらく起きていないことを誰もが知っている。あんなに大好きな主人が時間さえあればやって来るというのに、彼は何の反応も示さない。そして私が来ても。
「セルバート。聖女様が来たっていうのにつれないのね」
茶化して言ってみた言葉は暖かな光の中にただ消えていく。
あの日、突然窓から飛び込んできたカグヤ。彼女に頼まれ向かったセルバートの救出。彼のいる場所へ転移すると、そこは地獄だった。
獣の様な悲鳴、血と肉の焼けた臭い。ガイが助け出したセルバートは既に虫の息にしか見えない。むしろ意識がある事に驚く。早く行かなきゃ。私が彼らの所に踏み出そうとすると、後ろから手を引かれる。
私の傍に居てくれたシェザンは私を真っ直ぐに見て首を横に降る。その瞳には私への気遣いが感じられる。
「・・・あまり見ない方がいい。彼はもう」
「いいの、私は大丈夫だから!」
私の手を握った彼の手をもう片方の手で外す。暖かな手が離れて、自分で外したはずなのに惜しく感じる。でも、早く行かないと。まだ間に合うかもしれない!シェザンに大丈夫だと頷き、踵を返しえセルバートの元に向かう。セルバートに近づき、ガイの背に隠れていた彼の体が見え、私の足は止まる。止めたわけじゃない。動かなくなってしまったの。だってあんなに恐ろしいと思わなくて。私は喉をせり上がるものを出さまいと口に手を押し付ける。
セルバートは拷問を受けていた。靴も無く、投げ出されむき出しの手足の先は爪を剥かれ桃色の肉を見せながら赤く濡れ血をにじませる様に流している。ズボンは所々が裂けていて血でぐっしょりと濡れ、裂け目から白い肌が血で塗られている。痛々しいセルバートだが1番酷いのは上半身。ズタズタに切り裂かれたシャツは腕と背中に残るだけで、前は何も残っていない。細身の彼の上半身を晒していたが、そこはもうどこが元々の肌なのかさえ分からないほどに赤黒く彩られている。平坦だったろう肌は刻まれ、抉られ、焼かれてずたずたになり。茶色く変色しながら割れ目のように裂けた肌からは赤い血が流れる。そして酷く暗い色になってしまった胸には場違いな程に輝く短剣が突き刺さっている。しかし、セルバートは笑っているのだ。酷い有様の体に対して顔には口元から吐き出された血以外に何の暴行も見られ無い。むしろ彼の慈愛に満ちた笑顔は今まで会ったどの彼よりも生に満ちている。
ガイに逢えて嬉しいと全身で言っているみたいに。
その姿に私の脚は竦んだ。震えた。怖い。彼のほとばしる様な命の裏に同じ大きさの強い死を感じるから。彼に触れると、彼を助けようとすれば私もそれにのみ込まれる気がする。あの傷の痛みを私は感じるのか。無理、怖い。きっと痛みだけで死んでしまうかも。セルバートの呪いで私の痛みは彼に行く?でもそれはセルバートが瀕死の今も効力はあるの?効果があったとしてセルバートは2倍の痛みに見舞われるのでは?結論が出ないままぐるぐると考えがめぐる。しかし、それはガイの悲鳴で打ち消される。
ガイは身が軋む程、悲痛な声でセルバートを呼んでいた。
私は我にかえった。セルバートの顔からは表情が無くなり、その瞳から力が抜けていくのが手に取るように分かる。
ああ、彼は死ぬのだと。
私の中で何かが弾ける音がした。考える事をやめた。そう、どうせするならやりたい事をしましょうよ!考えるのなんかやめ!体が動くように動けばいいのよ。後のことは後で考えればいいんだもの。私は踵を返し、シェザンの胸倉を掴んで引き寄せるとその薄い唇に噛み付く。驚いた彼が正気に戻る前にその胸を突き飛ばす。
「メイス!クリス!シェザン捕まえといてっ」
メイスとクリスが私の言葉に慌ててシェザンを捕まえる。よし、これで邪魔者はいないわね!
私はざっと振り返り、ちょっとだけ温もりが残る手を胸に抱きしめる。うん、大丈夫よ私は出来る。震えながらも足を引きずり前に出すとセルバートの傍らにへたりこむ様に座った。ぺちゃりと床の何かで水音がしたが今は考えない。
余りの悲しみに呆然としたガイが顔を上げ私を見ていた。嗚咽さえ発せず、ただ静かに涙が彼の目から溢れていく。だらしの無い顔ね。まるで貴方の方が死んだみたい。そんなにセルバートが大切だったの?
「安心しなさい。貴方の大切な人は私が助けるわ」
友達でしょ?貴方の悲しむ顔見たくないの。見せてやるわよ聖女様の力ってやつをね。




